塔和シティで苗木達が鎬を削っている間、希望ヶ峰学園の方では超高校級の才能達による世界の復興活動が進められていた。
学園内の情報処理室は殆ど不二咲専用の場所となっており、外部の共同開発者である『月光ヶ原美彩』とチャットでやり取りをしていた。
『不二咲君。進捗の方はどう?』
「希望校正プログラムは形になったし、アルターエゴに運用と管理を任せても大丈夫だと思う。後は77期生の皆を確保出来たら良いんだけれど」
モニターにはカプセル内で強制的に休眠させられている77期生達の姿が映し出されていた。だが、カプセルには幾つかの空きがあった。
『危険度の高い『超高校級のマネージャー』『超高校級の剣道家』『超高校級の極道』『超高校級の王女』は捕縛できているけれど、『超高校級の幸運』と『超高校級のメカニック』が捕まっていないのが気になる』
メカニックが厄介なのは想像できたが、幸運は何を起こすか分からない不気味さがあった。……そして、現在。未来機関を脅かしているメカ達が暴れている最前線はと言えば。
「塔和シティに潜伏している可能性が高い、とか?」
『そう、睨んでいる』
霧切達が向かった場所であり、不二咲の父親も戦っている。
現在、超高校級の絶望と未来機関の最前線とも言える場所だが、コロシアイ学園生活に巻き込まれていた時の様な不安と緊張は無かった。
「それなら、大丈夫だよ。霧切さんに苗木君達がいるんだもん」
どんな困難でもとびっきりにぶっ飛んでいて、とびっきりに予想外の方向で突き抜けて行く彼がいる。盲目的に信じるのは危険にしても、心強い友人であることは間違いなかった。
『超高校級のヌケーター、か』
「月光ヶ原さんは聞いたことあるの?」
ひょっとしたら、自分が知らない2年間にヌケーターと言う存在は一般的になっていたのかもしれないと考えていたが、直ぐに『違う』という返事が来た。
『捕縛されていない超高校級の絶望の中に『超高校級の希望』と呼ばれていた存在がいた。名前を『カムクライズル』と言う』
「その人がどうかしたの?」
『超高校級の希望、と呼ばれる前は、希望ヶ峰学園で唯一予備学科から本校へと召し上げられた人間で、その時に認められた才能が『超高校級のスケーター』だった』
不二咲が息を飲んだ。スケートとヌケートは似て非なる物だが、何処か深い場所では繋がっている。実際、皆も最初は苗木のことを超高校級のスケーターだと思っていた位だ。
「つまり、塔和シティには絶望側にもヌケーターが?」
『いるかもしれない』
今までは希望側の矛として活躍し続けてくれたヌケーターが敵に回ればと考えて、頭を振った。そして、何よりも恐ろしい可能性に思い当った。
「……もしも、その人が希望校正プログラムの中に入ったら」
『プログラムを内側から食い破られるかもしれない』
だったら、カムクライズルだけ別にすればいいのでは? と言う事ではなく、希望校正プログラムは全員の交流の中で育まれる絆が出来てこそ意味があるのだ。特定の人間だけ除外しては意味が無い。
順調だったはずの進捗報告が途端に曇った様な気がした。同時に、塔和シティに向った同級生の安否が急に気になり始めた。
~~
「実は、調査をしていて気づいたことがあったの」
苗木誠が妹を含めて、残った救助所を拠点へと連れて来たことを確認した後、霧切が切り出した。外での会議はウィールの音が煩い為、プレハブ小屋内でのことである。
参加メンバーは霧切と大神にヌケーター達。そして、78期生の関係者達と探偵達にシロクマと灰慈を加えた、比較的精神に余裕があると思しきメンツだった。大神が続きを促す。
「霧切よ。気づいたこととは何だ?」
「まず、この塔和シティ内は建物が倒壊していたり、道路が陥没していたりで通行に障害があるから、敵の本拠地である塔和ヒルズに辿り着けないでいるのよ」
「そうだね。それ以外にもヒルズの周辺には大量のモノクマが設置されているということもあるし」
物理的にアクセスが不可能なことに加えて、防衛戦力まで集まっているとなれば近寄ることはできないし、同時に相手が根城としている場所だということも明白だった。シロクマが言った後に、灰慈が立ち上がった。
「だったらよ! ヌケーター達に行かせりゃいいんだ! 壁も抜ける! モノクマも突破できる! 敵なしだぜ!」
「何を言っているんだ! 子供達を死地に向かわせるつもりか!?」
真っ先に抗議の声を上げたのは石丸高秋だった。あまりに真っ当な感性から来る意見だったが、灰慈は一笑に付した。
「いやいや。今、このレジスタンスの基地が救助者で埋まっているのは誰のおかげだよ。ヌケーター共のお陰だろ? アンタだって、自分の子供位の女子に助けて貰ったんだろ? 今更、善人ぶるなよ」
高秋は言葉を飲み込んだ後、自分の窮地を救ってくれた少女、羽山あやかの方を見た。当の本人は苗木の方をチラチラ見ているだけで、この会話には興味も無さそうだった。
「私は灰慈さんの意見に賛成よ。私達のコロシアイ学園生活を打破したのも、苗木君達だったから」
「合理的ではあるな」
燕尾を始めとして探偵達の多くも頷いていた。一般常識や倫理的に言えば、子供達を死地へと送り出すことに賛成する人間はいない。ましてや、高秋は父親だ。尚更、賛成する訳がない。
同じ様に親である富士子、浩子、太市も渋い表情を見せていた。ただ、彼女達の子供はこの場にはいない。
「希望の戦士達を一人一人倒して、鍵を入手して……みたいなシナリオに付き合う必要はない。最初から全力で企みを圧し折ってやればいい」
「お兄ちゃん。霧切さんって怖い人だね」
『せやな』
こまるが兄に耳打ちをしていたが、彼は適当に相槌を打つだけだった。
他のヌケーター達からも反論はなく、灰慈からすれば窮屈な状況が打破されるのではないかと言う期待でテンションが上がっていた。
「よっし。だったら直ぐにでもやろうぜ! そんで、あのクソガキどもをボコボコにしてやる!!」
こんな生活に鬱憤が溜まっていたこともあり、彼の言動は過激の一言だった。
だが、こんな状況をさっさと終わらせられるなら採用しない手はない。唯一、心配なのはヌケーター達が拒否しないかどうかということだけだったが、彼らはスケボーを担いでいた。準備は万端な様だ。
「アレ? 皆、あれ見て」
シロクマが拠点内のビジョンカーを指差した。
ヌケーター達が来るまでは保護された避難民達が外の様子を見るのに使っていたが、今は誰も見ていない。普段は街中の様子が映し出されているのだが、今回は1人の少年。煙蛇太郎が映っていた。
『あ、繋がっているね。見ているかな? ひょっとして、もう出発しちゃったかな? 霧切って人に言いたいことがあったんだけれどなぁ』
「何?」
指名を受けた彼女はビジョンカーへと向かい、ぞんざいに対応していたが、彼はむしろ喜んでいる様だった。
『最近、皆してボクちんのことを無視して来るからね。こういう対応されると逆に嬉しくなっちゃうね』
「用件を言いなさい」
脅しを掛けようとしても救助民達は全員救出しているし、その際にバングルはヌケーター達の力を借りて破壊している。遠方から爆殺するという手段も使えないこと位は向こうも把握していることだろう。
だとしたら、降伏宣言だろうか。ならば、話も早い。霧切だけではなく灰慈もニタニタと笑みを浮かべながら聞いていた。
『多分、さ。例のスケボーしている兄ちゃん達はさ。ボクらのことを無視して本拠地に突っ込んでくるつもりでしょ? TASとかRTAみたいにさ。レギュレーションはany%でさ』
「さっさと本題に入りなさい」
『お姉ちゃん、余裕ないなぁ。まぁ良いや。そっちにさ、医療用カプセルに入っている人達いるでしょ? 今も治療を受けている』
霧切はペニー達の方を見た。先んじて、この塔和シティに入って来たメンバーであるが、こういった交渉材料に使われることも考えていたらしい。
「ネットワーク機能やバックドアに関しては、太市様に全て対処して貰っています。あの筐体はスタンドアロンを保っています」
だとしたら、ハッキングなどしてケンイチロウや五月雨結と人質に取るという手法も使えないハズだし、使えるならもっと早くに使っているハズだ。
『あ。脅しに使うと思った? 逆だよ。やっぱり、ボスを倒した後にはさ。ご褒美が無いとやる気にならないよね。だから、ジャジャーン!』
効果音を口にしながら見せたのは、ケンイチロウ達が入っている医療カプセルと同規格の物だった。ただし、見慣れない部品が付け足されてはいたが。
殆どの者達は首を傾げていたが、塔和シティ関係の事柄に強い灰慈とシロクマ。太市には理解できていた。
「もしかして、アップデートパーツ?」
『せ、正解! 2人が入っている医療用カプセルを強化する為のパーツだよ。別に嘘だと思うなら、取りに来なくてもいいけれどね。でも、先に大門君を撃破しているからさ。特別に1個だけプレゼントしておいたよ。救助民達の中に持っている人がいるから探してみたら?』
「おい! シロクマ! 探してこい!」
「わ、分かった!」
ヌケーターに機械のパーツを握らせるとろくなことにならないので、早期の発見が望まれた。すると、程なくして見つかった。
「2つ分。あったよ」
「使えるかどうか確認してみる」
シロクマが持って来た2つのパーツは、太市が色々と確認をしていた。
何をしているかはサッパリ分からなかったが、彼が頻りに頷いている所を見るに、恐らくは使用できるのだろう。
「だったら、俺が使用感を探る」
ケンイチロウが被験者を買って出た。追加パーツは最初からそう設計されていたのではないかと言う位にカプセルに簡単に取り付けられた。
大神が見守る中、ケンイチロウがカプセルに入る。すると、太市の操作するPCに表示されているデータに変化が訪れた。
「凄い。バイタルの管理が最適化されている。ケンイチロウ君、どんな気分?」
「気分が良い。いつもは全身が痛んでいたんだが」
いつも少し緊張していた彼の表情が穏やかな物になっていた。どうやら、嘘ではないらしい。
『分かって貰えた? ボクちん達は大人達と違って、嘘付かないもんね! 別に皆を解放したいなら、先にヒルズに向ってくれても良いけれどね』
「取引、のつもり?」
『別に? 嫌がらせだよ。ボクのこと、嫌いになった?』
パッチワークの目出し帽越しに蛇太郎の悪意が透けて見える様だった。霧切が逡巡している様子を見て、灰慈が恐る恐る尋ねた。
「まさか、お前。自分の事情で俺達を危険に曝そうって言うんじゃねぇだろうな? それにカプセルのアップデートに頼らなくても、さっさと騒ぎを収めて外に出れば治療は受けられるだろ?」
彼の言う事は道理だった。アップデートパーツを全部集めた所で使い物になるかは分からないし、集めている間に容体が急変するかもしれない。第一、本当に彼らが用意しているのかも疑わしい。
なら、当初の予定通り。ヒルズに向って最速で攻略する方が良さそうだったが、霧切の決断は鈍っていた。現在の世界情勢でマトモに治療を受けられるのか、それまでに結の体力が持つのか……。ビジョンカーの映像は既に切られている。どうするべきか。決断が出ずにいる中、こまるが控え目に手を挙げていた。
「あの。ヌケーターの皆も沢山いますし、全員別個に作業に当たらせればいいんじゃ?」
「分散作戦か。こう言うのって、物語とかじゃ各個撃破されるのが落ちってモンだけれどよ……」
灰慈は難色を示していたが、数がいるというのは間違いなく利点ではある。
一つの事態に多数の戦力を過剰投入する方が馬鹿らしいし、事態の早期終結を考えて役目を割り振る。と言うのは合理的だ。だが、こまるは首を横に振っていた。
「そうじゃなくて、私達全員で行くんですよ!」
「は?」
灰慈は意味が分からなかったが、異変には気付いた。ウィール音が一切聞こえなくなったのだ。周囲を見れば、避難民達が一斉に自分達の方を見ていた。ゾッとした。……ヌケーターでなくてもヌケゾンビは沢山いた。
「ならば、それでいきましょう。嘗めた真似をする奴は数百倍にして殴り返すのが私達だから」
コロシアイ学園生活の際も関係者達を人質に取られて、ブチギレて行動を開始したのが終結へと導いた要因になった。
今回も選択肢を狭めるという意味で取引を持ち掛けて来たのだから、大人としての対応力を見せてやるまでだ。霧切の瞳に決意が満ちた。
「お、大人げない……」
シロクマはポツリと呟いたが、動き出した勢力は止まらない。
ヌケゾンビ達を大量にまとめて、塔和シティに繰り出すことになった。子供達の予想を超える事態が動き出そうとしている中、灰慈達も彼らに付いて行く外なかった。流石に誰もいない場所で待っていたら、狙われると考えたからだ。
「シロクマ。俺もヌケーターになるべきか?」
「いやぁ、そのままで良いんじゃないかなぁ……」
蛇太郎を始めとした子供達の企みは、大人達のなりふりを構わない決断力によって破壊されようとしていた。