「そうしたらモノダムってば、アタイにやたらと物を差し出して来るようになって。露出が多いからって、コートを渡して来たりとか。私はこの開放的な姿が気に入っているというのに!」
このモノファニー。最原達と同行してからモノダムに対する愚痴しか吐いていなかった。正論でぶん殴ったら面倒臭くなるであろうことを想定して、星も春川も何も言わないが、最原はうんうんと聞いていた。
それは彼が悪いよ。なんて言っている感じもないが、正論が飛んでこないことに気をよくしたのか、彼女は延々と愚痴を垂れ流していた。
「(最原の奴。よく、鬱陶しそうな顔せずにいられるね)」
「(多分、探偵と言う職業柄。慣れているんだろ)」
颯爽と事件を解決。なんてパターンの方が珍しく、大抵は浮気調査やペット探しなどの地味な仕事が多いことから、愚痴や不満を受け止めることには慣れているのだろう。
「ウフフフ。最原君ってば可愛いんだから。ヨシ! 何かあったら、アタイが守ってあげるワ!」
モノファニーは気をよくしているが、同行している星達はかなり鬱陶しそうにしていた。故に、彼らは解放されたエリアの一室を目指していた。
辿り着いた才能研究教室の扉をノックすると、部屋の主が快く迎え入れてくれた。
「やぁ! 星君! 皆! 君達も虫さんを見に来たの?」
ゴン太だった。室内とは思えない位に草木が生い茂っており、周囲には蝶やら何やらが待っていた。モノファニーが滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたし、春川も若干顔をしかめているが、星は涼し気な顔をしていた。
「そうだ。生きる活力を分けて貰いに来たんだ。一寸の虫に宿る五分の魂って奴を見たくてな」
「嬉しいなぁ! どんな虫さんから紹介しようかなぁ!」
すると、ゴン太は何かを見繕っている様だった。その内の一つを持って来た。マジックミラー的な物で覆われているのか、中身は見えなかったが。解凍中と書かれていた。星が尋ねた。
「なぁ、そのゲージ。中に何が?」
「ハエさんだよ!」
完了。と表示され、ゲージが解放された瞬間。耳障りな音が上がり、一斉にハエが放たれた。さながら黒い奔流と言った具合で、モノファニーが悲鳴を上げた。
「いやぁああああああああああ!!」
先程までのベタベタやら発言はどうしたのか。彼女は最原を見捨てて逃げ出していた。春川も堪らず退出する中、星と最原は留まり続けていた。正確に言えば、動けずにいた。
「ハエさん達も最原君のことが気に入っているみたいだね」
超高校級の昆虫博士である彼が言うのだから、悪意の類は一切ないのだろう。
単純に虫に好かれることを微笑ましく思っていたのだが、最原の全身にハエが止まっている光景はホラーもかくたるやと言わんばかりの物だった。
「獄原。このままじゃ最原が動けない。どうしたらいい?」
修羅場を潜り抜けて来た星ですら声を絞り出すのがやっとだった。このままでは最原が可哀想だし、外に連れて歩けない。
「大丈夫。今、ご飯を用意している所だから。起きたばっかりでお腹が空いているだろうしね」
てっきり、ハエの餌と言えばバナナなどの果実や腐った物を想像していたが、ゴン太は慣れた手つきで幾つもの培地を作っていた。
「そいつは一体?」
「『スーパーフライ』って言うハエさん達のご飯だよ!」
ただ、培地を作るだけではなく、ハエ達が止まり易い様にウッドパッキンなどを入れていることから、虫達に対する知識の深さや慈しみが見えるようだった。
最原から離れて、培地に入って行く様子は中々に芸術的に思えるが、必然培地の方にハエが集るので筆舌に尽くしがたい光景になっていた。
直ぐに移動しようと思ったが、最原が直立不動の状態で固まっていた。やはり、あの体験は相当にショックだったらしい。かと言って口にしたら、ゴン太を傷つけることを察したのか、星は話題をひり出すことにした。
「なぁ、獄原。なんで、ハエを孵したんだ? 蝶とか。もっと広めやすい物があったんじゃないのか?」
「生育環境的にあまり適している様に思えなかったから。それに、この学園にはハエさんのお友達が居そうだからね」
星は首を傾げた。この学園は見て回ったが、自分達以外の生物は存在していないと思っていた。
「どういうことだ?」
「学園を散策していた時に目の前に何かを過った気がしてね。最初は気のせいかと思ったけれど、やっぱりちゃんと何かはいるみたいで、捕まえてみようとは思っているんだけれど」
ゴン太のフィジカルは、生徒達の中でも飛びぬけて高い。彼の卓越した動資体力が何かを捉えていたとしたら、何がいるのだろうか?
「飛蚊症ってことはないか?」
「それは大丈夫だよ。ゴン太、頭は良くないけど元気なのが取り柄なんだ!」
嘘は言ってなさそうだ。だとしたら、何が居るのか。という、思いもよらぬ情報を掴んだついでに、最原が再起動するまでもう少し話を続けた。
「頭がよくないなんてとんでもない。俺は少なくとも、ハエ専用の餌があるなんて知りもしなかった」
「ハエさん達はゴン太達の生活と深く関わっているからね。他の生物の餌とか、遺伝子研究とか。色々な目的があるから、育てる為の環境が整えやすいんだ」
少しだけ寂しそうにしていた。彼は生態や繁殖方法に詳しいだけではなく、虫達を愛している昆虫博士なのだ。
なので、彼らの生命を一方的に搾取することは許容し難い物があるのだろう。ただ、生命である以上。弊害が存在していることも思い当った。
「ハエと言えば、病原菌のキャリアとしても有名だが……」
ゴン太の顔が苦々しい物に変わった。虫とは仲良くしたいが、人類と相いれない特徴を持っていると言うことも重々に自覚しているのだろう。
「ハエの不妊治療とかの件についてのことかな? 協力したことはあるよ。虫さん達は大事だけれどね。どうしても、仕方がないこともあるから」
「すまん。辛いことを聞いちまった」
「あ、大丈夫だよ! 昆虫博士である以上、人間と虫さん達の橋渡しをすることがゴン太の役目だと思っているしね!」
星が申し訳なさそうにしているのを見て、ゴン太は明るく振舞っていた。
相手を気に掛けての言葉選びは、実に紳士的でもあった。だから、逆に気になることもあった。
「話を聞くに、俺とは比べ物にならん位に社会貢献もしているし、善人だとは思うが、お前が狙われる理由が分からんな」
モノクマの言葉を思い出していた。彼はこの学園に集まったメンバーが死ぬべきだと言っていたが、星にはどうにもそう思えなかった。ただ、ゴン太には何かしら思うことがあったのか、難しい顔はしていた。
「心当たりが無い訳じゃないんだ。ハエさんの不妊治療の件もそうだけど、虫さん達を弄ったりしても、命は思い通りにならないことも多いから」
「なんかあったのか?」
「ちょっとね。ゴメン、これは口外できないことだから」
どうやら、思った以上に昆虫博士というのは社会的に複雑な立ち位置にいるらしい。最初はモノファニーを追い払う為だけに入ったが、興味深い話を聞けたので、星は満足そうにしていた。
「時間を取らせて悪かったな、獄原。面白い話が聞けた。また、ここに来てもいいか?」
「勿論だよ! ゴン太も星君達に沢山話せて、とても楽しかったよ!」
背後では、ようやく再起動した最原がウンウンと頷いていた。
底抜けに明るい笑顔を浮かべる彼と別れて、部屋の外で待っていてくれた春川と合流した一同が次に向かった場所はと言えば。
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「クッソ!! なんだ、このスロット。設定幾つだバカヤロー!!」
スロットに興じる入間達がいるカジノエリアだった。先程までのゴン太の明るさと無垢さがすっ飛ぶ位に、俗世と欲望に溢れた人間達が跋扈していた。
「楓ー。コイン貰っていくねー」
並んでスロットを打っているアンジーが、赤松のドル箱からメダルを掴み取ってパクり散らかしていた。取られた彼女は怒ることも無く、回転するリールを玩味しながら、ベタ押ししていた。
「あのぅ。モノスケさん、このゲームの設定難し過ぎませんか?」
「簡単に攻略されたら悔しいやんけ」
空になったドル箱を抱えたキーボがモノスケに文句を言っていたが、関西弁特有のぐう畜発言で蹴り飛ばしていた。
そして、予想通りと言うべきか。王馬の傍にはドル箱が積み上げられていた。目もくらむような大量のコインが積み上げられている。すると、素寒貧になった入間がフラフラとやって来た。
「王馬。オレ様に投資しねーか?」
「研究教室の無い入間ちゃんに投資してもなぁ」
彼がプレイしていたのは『SAKE NO TUKAMIDORI』というまんまなゲームで、最高難易度でプレイしているのか、入間と話ながらも並行してハイスコアを叩き出していた。
投入したコインが10倍になって返って来る為、どんどんドル箱が積み上げられていく。すると、入間は左右の手を組んでこすり合わせてぺこぺこと頭を下げていた。ごますりだ。
「研究教室が再建された暁には欲しい開発品を作ってやるからさ。な? それに、それだけいっぱい積んであるし……」
「どうしようっかなー」
星と最原の脳内に浮かんでいたのは、ハエが手をこすり合わせているアレだった。ゴン太曰く、アレは体を綺麗にしている行為と言うが。
「きたねぇなぁ……」
ラブアパートよりはずっとましだが、それでも大層欲望が蔓延る汚い絵図をマジマジと見せつけられていた。