石丸は膝から崩れ落ちていた。もしも、一歩遅ければ彼の父親は帰らぬ人となっていたのだ。こんな状況が、後3日間も続くのかと。
「で、でもよ。石丸っち? なんか、あやかちゃんもヌケーターっぽいし、きっと大丈夫だべ!」
「気安く言ってくれるな!」
葉隠の慰めに対して、怒鳴っていた。自らの失態に気付いた石丸は口元を覆っていた。そんな彼の方に、舞園が手を置いた。
「すいません、葉隠君、桑田君。石丸君と霧切さんは作業が出来そうにないので任せても良いですか?」
「……」
「あ、あぁ。構わないべ」
葉隠は控えめに頷き、桑田もまた頷いていた。舞園達は娯楽室へと移動して、ソファに腰掛けた。
彼女から見ても2人のメンタルがかなりのダメージを負っていることが分かった。あの時、もしも助けが入らなかったら石丸はどうなっていたことか。
「お2人にとって、大切な人達なんですよね?」
皆のメンタルが頑強過ぎて失念しそうになるが、普大事な人間が危機的な状況に陥っているとしたら平静でいられる人間の方が少ない。
特に石丸に関しては舞園もよく理解できた。彼女は片親である為、仕事をしながら自分達を支えて来た父を大切に思っていたからだ。
「……警察官である父は祖父のせいで苦しんで来た僕達を守って来てくれた。清廉潔白を絵に描いたような人だ。僕にとっては一つの指標でもある」
以前、石丸の祖父が汚職で罷免されたことを話していた。罪が当人だけで留まる訳がない。正義感を振りかざした大衆が、石丸達家族にも矛先を向けるのは想像に容易いことだった。
「どうして僕達がこんな目に遭わなければならない? ようやく、世間に顔向けできると思っていたのに。僕がやって来たことは無駄だったのか?」
祖父の十字架を背負わされ、彼の罪業を見返す様に努力を続け、超高校級の風紀委員と評される程にもなった矢先、あまりに惨い仕打ちだった。
信じて来た努力は踏み躙られ、再び理不尽を押し付けられている。なまじ、この学園生活を上手くやって来た故の反動は大きかった。だが、舞園は首を横に振っていた。
「そんなことはありませんよ。だって、この学園で一番最初に苗木君とコンタクトを取ったのって石丸君ですよね?」
「まぁ、そうだが……」
舞園は思い出していた。廊下を滑っていた苗木が、自分を見つけて玄関ホールへと導いてくれたこと。彼に指示を出していたのが、石丸だったこと。
「最初に苗木君に会えた時、ホッとしたんです。最終的には皆と合流していたかもしれませんけれど」
合流するまでの間に色々と話をすることも出来た。でも、おかげで彼と距離が縮まって、接する機会も増えたと考えていた。
「確かに今は苗木君が皆の中心にいるかもしれません。けれど、ここまで苗木君や皆を引っ張って来たのは、間違いなく石丸君だと思います。彼も信用してくれていると思いますよ。だって、そうじゃないと自分がスケボーをしに行くことを伝える訳無いじゃないですか」
毎朝、決まった時間に訪れる彼らのことを不気味に考えていたが、アレは彼らなりのメッセージだったのだろう。一番、信用しているのはお前だと。
「苗木君……そうか。僕も信頼されていたのか」
ただ単に接触回数が多いから顔を出していただけかもしれないが、舞園は口にしないことにした。少しは調子を取り戻せただろうか?
次は霧切の番だが、彼女の大切な人と言うのがまるで想像が着かなかった。以前は『姉さま』と言っていたが、肉親の様には思えない。
「霧切さん。彼女のこと、聞いても良いですか?」
カプセルに収められ、治療を受けていた彼女は何者か。何故、あんな大怪我を負っていたのか? 探偵図書館とは何なのか? あまりに疑問が多い。ゆっくりと、彼女が口を開いた。
「彼女の名前は『五月雨 結(さみだれ ゆい)』。自由犯をメインにした探偵で、私の相棒だった人」
いつもはハッキリと物を言う彼女が視線を逸らした。だった。と言う過去形から望まぬ別れをしたことは想像できた。
「どうして、結さんはあんなことに?」
「ここでは話したくない。もっと落ち着ける場所で話すから」
チラリと監視カメラの方を見上げた。聞かれては不味いことなのだろう。しかし、聞ける範囲もあるはずだと考えた。
「でしたら、核心部分は触れなくて良いです。楽しかった思い出とかだけでも話せませんか?」
これには霧切も呆気にとられた様で、張り詰めていた表情が僅かに緩くなったように思えた。
「うむ。霧切君がどの様な学生生活を送って来たかは、僕も気になるな」
これは舞園の意図を汲んだという程ではなく、石丸自身も興味があった故に尋ねたことだった。もっとも、口に出すだけのバイタリティを与えたのも舞園であったが。
「そうね。じゃあ、まず。最初にシリウス天文台の話からしましょうか。探偵が逮捕されて終わるだけの起承転結も少ない話」
学友達に作業を押し付けるのは申し訳ないと思うし、石丸からすれば初めてのサボリだ。だが、これは必要なことなのだ。
先の動機で摩耗した心を癒し、次に向けての活力を得る。むしろ、この作業を放棄して、効率を落としたまま別作業に当たることの方がサボリとも言えた。
~~
3-Aと書かれたプレートが掲げられた教室内ではガリガリと何かを削る音がしていた。
鉄板の加工などは男子やスポーツ組が行う中、セレスや江ノ島。不二咲の様な女子組は鉄板に文章を刻むという作業に従事している。
「ちょっと不謹慎かもしれないけれど。こうして、皆で一緒に作業するのは楽しいかも……」
「実益にも繋がりますからね。少なくともやる意義は見いだせますけれど」
不二咲の感想に対してセレスの回答は淡白な物だった。
容姿や性格のせいでクラスメイトからハブられていた彼は、集団での共同作業に憧れていた。実現したのは、異常な状況下でのことだったが。
「でも、こんな発想が出来る腐川さんも凄いよ!」
「ガリ版印刷とかあるでしょ? あそこから着想を得たのよ。本当はこうやって削った奴の上からローラーでインクを塗って……みたいにやるんだけれど、紙が無いからね。原版での提出よ」
普段は陰気であるが、文学などに関することには饒舌になるらしい。
不二咲が彼女の蘊蓄に感心している手前、セレスは溜息を吐いていた。彼女にはあまり興味の無い話であるらしい。隣を見れば、江ノ島は作業に没頭していた。ギャルな見た目に似合わず真面目だった。
削るという項には結構な力と集中力が要る。元より動きづらい衣服を着ている上、顔の横でピョンピョン揺れる黒髪の縦ロールが邪魔だった。
「(サボる訳にも行きませんわね)」
もしも、コレが効果の無さそうなことなら放り出すのだが、これは切実に自分達の安否に関わって来る行為だ。
まだまだ、外の世界には未練があるしやるべきこともある。作業をする上で邪魔ならば仕方ないと、セレスはカチューシャを外した。ついでにウィッグも外した。
「え?」
「もう、本名もバレていますし。貴方達なら見せても問題は無いでしょう」
不二咲がポカンとしていた。あの黒髪ツインロールはウィッグだった。素の髪型はおかっぱの可愛らしい物だった。
「そうよね。あんな髪型している奴はそうはいないに決まっている」
腐川が納得していると、セレスが外したウィッグを江ノ島が手に取っていた。自らに被せて見せるという、取ってつけたようなギャル仕草だった。
「バカなことやっていないで、作業に当たりなさい」
ごめんごめん。と言わんばかりにウィッグを取ろうとした時のことである。
セレスの物は特注品だったのか、髪量が多い物であった為。江ノ島の地毛に絡んでしまったのだ。
「バカね、アンタ。慣れないギャル仕草なんかするからよ」
顔を合わせてから一回もそれっぽいことやっていないのに急にやったら痛い目を見るというのは、何処の世界にも存在する様式美であるらしい。
腐川と共に絡まった部分を解いて返そうとした時のことである。信じられないことが起きた。するりと、江ノ島の地毛まで外れたのである。
「……………………………」
金髪の地毛の下にはウィッグネットを被った芋い感じの少女が1人。彼女は落ち着きを払って、鉄板に文字を刻んだ。
『髪のセットが大変だったので』
「江ノ島さん。ヅラだったんだ……」
誰もが口にし辛いことを不二咲が言った。江ノ島は恐る恐る監視カメラの方を見ていた。
~~
「ボケーッ!!」
加速度的にバカになっていないかコイツ? 江ノ島(妹)が持つ分析力は、そう判断せざるを得なかった。
折角、3階では絶望的にクールに決まっていた黒幕ムーヴが身内の失態で台無しになり掛けていた。
「お前、本当なんなのぉおおおおおおおおお!!」
黒幕、渾身のシャウトであった。絶望と残念は別物であることは念頭に置いて欲しい。もしも、これから自分が登場した時には言われるのだ『ヅラじゃないんですか?』と。
『本当にアレ、ジュンコお姉ちゃんの身内?』
「戦闘だけはバカみたいに強いんだよね」
今はジックリと絶望を醸成するときだ。普段の業務程度ならば片手間に出来ることなので、生徒達の大事な人間を管理しているモナカ達の方と連携を密にする必要があった。
『まぁ、どうでもいいや。そうそう。お姉ちゃんがヌケーターって呼んでいる連中に破壊されたモノクマを調べたんだけれどね。内部のCPUがバグでぶっ飛ばされているね。本当にメカキラーだよアレ』
「じゃあ、そっちにいるコドモはあんまり役に立ちそうにないのね。対策は?」
モナカ以外にも手先に加えたコドモ達もいるが、彼らは何も持たないオトナ達に向けての戦力だと考えた方が良さそうだった。
『無理無理。遭遇しないことが一番の対策かな?』
無条件でぶっ飛ばされるらしい。だが、むしろ江ノ島は燃え上がっていた。自分が仕掛けた万全の布陣をこじ開けて来る予測も何もかも不可能な存在と相対できていることが喜ばしかった。
「そっちで、誰かがスケ落ちしたら教えてね~」
『は~い。後、ついでに報告。未来機関の連中が潜り込んで来たのに加えて、探偵の連中も嗅ぎ付けたみたいだよ。あの女に手を出したのが良くなかったのかな?』
モナカが送信して来た映像には、銃火器ではなく拡声器を手にした者達がモノクマと相対していた。スーツを着た男が悲鳴混じりに叫んだ。
『壊れろ!!』
拡声器を通して放たれた何かが命中すると、モノクマは吹っ飛んだ後。爆散した。傍目には何が起きたか全く分からないが、強力な対抗手段を手にしていることは間違いなさそうだった。ただ、使用者である男はそうでもなかった。
『あぁ! もう嫌だ! なんで、一度会っただけのガキを助けるためにこんなことに巻き込まれているんだ! 帰りたい!!』
彼が悪態を吐いている間にも新たなモノクマが現れるが、スーツの男の背後から現れた筋肉質の男が、手にした拡声器に向って叫んだ。
『動け!』
彼が拡声器を向けた相手はモノクマではなく停まっていた車に対してであった。すると、車は一人でに動き出してモノクマを跳ね飛ばしていた。周囲で爆発が起きた。
『燕尾君! 本当に、この街に居るのか!? あの娘!!』
『行くぞ』
言葉少なげに燕尾と呼ばれた男はスーツ姿の男を連れて街中に向って行く。こういった存在が幾つも画面に表示されていた。モナカが呆れ気味に言った。
『本当は、不比等の爺を捕まえられたら良かったんだけれど。固すぎて無理だったんだよね。だから、死んだと思われていたアレを蘇生させたんだけれど。ジュンコお姉ちゃん、どう思う?』
「素晴らしい。希望と絶望が絡み合った最高の演出です」
死んだと思っていた相手が生きていたという希望。しかし、間もなくして彼女が殺されるかもしれないという絶望。二律背反を体現させる存在であった。
『じゃあ、こっちはこっちで適当にやっとくね~。また、お話ししようね!』
モナカと呼ばれた少女は無垢で純粋な笑顔を浮かべたまま通信を切った。
人を殺すことも傷つけることも殆ど何も思っていないような。無邪気なままに邪悪だった。
「うーん。こっちのバカを見るより、あっちを見た方が面白そうですね」
江ノ島(妹)が見る映像では、何時まで経ってもくじけずにお互いを励まし合う生徒達の姿があった。