121時間目:シン学期
朦朧とした意識の中で少女『赤松 楓(あかまつ かえで)』は自分の体が自由に動かないことに気付いた。手足も自由に動かせず、何処か狭い場所に閉じ込められているらしい。
「(開かない!)」
目の前に壁らしきものがあるので押してみたが、ガンガンと揺れはするが空く気配は無かった。
「誰かいませんかー!」
救助を求めて大声で叫ぶと。ガンガンと外側から何かを叩く音が聞こえて来た。外に人はいるらしい。
「閉じ込められているんです! 開けて貰えませんか!」
彼女が叫ぶと、外でもアクションが行われたのかグラグラと揺れはしたが、開く気配は無かった。彼女も力を込めてみるがやはり開かない。
「鍵が掛かっているのかな。すいません、ここが何処か分かります?」
問いかけてみるが返事は帰って来ない。代りと言わんばかりに激しくノックされた。多少の恐怖を覚えはした物の、彼女は直ぐに気付いた。特定のリズムに則っていると。
「『ガン』『ガガッ』『ガン』『ガン』。もしかして。モールス信号? ごめん! 私、そう言うの分からないの! あの、外国の人ですか!?」
試しに彼女は簡単な英語を話してみたが、やはり返事は無かった。代りに反応を示すだけのノックがありはしたが。
「(私。何処に来ちゃったんだろう?)」
ここに至るまでの前後の記憶がまるで存在しない。自分は何処に来てしまったのだろうか? 彼女の心を不安が蝕んで行く。
だが、望みはあった。外にいる誰かに言葉が通じていないとしても、人が閉じ込められているんだからきっと何とかしようとしてくれる。と、見知らぬ誰かの善意を信じていた。
事実、ロッカーの前をウロウロしている足音を拾っていたからだ。自分の為に悩んでくれる存在がいることは、こんな状況においては非常に心強かった。だが、不意に足音が止まった。
「え?」
ズカズカと音が近付いて来たと思ったら、不意に全身が揺れた。
ガタガタと激しい音が鳴る。ガリガリと床を引き摺り、何かに引っ掛かったのかバキバキと破壊音が響く。彼女は直ぐに状況を察した。
「(もしかして、私が入っている何かごと動かしている!?)」
内部で全身が跳ね回っているので口を開くことも出来なかった。
ドドドと地響きが鳴ったかと思えば、今度はガシャンガシャンという音と警告を表すビープ音が響いて来た。
『ヘルイェー!! ロック過ぎんだろ!! キサマラが向かうのはこっちじゃねぇーぜ!!』
ガシャンガシャンととんでもない重量物が近付いて来るせいで、移動速度が更に上がり、彼女は内部でガンガン振り回されていた。
だが、不意にぴたりと止まった。周囲から複数の息遣いや鼓動が聞こえて来た。人がいる所に出たのだろうか。
「なんでロッカーが!?」
「待って。茶柱さん。中に人が入っている」
茶柱と呼ばれた女性を諫めた別の女性の声は落ち着いていた。彼女はこちらに近付き、問うてきた。
「私の名前は『東条 斬美(とうじょう きるみ)』。貴方は?」
「『赤松 楓』です。あの、ここは何処なんですか? というか、ロッカーって」
「ちょっと立て付けが悪くて歪んでいるみたいね。獄原君」
「うん! 任せて!」
ドスドスと足音から、獄原と呼ばれた男性がかなり大柄な人間であることを察した。ベキベキと目の前を遮っていた物が取り除かれて行く。やっと自由の身だ。
周りを見渡す。バスケットゴールや壇上があることから体育館だとは思うが、植物に浸食されたが如く、あちこちから草木が生えているのは奇妙な光景だった。そして、自分と似たような年恰好の男女が十数人。
「赤松ちゃんもロッカーに閉じ込められていた。ってことは、皆。同じ様な経緯でここに来ているんだろうね
一際小柄で、白黒のストールを巻いた少年が、この状況を楽しむようにして言った。彼の言葉に、青髪ロングの少女が困惑していた。
「もしかして、私達って。拉致、された。とか?」
言い切らない辺り、これが夢であることを願っているかのようでもあった。そうで無ければ、こんな状況に陥っていない。全員に動揺が走る。だが、少なからず納得した様子もあった。
「間違いねぇ。これは、偉大なる『超高校級の発明家』であるオレ様『入間 美兎(いるま みう)』を妬んだ連中に違いねぇ!!」
全身ピンクの制服に頭に掛けたゴーグル。ブロンド髪にナイスバディも加えて、見た目は素晴らしかったが、どうにも発言内容から見るに中身が残念そうな雰囲気を漂わせていた。
彼女の言動は兎も角として『超高校級』というフレーズに赤松が反応していた。事情の分かって無さそうな彼女に、東条が言った。
「あ、ごめんなさい。私達は既に互いに自己紹介を済ませているけれど。貴女はまだよね。私達は全員『超高校級』なの。貴女は『ピアニスト』かしら?」
「そうです。けど、なんで分かって?」
「指ね。丁寧に手入れされているのと、貴女は周りの音に良く反応しているから」
一流の才能の持ち主同士は何か通じるものがあるらしい。
目の前にいる東条の佇まいや冷静さと推察力。更には、この場を取り仕切る能力も含めて、彼女の才能は何だろうかと考えた時。直ぐに答えは出た。
「もしかして、超高校級の探偵。とか?」
「いいえ、メイドよ。超高校級の探偵は貴女をここに連れて来てくれた彼よ」
登場が指差した先には、これと言った特徴が無い少年が居た。強いて言うなら、アンテナの様に飛び出した毛と脇に抱えたスケートボード位だろうか。
ずっと、外国人か何かだと思っていたが自分達と同じアジア人の様に見えた。すると、彼は懐から何かを取り出していた。電子生徒手帳だった。
「『最原 終一(さいはら しゅういち)』って言うんだ。日系の人?」
「違うよ、赤松ちゃん。最原ちゃんは声が出せないんだ。幼い頃にあったショックな事件が原因でね」
もしかして、自分はセンシティブな所に触れてしまったのではないかと気まずくなったが、最原は首を横に振っていた。別に。と。
「違うじゃん!」
「うん! 嘘だからね!」
少年こと『王馬 小吉』は悪びれた様子もなく答えていた。もしかして、彼は超高校級の狼少年かもしれないと、赤松は思った。だが、疑問は残った。
「え? じゃあ、なんで最原君は喋らないの?」
「俺達の言葉が分からない。って訳じゃなさそうだな。普通に反応はしているんだからよ」
王馬よりさらに小柄。もはや、児童位の身長しかない男子、超高校級のテニス選手である『星 竜馬(ほし りょうま)』が渋い声で言った。見た目と声のギャップに、赤松は多少困惑していた。
「夢野さん。ここは、サイキックとか魔法の力で何とかなりませんか!?」
先程、東条に茶柱と呼ばれていた少女。超高校級の合気道家である『茶柱 転子(ちゃばしら てんこ)』が無茶振りにしか聞こえないことを言っていた。
超高校級のマジシャンである『夢野 秘密子(ゆめの ひみこ)』は女子陣の中では一際小さく、制服もゴシックな作りで、なおかつ巨大な三角帽子を被っていることもあり、クラシックな魔法使いの様な見た目をしていた。
「難しいことは無い。特に喋る必要もないから喋っておらんだけじゃ」
喋り方まで古めかしい方向に持って行こうとしていたが、舌っ足らずさも相まって威厳よりも可愛さが前面に押し出されていた。そして、最原は彼女の言葉に頻りに頷いていた。
「よく分かるね」
「うむ。魔法じゃ!」
何を言っているんだろう。と、赤松が思った矢先。天井から、あるいは壁から、床から。巨大な5つの機体が現れた。全員に緊張が走ると同時に、機体からは場違いに明るい声が響いて来た。
『やっほー! おはっくまー!』
ここにいる者達の中でエンジニア的な知識を持つ者は入間以外はいなかったが、目の前にいる巨大な機体は自分達をどうにでも出来る存在。だということ位は全員分かった。
皆が動けずにいる中、ミステリアスな雰囲気を纏った緑髪の少年。『天海 蘭太郎(あまみ らんたろう)』が彼らに近付いた。
「こんな所に俺らを連れて来て何の用っすか?」
常人では考えられない程の胆力だった。赤松は小声で東条に尋ねた。
「彼って何もの? もしかして、超高校級の調査員みたいな?」
「それが。天海君だけは何の才能の持ち主なのか分からないの。本人も記憶が無いって」
もしかしたら、自分達にとって都合の悪い才能の持ち主だった故に記憶を消されているのかもしれない。これに反応したのは、黄色のパーソナルカラーを持つ機体だった。
『話が早いやんけ。ここは重要な所やから、ワシが言うたるわ』
『待ちな! ここは今回の企画で一番重要な所だぜ。勿論、コールするのはミーに決まってんだろ! いいか、テメェらにして貰うのはだなァ!』
『コロシアイ。ダヨ』
関西弁だの、ハイテンションだの、機械音声だのがやいのやいの言い合う中。不穏な単語が聞こえた。『コロシアイ』と。皆に動揺が走る中、ハイテンションな声がキレ散らかしていた。
『モノダム! なんで、一番重要な個所を言っちまうんだ! ミーがどれだけ練習して来たかも分からねぇで! これだから陰キャは困るんだ!』
『なんや、自分。そんなナリして練習なんて可愛らしいことするんやなぁ』
『あ!? テメェ、ぶっ壊すぞ!』
『ちょっと! 怒らないでよ! 私までイライラしちゃうじゃない!』
『皆! 喧嘩は止めないと、オイラが全員ぶっ飛ばすぞ!!』
急に喧嘩が始まったので皆がじりじりと下がる中、緑色のパーソナルカラーが施された機体が、青いパーソナルカラーが施された機体に銃撃していた。
『ウルサイ。死ネ』
『やりやがったな!!』
流石に銃撃戦をおっぱじめるつもりは無かったのだろうが、甚く頭に来たのか巨大な2機が取っ組み合った。それを止めるべく入った別の機体も殴られたことを切っ掛けに、大乱闘が始まっていた。
直ぐに逃げられたら良かったのだが、生徒達も困惑するばかりで固まっていた。乱闘していた機体がもみ合って、巨大な質量が生徒達に向かって突っ込んで来た。全員に走馬灯が駆け巡る中、赤松は見た。
「最原くん?」
1人、あの巨大な機体に突っ込んで行った。彼が突っ込んだだけで事態が変わる訳がない。きっと吹っ飛ばされて、グチャグチャになるか。いや、そもそも自分達も吹っ飛ばされるかと、これらの思考が一瞬で駆け巡る程の集中力が発揮されていたが、現実はそうならなかった。
最原が突っ込んで来た機体達と接触した瞬間のことである。いかなる力が働いたのか、質量やら運動エネルギーやら全てを無視して突っ込んで来た機体が天井まで打ち上げられ、壁に吹っ飛ばされ、あるいは地面にめりこんだり、その場でガクガクと震えまくったり。そして、最後の1機はと言うと。
「オマエら! 司会進行もロクに……」
教壇から、白と黒のツートンカラーで構成されたクマの様なマスコットキャラが飛び出して来たが、ちょうどいいタイミングでぶっ飛ばされた巨大な機体が凶弾となって、マスコットキャラクターへと直撃した。
体育館には破壊された機体と困惑した生徒達が残されるばかりで、こんな事態を引き起こしたと思しき最原は、壇上に上がっていた。そして、先程飛び出そうとした何かを引っ張り出そうとしていたので、皆も手伝うことにした。