舞園「超高校級のヌケーター?」   作:ゼフィガルド

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七海「超高校級のヌケーター?」
33時間目:スタート


 日向創という少年は、この世に生を受けた時からヌケーターだった。

 彼は母親の腕の中や揺りかごの中に居る時よりもベビーカーに揺られている時の方が安心していたし、母親が買物をしている時もベビー用カートの中で不動を貫いていた。

 小学生へと成長してからはベビーカーに乗ることも無ければ、ショッピング時にベビー用カートに揺られることもない。自転車は直ぐに乗りこなせたが、コレでないことも直ぐに分かった。

 どうしても恋しくなり、自分でショッピングカートを作成し、カート部分に乗り込んだが1人で進むことは出来なかった。故に、近所に住んでいた2人の少年に頼み込んで手押しして貰ったことがある。彼らとは長い付き合いになる。

 

「よぅし。苗木、最原。次はお前らの番だぞ!」

 

 3人はこれと言った特徴は無かったが、共通してウィールが地面を滑ることで起きる振動に身を任せることが好きだった。

 が、傍目から見れば行儀も悪く、危険であったので3人の遊びは直ぐにバレて親達にこっぴどく怒られることになる。

 

「だったらさ、ウチの親戚がやっている事務所から台車を持って来たんだけれど」

 

 だが、彼らはまるで諦めていなかった。一番年下の最原と言う少年が持って来た台車に乗り、彼らは意地でもこの奇妙な催しを続けた。

 しかし、当然の様にバレた。台車は没収され、日向達と付き合っていると悪い影響を受ける。として、最原とは暫く接触を禁じられることになった。

 

「ショッピングカートもダメ。台車もダメ。俺達は普通になるしかないのかもな」

「自転車。じゃ、駄目だよね……」

 

 こんなバカなことをしているが、既に日向は小学生中学年であり苗木も小学生になっていた。自分達はこれから普通にならなくてはならないのだ。

 何時までもガラガラしていないで、自転車に乗って、やがて車に乗って。全身を震わす振動は忘れ去られてしまうのだ。

 だが、日向は諦めなかった。デジタルネイティブ世代の人間として、何とか無い物かとネットを探し回った結果、彼がスケボーと出会うのは必然と言えた。この感動を分け合うべく、彼は直ぐに苗木に伝えた。

 

「こう言うのがあって、世界的にも有名なスポーツなんだってよ!」

「どんな風にやるの?」

 

 小学生と言う小遣いをやりくりせねばならない身分で購入するにはどれだけの我慢が必要だったのか。日向は苦労して手に入れたスケボーに乗った瞬間、まるで天啓を受けたが如き衝動に襲われた。

 足裏に伝わる振動。ベビーカーやショッピングカートに乗っていた時と違い、自分の体で動かすこと。何より、自分で好きに動かせること。

 最初は動画で見るような簡単なトリックをしながら、弟の様に可愛がっていた苗木にも同じように教えている内に……。こっそりと、接触を禁じられていたハズの最原もやって来るようになっていた。

 

「その。2人が楽しそうにしているのを見て……」

「じゃあ、皆で練習しようか。コレは正式なスポーツだからな。怒られることもないぞ!!」

 

 3人が手に入れた『正式な競技』という免罪符はあまりに強かった。流石にスポーツの練習ともなれば、3人の両親も何かを言って来ることは無い。

 各々にスケボーを調達して練習をする日々は楽しさとキラメキに満ちていた。好きこそものの上手なれ。メキメキメキメキと上達していた。それこそ別次元とも言える上達スピードだった。

 

「おーい、苗木引き上げてくれ。また、地面に埋まっちまったよ」

「ごめん。こっちはすのこにスケボーが挟まって、引きずられていて」

 

 有名なスケートの練習場で無いにせよ、彼らがスケボーを行うと奇妙な怪現象が発生することが増えていた。例えば、体が地面に埋まったり、自分達の体がグネグネと蠢いたり、ゴミ箱がぶっ飛んできたり、本人達も地上高くにぶっとんだりと。

 これらを目撃した近所の住民達は自らの正気を疑い、中には悲鳴を上げて逃げ惑ったり、奇妙な現象を引き起こす彼らを殴り倒したりと。周囲に少なからずの影響を与えていた。

 

「最近はおじさんに『不気味だから止めろ』って言われているんだよね……」

 

 最原がタップリと溜息を吐きながら愚痴を漏らした。コレは彼だけの悩みではなく、苗木や日向達も同じだった。

 最初はスポーツの練習と言う事で認められていたが、こうも怪奇現象を起こされては身が持たない。どうした物かと悩んでいると、日向が閃いた。

 

「そうだ! まずは家族に認めて貰う所から始めよう!」

「良いアイデアだと思う! じゃあ、僕はまず妹に勧めてみるよ!」

 

 最初は身内の理解を得ると言う事で日向は両親に説明をし、如何にスケボーが素晴らしい物かを説いた。だが、彼の両親はそんな説明を鼻で笑うばかりだった。

 

「お遊びで周りに迷惑を掛けていることを自覚なさい。もしも、何か賞でも取れていたら話は別だったけれどね」

「そうだ。いつまでも遊んでいないで、いい会社に入って、安泰した将来を送って。お父さん達を楽にさせてくれ」

 

 彼の両親は保守的な人間であり、自分達の息子の才能を何一つとして信じていなかった。ふと付けたテレビでは特集が組まれていた。

 

『今日は超高校級のロッククライマー火澄剣さんの活躍を皆さんと一緒に見て行きたいと思います』

 

 自分よりほんの少し年上の少年が世界的なロッククライミングの記録に挑戦していた。常識的に考えれば危険であるし、もしも失敗した時のことを考えれば迷惑でしかない。

 だが、テレビのワイプ画面に映る芸能人は息を飲んで見守っている、応援している。……自分達と彼の違いは何なのか。

 

「分かった」

 

 日向の両親は彼が納得したと思ったのか『ならば良い』とだけ短く吐いて、いつも通りの日常へと切り替わった。

 実際の所、日向の言った『分かった』という言葉の意味は、どうすれば自分達のスケートが皆に認められるかと言う事だった。

 

「世間に認められれば良いんだな」

 

 自分達のことを曲芸や気味の悪いことだと思い込んでいる大人達に思い知らせるべく、日向は一つの決意をしていた。

 それからも3人はこっそりと集まって静かに練習をしていた。深夜は流石に無理だとしても早朝や昼時など、人気の少ない時間を見計らって異次元スケートの腕を磨いていた。

 やがて、時が過ぎ日向も高校に進学することになった際、両親から相談を持ち掛けられた。

 

「創。アンタ、希望ヶ峰学園に通うつもりはない?」

 

 本来は超高校級の才能の持ち主以外は通えない学園であるが、彼の様に何の才能もない人間でも『予備学科』という場所には入学することが出来るらしい。……大量の金を積めば。と言う事だが。

 

「希望ヶ峰学園を卒業したとなれば、企業からも引く手数多になる。お前の将来を考えてのことだ」

 

 実際の所はブランドに釣られた生徒達を搾取する為の学科なのだろう。何処まで言っても安泰と老後のことしか考えられない両親のことを憐れに思った。

 母はパート先でも上手くやれていないのだろう、毎日疲れた顔をしている。父親も毎日仕事仕事の連続で生き甲斐も見つけられず、休みの日はずっと布団で横になっている。

 

「可哀想に」

 

 日向は両親のことを憎いとは思わなかった。ただ、世間の求められることに引っかき回され過ぎて、自分のことさえ分からなくなっている様に思えた。吐き出す言葉で自己定義をしようとしている姿が悲しい。

 この調子でいけばきっと老後にも安泰は無い。そう考えた彼は、こっそりと購入していた2本のスケートボードを取り出した。

 

「二人共スケボーをやってみてくれ。きっと救われるよ」

 

 両親としてもバカなことを思ったことだろう。だが、息子が希望ヶ峰学園に進んでくれるというのなら、この程度のわがまま。と思い、表に出てたどたどしくもスケボーに乗ってみた。

 年甲斐もなく。という言葉が似あう年齢であったが、乗ってみた瞬間。世界が晴れて行く様な気がした。傲慢な同僚や上司達の嫌味が下らないことの様に思えた。いや、自分が吐く言葉すら価値の無い物の様に思えた。

 

「創。行け」

「分かった」

 

 多弁で丸め込もうとしていた両親は僅かな言葉だけで日向を導いていた。

 そして、彼もまた理解し始めていた。スケートに言葉はいらない。解説や理由さえも不純である気がした。必要なのは魂などスピリチュアルな領域の在り方なのだと。

 希望ヶ峰学園予備学科への入学が決まった翌日、彼は苗木と最原を呼んで事情を説明した。喋る言葉が相当に少なくなっていたが、苗木達も同じ境遇に至っていたのか小さく頷いていた。

 

「お前達も来い」

「行く」

「僕も」

 

 言葉を尽くした所で理解されないという局面を何度も経験してきたが故の変化だったのかもしれない。日向は彼らに別れを告げて希望ヶ峰学園予備学科へと向かうことになった。

 

~~

 

 予備学科での生活は希望ヶ峰学園の物とは思えない位に平凡で退屈な日々だった。カリキュラムや学費のことを鑑みれば、コレが搾取態勢であることは直ぐに分かるだろう。

 一部の生徒達からは不満の声も上がっていたが、概ねの生徒は現状を良しとしていた。『予備学科』という余計な文字列が加わっていたとしても、自分達も希望ヶ峰学園の一員として世に出れるならと言う、非常に消極的な理由もあったからだ。……実際はそんな人員を社会が重宝する訳もないのだが。

 

「なんでアンタらみたいなクズと一緒にされなきゃいけないワケ?」

 

 そんな彼らの行く末を嘲笑う様にして、転校生である九頭竜菜摘はパンチの聞いた挨拶を飛ばしていた。

 クラスメイトが騒めき、距離を取る中。無関心なのか無反応なのか。日向は持って来たスケボーのウィールの固定力を確認したり、ベアリングのメンテナンスを行っていた。

 

「ねぇ、アンタ。もしかして、超高校級のスケーター枠で本科への編入を狙っていたりするの?」

 

 全員から距離を取られている為、唯一全く距離に変更が無い彼に話しかけて来た。しかし、彼は首を横に振った。

 

「じゃあ、ただの趣味ってワケ? さりげないアピールの方が刺さる可能性は高いだろうしね。ま、そもそも本当に勧誘を受けるレベルならこんな所に居ないだろうけれどさ」

 

 憎まれ口を叩く彼女にそっとスケボーを差し出した。看板目当てじゃなくて、やりたいことをやってみる気は無いか? と言わんばかりに。

 

「今更、趣味増やしても無駄でしょ。そう言うのは落ちこぼれ同士で仲良くやっていればいいのよ」

 

 スッとスケボーを引っ込めた。もう興味は無いと言わんばかりに、彼はバッグから取り出したホットドッグを齧ろうとした所で、話を終えたつもりでいた菜摘が話しかけて来た。

 

「アンタは本科に興味ないの?」

 

 日向は首を横に振った。だが、彼が言葉にしなかったことを良いことに都合よく解釈をしていた。

 

「行く気があるのに行けない、なんてなったら惨めだもんね。でも、もしも行けたらどうする? 例えばさ、本科にいる『そばかす女』が辞めたりでもしたら……」

 

 バン。と机を叩く音が響いた。見れば、背の高い女子が凄い剣幕で菜摘の方を睨んでいた。

 

「アンタ。真昼に何するつもり?」

「あっれ~? 佐藤さんじゃない。久しぶり」

 

 周囲が増々距離を取る中、中心に据えられた日向は憤る佐藤にスケボーを差し出していた。まずは、落ち着いて滑ってみる所から始めてみないか? と言わんばかりに。

 

「邪魔しないでくれる!?」

 

 普通にウザがられて終わった。空気は悪くなっていくばかりな中、不意に教室の扉が開いた。まさに話題に出ていたそばかす茶髪の女子だった。

 佐藤と菜摘の2人から視線を向けられたことから、このそばかす女子が真昼と呼ばれる少女なのだということを察した。

 

「本科の人間が予備学科に何の用?」

 

 周囲の敵意が少なからず真昼と呼ばれた少女にも向けられる。超高校級と呼ばれる人間達は憧れの的であると同時に嫉妬の対象でもある。

 口論がヒートアップする未来は容易く予想できた。日向はホットドッグを飲み込むように口に詰めた後、スケボーにライドした。……と、同時に菜摘を抱え上げて壁に突っ込んだ。

 

「え。ちょっと!?」

 

 佐藤が息を飲む中、真昼は首から下げていたカメラを構えていた。誰もが呆気にとられる中、彼女はシャッターチャンスを決して見逃さなかった。超高校級のカメラマン小泉真昼だからこその超反応だった。

 壁に向ってスケボーで突っ込んで行った日向が壁を抜けて、外へと飛び出していく超常現象を目の当たりにしていた。抱えられていた菜摘が抜ける直前、こちらを振り向いているのが見えた。

 

「な、何よ。アレ……」

 

 佐藤は呆然とするばかりだったが、超高校級の写真家である小泉は自らの才能が滾るのを感じていた。とんでもない物を見つけたと。

 

~~

 

 壁抜けした直後のことである。日向はベンチに正座させられていた。対面では菜摘が怒り心頭と言った様子だった。

 

「アレじゃあ、私が一方的な悪役みたいじゃない! 当事者同士の事情も分からないで首を突っ込んで来て、場を収めたつもり!?」

 

 何故、巻き込まれた自分がここまで怒られなければならないのか。コレで勘弁してくれないか? と言わんばかりにスケボーを差し出したが、払い除けられ……はしなかった。

 

「つーか、なんで壁抜けてんのよ! 物理法則どうなってんのよ! アンタ、超高校級のスケーターじゃなくて、壁とか貫通する抜け師なスケーター! ヌケーターか何かなの!?」

 

 それだ。と言わんばかりに日向は両人差し指をぴんと立てていたが、説教中の時にやっては相手を挑発するハンドサインでしかなかった。

 

「アンタのせいで私の転校初日の印象、ダダ下がりだし! 壁を抜ける変な女って思われたじゃない!!」

 

 大丈夫。そんな変なあだ名が無くとも、お前の評価が最悪であることは揺るぎない。だから、これでもやって気を紛らわせと言わんばかりに差し出したスケートも、やはり払い除けられることは無かった。それ所かまじまじと見つめている。

 

「……ねぇ、さっきのアンタがやったこと。私もやればできるようになるの?」

 

 勿論さ。と言わんばかりに頷いた。どういう訳かは知らないが、菜摘と言う少女は本科に非常に強い執着を持っている。……いや、予備学科の人間で執着を抱いていない人間は殆どいないが。

 そんな彼女にとってスケートボードは魅力的に見えた。この予備学科という壁を抜けて、本科へと行く足掛かりになるのではないかと。

 

「まぁ、受け取りはしとくけれど。アンタが余計なことをしたことには変わりないんだからね」

 

 この予備学科に来て、始めて誰かにスケボーを渡した日向は満面の笑みを浮かべていた。菜摘は思わず『きも』と漏らしていた。

 ……そんな心温まるか温まらないか分からないボーイミーツガールをこっそりと眺めている存在がいた。グレーの髪を三つ編みで束ね、背中には竹刀袋を背負った、背の高い女性。

 

「(菜摘様が予備学科の男子生徒と。はい)」

 

 彼女の名前は『辺古山ペコ』。小泉真昼と同じく希望ヶ峰学園77期生であり、超高校級の剣道家でもあった。

 

「(先程の騒ぎの中、菜摘様を外へと連れ出したようです)」

 

 手にしたスマホで誰かと通話をしていたが、短く様子だけを告げると直ぐに切って、その場を離れた。

 

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