「苗木君。皆とは誰のことを指しているの? それは世間全体のこと?」
霧切はいつに無く真剣な表情をしていた。皆が誰を指すかで意味が変わって来るからだ。皆が世間のことを指すなら、隠している秘密がとっくに外に広まっているのだからモノクマの動機提示が茶番でしかなくなる。
苗木は首を傾げて、遠慮がちに横に振った。否定よりの分からないと言った所だろう。だとすれば、別の可能性を列挙していく。
「それは、大和田君が所属している集団や身近な人達のことを指している?」
首を横に振った。超高校級の不良の頭を務めているともなれば、体裁や立場のこともあるだろうし、知られるのは不味いケースが多い。これでもないとすれば、残す可能性は……。
「その皆と言うのは、もしかして。私達のこと?」
ゆっくりと頷いた、大和田も十神も驚いていた。だが、霧切には何か心当たりがあったのか、少し考え込むような素振りを見せていた。
「お前らが俺の何を知っているっつーんだ?! 何も知らねーだろ!」
他の超高校級と違い、不良。と言った肩書で入って来た彼は、自身が世間からどの様な目で見られているかと言うこと位知っている。
出会って数日しか経っていない他人が自分の何を知っているというのか。感情のまま怒鳴り散らしているが、苗木は耳を塞いだりもしていなかった。
「苗木君、貴方は大和田君の何を知っているの? 今回の動機? 人柄? 彼の過去?」
いずれも首を横に振った。彼が知らないなら、自分達が何かを知っている訳もない。だとすれば、先程の言葉はどういう意味なのだろうか。
「じゃあ、皆が知っている物の方を聞くけれど、これは大和田君の動機や秘密のことを指している?」
首を横に振った。そのことに大和田は多少の安堵を覚えていたのか、幾らか勢いが収まっていた様に見えた。
話の流れ的に最有力候補を出したが違うと言われたら、他の物は簡単に思い浮かばなかった。
「それは事実やデータなどの情報? それとも、言葉に出来ないニュアンス的な物?」
ニュアンスと口にした前後で苗木が首を傾げていた。言葉に出来ない事柄なので、例えを用意するのが難しかったが。
「苗木君にとってのスケボーみたいな物よ。便利で近しくて、頼りがいのある物とか。そういう個人的な判断に依る物のこと」
霧切から説明を受けて苗木は激しく頷いていた。自分達は大和田が良い奴だと言う事を知っている。と言った意味で、霧切は受け取っていた。
「バカを言え。こんな、暴力しか取り柄の無い奴に良い所がある訳が無いだろう」
「んだ、オメェコラァ!」
キレ易くなっていることもあり、十神に殴り掛かろうとした所で間に入った苗木が殴り飛ばされた。体育館を縦横無尽にバウンドして帰って来た。相変わらずの滅茶苦茶な挙動だった。
「(彼がそんな慰めを言うかしら?)」
この何を考えているかよく分からない少年は一応、他者を気遣ったりもするが、問題の解決に関しては割と直接的な方法を取ることが多い。
皆が知っていると言う事を伝えたにも意味があるはずだ。だが、自分達と大和田の関係は出会って数日でしかない。そんな自分達が彼のことを良い奴だと思っているなんて、思えるだろうか? とまで、考えてあることに気付いた。
「苗木君。貴方、初日に外に行った時に色々と聞いたのよね? あの時は、出会った人間が救助活動に当たれそうだったかを聞いただけだったけれど。……その人、もしかして学園の関係者だった?」
苗木はぶんぶんと首を縦に振っていた。同時に霧切は自らの失態を自覚せざるを得なかった。何故、そんな重要なことを聞いていなかったのだと。
「あの時は、お前も含めて全員が浮かれていたんだろうな」
「失態と言うしかないわ。後で詳しく聞かせて欲しい。で、その人から何を教えて貰った? もしかして、私達のこと?」
これまたブンブンと頷いていた。興奮状態にあった大和田もピタリと動きを停めた。自分達の何を聞いたというのか?
状況的に考えて秘密や動機なんかを話している暇はないだろうし、話としても脈絡が無さすぎる。彼からの回答を期待していると、苗木は人差し指と中指をピンと立てていた。挑発している訳ではないのだろう。
「ピースサインじゃなくて数字の2、よね?」
自分達に関係のある2と言う数字。学園関係者から教えて貰ったこと、自分達が現在に至るまでの状況と照らし合わせて、霧切が出した答えは。
「ひょっとして、私達。2年間、この学園にいる。と言うこと?」
苗木が両手で拍手をしていた。それが、事実かどうか判断は出来ないが、思い当ることは多かった。
外が荒れ果てているという話、学園がこんなことになっていること。2年もあれば、何かしらが起きて変わるには十分すぎたからだ。
「だが、俺達に2年の記憶は無い。と考えれば、苗木が嘘を言っているか。俺達が何かをされたかだろうな」
「具体的に言うと。記憶操作とかでしょうね」
何もSFめいた話ではない。投薬や催眠など、あらゆる分野でエキスパートを輩出して来た希望ヶ峰学園なら、そういったコネを持っていてもなんら不思議ではなかったからだ。
「じゃあ、苗木。お前は、その2年間で何があったか知ってんのか?」
ここに来て、ようやく大和田も話に参加できた。何処までが事実で、何が真実かも分からないが、これまでの流れを苗木が書いた文章と繋げるとすれば、失くしたと思われる2年間に、自分のことを周囲に報せるような何かがあったのだと考えるしかなかった。
苗木は首を横に振った。2年の記憶が無いというのは、彼も同じだったのか。しかし、彼には不思議な確信があるようだった。まるで、その2年が自分達にとって大事な物だったと言わんばかりの真剣さだった。
「思ったよりも面白そうな情報が出て来たな。貴様が苗木を連れ出して何が起きるかを観察しに来ただけだったが、想像以上に有益な情報が手に入った」
「そうね。でも、確証がある訳じゃない。混乱を巻き起こさない為にも、一旦。私達だけの情報に留めておきましょう。大和田君も、良い?」
「ッチ。分かった、って言うしかねぇだろ」
自分がここで苗木にしていたことをバラされたら、今後の立場については絶望的になることだろう。
結局、全てが有耶無耶になって去ろうとした所で、床に落ちているスケボーに気付いた。先程、破壊したばかりの物だ。
「大和田君。間違っても、苗木君から渡されたスケボーには乗らない様に」
「分かっているってよ。詫びにもならねぇだろうけれど、修理して返すつもりだ」
体育館から自室へと戻った大和田は、部屋内に備え付けられていた工具箱に入っていたダクトテープを取り出していた。
「(真っ二つって訳じゃねぇ。破片とかをダクトテープで固定してだ)」
普段から単車のメンテなどをしていることもあって、大和田は意外と手先が器用だった。破片を集めて繋ぎ合わせてはダクトテープで補強していく。
見た目は不細工だが、今できる彼の精一杯の謝罪代わりでもあった。アレだけ暴行を働いた手前、この程度で許して貰おうなんてムシが良過ぎるが。
「(後はちゃんと使えるかだ)」
ライドした時の体重に耐えられるのかと思い、足を乗せようとした所で霧切からの言葉を思い出していた。スケボーに乗ってはいけないと。
「(おっと、あぶねぇ)」
寸での所で足を引っ込めた。ウィール部分なども傷が付いたりはしていなかったので、一応は使える状態にはなったと思いたかった。
そして、暫し大和田は考えていた。苗木の『皆、もう。知っている』と言う言葉が何を意味していたのか。失くしたとされている2年の間に何があったのか。
「(ひょっとしてよ)」
馬鹿げた妄想だが、その2年の間に自分はここにいるメンバーに弱さや抱えていた秘密を暴露して、一緒に解決することに協力してくれたのかもしれない。
そういった前提があったとすれば、あの言葉は意味を持つ。皆、もう。君の秘密も知っているのだと。だから、安心して欲しいと。
「(都合が良過ぎだろ、そりゃ)」
この苦境から抜け出したいという妄想が生み出した救いあるシナリオを鼻で笑った。だが、もしも本当にそうだったら。
自分は苗木に対してこの上なく酷いことをしていた。彼のアイデンティティとも言えるスケボーを目の前で破壊するまでしてみせた。そんな自分が生半可な修理品を渡して良いのだろうか?
「(何も楽しむために乗る訳じゃねぇ。ケジメ、付けなきゃいけねぇんだ)」
半端な品を渡す訳にはいかない。自分の為に渡してくれた一品なのだから、自分がちゃんと乗れるかを確認しなくては意味が無いのだ。
部屋内なので滑り回る。と言う訳にはいかなかったが、自身の体重を預けてみた。修理した部分が割れたりすることも無く、安定していた。
「(うっし、問題ねぇな。いや、待てよ?)」
スケボーは乗った上で滑るまでするのだ。バイクを走らせずもして、メンテした等とテキトー抜かす訳にはいかない。やはり、滑ってちゃんと使えるかまで確認しなくてはいけない。部屋を出て、体育館に向かおうとした。今は夜時間だから、誰も出ていないハズだと考えたが。
「あ……、大和田君」
「不二咲か。お前、夜時間だぞ?」
「ご、ゴメン。ちょっとお腹が空いて。大和田君はスケボー?」
彼の脇に抱えている物に目が行ったらしい。この学園ではスケボーをすることが常識の様に根付き始めているのか、不二咲は迷うことなく口にしていた。
「いや、まぁ。そんな所だな」
「そんなに楽しいのかな。大和田君、今から体育館で滑るんだよね? 僕も見ていいかな?」
出来れば見られたくないが、自分が滑っているだけでは見えない不具合や危険と言うのもあるだろうと考えた。何より、見られたからには巻き込んでしまえと思っていたのだ。
「構わねぇよ。ただ、このスケボー修理したばっかりだから、傍から見ていておかしなところがあったら教えてくれよな」
「うん。分かった!」
こうして、思いもよらぬ同行者を得た大和田は早速体育館で滑り始めた。
元より、暴走族として乗ることには慣れている身。普段から苗木達のテクニックを見ていたので、乗りこなすには時間が掛からなかった。
「凄い! 大和田君、カッコいい!!」
「へへ。そうか?」
肯定の言葉が身に沁みた。昼間の無様と称するしかない記憶が蘇りそうになったが、速度の中に身を置く心地良さが全てを忘れさせてくれた。
テールを踏んで浮かび上がるテクニックは、単車でのウィリー走行を思い出すではないか。そうだ、こんなに近くに乗るべき物があったじゃないか。
「苗木君や大和田君も楽しんでいるし……ひょっとしたら、ボクだって」
もはや、スケボーの不調を確かめるという大義名分は飛んでいた。夜も深まって来たというのに、大和田はスケボーをジャージャー滑らせていた。
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翌朝のことである。食堂に募ったメンバーの中で石丸が一層深く眉間に皺を刻み、他のメンツもポカンとしていた。苗木の周りにまた一人、大和田と言う仲間が増えていた。
桑田の隣に座り、自分が座っている椅子にスケボーを立てかけている姿は、昨日の出来事を知っている者からすればこう思わざるを得なかったのだ。
「おバカ」
滅多に感情的にならない霧切が、小学生並の罵倒を大和田に向けていたが、朝食の喧噪に掻き消されるばかりだった。