「3階の探索をしよう」
今まで、皆を率いて来た石丸は何とか声を絞り出した。身内や大事な人が危険に巻き込まれている中、何もせずにいる方が耐えられない。
少しでも気を紛らわせるために探索を始めたが、彼らの期待を裏切る様にして3階は調べる場所が少なかった。
「娯楽室、美術室と倉庫、物理室と準備室。……図書室程の収穫はないわ」
霧切もまた平静さを保とうとしているが、声には若干のイラ付きが見て取れた。
今まで、皆を先導して来た男子と女子のトップが均衡を崩しているというのは、集団に不安を想起させていた。
「美術室と言うのですから、絵具や筆とか執筆道具を期待していたのですが、大した物はありませんでしたな……」
苗木から情報を引き出す為の道具にしても碌な物は見つからない。と思っていたが、腐川は首を横に振っていた。
「いえ、そうでもないと思う。ほら、私達が苗木に色々と頼んで彫刻刀を持って帰って来てくれたことがあったでしょ? アレと同じのが、美術室でも見つかったのよね。それも結構な数」
「あまり刃物や事件に繋がりそうな物は準備して欲しくないのだが……」
つい、先程の告白会で自身の中に殺人鬼の人格がいると言うことを発表していたこともあり、石丸は眉間に皺を寄せていた。
「あんな映像を見た手前、遠ざけたくなるのはわ、分かるけど。だからこそ、何か私達の方でも有意義なことをしないと」
「腐川君。君の言う通りだ……だが、彫刻刀で何を?」
「これだけじゃ意味が無い。他に、物理準備室に鉄板や鋼鉄の板もあったの。持ち運べるものを幾らか頂戴したから、見ていて」
腐川は鉄板を床の上に置くと、彫刻刀を取り出した。刃先を押し当て、傷を付けて行く。何をしたいのか、直ぐに理解した。
「そうか。尖筆か!」
「石丸なら直ぐに気付くと思った。アンタなら鉄筆とかも知ってそうよね」
字を書くのにインクは必須と言う訳ではない。傷と言う形で文字を表すことだって出来る。これは普段から原稿用紙や執筆作業に当たって来た彼女だからこそ、気付けた観点であった。
皆が苗木の方を見た。ここまで来て、ようやく彼と意思疎通らしいことが可能になったかもしれないのだ。腐川が傷を付けた鉄板には『やってみなさい』と言う文字が刻まれていた。
「今までは、学校の道具に傷をつけると言う事で校則に触れる可能性があったから控えていたが、鉄板などは加工前提の品だからな。モノクマとしても裁く訳にはいかんのだろうな」
大神が監視カメラの方を見上げながら言った。実際にモノクマが飛んで来ない所を見るに、これは黒幕側としても許容範囲内の行動なのだろう。
「じゃあさ、何か苗木に聞いてみたいこと。尋ねてみようよ! 苗木は私のことをどう思っている?」
陰鬱としていた空気を吹き飛ばす様に朝日奈が明るい声を出した。苗木は鉄板に傷を付け始め、やがて文字になった。
『運動神経が良い。スケボーやるべき』
「文字にしなくても、いつも言っていることじゃん!」
あまりに分かり切った回答だった。彼女の笑いに釣られて、雰囲気も明るくなる中、霧切が苗木に歩み寄った。
「今まで、聞きそびれていたことがあるの。……初日、貴方が遭遇した、外部の人間の名前を教えて」
今まで、色々とあり過ぎて尋ねられなかったが、霧切としては少しでも外の世界の情報を引き出したかった。直ぐに、苗木は鉄板に彫刻刀を這わせた。
『黄桜公一』
「聞いたことがある名前だな」
石丸を始めとして、多くの者にとって聞き覚えのある名前だったが記憶に残っていなかった。ただ、霧切には覚えがあったのか。
「超高校級のスカウトマンよ。皆も彼からの勧誘を受けて、希望ヶ峰学園に来たはずよ」
「あ、思い出しましたぞ! あの、ちょっと怪しそうな中年の方ですね!」
霧切が情報を具体的にしたことで、山田達も思い出していた。つまり、希望ヶ峰学園関係者は自分達を見捨てていない。と言うことだ。
「でも、なんで学園関係者が追い出されているんだべ?」
葉隠以外の者達も同じ疑問を抱いていた。何故、関係者達は学園に居ないのか? 苗木は再び彫刻刀を走らせた。
『外。銃、爆発、いっぱい。ヘリもいた』
「……今更ですけれど、苗木君。よく、生きて帰って来れましたよね」
当時の自分達は自らのことを考えるのが精いっぱいで、彼の活躍ばかりに注目していたが、この中で最も修羅場を潜っているのも彼なのだ。
舞園は自らの胸が締め付けられるような気がした。何故、こんなにも頑張っている人間のスケボー一つ認められないのか。己の狭量さが恥ずかしくなった。
『なら、スケボー』
「いや、それは止めときます」
それはそれ。これはこれ。鉄板に書かれた勧誘をサラリと断った。
何の収穫物も無いと思っていた3階だったが、実際は情報の塊とも言える苗木から色々と聞き出す為の物が揃っている場所だった。何かを決心した様に霧切が口を開いた。
「ねぇ、苗木君。もう一度、外の探索に行って貰っても良い? この鉄板さえあれば、中と外を繋げられる」
「待って、霧切さん。それって苗木君にもう一度危険な目に遭って来いってことだよね?」
不二咲の制動に霧切が口を閉じた。未だに苗木には分からないことが多いし、暴力やトラブルへの対処力はずば抜けていると言っても良かった。だからと言って、彼ばかりを危険な目に遭わせていいのか?
ひょっとしたら、彼の対処能力には限界があるかもしれないし、実は何かしらの損耗もあるかもしれない。次も無事でいられる保証はないのだ。
「だけど、外に出られるのは苗木っちと……多分、桑田っち達位だべ?」
現実問題、閉じ込められている自分達は少しでも外の情報が欲しい。
玄関ホールのシェルターは固く閉ざされており、自分達では潜ることも敵わないのだ。だから、彼らにやって貰うしかないのだ。
元より、霧切も気が咎めていたのだろう。葉隠の擁護もあったが、俯きがちになっていた。そんな彼女に、苗木は鉄板を見せた。
『大丈夫。頼って』
「……ありがとう」
「だったら、状況が分かる様に俺達も文章を作成するべきだ。外で銃撃や爆発が行われているなら、文章が書かれた鉄板が砕けない様に防御用品を作ったり、色々とやることはあるハズだ」
苗木の遠征が無駄にならない様にと。十神がするべきことを述べた。
普段ならこういったアイデアは石丸や霧切が提供していた所だが、彼らは先の映像の件もあり、判断能力が落ちていた。
一方、十神は自らの従者の健壮ぶりを把握したことで、より一層頭が冴え渡っている様に見えた。
「十神殿の意見に賛成ですな。僕に任せて下さい! 本職ほどではありませんが、立体物の加工もそれなりにやって来た経験はあるのです!」
「俺っちも割と出来るべ! 初めて、なんか役に立てそうだべ!」
「我もやろう。力が必要な加工物があれば、役に立てるはずだ」
他にも大和田もサムズアップをしていた。不安に呑まれそうになっていた一同であるが、僅かな光明が見えたことで希望を取り戻していた。石丸に代わり、十神が指示を飛ばした。
「文章は俺が考える。美術室や物理室から必要な物を持ってこい」
明確にやることが決まっているとなれば、皆もスムーズに動いた。ただ、石丸と霧切の動きだけは鈍かった。
「(どうして、皆は平気でいられるんだ? 霧切君みたいな反応になる方が普通だろう?)」
十神や大神のパートナー達の様に生き延びてくれるだろうという信頼があるなら、平然としていられるというのは分かる。ヌケーターズも精神的な均衡を欠くとは思っていなかった。舞園は……例外過ぎて何ともだった。セレスと腐川に関してはパートナーが人間ではないので判断が難しい。
だが、彼らには苗木こまるというヌケーターの系譜が共に行動しているから何とかなりそうな気がしてしまう。
「(山田君や朝日奈君は心配じゃないのか? 肉親だぞ?)」
映像の中で拉致された彼らの姿が思い浮かぶ。何か酷い目に遭っているのではないのだろうか? もしや……と考えると身震いが止まらない。不安が内側から自分を蝕んで行く様な気がした。
チラリと苗木達の方を見る。彼らが脇に抱えているスケートボードが目に入った。暗闇の中を進む光、皆の期待を背負った希望。伸ばそうとした手を霧切が掴み取っていた。
「貴方にはまだ役目がある。簡単にスケ落ちしては駄目」
「そうか。そうだな……」
皆を率いることが役目だというのなら、今は十神が取り仕切っているではないか。誰かを使うとことに慣れていることもあって、彼が飛ばす指示は的確な物だった。
「薄い鉄板に何枚も同じ文面の物を作れ。そして、コイツらのスケボーに貼り付けろ。ウェイトが増えて滑り難くはなるだろうが、お前ならば問題ないな?」
十神の挑発的な物言いに苗木達はスケートボードを掲げて見せた。この僅かな時間で、彼は皆をまとめる中心人物となっていた。
「(やはり。天才には敵わないと言うことなのか?)」
居場所を奪われたことで、抱えていたコンプレックスが噴出した気がした。石丸には、彼らの存在が遠くに感じられていた。
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「山田、朝日奈よ。無理をする必要はない。心が重いのなら、作業は我がやろう」
作業中のことである。大神は彼らに声を掛けていた。肉親が何処かに連れ去られる光景を見れば、心中穏やかではいられないハズだ。作業も手につかないと考えていたが、2人はせっせと鉄板に文章を刻んでいた。
「大神殿。気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「うん。私達だって、こんな状況でも誰一人欠けずにやって来れたんだもん。十神君の執事に不二咲ちゃんのお父さん。それに、さくらちゃんの頼れる恋人もいるんだよ? きっと、私達みたいに何とかできるよ!」
実際には彼が一緒の場所にいる保証など無いし、出会えるかどうかも分からない。楽観的と言う訳ではなく、彼らもまたあの映像を見た不安と戦っているのだ。
「そうだな。要らぬ心配をしたようだ」
「加えて言うなら、苗木殿の妹に舞園氏のメンバーもヌケーターに目覚めていた様ですからな。……次に再会するとき、ママがヌケーターになっていそうな気もしますが」
「その時はさ。こまるちゃんに指導して貰おうよ。苗木だって2年間は普通だったらしいし?」
何の根拠もないのに口に出せば不思議と信じられる気がした。それだけ、彼女達はヌケーターが起こす奇跡を見て来たのだ。誰一人、欠けることなく。
和やかな空気に包まれていると。不意にモニターに映像が映し出された。先程、見たばかりの肉親たちが映し出されていた。
『なんだ、お前ら!?』
映し出されたのは、石丸の父――石丸高秋の様子だった。腕には、ツートンカラーのバングルが装着されている。
彼の周囲には数機のモノクマが居た。ただし、学園内で見られるようなマスコットめいた挙動ではなく、無機質で機械的な動きだった。丸い手から鋭利な爪が生える。先端が血で濡れている。
「不味いぞ……」
映像を見ている自分達には何もできない。モノクマ達が一斉に飛び掛かり、中年男性がバラバラに引き裂かれようとした瞬間……突然、飛来したゴミ箱がモノクマ達へと命中し、彼らを吹っ飛ばしていた。
『!!』
石丸の父は直ぐにモノクマの包囲を突破した。彼を追撃しようとモノクマだったが、ゴミ箱に次いで飛来して来た存在に吹っ飛ばされていた。
流線型のフォルム。荒れた場所を走破するには向いて無さそうなウィールが地面を舐め上げていた。スケボーだ。
『君は?』
高秋の疑問に答えず、スケボーに乗っていた少女は倒れたモノクマへと触れた。すると、モノクマは縦横無尽に回転を始め、近くの建物に吹き飛び、バウンドして爆発した。他の個体達も同じ様な挙動を見せて、爆散した。
信じがたい光景だった。年端も行かない少女が、大の男さえ死に至らしめる兵器達を排除してのけた。周囲が落ち着いた所で、少女は懐から写真を取り出し、端の方を指差した。
『アイドルか? ……すまん。テレビはあまり見ないんだ』
センターを飾る少女を頻りに指差していたが、高秋には分からなかったらしい。ただし、この映像を見ている朝日奈達には分かった。
「羽山あやか……」
舞園の関係者である。グループ内の顔面偏差値を落としているとか、凄まじい暴言が吐かれがちな彼女ではあるが、歌もダンスも非常にキレが良い為、少なからずファンも居る。そんな彼女は、高秋にスケボーを差し出していた。