罪木に続いて、菜摘が立ち上がったのなら、必然的に触発される人間が居た。彼女の兄である。
「ま、確かに代々続いて来た九頭龍組は無くなっているだろうな。だったら、今度は俺が新しい九頭龍組を立ち上げてやるさ。そんときゃ、ここに居る奴ら全員幹部で迎え入れてやるよ」
決して、空元気ではない。所属する団体が無くなったらトップとして終わり。というのは、あまりに一般的な考えだ。
ここに居るのは『超高校級の極道』。道が無ければ生み出し、組織と言う胴体が無ければ生やして来る『龍』の名を冠する男だ。
「フッフッフ。実は、唯吹も考えていたんっすよね。元々、軽音楽から何まで幅広くしているんっすから、絶望なんてレパートリーの一つでしか無いんっすよね。だったら! 今までの自分を脱すれば良いだけっす! だって、売れ筋の軽音楽からも脱するのも経験済みっすから!!」
超高校級の軽音楽部。という割には、結構ロックなこともする彼女は、やはりソウルも含めてロックだった。
生み出して来た戦慄に絶望が沁みついているなら、別に新しい物を作ってしまおうと。自らの芸風を世間に何度も否定され、押し込められて来た澪田にとっては、その程度の逆風は屁でもないらしい。
「私は澪田ちゃん程『個人』が作風に出る訳じゃないしね。私が『笑顔』を捻じ曲げたって言うなら、私が叩き直しに行かなくちゃね。菜摘ちゃんも、佐藤ちゃんも生きているんだし。迎えに来てくれているんだから!」
「じゃあ、私も小泉おねぇについて行く!」
もしも、少し道を違えば2人の友人を失い、より深い絶望の沼に沈んでいたかもしれない。だが、両者は生きている。自分を迎えに来てくれている。彼女には最初から希望が差し込んでいた。隣にいる同級生にも降り注ぐ位には。
友人達が前に進もうとしているなら、自分ばかりが俯いては居られない。意を決して、佐藤は顔を上げた。
「……私がどうこう言う権利は無いし、利用されていたとしてもアンタをハメたことには変わりない。でも、アンタが何でもスケートボードを渡して解決を図るような奴だったら、きっと。私はここに居なかった」
あの時の彼は、そう言うことを考えられる位には希望に満ちていたというだけかもしれない。今はもう、諦めてしまったのかもしれないが。そんな彼の心を奮い立たせようと七海が口を開いた。
「今の日向君には話す相手もいる。一緒にスケートボードを楽しもうとする人もいるよね」
「さっきまで語録を吐いていた奴が急にマトモなこと言っても無駄なんスよ」
彼女の励ましにモノウサが水を差していたが、全員で無視していた。
生田も含め、現実に戻ろうとする心を圧し折ろうとした。反論を許さないロジカルさと証拠も揃えて。普通の人間なら、屈してしまうハズだった。
「凄いよ! やっぱり、皆は超高校級だ! 道が無ければ作るだなんて。やっぱり、希望はね……前に進むんだよ」
狛枝が恍惚とした表情を浮かべながら、耳にまとわりつくねっとりボイスを吐き出していた。皆、やや引いていた。
「そうですか。ならば、僕達はここでお別れです。皆さんは希望と共に生きて行くと良いでしょう」
カムクラは彼らに執着する様な真似はしなかった。ならば、自分達は道を分かつだけだと。すかさず、罪木が引き留めに行った。
「カムクラさん。このまま外に出て、皆を連れて、世界中をヌケーターだらけにするつもりですか?」
「はい。誰もが明日を心配する必要もない世界を作るんです。それが彼の願いでもありますから」
日向創。この場所に来るまでの間、喋った回数は数える位しかないし、何を考えているかは分からない場面が多かったが、1つ分かることがあるとすれば。
「アイツは良い奴だからな」
九頭龍の言葉に全員が頷いた。彼の根が善良であることは誰もが分かっていた。進んで危険に立ち向かい、身の回りの世話を買って出て……。
世界をヌケーター塗れにしようと言うのも、悪意からではなく。むしろ、善意からの行動であることも予想できた。
「そんな彼だから、この能力をばら撒いているのでしょう。病気やケガで死ぬ恐れも無くなり、スケートボードだけに興じる生態へと変わり果てる。今の世界には特効薬です。掌握するきっかけにもなるでしょう」
「創はそんなことを望んでいないと思う」
菜摘が強い口調で言った。本当に掌握するつもりでいたなら、どうしてこんな修学旅行に態々参加したというのか。彼らを物にするつもりだけならば、幾らでも過程は省けたはずだ。
「では、彼は何を望んでいるのですか?」
荒れ果てた世界の平和を願っているというのも、無くは無いだろう。皆で一緒にスケートボードを楽しむという光景を願っていないと言うことも無いだろう。
それ位はカムクラでも想像できた。だが、本心が別にあると言うことも分かっていた。それがどうしてもわからなかった。
「それはもうアレっすよ。ね、菜摘ちゃん。蜜柑ちゃん!」
「だよね」
澪田が確信にも近い自信と共に頷いていた。菜摘も深く頷いている。答えは既に彼女達の中にある様だ。カムクラが罪木に問いかけた。
「教えて貰えますか?」
きっと、彼が求めていた物だ。果たして、自分がそうであるかは疑問に思い続けていた。この際、正しさとか相応しさは全て置いておくことにした。
いや、何なら普段の控え目さも置いておこう。自らの拙さに対する卑屈さも置いて行こう。それらを置いて、出て来るのは空気を読めない割には図々しい人間だが、恥ずかしくはない。チラッと七海の方を見た。
「ねぇ、罪木さん。なんで、私の方を見るの?」
こんな場で語録を吐く奴もいるんだ。自分が多少の失言をしたとしても、アレよりはマシだと、ネガティブなポジティブさが花咲いていた。突っ込む。
「カムクラさん。日向さんはですね。自分と一緒にスケートボードを楽しんでくれる人が欲しかったんですよ」
「彼らは違うんですか?」
カムクラがヌケーター達のことをざっと見回した。彼らは日向達と一緒にスケートボードに興じていた光景は見飽きた物であるが。
「皆はスケートボードを楽しんでいるんですけれど、それは。さっき、カムクラさんも語っていた様に、自分の世界に浸っているだけで。周りは同じことをしている他人でしか無いんだと思います」
誰に妬みや憤りを覚える必要もなく、自分の中に在る世界に耽溺する。
誰に左右されることもないと言えば聞こえはいいが、孤独であることは避けられない。
「そうっすよ! うまく滑れなかったとか、楽しく滑れたとか! ……そう言うのを話していたのって、唯吹達だけじゃ無かったっすか?」
スケートボードを楽しんでいた者達は、今やヌケーターとなっている。だが、趣味を通じて交流へと発展した者は少なかった。
「もう、覚えていないかもしれないけれど。予備学科で一緒に滑って、話していた時間はね。あの希望ヶ峰学園で、数少ない掛け替えのない物だから」
慈しむように、懐かしむように菜摘が優しく語り掛けた。暫く、内容を咀嚼する様にしてカムクラは上を見ていた。
「腑に落ちました。どうして、僕が彼のことを嫌いではないのか。同じだったんですね」
「同じ。ってのは?」
完全に当事者達だけの空間が出来上がっている所で、数少ない発言の機会を得た九頭龍が質問した。彼は天井を見たまま答えた。
「……親も予備学科生も結果ばかりを欲しがっていた。誰かに、趣味を汚される位なら独りで良いと思っていた」
スッと視線を正面に戻した。黄緑色の瞳が罪木を見据えていた。
「罪木。お前の言う通りだよ。俺は一緒に楽しんでくれる奴が欲しかったんだ」
第3の島で聞いた声とも違う。あの時の様に焦っている風もなく、必要に突き動かされている訳もなく。ヌケーターではない『日向 創』という少年が居た。