「オロロロロロロ!!」
空木言子は吐いていた。有象無象の魔物(オトナ)達はモノクマでぶっ殺すつもりでいたが、まさか大挙して押し寄せて来るなんて思わなかった。
いや、そもそも殺しても死なないとか反則でしょ。彼女の抗議を聞く者は誰もいない。新月はパニックになっていたし、モナカはニコニコしながら何処かに行っていたし、自分達が子供でしかないという現実を突きつけられていた。
その折、彼女は自室にある物を見回していた。キャワイイ物で取り揃えたふんわりドリーム空間の中、デッキが桃色にデコレーションされたアレがあった。―――スケートボードである。
「う、うぅ!!」
震える手でスケボーを触っていた。幼くしてメディア露出の多かった彼女は、番組の一環でスケボーにライドしたこともあった。
その際に贈答品として貰ってからずっと埃を被っていたが、まさかこんな時に使用を躊躇うことになるとは思わなかった。
「(私が、これを?)」
蛇太郎や新月には、ヌケーター達の仲間入りをするという選択自体が無かったようだが、言子は猛烈に迷っていた。
これはかなりひどい話になるのだが、左右田の様なエンジニアや蛇太郎の様なクラフト力の無い彼女はヌケーター達に対抗する術が無かった。
一応、お共にモノクマは付けているが非常に頼りなかった。部屋内のモニターではヌケゾンビを率いている者達が頻りに呼び掛けていた。
『ボクは魚住! 手荒な真似はしたくない! ヌケ落ちしたくなければ素直に降伏してくれ!』
『逆に考えてみてください! 今、ここにはヌケゾンビばかりで貴方に酷いことをする大人達はいません!』
内容はまるで意味の分からない物だったが、探偵達の呼びかけに敵意とかそう言うのは無さそうだった。
周りに引き連れている大人達は太った女性だったり、スカジャンを着たヤンママだったりと、篭絡の方向がある程度は見えていた。
「(モノクマキッズ達はゴミ箱を並べているけれど)」
ハッキリ言って、意味が分からない。蛇太郎は大いに納得して喜んでいたが、言子は一つも理解できていなかった。
破れかぶれに勝負を挑んでもどうしようもない。かと言って、やらかして来たことを考えれば降伏後にマトモに扱われるとも思えなかった。
「う、うぅうう!!」
桃色のスケボーを握る手に力が籠る。今まで味わった屈辱と怒りと絶望。
全てを投げ捨て滑ってしまえば、どれだけ楽になれるか。諦めてしまえば、自分の無念も悲しみも無かったことになるが、それでも捨てられなかった。如何に負の遺産でしか無くても、彼女が自分で積み上げて来た物だったから。
「いや!」
我慢できずにスケボーを壁に叩き付けた。ただし、子供の力で叩き付けた所で壊れる筈もない。彼女は壁に立てかけていた入れ歯発射ガンを取り出した。
モノクマ達と比べれば殺傷能力は劣るが、現在の彼女が唯一振るうことのできる力だった。弾丸の変わりに入れ歯がシュポっと出て来て、相手に噛み付いてくれるのだが噛みちぎる程の威力は無い。
「さ、最後の1人になってもやってやりますからね…」
桃色のバンダナを巻いて、大人達にランボーされない為に覚悟を決める彼女はどう足掻いても可愛いかった。
~~
言子専用のコロシアムは桃色にライトアップされた可愛らしい物であったが、繰り広げられている光景は何も可愛いくなかった。
モノクマキッズ達が大量にゴミ箱を設置しており、ヌケゾンビが突っ込んでは吹っ飛んだり壁にめり込んだり。そんなドッタンバッタン大騒ぎに巻き込まれて倒れているモノクマキッズ達を探偵や大人達が安全な場所に避難させるという何とも気の抜ける惨い大乱闘が行われていた。
この集団に付いて来たヌケーターである羽山あやかは溜息を吐いていた。『ゴミ箱に負けるなんてまだまだね』と、言いたそうに彼女はゴミ箱、ヌケゾンビ、モノクマキッズの全てを吹っ飛ばしていた。
「コラ! 子供達がケガをしたらどうするんだ!」
魚住からの注意が入ったが、ヌケゾンビのことはどうでも良いのだろうかと。随伴していた富士子が冷や汗を流していた。
そんな乱闘状況の中で彼女は現れた。空木言子は無駄だと知りつつもコントローラーを握っていた。
「えぇい!!」
彼女が持つ戦士ロボ『ハイランダー・ザ・グレード』は勢いよく天井から現れたが、そのまま地面にめり込み頭だけが地上に出ていた。どう見ても登場に失敗していた。
何がしたかったんだ? と言わんばかりの登場に大人達が呆気に取られていると、桃色のバンダナを巻いた言子が両手に持った入れ歯発射ガンを乱射していた。
「私は降伏しません! 最後の一兵になっても戦い続けます!!」
本人としては悲壮な覚悟を引っ提げての抵抗なのだが、それで発射されているのが実弾ではなく入れ歯なのでイマイチ迫力に欠けていた。
「あいたたた」
発射された入れ歯が宿木の頭に命中してカミカミされていた。食い千切る程の威力は無いらしく、モデルでも通用しそうなイケメンが入れ歯に噛み付かれるという絵面に興奮した富士子はスケッチを始めていた。
「体格差の本を作る時に参考になりそうね」
「コラーッ! 人に向けて銃を向けるんじゃねーべ!!」
「魔物の言う事なんか聞きませんからね!! モノクマ!!」
バッと振り返れば、連れて来たモノクマ達はヌケゾンビに集られてオシャカになっていた。即落ち2コマにも程があるだろう。
しかし、言子は諦めなかった。大人達を威嚇する様に入れ歯ガンを撃ち続けたが、ある程度修羅場を潜っている魚住には命中しないし、何故か羽山あやかも近付いて来ていた。
「こ、来ないで!!」
不意にトリガーが軽くなった。弾切れを起こしたらしい。いよいよ逃げるしか手段がなくなったが、子供が大人から逃げられる訳も無かった。
「さぁ、降伏を」
魚住が勧めた所で、言子はぶるぶると震えていた。大人達に捕まったらどうなるか。想像が出来る位に賢いことは、彼女にとっての不運であった。
最終手段と言わんばかりに、彼女は入れ歯ガンを放り出した。コレを降伏と見たのか、魚住が安心したのも束の間。彼女は背中から桃色のスケボーを取り出していた。
「ま、待て!!」
まだ、色々と事情を聴かねばならないのに。言子を引き留めようとした魚住の手を、あやかが抑え込んでいた。伸ばした手は届かず、言子の全身はスケボーに委ねられた。
間もなくして、感情豊かだった彼女の顔色は真顔になりスケボーに乗って静かに去っていく。あやかもまた彼女に付いて行き、何処とも知れない場所に消えて行った。残されたのは気絶したモノクマキッズとヌケゾンビ。それと半分まで埋まっているハイランダーだった。
~~
「決めた。モナカちゃんには悪いが、降伏させて貰おう」
新月渚はと言えば、この事態に対して脳がパンクを起こしていた。自分でどうにか出来る許容量を超えているし、ヌケーターなんて意味の分からない存在に変わりたくはない。
やって来たことを考えれば許される訳がないし、潜伏した所で無駄でしかない。ならば堂々と降伏して情状酌量を狙おうという小賢しさを全力で発揮していた。
『降伏をしろ。手荒な真似はしたくない』
『悪いようにはしねぇ!』
モニターには髭面のオッサンこと高秋とアロハシャツのヤンキー八鬼弾が降伏勧告を続けている姿が映し出されており、向こうからのリクエストと言うことも分かっていた。隣にいるヌケーターの石丸が気になってはいたが、手荒な真似はされないと祈るしかなかった。
「よし。コントローラーをこうして掲げて……」
部屋内で彼がしていたのは土下座の練習だった。子供がやって良い行為ではないが、彼なりに必死に生き延びるための戦略を探してのことだった。
ヌケゾンビを引き連れた一団がやって来たので、新月も急いで入り口に向かった。モノクマキッズ達がゴミ箱を並べていたが、片付ける様に指示した。
間もなくして、高秋や八鬼達がやって来た。そして、新月は開口一番に言うのであった。
「すみませんでした!! この通り、降伏します!」
コントローラーを掲げ、完璧な土下座をキメての降伏勧告だった。大人達がホッとしたのも束の間、周りのモノクマキッズ達は甚く立腹したらしく、新月への暴行を始めた。
「や、止めろ!」
高秋、八鬼、石丸達も止めに入り、新月を中心としたヌケゾンビとモノクマキッズ達によるドームが出来上がりつつあった。
~~
「あの、裏切りヒョロガキ使えないねー」
モナカは希望の戦士達の末路を観戦していた。蛇太郎は非常に頑張ったと言えるだろう、言子の抵抗は無駄レベルであったが、新月に至っては抵抗すらしていないので最低評価だった。
「おぅおぅ! こっちにも大量のお客さんが来てやがるぜ!」
クロクマが言う様に、当然の様に塔和ヒルズには大量のヌケゾンビと残ったヌケーターの全戦力が投下されていた。大量のモノクマと衝突している様子はもはや戦争と言っても差支えが無いレベルだった。
「最終兵器の方はどうする?」
「どうせ使っても意味が無いし、このままどっかに行かせて貰おうかな。別にジュンコお姉ちゃんが死んでいる訳じゃないし、幾らでもやり直しようがあるしね。召使さんはどうする?」
「僕は大人しくお縄を頂戴するよ。一応、世間では超高校級の絶望って呼ばれているらしいしね」
既にモナカは撤退の準備をしていた。華々しく散ろうという気は無いらしく、モニターの映像の中で次々と蹴散らされて行くモノクマ集団を見て勝ち目はないと判断を下していた。
「よっし、モナカ。じゃあオレ様と一緒にランデブーを」
「いや、貴方は要らないけれど?」
モナカが居た床が沈んで行き、彼女を何処かへと連れ去って行った。残されたのは召使こと狛枝とクロクマだけである。
「なぁ、召使。これって、オレ様たちが黒幕としてボコられるパターンじゃ?」
「そうなるだろうね。僕は辛うじて人質ってことでどうにかなるかもだけれど、君は見た目的にも最悪だし……」
モニターの映像は既に塔和ヒルズの正面玄関まで迫っていた。もはや、ヌケゾンビや苗木達がなだれ込んで来るのは時間の問題であり、先頭に立っていた灰慈が高らかに吠えていた。
『待っていろ! この塔和灰慈が! 殺された親父や皆の無念を晴らしにいくぜェ!』
『大神さん。どうして、この人はこんなに偉そうにしているのかしら?』
『皆を鼓舞する為。と言う事にしておこう』
特に何もしてない灰慈が先導者の様に高らかに謳っていたが、少し後ろにいる霧切と大神がコソコソと話している内容も拾っていた。
背後にはモノクマの残骸が山の様に積み上げられており、ヌケゾンビ達は壊れたモノクマをボールの様に蹴飛ばしたり、ショッピングカートを手押ししたりして遊んでいた。全てが無法地帯だった。
「どうする? 最終兵器は秘密工場の方から持って来ないといけないけれど、僕らじゃ動かせそうにないし?」
「ヒルズのよぉー! 自爆ボタンとかねぇかな!」
クロクマも全てを諦めていた。モナカが使っていた脱出装置は他には無いらしく、このだだっ広い空間に1人と1匹だけが存在する奇妙な光景になっていた。
どうするべきか彼らが悩んでいると、床からニュッと何かが生えて来た。数にして3人。苗木兄妹と戦刃が先んじて乗り込んで来た。
「やぁ、いらっしゃい! へぇ、君が78期生の……」
狛枝は苗木の方をジロジロとみていた。不思議と雰囲気が似通ってはいたが、何かは決定的に違う。そんな印象を受ける相手だった。戦刃はナイフを構えて臨戦態勢だったが、狛枝は両手を上げていた。
「僕じゃ、どうすることも出来ないし。抵抗する気も無いよ」
「なっさけねぇ奴だな! オレ様は最後まで抵抗するぜ!」
クロクマが両手からカギ爪を出現させた瞬間、戦刃が一瞬で肉薄して物理的&バグアタックでプログラムまで破壊していた。あまりに一瞬の惨殺だった。
『君が首謀者?』
「いや、僕はただの召使だよ。希望の戦士のリーダーは僕達を置いて逃げちゃったんだ」
苗木がお絵描きボードに書いた内容を見て、狛枝は淡々と事実を述べていた。
となると。非常に呆気ないが、コレで塔和シティを混乱に陥れていた組織は撃破したことになる。苗木兄妹と戦刃は誇らしい気持ちで外を見ていた。コレで塔和シティにも平和が訪れると。
窓の外では、ヌケボーをしていたヌケゾンビが衝突してはぶっ倒れ、ショッピングカートに乗ったモノクマキッズがヌケゾンビに手押しされていたり、オブジェクトが宙を舞っていたりと。掴み取った平和な光景が広がっていた。
「いや、君達が新たな混乱で上書きしただけじゃないかな?」
「言わないで下さいよ……」
ヌケボーモードから解放されたこまるが現実から目を背ける様に、狛枝の指摘を遮っていた。お土産と言わんばかりに奥の部屋にはアップデートパーツらしきものが転がっていた。