塔和シティ某所。モナカを始めとした希望の戦士達は大門の遺影を飾っていた。仏壇なども用意せず、チャチな墓石には『大門のばか』と刻まれていた。
「大門君。良い人だったのに」
言子がわざとらしく目元を拭いながら言った。部屋内のモニターには、大門が如何にして敗北されたかという映像が流されていた。
こまるとの勝負に負けて外へと出た彼は、突如として動きを停めた。すると、彼の顔は真顔になり、スケボーに乗って何処かへと消えて行った。全ての義務やら責任などを放り出して。
「き、希望の戦士のリーダーは死んだんだね。アイツ嫌いだったから、別に良いけれど」
どもりがちな蛇太郎の声には、喜びが混じっていた。別に子供同士だからと言って仲が良い訳ではないらしい。と言っても、ここに居る者達の中にリーダーを自薦するような人間も居なかった。
「じゃあ、今まで副リーダーだった新月君がリーダーね!」
「え? 僕が?」
モナカ直々の指名だった。車椅子に乗った彼女は新月に近付くと、彼の両手を握った。
「期待しているね!」
「お、おぅ! 任せてくれ!」
顔を真っ赤にして頷く辺りは年相応の子供らしい反応だった。ただ、同時に塔和シティに潜むオトナと言う名の魔物達に対処する責任を負わされた。
「(どうやって、こいつらに対処するんだ?)」
最初の内は良かった。モノクマを使えば、どんな大人でも直ぐに悲鳴を上げて逃げ惑い、最終的に狩られるのだから。
だが、外部からの侵入者によって事情が変わった。殺したはずの魔物達は蘇り、モノクマ達に復讐をする様になっていた。彼らはまるで感情の一切を無くした様にスケボーに興じている。不気味と言うしかない。
「とりあえず、次はボクちんが行って来るね。大門君と違って、ボクちんなら魔物と一緒に遊ぶ真似なんてしないし……」
次の刺客は蛇太郎が名乗りを上げていた。新月からすれば、大門に次いでウザかったので許可を出そうとした所、モナカが止めた。
「だーめーなーのー! きっと、このまま行ったら蛇太郎君もスケ落ちしちゃうのー!」
「も、モナカちゃんが。僕の心配を!?!?」
「きも」
あまりのテンションの上昇幅に言子が率直な感想を漏らしていると、モナカが両手をパチパチと叩いた。すると、扉の奥から青年が現れた。
魔物にはなっていないギリギリの年齢ではあるが、首元に付けられた鎖などから、彼の人権が制御されている様子は伺えた。
「ミルクセーキを作って来たよ。砂糖と背脂、これに卵も加えて完全栄養ドリンクだよ!」
「うわ、不味そう。召使は料理もダメダメだね。ボクちんと同じダメダメ人間だよ」
蛇太郎が率直な感想を述べていた。卑下する自分と同レベルという同情を魅せながら、同時に侮辱も行うという高等テクを食らっていたが、本人は何処吹く風だった。
「全部お前が飲んどけよ。モナカちゃん、コイツを呼んだ理由は?」
新月からすれば、ただの召使にしか過ぎない彼に大したことが出来るとは思っていなかったが、モナカはそう考えてはいないようだった。
「召使さんのー。友達、呼んで欲しいのー。スケ落ちしないとーもーだーちー!」
「ふむ。それは、スケートをするような運動神経も度胸も無く、遊ぶ楽しさを知らないようなクソ真面目人間を連れて来いってこと?」
少なくとも友達と評する人間に掛ける言葉ではない。だが、彼には心当たりがあったのか、ポケットからモノクマ型の無線機を取り出していた。
「あぁ。左右田君? 姫様から呼び出し。君をご指名だよ。理不尽に勇敢に立ち向かう君が見たいんだって」
「え? 左右田兄ちゃんも来るの? うへへ。僕ちん、明日にでも死にそう」
蛇太郎のテンションは更に上がっていた。どうやら、魔物嫌いでも特別枠みたいな物は存在しているらしい。彼らのテンションの上がりぶりとは裏腹に、モナカの内心は冷めた物だった。
「(どうせスケ落ちするんだろうけれど。どうしようかな)」
~~
貯水庫に満ちていた人々の呻きや苦悶、不安や絶望の大半がスケボーの音に置き換わっていた頃、シロクマは一部のメンバーを集めて説明をしていた。
「皆には、この街で取り残された人達の救助活動を手伝って欲しいんだ。出来ることなら、暴走する希望の戦士達を止めて欲しいんだ」
シロクマの説明によると。彼らは希望ヶ峰学園付属小学校に在籍していた者達であり、幼くして多数の功績を収めた神童と呼ばれる類の人間であると。
彼らは子供であるが故に暴力などにも躊躇いが無く、こんな恐ろしい事態を引き起こしているのだと言う事だ。
「待て。いくら優れていると言っても、ただの子供がここまで出来る訳も無いだろう。バックに誰が付いている?」
大神が口にした疑問は誰もが思ったことだった。たかが、子供がここまでの惨劇を起こせるわけがない。となれば、支援した者達がいる筈だ。
「超高校級の絶望って呼ばれる連中だ」
シロクマが説明を躊躇っていると、右手にギブスを装着していた青年が口を開いた。全員が訝し気な視線を向けた所で、シロクマが慌ててフォローに入った。
「彼は塔和灰慈。彼のお父さんは塔和グループの会長さんなんだよ」
「親父も何もかも全部失くしたけれどな!」
灰慈が捨て鉢になりながら叫んだ所で、苗木はスケボーを差し出していた。
全てを失って辛いだろう。スケボーの世界に入れば、全てが救われる。とでも、言いたそうにしていたが灰慈は切れていた。
「ふざけんな! オレに表でスケボーしているバカみたいになれってのか!? お断りだ!!」
バカ呼ばわりされたことに腹を立てたのか、苗木達は一斉に灰慈の頭をスケボーで殴っていた。慌ててシロクマが止めに入った。
「止めなよぉ! 灰慈君もバカって言ったのは悪かったけれど!」
皆にボコられて涙目になっている灰慈を他所に話を続けた。子供達の背後に付いている、超高校級の絶望と呼ばれる者達についてだ。
「彼らもまた希望ヶ峰学園の関係者らしいんだよ。出来ることなら、彼らも捕まえて説得したいんだけれど」
勿論、余裕です。と言わんばかりに背後では苗木がスケートボードを掲げていた。この貯水庫に広がる惨状を見れば、納得せざるを得ない。
「連中を捕まえて苗木達にスケ落ちさせる。当面の方向はコレで行こう」
「えっと。皆で、スケボーを楽しむんだね!」
大神の突拍子もない発想を、シロクマは頑張って噛み砕いてみせた。
概ね間違ってはいないのだが、解決方法が意味不明過ぎて灰慈も頭を抱えるしかなく、霧切が肩を叩いていた。
「大丈夫。意味が分からないのは私も同じよ」
「うるせぇ! さっき、俺のことを助けてくれなかった癖に!」
被害者意識だけは人一倍高い灰慈は、触れる物全てを傷つける剥き出しのナイフめいた態度を取っていた。ただ、シロクマも相手をするのが面倒臭くなっていたのか、無視して話を続けていた。
「要救助者達の救出と出来ることなら、希望の戦士と言われた子達。それと、超高校級の絶望と呼ばれる人達を捕まえて欲しいんだ」
塔和シティに巻き起こっている混乱を収めるには、それしかない。関係者達を助けに来ただけのハズだったのに、とんでもない事態に巻き込まれていた。
いや、事態に巻き込んだのはこっちも同じだったかもしれない。建物の外に出てみれば、あちらこちらで避難民達がスケボーをしているのだから。
「本当はそこまでやるつもりはなかったのだけれど」
自分の目的はあくまで学園関係者の救出と……五月雨結を迎えに来ただけなのだから。だが、混乱を収めなければ彼女を外に出すことも適わない。
「ありがとう~! 君達が味方に付いてくれるなら心強いよ! じゃあ、まずは」
と言い掛けて、話を最後まで聞かずにヌケーターズ達は早速地面に埋まった後、カタパルトの様に天井に向って射出されていた。残された常識人達は呆然とする外なかった。灰慈が呟いた。
「夢でも見てんのか?」
「とびっきりの悪夢をね」
霧切達は慌てもせずにシロクマからじっくりと説明を聞いた後、エレベーターを使わない経路を教えて貰っていた。
~~
大門を撃破して、こまる達は幾つかの地下通路を経由して再び地下鉄へと潜っていた。道中で幾つもの死体を見掛けたこともあり、悠太はグロッキーになっていた。八鬼が彼に声を掛けた。
「無茶するな。一般人には刺激が強すぎる」
「なんで、こんなことになってんだよ……」
彼らは殺されなければならない程のことをしたのか? いや、理由があっても殺して良い訳がない。
「朝日奈君。大丈夫?」
「こまるは平気なのか?」
彼女はスケボーに乗ると人格が一変するが、それでも降りている間の精神性は年頃の少女と変わらない様に思えた。故に、彼女の安定ぶりは不気味に映った。
「うまく言えないけれど、ちゃんと事実として認識しようとしても出来なくて。なんか、こう。映画とか漫画の中の出来事みたいに思えて」
「心の防衛反応だな。それでいい」
八鬼の解説に頷いた。きっと、この事態を受け止めるのは心への負担が大きすぎる故に、現実として飲み込むことを拒絶しているのだ。自分もそうだったらよかったのにと考えたが、出来ないなら仕方がない。
そうして、また新たな地下街を通り過ぎて行こうとした時のことである。地面からニュッと何かが生えて来た。細かく震え、バタバタと動く挙動はキモいの一言。やがて、顔が見えた。
「あ! お兄ちゃん!」
「え……」
こまるが屈みこんで生えて来た顔を両手で包み込んだ。傍から見ていた悠太と八鬼としては困惑するしかなかったが。
やがて全身が飛び出すと天井へと激突して、崩れ落ちた。だが、直ぐに立ち上がって、こまると熱い抱擁を交わしていた。兄妹、感動の再会だった。
「私、頑張ってここまで来たんだよ! 色々な物を吹っ飛ばしながら!」
こういった時の少女の頑張ったというのは、恐怖を殺しながら、あるいは避けながら命からがらと言う意味で使われることが多いが、彼女の場合は敵をサーチ&デストロイしながらの快進撃だった為、尽力と言う言葉が相応しかった。
急に少女らしい仕草をされた為、悠太もどう反応すればいいのか分からないでいると、こまるに腕を掴まれた。
「あ。お兄ちゃん! 紹介するよ! 彼は朝日奈悠太君! 私と同じ生存者なんだ! こっちのアロハシャツの人は八鬼弾さん! 私達を助けてくれたんだよ!」
「あ、どうも……」
先の事態を見るに、彼女の兄も同じ様な能力の持ち主なのだろう。すると、彼は虚空からスケボーを取り出し、差し出していた。
妹の流麗な技は見ていただろう? お前もヌケーターにならないか? と、初手から勧誘を掛けたが、こまるが注意していた。
「ちょっと! お兄ちゃん。そうやって、人をヌケーターにするのは止めなって注意されていたでしょ!」
「ヌケ……何?」
スケーターならば聞いたことはあるが、ヌケーターなんて言葉は聞いたことが無い。悠太は八鬼の方を見るが、彼も首を横に振っていた。
「スケーターを超えた存在ですよ!」
「スケーターじゃなくて、あらゆる常識を超えた存在なんじゃねぇかな……」
八鬼の指摘に、こまるは顔を赤らめていた。今の話に何か恥じらう要素とかあった? と考えていた時のことである。
ジャー。とウィール音が聞こえた。また、ヌケーターかと考えていると、苗木とこまるの緊張が高まっていた。
「お兄ちゃん。なんか、ヤバいのが来る」
お前達以上にヤバい物って……? と、悠太と八鬼達が疑問を抱いていると、答えは向こうからやって来た。
「お前らか。ウチのシマ荒らしている奴らってのは」
奇怪な光景だった。声から男であることは判別できていたが、彼の全身はピッチリとしたスーツに覆われており、各所には装甲の様な鉄板が打ち付けられていた。また、フェイス部分は3本線が入った保護面に覆われている。
まるで、洋ゲーに出て来る兵士……というには、洗練さが少し足りない野暮ったさの様な印象を抱いた。彼の手には拳銃らしき物が握られていた。こまるが叫んだ。
「誰!?」
「テメェらに話すことはねぇ!」
全身をスーツに包んだ男は、スケボーで突っ込んで来た。
苗木達も対抗するべく、いつもの様に擦り抜けたり、荒ぶったりしようとしていたが。だが、次の瞬間。彼らは驚愕に目を見開くことになった。
「それ位なら、俺も出来るんだよ」
戦闘スーツ姿の男もまた天井へと跳び上がっていた。
バカな、その挙動はヌケーターにしか出来ないハズ。言葉を喋り、理性らしきものさえ見せている。この男は一体? 苗木とこまるに動揺が走り、何一つ付いて行けない悠太達が物陰からこっそり眺めていると、パタパタと走って来るモノクマキッズの姿があった。彼らの手にはモニターが掲げられ、画面にはパッチワークの目出し帽を被った少年の姿が映し出されていた。
「おーい! 左右田のお兄ちゃん! 置いて行かないでよ!」
「蛇太郎! こいつらには近付くんじゃねぇぞ! お前もスケ落ちさせられんぞ!」
左右田と呼ばれた男を含めた、3人のヌケーター達は狭い地下通路をバウンドしまくりながら、よく見たらスケートのトリックを決めての競技らしきことはしていた。しかし、左右田が何かを取り出してから、流れが変わった。
拳銃のような物だったが、よく見れば違っていた。3本のレーザーサイトがこまるのスケボーを捉えた瞬間、何かが発射された。すると、彼女のスケボーが切り飛ばされたのだ。
「キャッ!?」
「こまる!」
スケボーを切り飛ばされたことにより、バランスを崩した彼女は悠太達の元まで吹っ飛んで来ていた。
これに怒りを覚えたのか、苗木は中空でスケボーを持ち上げ左右田に殴り掛かろうとしたが、彼は件の拳銃を構えていた。
「吹っ飛べ!」
左右田と呼ばれる男が使っていた拳銃らしき物から走った衝撃が、苗木のスケボーを寸断しようとした瞬間。彼は上体を逸らして回避した後、スケボーのデッキ部分で彼を殴りつけていた。ダメージもそこそこに立ち上がっていた。
「今日は、この辺にしておいてやる。覚えてやがれ!」
左右田は捨てセリフを吐くと、スケボーに乗るように見せかけて地面に体が沈み込んで行き、何処かへと消えた。モノクマキッズ達も困惑しながら何処かへと去って行った。モニター内では、蛇太郎が『え!? 話す事があったのに!』と困った様に声を上げていた。
「うぅ……」
「大丈夫か?」
こまるは頭を抱えながら起き上がっていた。大した怪我はなかったらしいが、悠太は信じられずにいた。
スケボーに乗った彼女は無敵と言っても良い程の活躍を見せていたというのに、そんな彼女が敗れた。と、同時に背中が寒くなった。もしも、ここで彼女の兄と出会えていなかったら自分達はどうなっていたんだと。
『とりあえず。避難しよう』
「うん……」
苗木は懐から取り出したお絵描きボードに意思表明をしつつ、悠太達を引き連れて、件の避難所へと向かうことにした。
今度の相手はステーキに負けた女の様に容易くはいかないと。苗木自身の表情も緊張に満ちた物になっていた。