23時間目:メモリー
希望ヶ峰学園付近で稼働していた兵器の数々は、この情報処理室からコントロールされていたものらしく、不二咲の手によって無力化されていた。
攻撃の手が止んだことを観測した未来機関の者達が学園へと突入を開始し、78期生の安全が確保されて行く中、彼らを率いていた黄桜光一は苗木達と再会していた。
「助かった。よく、あんな状況で全員生還することが出来たな」
記憶を消された上、コロシアイを強要された。となれば、誰かが早まっても無理はない状況だった。だが、ついに誰かが殺されることも無くシェルター化した希望ヶ峰学園の解放に成功した。
生徒達の尽力を労う様にしてスケーキが上半身をペコペコさせているのを見て、黄桜は固まっていた。
「ちょっと待ってくれ。なんだ、この化け物」
「希望ヶ峰学園に落ちていた肉よ。自分で動けるの」
霧切が目を逸らしながら言った所で、スケーキは身を捩じらせていた。どうしてそんなひどいことを言うんだい? 反抗期か? そう訴えている気がした。
「霧切っち! なんてひどいことを言うんだべ! お父さんの姿が変わった位で、そんな冷たい態度を取ってからに!」
「え? コレ、仁なの?」
普段はクズみたいなことを言うくせに、親に対する在り方だけは真っ当過ぎる葉隠の指摘により、肉の正体がバレてしまった。黄桜としては困惑が加速する以外に何もないが。
彼の擁護を肯定する様に肉は上半身を何度も折りたたみ、苗木達も呼応するようにして頷いていた。……果たして、本当に生存者は全員無事だったのかと思えるような奇天烈な光景だった。
「そうね、多分だけれど。その肉は親だった物よ。きっとね」
「そうか。こっちでも色々と手を打ってみよう」
機関のメンバーが希望ヶ峰学園の構造を把握していく間、体力の無い者達が自室に戻ってダウンする中、数名は黄桜の所に集まっていた。彼らの意思を汲んで、霧切が代表して言う。
「黄桜先生。私達の関係者は塔和シティに居るのよね? 私達も行かせて貰える?」
「我からも頼む」
「駄目だ。こんな事態の渦中にいたお前達を、いきなり現場に向かわせる訳にはいかない」
幾ら全員が無事だったとは言え、そのまま次の任務に向かわせる訳にはいかない。しかも、確実に荒事になることも分かっているのだ。
探偵として中学生の頃から修羅場を潜って来た霧切や地上最強と言う呼び名もある大神さくらはまだしも、他のメンバーは……。
『行ける、行ける』
先の二人以外、全員がスケボーを手にしていた。山田は無駄スケ落ちしていたと言っていたが、メンバーの中に石丸が含まれていることを考えると、こういった流れになることを見越してのことだったかもしれない。
「まぁ、お前達程の人間が言うなら」
先程は生徒達の同行を認める気は無さそうだったが、戦力は幾らでも欲しかった。特に、あの爆撃やドローン達を潜り抜けて来たスケーターズの存在は正直に言うと欲しかった。黄桜が許可を出そうとした所で、同僚の女性教師から待ったが入った。
「戦刃むくろも運用するんですか? 首謀者の江ノ島を捕縛したんです。ならば、彼女も」
「だけど、戦力的には頼りになる。お前はどうする?」
黄桜が戦刃へと視線を向けた。すると、彼女はお絵描きボードを取り出して『塔和シティに行く』とだけ書き込んでいた。
「よし。それじゃあ、お前達だけ付いて来てくれ。状況は移動しながら説明する」
霧切と大神にスケーターズを乗せて、トラックは走り出す。
学園に残ったメンバーの中で行動を起こせる者達もまた次の一手に向けての準備を始めていた。
~~
『良いか。既に探偵達が潜入して関係者の保護に回っている。定時連絡の情報をまとめる限りでは、関係者の中で犠牲者は出ていない』
コロシアイ学園生活を終わらせた翌日。霧切達はヘリの中で、黄桜からブリーフィングを受けていた。
「関係者の中は。と言うことは」
『モノクマの暴走と共に。塔和シティに住んでいた人間達はな。流石にそこまで手は回らない』
「仕方ないわ。私達は全能じゃないんだから」
そう言いながらも、霧切の手には力が籠っていた。ヘリの中にいる苗木達はいつもの様な真顔……ではなく、かなり緊張した表情を浮かべていた。ただならぬ様子を感じて、大神が声を掛けた。
「苗木よ。やはり、お前も妹の心配を?」
首を横に振った。心配するまでもないらしい。彼はヘリの下に広がる海を指差していた。高所恐怖症なのだろうか? と考えていると、お絵描きボードに書き込んでいた。
『水面。キライ』
「言われてみれば、お主。学園内でプールが発見された時も見に来ようとはしなかったな。だが、泳げない。ではなく『水面が嫌い』という言い方が気になる」
泳げないという人間は別段珍しくもなんともない。ただ、水面が嫌いという表現の方法が特徴的だった。
「スケボーで滑れないからか?」
頻りに頷いていた。大した理由ではないが、無敵で無法に見える彼らにも弱点らしきものは存在しているらしい。
「我の知っている中国拳法家は水面の上を走っていたが、スケボーの技術でも応用は出来そうな気もするぞ」
『試した。5回までは行けた』
既に試しているらしい。雑談を交わしている間に塔和シティが見えて来た。遠目からもただならぬ雰囲気は感じ取れた。
『無事生還すること。苗木、響子を頼んだぞ』
『オッケー』
タブレットに向けてお絵描きボードを見せた後、彼らは降下の準備を始めようとして、ヘリの近くまでモノクマが飛んで来た。
『デストロイモノクマ!』
小型のジェットパックを背負ったミリタリー色の強いモノクマだ。この中で最初に動いたのは大神だった。ヘリに搭載されていた機関銃を構えていた。
「食らえ」
凄まじい轟音と共に大量の銃弾が吐き出され、デストロイモノクマへと命中するが装甲が分厚く作られているのか撃墜にまで至った個体は少ない。
一方、隣では霧切がレミントンM700を構えていた。ライフルを構える動作は素人の物ではなく、彼女にも何かしらの心得があることは伺えた。
「200mまでなら外さない」
放たれた.308ウィンチェスター弾はデストロイモノクマのジェットパックを撃ち抜いていた。タンクに入っていた燃料に引火したのか爆炎を上げて墜落していく。
『本当に銃器使えるんだね』
「出来たら観測手も欲しいんだけれどね。迎えに行かないと」
手荒い歓迎を終えて、彼女らが乗るヘリコプターは塔和シティに降り立った。
建物は破壊されており、路上には人々の死体が転がっている。念の為に脈を取ってみるが、手遅れだった。コロシアイ学園生活でも見ることの無かった光景に、苗木達は口元を抑えていた。
「ここで騒ぎを起こした連中は江ノ島以上にヤバイ人間の様ね」
実際に江ノ島はもっとヤバかったかもしれないが、霧切が知る限りはステーキに敗れた人間にしか過ぎないので、凄い過小評価を食らっていた。
探索を続けていると人間の死体以外にもモノクマの残骸も見つかる様になっていた。いずれも壁に突っ込んでいたり、さかさまになって居たり、全身がグニャニャになっていたりと前衛的な様子を繰り広げていた。
「苗木の妹か。あるいは、舞園の仲間がやったのかもしれんな」
「まず、彼女らが何処にいるのか」
上空から探すことが出来ればよかったが、先の襲撃を考えるに難しかった。
頼みがあるとすれば、出立前に不二咲から受け取ったというデータ。太市達が乗っているトラックから発されているビーコンのデータ位だった。
「まずは、そこを目指すとしよう。我らの目的の為にも」
件のトラックには大神の想い人と霧切にとって大切な人間が乗っている。何としてでも向かわねばならない。
モノクマに特攻があるという拡声器型ハッキングガンも握らされていたが、いざとなれば暴力による解決も辞さないという彼女の覚悟を示す様に、レミントンM700を背負っていた。
苗木達はと言えば、倒れている人間達にそっとスケートボードを添えていた。意図するところは全く分からないが、彼らなりの弔い方法なのかもしれない。……そんな風に考えていたが。
「&@%#!!!」
「!?」
血を流し倒れていたハズの人々が起き上がり、両腕を突き出して歩み寄って来た。まるで、パニックホラーに出て来るゾンビの様な仕草だった。
「苗木君。貴方、何をしたの?」
『スケボーあげた。喜んでいる』
彼らの背中を支える様にしてスケボーが背負われていたが、そういう問題じゃない。死体が手遅れだと言う事は、先程も確認したはずだ。
こちらに危害を加えて来る様子はないが、唸り声を上げて近付いて来る様子は心臓に良くない。それ以前に不気味過ぎるし、命への冒涜とも感じられた。
「苗木君。元に戻しなさい」
『スケボーあげただけ……』
苗木以外のヌケーターズも頷いていた。ガチでスケボーをあげただけらしい。
霧切は改めて苗木のスケボーを確認してみた。特段、ギミックや機構的な物は見当たらないというのに、一体何が。
「&@%#!!!」
「霧切よ。言い方はアレだが、いざとなればモノクマを避けるのに使えるかもしれん。彼らも引き連れて行こう」
「……えぇ」
正直、こんな大所帯で行動すれば見つかる可能性は高くなってしまうのだが、ここに来るまでの間に襲撃を受けていることも考えて、彼女はゾンビと化した住民達を引き連れて行くことにした。
それにしても、父親がステーキになったり死体がゾンビになったりと。もはや、スケボーと言う変化だけで収まらない不可思議な光景に、霧切の中の常識と理性は攪拌されていた。
~~
呻き声を上げる大人達を引き連れて塔和シティを練り歩く者達。当然、目立たないハズも無くモノクマ達から襲撃を受けまくっていた。
殺したハズの大人達を再度殺そうとモノクマが手から出現させた爪で貫くが、まるで動じない。それ所か、まるで爪を通して何かを逆流させられた様にモノクマの全身が捻じれて、スクラップになって行く。
「映像でも見たが。これは、ヌケーターが引き起こすバグの一種だな。どうやら、このゾンビ達はモノクマに対して特攻のあるバグのキャリアーであるらしい」
「そうね」
あまりに順当に馴染む大神の理解力にちょっとついていけない霧切は、表面上はクールなまま思考停止していた。
ゾンビ達に攻撃して来ても無駄と言うことが分かったモノクマ達は霧切や大神に攻撃しようとするのだが、苗木や桑田達が立ちふさがり払い除けてしまう為、本体を狙えなかった。
快進撃。というよりも、百鬼夜行めいた様相を繰り広げていた。だが、目的地にたどり着く上では便利ではあった。何故なら、トラック周辺には多数のモノクマとバリエーションが屯していたからだ。
モノクマ達の攻撃を死に物狂いで防いでいた男は、新たにやって来た気配を察した瞬間、叫んだ。
「さくら!!」
「心得た!」
二足歩行のモノクマではなく、デザインのモチーフにしたであろうクマと同じ様に四足歩行のバリエーション機体。ビーストモノクマが大神に襲い掛かった。
今まで倒して来た量産機と違い、パワーもスピードもけた違いだったが、大神は力任せの存在ではなく技巧をも併せ持っていた。一瞬の交差で関節部分を破壊して、動きを停めた。
彼女の動きに合わせる様にして爆速ヌケーター大和田が突っ込んで来た。彼が引き潰す様にして通過すると、ビーストモノクマは地面に埋まったまま出て来なくなった。彼の攻撃を皮切りにヌケゾンビ達もまた殺到した。
「さくら。まさか、来てくれるなんて。そっちの用事は片付いたのか?」
「問題ない。我が友人達の力で問題なくな」
その友人達が新たな阿鼻叫喚を運んで来ていることに関しては、ケンイチロウはグッと飲み込んでいた。これでも囲まれるだけだった状況よりは遥かにマシなのだから。
呻き声とモノクマのボイスが響き合う地獄みたいな光景だった。苗木達も応戦を始め、モノクマ達が次々と駆逐されて行く。彼らの合間を縫って、霧切がトラックの荷台に乗り込んで来た。
「霧切様ですね?」
「ペニーさん? それに太市さんも」
荷台にはショットガンを構えたペニーの姿があった。隣には拡声器型のハッキングガンを構える太市も居た。
「良かった。もう駄目だと思っていた……」
今も駄目っぽいのだが、ひと先ずこっちへの被害は避けれた。
ただ、彼女は何よりも心配していた物があった。カプセルの内の一つは既に開いている。表で戦っている大神の物だろう。もう一つは固く閉ざされたままだ。
「霧切様。中の様子をご覧になられますか?」
「……少しだけ」
表の乱闘状態の中で出来ることは少ない。だが、それでも優先させるべきことはあるにも関わらず、彼女は再会を優先とした。
カプセルの表面が透ける。下半身の損傷は痛々しく、上半身の傷痕も酷い。女性の体に残る傷痕がどれだけ障害に響くことか。瞼は閉じられて、眠っている様だった。呼びかければ、直ぐにでも目を覚ましてくれそうな気がした。
「結、姉さま……」
だが、彼女の願望は叶うこと無く。カプセルの中で彼女――五月雨結は眠り続けていた。