「赤松。オレ様達が狙われる理由って何だと思う?」
朝食を終えた後、入間と最原は当たり前の様に赤松の才能研究教室へと足を運んでいた。丁度、彼女も同じことを考えていたらしいが。
「全然理由が思い浮かばない。あるとしたら、嫉妬や妬み。とか?」
「やっぱりそうなるよな。人気者は辛ェよな。オレ様に至ってはこの才能に加えて、美貌とプロポーションまで揃っちまっているんだからな!!」
どうすればここまで自信が持てるのかと、赤松は感心していた。最原は特に興味も無さそうにスケートボードのメンテナンスをしていた。
「最原君はどうしてだと思う?」
赤松の問に神妙な顔をして見せたが、具体的な答えを返せない為か、首を傾げるばかりだった。
「ダサイ原が狙われるのは、やっぱり探偵だからだろ。どっかで事件を解決された犯人の恨みを買っているんじゃねーの?」
本当に何気なく放った入間の言葉を聞いた瞬間、あまり動くことの無かった最原の表情が固まった。併せて周囲の空気も凍り付いたので、入間も慌てていた。
「な、なに? もしかして、不味いこと言った?」
ガラリと扉を開けて、最原が部屋から出て行った。ガーッと言う音が聞こえて来たので、恐らくスケートボードに乗って移動しているのだろう。
「あ、赤松ぅ! 付いて来てぇ!」
地雷を踏んだ手前、1人で顔向けする度胸は無いらしい。先程までの唯我独尊ぶりは何処に行ったのか。仕方なく、赤松は彼女に付いて行くことにした。
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最原がスケボーを走らせた先、人目を避けて辿り着いた場所で一息吐いていた。心臓が早鐘を打っているのは、何も運動だけのせいではないだろう。
天を仰いで呼吸を整えていると、ふと小柄な人影が目に入った。適当な場所に腰掛けて、ハッカシガレットを一服している星だった。
「折角、人目に付かない場所を選んだのによ」
今朝の発言もあり、出来るだけ皆に近付かない様に意識はしていたのだろう。最原は彼の隣に腰を下ろした。
「俺のことを見張っているのか? 大丈夫だ。今更、誰かを殺すつもりもない」
自嘲気味に呟く星に、最原は首を横に振った。そんな彼に送る視線は警戒心が籠った物ではなく、むしろ心配しているかのような物だった。彼のお節介を感じ取って、溜息を吐いていた。
「俺と違って、お前は中心側にいる人間だろ。はやく、あの煩い嬢ちゃんの所へ行ってやりな。こんな状況だ。何が起きても不思議じゃない。亡くしてからじゃ遅いんだ」
一般論ではなく。滲むような実感の籠った言葉だった。だからこそ、最原はずっしりと構えた。お前のことが気になる。と、言外に語っていた。
「……どっかで事情は話しておかないと面倒臭くはなるか。分かった、話しておく」
あるテニス選手が居た。恋人と家族、才能にも恵まれた寵児だった。
彼の栄光にあやかろうとマフィアが近付いた。彼の才能を踏み台にして、自らの権力を誇示しようと彼に八百長を持ちかけた。そんな俗物の思惑は簡単に崩された。
ここで終われば、颯爽たる快男児の一エピソードとして収まっていただろう。だが、メンツを潰された愚物達は終わらなかった。彼の家族を殺した。彼が逃がそうとした恋人をも手に掛けた。
「後は、意趣返しに才能を使った殺人犯が残った。お前、アウトレイジの『野球やろっか』。って、シーン知っているか? アレのテニス版だ」
最原が顔をしかめた。端的に言うと、ピッチングマシーンを使った処刑なのだが、それのテニス版。となれば、彼は自分で才能に泥を塗ったと言うことだ。
「俺に殺されたマフィアの友人、恋人、家族。そいつらが俺の命を狙っているなら、好きにしてくれたらいい。この学園を出て、外の様子を確かめたいと思っている奴もな」
彼は誰よりも先に『殺し合い』を経験していた。勝者となって残ったのは、虚しさだけ。復讐譚の有り触れた末路だった。
「以上だ。さぁ、早く帰って東条にでも伝えてくれ」
シッシッと追い払う所作を見せたが、最原は動かなかった。それ所か、表情を険しくするばかりだった。フッと、星が笑った。
「流石、探偵って所か。残念だったな」
瞬間、最原がスケートボードにライドして駆け出した。気配を感じた方へと向かうと、風を切りながら飛来する物があった。砲丸だ。咄嗟に左腕で受け止めた。ミシリと骨が軋むが、彼は苦痛を顔にも出さなかった。直ぐに追い付いた。
相手はジャージを着こみ、顔をすっぽりと覆うマスクを被っていたが、最原はすれ違いざまにマスクを奪い取っていた。長いツインテールが垂れた。少し遅れて、星も付いて来た。
「そりゃ。『超高校級の保育士』が居場所を放っておける訳ないか。お互いにとって、コイツがいたのは不幸だったな」
「そうね。どうする?」
春川は2人を見た。星と最原は互いに顔を見合わせて、首を横に振った。バラすつもりはないらしい。
「最原。俺にもスケートボードを教えてくれないか。初心者の指導をしていたら、不慮の事故で怪我をするかもしれねーが」
最原は右腕でスケートボードを差し出していた。それも2枚も。
「春川。お前も、スケートボードをやりに来たんだろ。そんな、ジャージに着替えて。随分、張り切っているじゃないか」
春川も2人が言わんとしていることを察したらしい。ここで事件は起きていなかった。と言うことにしてくれようとしている。
「なんで?」
女子でありながら砲丸を凶器として取り扱っていたこと。行動の早さも含めて、疑問に思うべきことはあるはずだ。だというのに、2人は気にした風もない。
「さぁな。スケボーでもしながらコイツに聞いてくれ」
早速、星はスケートボードにライドした。天性の運動神経の良さや小柄なことも相まって、最原の見様見真似をしているだけでもかなり様になっていた。
「中々に面白いモンだな。気に入った」
おべっかでは無く、本心で言っていることが伝わったのか。最原もニッコリと笑顔を浮かべていた。
「アンタ。そういう風に笑うんだ」
アリバイ作りの為なので、やらない訳にはいかない。スケートボードに乗って、地面をプッシュして走らせている姿に、彼女の身体能力の高さが垣間見えるが、どうにも楽しそうな雰囲気ではなかった。
「そんなシケた面していないで、もっと楽しんだらどうだ?」
「よく、こんな状況で楽しめるね」
先程まで、自分を殺そうとしていた相手がいるというのに。肝が据わっているという段階を超えて、イカれているとしか思えなかった。
「いや。思ったよりも、面白いな」
生と死が交差しかけた後に展開される光景としてはあまりにマヌケだったが、春川は彼らに付き合った。特に接点も無い3人のシュールなスケートボード会が繰り広げられていた。
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「……どういう組み合わせ?」
昼食頃。食堂にやって来た最原達を見た、赤松が困惑していた。左腕にギブスを付けた最原に、スケートボードを脇に抱えた星。そして、ジャージ姿の春川と、接点がまるで見当たらない。
「暇だったんでな。最原にスケートボードを教えて貰っていた。春川もそれを見て、やりたくなったんだとよ」
「へぇ~、意外。春川ちゃん、そう言うのは興味ないタイプだと思っていた」
東条が作ったパスタを啜りながら王馬が言った。個性的な女性陣の中では、東条に次いでクールな人間という共通認識があったので、皆もギャップに驚いていた。
「別に。私も興味があるなら、やってみる位はするし」
「あ。じゃあ、一緒にイルブリード見ない?」
「見ない」
白銀から流れる様に映画鑑賞を勧められたが、にべもなく断られていた。
東条からランチを受け取った星と一緒に最原も外へ出て、2人でベンチに座って昼食を取っていた。
「まず、礼を言う。お前がいなかったら、まんまと連中の思惑に乗る所だった。自暴自棄ってのは、他の奴にも感染するんだな」
片手でサンドイッチを齧りながら、最原も同じ様に片手でサンドイッチを取っていた。
「春川だけじゃない。俺と同じ様な雰囲気をしている奴は他にもいた。特に真宮寺がどうも怪しい。探偵の勘には劣るだろうが、気を付けといたほうがいい」
星の言葉に深く頷いた。2人して昼食を取り終えた後は、スケートボードを取り出していた。腹ごなしに軽い運動と言った所だ。
「じゃあ、一滑り行くか」
コートの上を駆け巡ることを改め、今の自分は何処でも駆け巡れるんだと。星は最原と一緒に中庭にスケートボードに興じていた。