今までは、苗木達が先行した所で持ち帰れる情報も少なく、学園全体の捜索は遅々としていたが、彼らにコミュニケーションを取る為のツールが加われば、話は別だった。
次のシャッターが開くのは3日後だと言っていたが、もう黒幕の言う事に従い続けるつもりは無かった。
「苗木君。こんな状況下だからこそ。ルールを順守することが身を守ることに繋がると思っていた。しかし、大事な人が危険な目に遭っているのに座して待つつもりはない!!」
石丸が吠えた。超高校級の風紀委員として規律を守ることを掲げて来た彼であったが、ついに反旗を翻した。
下手をすれば大事な人達が更なる危険な目に遭うかもしれない。という、恐れは霧切の知り合いという探偵達の活躍を見て払拭されていた。……麻痺していると言った方が正しかったかもしれないが。
「ただし、校舎の破壊などは行うな。あくまで、俺達は校則に則り調査を行うんだ。文字通りの抜け道を使ってな」
十神は笑っていた。ルールや法則の穴を突くという慣用句的な意味ではなく、文字通りヌケーター達だけが持つ能力だった。苗木達が頷く中、石丸が歩み出て、彼らの前に立った。
「苗木君。僕にもスケートボードを渡してくれ」
「石丸君?」
「良いの? スケ落ちすることになるのよ?」
舞園と霧切は思わず口を挟んでいた。このコロシアイ学園生活が始まってから、スケ落ちすることに対する恐れを間近で見て来たのは彼なのだ。
毎朝、部屋の前に立たれては体育館に行くことを告げられる日々。増えて行くメンバー。何時か、自分も加わるのではないかと漏らしていたが、その時がやって来たのだ。
「僕は彼らを誤解していた。スケートをすることに全ての意識が割かれ、自分と言う物が無くなるのではないかと。風紀委員として全てを忘れ、恐怖から目を背けることは恥ずべきことだと思っていた」
「石丸っち? 今、すげー失礼なこといってねーか?」
滑ること以外、何も考えていないバカ。と、言っているんじゃ……と、葉隠は思ったが、周りの者達があまりに真剣な面持ちをしているので声を上げて突っ込むことは出来なかった。
「だが、苗木君は僕達の為に身を張り続けてくれた。今も黒幕との戦いの最前線に立ち続けてくれている。その在り方こそ、風紀委員としてあるべき姿なのだと思えた。だから、僕も君と共に戦いたい!」
杓子定規にルールを守るだけが在り方ではない。時にルール自体が間違えていることさえある。このコロシアイ学園生活は正に、その通りだった。
『ようこそ』
お絵描きボードに短く文言を書き込んだ後、苗木はスケートボードを差し出していた。石丸は躊躇うことなく受け取った。
「十神君。皆を、頼んだぞ」
「貴様に言われなくとも当然だ。行ってこい、凡人」
この期に及んで、更に仲間を増やした苗木達は4階へと続くシャッターを通り抜けていた。物理法則を無視した挙動だが、もはや誰も疑問にも思っていなかった。……程なくして、モノクマが現れた。
「オマエらは本当に現代っ子ですね。3日も待てないんですか?」
「あったりめーだべ!! 母ちゃん達が巻き込まれているんだから、何もしないなんてことはあり得ないべ!!」
本来なら苗木達の様な秘密兵器を封じ込めるために行った動機であったが、彼らにとってみれば怒りに火を付けて、行動を踏み切らせるだけの物にしか過ぎなかったらしい。
「ここに来たのは我らの足止めか? それとも、力づくで排除しに来たのか?」
大神が皆を守る様にして立ちふさがる。先程、食堂の映像でも見た様に大量に出されてはどうしようもないが、モノクマは首を横に振った。
「いや。もうやらないよ。本当なら外の世界の真相とか失われた2年間とか。とっておきのどんでん返しとして、仕込んでいたのに。お前ら、無理矢理入手したでしょ? なんスか? Wiki見ながらゲームするタイプ?」
「じゃあ、何をしに来たの?」
霧切が尋ねた瞬間。彼らの目の前にあった4階へと続くシャッターが開いた。そして、肩を落とす仕草を見せた。
「ゲームとしての体を成していないからね。癇癪起こして皆殺しにするのも、チープな展開でしょ? ならさ、直接来いよ。4階で待っているからさ」
既にゲームとしてぶち壊されているというのに、これ以上何をするつもりなのか。というか、開けてくれるならヌケーターになった石丸の決意は何だったのか。
「無駄死にならぬ、無駄スケ落ちですな」
山田の身も蓋も無い言葉に、霧切は彼の脇腹を小突いていた。何かしらの罠が待ち受けている可能性はまだ否定できない。大神と霧切を先頭にして、全員が4階へと続く階段を上がって行く。
~~
真っすぐに進んで行くと左手に男子トイレと女子トイレが見え、少し進むと音楽室があった。しかし、今は用事のある場所ではない。
右手に二つの部屋が見えた。クラスプレートには『モノクマ操作室』『情報処理室』と書かれていた。本来なら鍵が掛かっていて、入れない部屋だったのだろう。
当然だ。黒幕からすればここは心臓の様な場所であり、コロシアイ学園生活の運営の為には何人たりとも侵入を許してはならない。
だが、何の抵抗もなくドアノブは周り、扉が開いた。中には既に苗木達が居て、モニターの映像に釘付けになっていた。
『は~い。オマエらの勝ちです。正直、消化不足というか。何も起きてねぇよな!?』
映像には、戦刃むくろが参考にしていた本物の江ノ島盾子の姿が映し出されていた。ギャルとして計算され尽くした容姿は、計算され尽くした機能美さえ感じる物だった。彼女の傍には1人の男性が拘束されていた。
彼は何者だろうか? 皆が首を傾げる中、霧切だけがマイクを掴んでいた。
「江ノ島盾子。彼をどうするつもり?」
『霧切ちゃんには彼が分かるよね。このくたびれたおっさんこそ、本当の学園長。霧切仁です!』
伸び放題になった髪と無精髭、頬もこけていることからロクでもない環境に居たことは直ぐに推測できた。しかし、彼の眼は光を失っていなかった。
『響子。……すまない。お前達をこんなことに巻き込んでしまって』
「謝罪は後で幾らでも聞くから。今、何処にいるの?」
平静を装っているが、彼女の声には焦りが見られていた。皆にもこれから何が起きるか薄々予想が付いていたのだ。
クラスメイトは全員無事、関係者も仲間達が救出活動に当たってくれている。黒幕も追い詰め、誰一人として犠牲を出すことのないパーフェクトゲームが達成されようとしている。黒幕からすれば、望ましくない状況だ。
『何処だろうね? でも、これから何処に行くかは分かる。こんなクソみたいな学園を建てた罪で地獄行きは間違いないよね!』
仁を拘束していた椅子が変形していく。背もたれに翼が生え、上空にはモノクマの顔をした太陽が浮かび上がっていた。画面が切り替わる。
【イカロスの旅立ち】
『本当ならさ。ここに来るまでの間に何回かオシオキを挟んで、慣れているハズだったんだけれど。コレが最初で最後になりそうだよね』
イカロスの旅立ちと言うタイトルから何が起きるかは予想できた。ここに居る者達は見ていることしか出来ないのか? いや、この場には何度も奇跡を起こして来た者達がいる。
苗木達は一斉に地面に潜り込んだ。霧切は校内放送用のマイクを用いて、状況を説明した。
「先程までのことを考えれば、江ノ島がこの部屋にいた可能性は高い。だったら、処刑場へと続くルートがあるハズ。体育館にモノクマが出現していたルートがあった時みたいに!」
ヌケーターズは校内中を駆け巡った。何が何処にある? まだ見ていない領域もあった。5階には植物園などがあったし、寄宿舎の2階には学園長の個室や隠し部屋なんて物もあった。
「さっきの江ノ島の言葉。オシオキを挟んで……という言葉があった。それは本来、コロシアイ学園生活の中で実行されるはずだった処刑施設があるはず」
校舎や寄宿舎の上階に無いとすれば、地下に潜っていた苗木はただ一人、その場所を見つけた。証言台がサークル状に配置されている。本来はここで議論でも行われる予定だったのだろうか。
奥へと続く扉を擦り抜ける。江ノ島がこちらを見て笑っていた。霧切仁を乗せた椅子はモノクマ太陽に突っ込もうとしていた。
「ここからの逆転劇。用意できる?」
嗜虐に満ちた物でありながら、本気で期待している様な眼差しだった。苗木も同じ様に地面に半身が埋まったかと思いきや、モノクマ太陽に向かってすさまじい勢いで撃ち出されていた。
「止めろ。苗木君。君まで巻き込まれることは無い。響子には……」
言いたいことがあるなら自分で伝えろと言わんばかりに、苗木は仁にスケボーを装着させていた。椅子を透過するかと思いきや既にモノクマ太陽に呑み込まれている。
『苗木君!』
放送から霧切の悲鳴が聞こえた。当然の如く、苗木は何事も無かった様に入口にリスポーンしていた。だが、仁はそうはいかなかった。
ベチャリと。こんがりと焼き上がった1枚肉のステーキが地面へ落ち、モノクマ印のコショウと塩がふんだんに塗された。
「はい、残念。学園長は旅立ってしまいました。折角、お肉にしてあげたんだから、皆で分けて食べてね。血肉になって生き続けるよ! ぶひゃひゃひゃ!!」
最後の最後で関係者を助けることが出来なかった。如何に理不尽に全てを救い続けて来たヌケーターと言えども届かない場所はあった。
江ノ島の中にかつてない程の高揚感が訪れた。計算と分析で想像できることだけが起きるだけの現実に現れた理不尽。自分は予測不能な事態を対応し、乗り越えた。
だが、同時にがっかりもした。所詮は計算と分析で乗り越えられる相手だと。このまま生き延びれば第2Rも戦えるかと思ったが、急激に飽きた。と思った瞬間のことである。
『え?』
霧切の驚きがスピーカーから漏れていた。何事かと思い、振り返ってみれば。1枚肉のステーキが起き上がって、スケボーに乗っていた。
「は?? は???」
スケートボードに乗った、香ばしい匂いを放つステーキ。さながら、スケーキと言った所だろう。彼は校則違反を犯す生徒を指導するかのようにして、江ノ島に飛び掛かっていた。
大きさと質量は成人男性並みにあった為、流石にここまでの異常事態を予想できなかった江ノ島は壁に吹っ飛ばされて気絶していた。しかし、目を回す彼女の顔は実に幸せそうな物だった。
『…………………………』
誰も何も言わなかった。勝利の歓声も上がらなければ、黒幕を倒したことに安堵する声も無い。ただ、疑問と困惑があるだけである。
画面には苗木とスケーキがいるだけだ。苗木は手から出現させた無数のスケートボードで江ノ島を覆っていた。ある意味、悍ましい光景だった。
君は生まれついての邪悪だったんじゃない。ただ、楽しさや心をワクワクさせることを見失ってしまったんだ。スケボーなら君の手を引いてやれる。楽しい時間が待っているハズだ。そんな期待を込めた板葬だった。
すると、いかなる奇跡か。ギャルメイクをキメていた彼女の髪色は茶色の物に変わり、メイクが剥がれ落ちてみたこともない女子生徒が現れていた。スケーキはくねくねと動いていた。
『とりあえず、そっちに向かうから』
沸き上がった困惑の全てに蓋をして、霧切は一旦放送を切った。
暫くしてのことである。このスペースに辿り着いた霧切達は、映像内の光景がフィクションでも造り物でもないことを認めざるを得なかった。
スケーキがぴょんぴょんと飛び跳ねた霧切へと接近していく様子は、この学園生活が始まって以来のホラーめいた光景だった。
「させんわ!」
大神がスケーキを蹴り飛ばした。壁に激突して、ベチョリと地面に落ちた。
でも、大したダメージにはなっていなかったらしく。ムクリと起き上がった。もう一度、追撃を掛けようとする大神を霧切が制した。
「待って。一応、ひょっとして、万が一、認めたくはないけれど、ありえてしまうかもしえれないけれど、探偵として可能性の全てを吟味しなければならないうえでの結論だけれど。アレは私の父かもしれない」
「滅茶苦茶嫌がっていますね」
舞園が指摘したが、当たり前のことである。誰だって自分の父親がステーキだなんて言われたら、頭がおかしくなるに決まっている。
依然として香ばしい匂いを立てながらスケーキは霧切へと近付いて、ハグをする様に覆い被さった。彼女の頭が油で濡れた。一応、親子再会の瞬間ではある。
「素敵な光景だべ……」
「いや、ステーキな光景でしょ」
今もなお、親が命の危険に曝されている葉隠はこの光景に感じ入っていたが、山田からは冷めた意見が飛んでいた。相手は熱々(温度)なのに。
「霧切ちゃんのお父さんってステーキだね!」
「面白くないジョークね」
香り立つ匂いに我慢できなくなったのか、朝日奈はスケーキを齧った。食われた側に痛みが走ったのか、ビクッと体が跳ねていた。
人の父親を食い千切るという、コロシアイ学園生活始まって以来のバイオレンスな光景だったが誰も何も言わなかった。
「うわ、美味しい!!」
「朝日奈よ。止めておけ」
倫理的にも見た目的にも衛生的にも良くは無い。大神が制止する傍ら十神と腐川はスケボーに埋められた少女を見ていた。
「映像に映っていた江ノ島とは違うな。メイクが施されていた影武者か?」
「あり得るわね。でも、コイツは一体?」
江ノ島のボディはまんまに顔つきと髪色、髪型はまるで違う。首から上がすっかり挿げ替えられた様だった。江ノ島(仮)を拘束した後、彼らは顔を見合わせた。
「これからどうするべ?」
一応、誰一人として犠牲は出さずにコロシアイ学園生活を終えることは出来た。
だが、問題はこれからだ。関係者達は未だに危険に曝されているし、自分達は何処に向えば良いかも分からない。葉隠が思い悩んでいるとスケーキがぺちぺちと跳ねていた。
「学園長殿? 何かいい考えが? 後、あまり近付かないで欲しいです。物凄くお腹が減って来るので……」
山田が距離を取りながら尋ねた。朝日奈も先程からチラチラと彼の方を見ている。スケーキと化した彼は生徒達の人気を集めていた。
とりあえず、霧切達がエレベーターに乗って地上に戻り、江ノ島も居た4階の情報処理室へと向かった。後は誰に任せるかは言うまでもない。
「僕達の出番だね!」
『ご主人タマ!』
名乗りを上げたのは超高校級のプログラマーである不二咲だった。
苗木達に作って貰ったPCで予め作成していたAIも使い、学園内のシステムが迅速に掌握されて行く。空気清浄装置、食堂への食糧運搬装置等。その中には、当然外部への通信も含まれていた。
『こちら、未来機関。このIPは……』
「希望ヶ峰学園78期生。超高校級のプログラマー、不二咲千尋です。黄桜光一先生からの依頼である、黒幕の捕縛と学園長の救出を完了しました!」
それは、この世界にとっての福音であり。また新たな章の始まりとも言える宣言であった。コロシアイ学園生活はここにて幕を引かれた。
希望ヶ峰学園78期16名と学園長1名による17名の生存が確認された。彼らの健康状態は至って良好であった。