皆が固唾を飲んで見守る。この学園には不自然なほどにペンと紙が無い。全ては苗木の証言を遮る為だろう。
モノクマの邪魔が入らない様に、大神や霧切が周囲を警戒する中。苗木は不二咲が持って来たノートPCに触れた。……直後のことである。けたたましくビープ音が鳴り響いた。
「え?」
画面にはあり得ない程のエラーコードが吐き出されていた。ブルスクリーンへと切り替わり、電源が落ちる。震える手で電源ボタンを押してみたが、画面が起動することは無かった。
「なん、でぇ?」
不二咲を始め、皆が呆然とする中。苗木はこの上なく慌てていた。ボク、なんか不味いことをしちゃった? 誰も言葉を発せずにいる中、演台からモノクマが出現した。
「ぶひゃひゃひゃ!! まさか、こんなことになるとは思っても居なかったよ!」
「モノクマ。これは貴方の仕業なの?」
「違います。もしも、僕が仕込むなら不二咲さんが何かしらを完成させたりした後にやるもんね。じゃないと、ショックが小さいでしょ?」
霧切の質問に対する回答は、不思議と納得できる物だった。この愉快犯がPCを破壊するのだとしたら、もっと効果的な場面で行うはずだと。
「じゃあ、これは苗木君が?」
「彼は存在自体がバグみたいなモンだから、PCとも相性が悪かったんだろうね。でも、中々エンターテイナーだね! 行儀が悪い子だと思っていたけれど、ちょっとだけ惚れちゃったかも!」
モノクマから本気の称賛を受けると言うことは、誰かにとって都合の悪いことをやらかしたと言う事でもある。
ぺたりと座り込んでしまった不二咲に対して、どう接すればいいのか分からず。苗木はひたすらオロオロしていた。
「な、苗木君は悪くないよ。僕が余計なことを思いついたから、だし……」
「ちょっと、不二咲ちゃん。大丈夫?」
責められないことが一層辛かった。朝日奈に支えられながら、不二咲は故障したパソコンを抱えて、体育館から去って行った。
これに関してはモノクマを責めようがない。本人の意思は兎も角として、苗木がノートPCを破壊したのは事実だからだ。
「あの、モノクマさん。PCの修理とかは?」
「うーんとね。ノートPCって壊れると修理が難しいんだよ。ソフトウェアがイカれたのか、ハードウェアがイカれたのかも分からないし。その上、型が古いから修理パーツも無いかもしれないんだよね」
舞園はダメ下で頼んでみたが、意外と修理してくれる気はあるらしい。念には念を押す形で霧切が問う。
「つまり、原因が分かって交換パーツとかがあれば修理してくれるのね?」
「そうだね。ソフトウェア面は不二咲さんがどうにでも出来るだろうから、ハードウェアが駄目だった場合はまた呼んでよ。あ、タダじゃやらないよ? 修理の為の材料は集めて貰うからね!」
言いたい事だけ言って、演台の下へと姿を消した。直ぐに霧切が向かったが、眉をしかめるだけだった。
「駄目ね。この出現口、モノクマのサイズしかない」
ここから黒幕へと辿るのは無理であるらしい。一先ず、保留にしておいて。
苗木達ヌケーターとの対話である程度の収穫があったかと思えば、最後にとんでもない事態が控えていた。先の出来事で苗木はすっかりションボリしていた。
「苗木君は悪くありませんよ。ちょっと、不幸な事故だったんです」
舞園が慰めの言葉を掛けていたが、苗木の頭頂部の毛も萎れていた。江ノ島達が彼の肩を叩いていると、不二咲を送り届けた朝日奈が帰って来た。大神が彼女に声を掛ける。
「朝日奈よ。不二咲はどうだった?」
「暫く、パソコンを色々と弄っていたけれど。バッテリー? とか、全部駄目になっているって言っていた……あ」
朝日奈は自らの失言に気付いた。苗木は自らの加害性を認めざるを得ず、ペタリと床に倒れ込んだ。そんな状況を鬱陶しく思ったのか、十神が両手を叩いた。先程の演台からモノクマが出現した。
「と言う事だ。こうなると、もはやPCの修理は受け付けていないか?」
「ひんじょ~に言い難いのですが、まぁ。そうなりますな。ただ、そうしたら不二咲さんが可愛いだけの役立たずになるじゃないスか? それはちょっと可哀想だと思うんで」
モノクマはラミネートしたカードを苗木達に渡していた。写真付きで何かの情報を載せられていた。霧切が覗き込む。
「ICチップに集積回路に……。もしかして、コレ。PCを自作させようとしている?」
「その通りです。苗木君達が壊した物は、苗木君達で返すのが礼儀でしょ。どうせ、壁とか天井とか抜けられるんでしょ? だったら、ここで滑ってばかりいないで少しは建設的なことをしたらどう?」
珍しく、全員がモノクマの意見に賛成していた。
実際の所、彼を忙しくして事情聴取の機会を奪うつもりなのだろうが、当の本人は詫びの入れ方を知れた為か元気を出していた。そして、共に滑っていた3人もまたスケートボードを手にしていた。猛烈に嫌な予感がした。
「ちょっと待て。苗木君だけだよね?」
そんな、バカみたいな挙動が出来る奴が何人も居て堪るか。モノクマの予想も空しく、スケボーを手にした4人は凄まじい挙動を見せていた。
まず、桑田はと言えばスケボーにライドしようとした瞬間、下半身が床へと潜り込んだかと思いきや、まるでミサイルの様に打ち上げられ上半身が天井を潜り抜けて行った。
江ノ島はスケートボードに乗ったかと思えば、その場で縦横無尽に回転を始めて体育館の各所にぶっ飛んだかと思ったら、最終的には桑田と同じく天井を通過していった。
そして、大和田はスケボーと共に地面に沈み込んで行って、何処かへと消えた。苗木は普通にスケボーに乗って体育館から出て行った。
「どうやら、能力まで感染するようだな」
「いっそのこと全員スケ落ちしてみる? コロシアイとかも無く、学園から脱出できるかもね」
大神の分析に対して、霧切がジョークで返していた。普段は冷静沈着で真面目な彼女がそんな返しをするのだから、どれだけ投げやりになっているか。
「なんだか、僕もその光景に興味が出て来たね。コレに対応しなければならない僕の苦労を噛み締めて、感謝する様に」
再び演台に引っ込んで行くモノクマを見ながら、体育館に訪れていたメンバーは一先ず寄宿舎に戻ることにしたのだった。
~~
「なんで、おめーまで感染してんだよ! 残ヌェー!!」
モノクマ操作室に江ノ島(妹)の叫びが響いていた。最近はヌケーター化したので、残念な姉とも合わせて残ヌェーと言う呼び方になっていた。
途中までは良かった。プログラマーとしてPCに触るしか能がない小動物が、仲間の手で叩き潰されて絶望へと追い込まれる。この生活にして珍しく粋な計らいが出来たとは考えていた。
ただ、少し問題が出る。今後の展開を考えるとPCの無いプログラマーなど、ツマラナイだけの存在になってしまう。故に、滑ってばかりのバカに弁解の機会を与えた。頭目が居なければ、他の奴らも大人しくなると思っていたが、予想は裏切られた。全員バカになっていた。
「んほぉおおおおお。オマエら本当に何なのぉおお!」
自身の予想が裏切られる所か突き抜けて、ブラジルまですっ飛んでいる勢いだが、江ノ島(妹)は喜んでいた。コロシアイに負けず劣らず、刺激的で想像も出来ない未知数の展開が待ち受けていたからだ。
それぞれの経路で侵入不可とされていた上階へとやって来たヌケーター達が、情報処理室を中心に電子機器を大量に回収していた。何かあった時用の為に、モノクマのスペアパーツとして取っていた物だが、構わないだろう。
「まぁ、PCが復元されたとしても動機は公開するんだけれどね」
正直、外の荒れようを考えれば動機を提示した所で影響は少ないだろう。だが、本人達が外に知られることをどう思うかが大事なのだ。
下らない秘密もあれば、致命傷になる秘密もある。現状、最も期待できる相手が映った監視カメラの映像を見ていた。
~~
「と言う事があって、苗木君達は上階へと飛び抜けて行ったと思う。多分」
「そうですな。苗木殿ですから、それ位はやりそうですな」
一旦、食堂に戻って来た霧切は先程までの事情を話した。
本人もやや説明を放棄しているが、サブカルチャーで鍛えた柔軟な理解力を持つ山田は納得していた。彼も投げやりになっているのかもしれない。
「そっちの修理に関しては任せるにしても、他のことはどうするのよ。動機のこととか。まだ、私のは知られたくないんだけれど。私にもスケ落ちしろっての?!」
合わせて大和田が動機を公開した件についても話され、腐川は癇癪を起していた。自分も動機を公開しないといけないのかと。
「喚くな。どうせ、外も碌でもない状況なんだ。今更、社会的地位など気にする必要も無いだろう」
「アンタはどうなのよ……!」
十神の物言いに腐川は反論していた。これには周りも驚いていた。
卑屈さが人間の形をした彼女は、常に皮肉を吐いているが打たれ弱い。十神の様な高圧的な物言いに対して怯む物だとばかり考えていただけに、この反応は意外だった。
「問題ない。苗木達を手駒にすれば、どういう状況でも覆せる。いざとなれば、奴らの力を御せば良いだけだ」
「ブフォッ。スケ落ち十神殿」
山田が隣で噴き出していた。ひょっとしたら、腐川は彼の面の皮の厚さを学んだのかもしれない。
「てか、よく考えたら。外が荒れているなら、俺っちの借金もチャラになっているんじゃね!? そう考えたら、悪いことばっかりでも無いべ!」
外の惨状を聞いて喜ぶ辺り、葉隠は反社会分子としての素質を遺憾なく発揮していた。彼らを見て、セレスは溜息を吐いていた。
「なんだか、彼らを見ていると自分の秘密と言うのが馬鹿らしくなって来ますね。苗木君達以外にも外に出る能力があるとすれば、私もスケ落ちするのも悪くないかもしれません」
「いや、やめておいた方が良いと思います……」
「冗談ですよ」
本気かどうか。舞園としても判断し辛いラインだった。少なくとも、自分はあんな存在になりたいとは思わなかった。
「……でも、本当にどうしようもなくなった時の手段があると思うと、心の軽さは大分違うわね。どんな環境になってもペンと紙さえあれば創作は出来るしね」
「その意気ですぞ! 僕も学園から出たら、絶対にヌケボー話は書きますからな!」
「おー、コレが死亡フラグならぬスケ落ちフラグだべ?」
不謹慎窮まり無いことを言う葉隠に腐川と山田が中指を立てていた。一方で、霧切と石丸は別のことを話し合っていた。
「不二咲君のアイデアは悪くなかった。が、苗木君がPCに触れないとしたら、やはり意思疎通は難しいか」
「そうね。恐らく、今回の材料収集でPCの修理に成功しても彼には触らせない方が良いと思う。それよりも外に行けるメンバーが増えたのは喜ばしいと思う。彼らも探索に向かわせるべきだと思う」
「うむ。……正直、僕として困惑の方が大きい事実だが、彼らが僕達と外を繋いでくれるというのなら、頼みこんでみようと思う」
外と中を繋いでくれる存在が、どれだけこの学園を支配する恐怖を和らげてくれることか。もしも、彼らの存在が無ければ動機が公開されることを恐れて犯行に走っていた人間も居たかもしれない。
「(特に大和田君とかね)」
『兄を殺した』と言うのが、どういったニュアンスを含むのかは分からないが、公開されたら立場が危ぶまれることは間違いない。
「正直、スケ落ちと言うのがよく分かっていないが、大和田君の件に関してはこれで良かったと僕は思っている」
「そうね」
あまり良くない考えであるが、彼が抱えていた不安や恐怖を封殺するという意味で、今回のスケ落ちに関しては多少の感謝を見せていた。……そして、同時にこうも思ってしまうのだった。
「ただ、スケ落ちを頼りにし始めたら危険だと思う」
「間違いないわ。基本的に苗木君達との距離は守る様に、もう一度皆にはよく注意しておきましょう。個人的には葉隠君辺りが危ないと思う」
周囲に不和や危険を呼び込む者はスケ落ちさせてしまえば良い。そんな発想が出て来た自分達を諫めながら、動機公開までの残り少ない日数の過ごし方を議論していた。