かくして、誰もが想像できず、実践も出来ないウルトラCを用いて、単独で黒幕へと接触した苗木であったが、別にどうする訳でもなかった。
「このまま、私を倒せればゲームクリアです。バグを用いての最短経路を用いての攻略とか、舞台を作った側としては、費やした時間と苦労を踏みにじられる絶望的な行いです……」
表で見た江ノ島と違い、彼女の表情はコロコロと変わっていた。
スケートボードを差し出した時はブチギレられたが、今は頭からキノコを生やしそうな程、陰気な雰囲気を纏っている。
流石に気の毒なことをしたと思ったのか、慰めと言わんばかりに持っていたスケートボードを差し出した。
「やらねーつってんだろ!! しかし、どうしましょうか。校則違反は犯していませんが、このまま表に戻られても困ります」
状況が硬直した場合も想定して、参加者の中には内通者も含ませているが、ゲームはまだ始まったばかりなのだ。使うには早すぎる。
だとすれば、やはり拘束するしかないのだが、彼女の理知的な分析能力が告げていた。コイツは縛っても無駄だと。最終手段として殺害も考えていたが、効果がある様に思えなかった。
「とりあえず試してみましょうか」
椅子から立ち上がり、無駄のない動作で苗木の心臓にナイフを突き立てた。
肋骨を避けての綺麗な一撃。刺された側は何が起きたかも分からずに倒れることだろう。実際、心臓を貫かれた苗木は崩れ落ちた。
すると、彼の体が消えて部屋の入口に無傷の状態で立っていた。さながらMMORPGなどで敵がリスポーンする挙動と似ていた。
「未来機関の連中が新世界プログラムに私達を放り込んで……。いや、あのプログラムは使い物にはならないはずで」
何やら、自分の知らない勢力やら単語が出て来た。江ノ島が思考を巡らせている様を見て、このまま悩み続けても良いアイデアは出ない。気分転換にでもどうだ? と言わんばかりにスケートボードを差し出した。
「苗木君ってぇ、SNSとかで誰も聞いていない情熱を延々と垂れ流してそうだよね! 女子に滅茶苦茶嫌われていると思うよ!」
今度はギャルらしく、ぶりっ子をしながら流行の最先端と言う切っ先を使って苗木を貫いていた。
ションボリしながらも、やってみれば分かるって。と言わんばかりにスケートボードを差し出した辺りで、部屋から追い出された。
流石にここまで拒否され、ボロクソに言われた彼は落ち込んでいた。床にめり込み、ゆったりと沈んで落ちて行く。
~~
「なに? 苗木君が上階に行っただと?」
舞園からの報告を聞いた石丸は信じられないと言った表情をしていたが、比較的順応の早いメンバー。特にサブカルやフィクションとの付き合いが多い、山田は納得した様子だった。
「もう、アイツ1人で良いんじゃないかな」
「いや、意味分かんねーよ」
この状況に江ノ島盾子は大いに戸惑っていた。幾ら何でも物質をすり抜けるのは超高校級とは別ベクトルの異能過ぎるだろと。彼女とは対照的にセレスは微笑んでいた。
「ですが、彼が持ち帰って来る情報次第では、我々は最速でゲームをクリアできるかもしれませんよ?」
「つまり。さっさと帰れるってことだべ?」
今まで、ガヤこそ飛ばしていたが意見らしい意見を飛ばしていなかった長身の男。ボサボサ髪や無精ひげを生やした風体に超高校級の占い師、と言う二つ名を持つ、葉隠康比呂の表情は明るくなっていた。
あの無茶苦茶な少年なら、こんな異常も打破できるのではないかと誰もが無責任に期待を抱く中、十神が口を開いた。
「暢気な物だな。こんな場所に俺達を閉じ込めるほどの組織力を持つ相手だぞ? アイツが行った所で何が出来る訳でもあるまい」
「十神君の意見に賛成ね。万が一、黒幕に接触できたとしても。彼の存在は邪魔でしかない。殺す……のは難しそうな気がするにしても、拘束したりする位は出来そうだしね。もしくは買収されたり引き込まれたりと言う可能性も」
彼の意見を補強する様に霧切が付け加えた。苗木が無事に帰って来る保証も無ければ、自分達の味方で居続けてくれる訳ではない。
帰って来る見込みは薄い。全員の意見が一致した所で、改めて収集した情報を整理しようとすると。ジャー……と言う音が聞こえて来た。
「あ! 皆、見て! 苗木だよ!」
褐色肌の超高校級のスイマー。朝日奈葵が指をさした。見れば、食堂の入り口にはスケートボードを手にした苗木が居た。まさか、帰って来るとは思っておらず。舞園と石丸が駆け寄った。
「苗木君! 無事だったんですか!?」
「心配したんだぞ! 大丈夫だったか!?」
2人の問いかけに頷いていた。そして、彼の視線は江ノ島盾子へと向けられた。彼女に動揺が走り、それを誤魔化す様に跳びついて来た。
「良かったぁ~! もう帰って来ないかもと思っていたし! 上の階には何があったの?」
彼女の問いに応えず、ジロジロと顔を覗き込んでいた。流石に、この挙動は周囲にもかなり不自然に映ったらしく、勘の良い人間は何かに気付いたらしい。
「苗木君? 江ノ島さんの顔に何か?」
霧切が尋ねた。すると、苗木は人差し指と中指の2本を立てた。
ただのピースサインにしか見えないが、意味の分かる人間にとっては何処まで見て来たかを察するには十分すぎる所作だった。
「私にまた会えて嬉しいってことだよ!」
これ以上、喋らせまいと苗木の口を塞ぐようにしてハグをした。男子陣から歓声が上がる中、数人は何かを察したのか押し黙っていた。
「よし。それでは、苗木君からの報告をまずは聞くとしよう! 嬉しい報せは一番に聞きたい物だからな!」
石丸も彼からの報告を心待ちにしていた。一体、彼は何を見て来たのだろうかと。……暫く待ってみたが、何も喋らない。
「あの、石丸君。苗木君は喋れなくて……」
「そうなのか。僕も普段は筆記用具を持ち歩いているのだが、この学園に来た際に紛失してしまったのだ。誰か持っている者は?」
全員が首を横に振った。つまり、筆談も不可能となれば彼が手に入れて来た情報を知るすべがないということだ。
「なんということだ! ここは学び舎だというのに、筆記用具の一つもないのか! 学園長! これは不備だぞ!!」
石丸が糾弾した。この状況が異常と言えど、学園と言う体がある以上は守って貰わねば困る。彼の呼びかけに応じるようにしてモノクマが出現した。
「紙とペンは資源の無駄だって怒られたからね。今、準備中なんだ。もう少し待っててね」
「姑息な時間稼ぎするんじゃねーよ!?」
これには桑田も叫ばざるを得なかった。知られたら困る情報を持っているのは、もはや疑いようもなかった。
「先に聞いておきますが。モノクマが罰則など抜きで生徒を殺傷することと言うのはあり得るのでしょうか?」
「流石にそれはやりません! 僕にとって、お前達は可愛い生徒だからね!」
念の為、セレスは牽制がてらに主催者側の裁量についても尋ねていた。
本当に守られるかどうかは疑問だったが、この様なデスゲームを開いている以上、一定の公平性を保つ為にも、ある程度は信じて良さそうだった。
「ふむ。気を取り直して、1階を調べて分かったことを共有しておこう」
本命の情報をお預けして、この探索で分かったことを話し合っていた。
シェルターは開かず、出入り口もないこと。食堂の冷蔵庫には食料が自動供給されること等。知っておいて損はない情報の数々だった。……ここで、ふと桑田が何かに気付いたようだった。
「あのよ。苗木って、2階に続く階段の前にあったシャッターをすり抜けたんだよな? その調子で、この学園からも出られるんじゃね?」
………………全員に長い沈黙が走った。妙案だと言わんばかりに皆で玄関ホールへと向かった。
「おいこら! 早退は止めろって!!」
モノクマから抗議の声が飛ぶ中、全員の期待が苗木に注がれた。何もかもが常識外れだったが、今となっては頼もしくさえ思えた。
「無駄だと思うけれどね! このシェルターすっごい固いし分厚いんだよ! 毒ガスとか有害物質も通さないレベルなんだからね!」
モノクマだけがヤジを飛ばす中、苗木の体はシェルターと同化してすり抜けていた。まさかの1日目にして学園脱出を果たしていた。
~~
「見て下さい! 黄桜先生! 学園から生徒が!!」
希望ヶ峰学園の外に広がっていたのは、荒涼とした世界だった。
大地は荒れ果て、学園付近では兵器が稼働する中。遠巻き眺めていた、武装した男女が驚きの声を上げていた。
「アイツは78期生の苗木誠か。確か、超高校級の幸運枠で入って来た『ヌケーター』だったっけかな?」
「ヌケ……何?」
聞き慣れない単語に同僚の女性が聞き返していた。
スケーターなら理解できる。希望ヶ峰学園においても幾度か入学実績のある才能であるが、ヌケーターは聞いたことが無い。
「超高校級の幸運とスケーターの合わせ技だってよ。ほら、77期生にも幸運のヤバい奴がいただろ。アレの亜種だよ」
「今は絶望側に居ますけれどね……」
学園から脱出した苗木に対して、大量の火力がぶち込まれるが、彼はスケートボードを巧みに操ってこれらを回避していた。超高校級のスケーターとしても十分に通じる技量の持ち主であった。
だが、何処に向えば良いか分からないのか闇雲に進んでいる。黄桜は手にしていた端末を操作した。それと同時に、苗木が持っていた電子生徒手帳の画面に文字が表示された。
『そのまま真っすぐ進め』
書いてある文字に従い、真っすぐ進んだ。背後からひっきりなしに爆音が響く中、辿り着いた。
「よっ。俺のこと、覚えている?」
首を横に振った。黄桜達は直ぐに撤退をし始めた。自力で脱出して来た生徒など、あまりに貴重だった。
仲間もすぐ近くに待機していたのか、簡易テントが張られていた。突入に失敗した兵士達の呻き声が響く中、黄桜と共に別室へ通された。
「悪い。本当はゆっくり休ませてやりたいんだが、学園内の状況を知りたい。教えてくれ」
切羽詰まった表情をしているが、苗木は固まっていた。何から伝えればいいのか分からずにオロオロとしている。だが、黄桜は察しが良かった。
「もしかして、喉が潰されているのか? なら、これに書いてくれ。俺から色々と質問をする」
ペンとメモ帳。まさに、今欲しかった物に他ならない。手にした彼はメモ帳にスケートボードの落書きをしようとして、流石に自重した。
「あの学園で何があったか?」
『モノクマがコロシアイをさせようとしていた』
「中にいるメンバーは?」
生徒達の顔を憶えているのか、苗木と同期に入学したクラスメイトが乗った顔写真付きの名簿を差し出された。彼は全員に丸をしようとして……、1人だけ省いた。『戦刃むくろ』と言う名前の黒髪おかっぱの少女だ。
『この子誰?』
「クラスメイトの顔を憶えていないのか?」
どうやら、事情は相当に込み入っているらしい。
それからも色々と尋ねられている最中に苗木は思った。僕が知らない間に世界に何が起きていたのだろう、と。