希望ヶ峰学園予備学科は基本的に淀んでいる。才能が無いことを自覚せずにはいられないし、自分達が養分であることを認めなければならない。
生徒達も適うはずもない本学科への編入を夢想したり、あるいは才能が全てではないと自分に言い聞かせながら、普通であることすら選べない者達ばかりであるが、クラスの一角に明らかに異質な2人組がいた。
「ちょっと、やってみたら意外と滑れてさー。私って結構才能あると思うのよね」
転校初日から暴言を吐き散らしクラスメイト全員と敵対した九頭竜菜摘と何故か一向に喋らず、持参したスケボーばかりを気にしている日向創。
そんな彼でも同士がいることは嬉しいらしく、菜摘の自慢話に笑顔で頷いていた。クラスメイトからすれば煩いのと不気味なのが中和し合って、結果的に無害になっているのだから敢えて触れようとする者も居なかった。……だが、気にしている者はいた。
「……」
彼女の名は佐藤。ごく有り触れた名字に容姿。特段何の才能もない、普通の女子だった。唯一変わったことがあるとすれば、彼女の友人である小泉真昼が超高校級の写真家である。と言うこと位だろうか。
以前にいた学校では、小泉真昼も含めて3人は同じ写真部に所属していたが、現状を鑑みれば、どういった結末になったかは想像に容易い。才能の一つで絆もバラバラに引き裂かれるのだ。
「なんかこうさ。テレビとかで見た、坂みたいなスポットで宙返りとかも出来そうだし。ここって、そういう設備もありそうじゃない?」
スッと日向はスマホを取り出して、写真を開いた。画面にはイカつい顔をした警備員がズンズンと迫って来る様子をスワイプで流していた。
「もう、やってるとか。受ける」
普通に考えれば停学クラスの所業なのだが、何故か普通に登校している事実に菜摘はケタケタと笑っていた。
「(別に。そっちに夢中になってくれるなら、何とも言わないけれどね)」
もしも、未だに才能の有無で人を妬み友人である真昼を陥れようとしていたら、強硬手段も……と考えていたが、彼女は丁度良い玩具を見つけたらしい。
さして関心のある男子でもないし、ことが起きるまで藪蛇をするようなこともあるまい。親友の輝く姿を間近で見れたら、それで良い。……眩さに目を焼かれた彼女から見える風景はあらゆるものがくすんで見えていた。
~~
本学科。希望ヶ峰学園を象徴する場所であり、超高校級の才能の持ち主達が集められた場所であり、ここは77期生達が集まる教室だった。
中心部では坊主頭の男子が思い悩んでいた。双眼鏡を手に、予備学科の方を覗き込んでおり、隣では望遠カメラを手にした真昼が同じ方向を見ている。
「アイツら、何やってんだ……」
白昼堂々の盗撮行為に、ツナギの様な学生服を着たピンク髪の男子『左右田和一』は呆然としていた。問い質すべきか迷っていると、背の高い男子が彼の肩をポンと叩いた。
「左右田君。超高校級の才能の2人が同じ方向を見ているんだ。あの先には、間違いなく僕らを導く何かがある筈なんだよ。だから、水を差すのは止めた方が良いんじゃないかな」
粘着質で鼓膜にねっとりと張り付く様な声質だった。超高校級の幸運として入学して来た『狛枝凪斗』は、誰よりもクラスメイト達が輝くことを期待していた。
「九頭竜がやっているだけならスケベ野郎で終わっていたけれど、お姉も見ているんだから。きっと、何かあるんだよ!」
でっかいツインテールを引っ提げた、高校生と言うには身長がかなり低い合法ロリこと超高校級の日本舞踏家『西園寺日寄子』が毒気混じりに吐いていた。
スケベ。という言葉に跳びついたのか、彼女と同じ位の背丈しかない男子もにじり寄って来た。
「フフフ。九頭竜君達が見つめる先に何があるか、僕も知りたいな。秘密の花園でも広がっているのかな?」
「きも」
鼻血を垂れ流しながら言う姿は変態的であり、西園寺からも端的な評価を下されていた彼の名は『花村輝々』。これでも、超高校級のシェフでもある。
そんな祭りの雰囲気を察したのか、パンキッシュな少女が駆け付けて来た。何が楽しいか分からないが、ヘドバンをかましている。
「冬彦ちゃん! 真昼ちゃん! 何見ているんっすかー!」
髪色、髪型、アクセ。制服を着ていてもあふれ出す個性を引っ提げた彼女は超高校級のロックミュージシャンではなく、超高校級の軽音楽部である。1人でも軽音楽部を体現する彼女の名は『澪田唯吹』という。
実際、1人しかいないのに数人分位に喧しかった。流石にコレだけ人が集まって来たら、観察していた2人とも作業に集中できなくなったのか振り向いていた。
「お前ら、うるせぇんだよ!!」
見た目は中学生と間違えてしまいそうなほどの童顔であるが、声には大の大人すらビビる様なドスが入っていた。
彼こそ、日本最大級の広域指定暴力団『九頭竜組』の跡取りと目されている『九頭竜冬彦』であり、この希望ヶ峰学園には超高校級の極道として招かれている。彼が双眼鏡から目を離した一瞬、代わりに狛枝が覗き込んだ先では中庭でスケボーに興じている男女が一組。
「男子の方は全然見たこと無いけれど、女子の方は知っているよ。九頭竜君の妹さんだよね?」
「あ? んで、知ってんだ。オメェ?」
「僕は超高校級の超高校級マニアでもあるからね。皆のことは色々と知っているんだ」
「きっしょ」
粘着質な声質もあって、全員が距離を取っていたし、西園寺も暴言を吐くレベルだった。だが、写真撮影に集中している小泉は一つも動じずにシャッターを切っていた。撮影したデータを見て、満足そうにしていた。
「へぇ、どんな写真が撮れたんだい?」
花村が気になって画像データを覗き込んでいた。男女カップルでやっているなら、アクシデントの一つも起きるだろうし、撮影者は超高校級の才能の持ち主だ。それはもう素晴らしい瞬間を切り抜いていることだろう。
画像に映されていたのは、スケボーに乗った菜摘がゴミ箱へとぶつかり、垂直に跳ねている構図だった。こけたとか、バランスを崩したとかではなく垂直に。それもかなりの高度跳ねている訳で、望遠レンズなどを使わなくても目視出来た。
「よし!」
「何も良くねーよ!?」
このまま地面に落ちれば大惨劇は免れない。だが、駆け付けるにはあまりに遠い。このまま惨劇を見る事しか出来ないのかと思っていると、彼女を受け止めるべく地面では例の男子が待ち構えていた。
彼女の体重+落下速度が加わり衝突事故が起きていた。ばたりと倒れた2人であったが、特に何事もなく起き上がったかと思うと2人して笑っていた。
「青春だ……」
「いや、おかしいだろ!?」
左右田があまりに甘酸っぱい構図に感激していたが、常識的に考えればツッコミ所しかない光景に九頭竜は喚き立てていた。
なんであんなところまでぶっ飛んでだよ。なんで、落下したのに2人共無事なんだよ。異常しかないのに青春の1ページみたいなオチにするなよとか。
「気になるなら尋ねて来たら良いんじゃないかな。今は昼休みだし、あの二人の周りに人はいないし」
希望ヶ峰学園の中庭の隅っこの方で2人してスケボーに励んでいたので、接触しようと思えば出来なくもない。
「よし、一言言って来る」
狛枝の提案に乗っかり、九頭竜が教室から出ようとした所で背後には狛枝を始めとしたクラスメイトが諸々。
「なんで付いて来てんだよ!?」
「いやぁ、あの男子に興味が出て来てさ」
全員野次馬根性を丸出しにしていたが、九頭竜は『勝手にしろ』というだけで止めるような真似はしなかった。
程なくして、件の隅っこの方に辿り着いた九頭竜は妹と見知らぬ男子を見つけた。2人して、休憩時間なのかランチを食している。
「あ。お兄ちゃん!」
「よぅ、菜摘。お前も来ていたのか」
九頭竜の名は知れ渡っているのか、すれ違う生徒達は皆彼を避けて行く。
平然としていられるのは妹の菜摘と周囲にあまり関心の無さそうな男子。手にしたホットドッグを口に放り込んでいる。早速、九頭竜が絡んだ。
「お前、ナニモンだ?」
彼に詰められ、胸ポケットから生徒手帳を取り出していた。『日向創』という名前と『予備学科生』という情報が載っている。ただ、そのぞんざいな対応が甚く気に入らなかったらしい。
「オメェの口は飾りか? それとも、ブルって喋れねぇってのか?」
童顔だから睨んでも怖くない。なんてことはない。修羅場を経験し続けた際に宿る凄みと言うのは、人を十分に威圧する。
しかし、日向はスッとスケボーを差し出していた。俺のことを知りたければ、コイツで滑れ。と言わんばかりの挑戦的な姿勢だった。当然の如く払い除けられた。
「要らねぇよ。目的はなんだ? なんで、コイツに近付いた?」
彼女は良い同士になってくれたよ。と言わんばかりに、ニヤケ面を浮かべながらスケボーを掲げていた。当たり前の如く、九頭竜の堪忍袋の緒を刺激していた。
「喋れっつってんだろうが!!」
「兄ちゃん。創は喋れないから、怒っても無駄だよ?」
九頭竜が疑問を浮かべたのも束の間。彼は懐から取り出したメモ帳にサラサラと何かを書き込んでいた。
『スケーターたる者。言葉は要らない』
「俺はスケーターじゃねぇから要るんだよ!?」
最初は距離を取っていた観衆達も漫才めいた遣り取りを見て、少しばかり興味を持ったのか、遠巻きから眺めていた。同じ様に遠方から見守っている狛枝は微笑むばかりだった。
「日向君かぁ。彼は面白いね!」
「いや、ヤベーだろアイツ」
超高校級の極道を前にまるで怯まない肝っ玉は、左右田も理解できない物だった。何なら、クラスメイトになった今でもビビっているというのに。
話の方はようやく進展を見せたらしく、菜摘の方からスケートボードを遣りたいという旨を聞いていた。
「こうね。なんか、スケートボードをやっていると自分の中の妬みや嫉みがスーッと滑って体内から出て行くような感じで、とても気持ち良いの。お兄ちゃんもやってみない?」
「オメェ、妹にシャブ打ち込んでねぇだろうな」
妹さんが打ち込んだのはシャブではなく、スケートです。と言わんばかりに、スケボーを掲げた辺りでローキックを食らった。
脛を抱えて痛がる彼を傍目に、妹の変わらぬ様子を確認した九頭竜は溜息を吐いていた。
「周りに喧嘩売ってんじゃねぇかと思っていたけれど、心配無さそうだな。コイツもバカそうだけれど、悪ぃ奴じゃ無さそうだ」
ローキックを食らった恨みか、両中指と頭頂部のアンテナ毛を立てて、ファッキューサインを作っていたので、再びローキックをして黙らせていた。
そんな光景を小泉が撮影している中、これらの騒動を教室から眺めている者がいた。佐藤だ。
「(真昼が嬉しそうにしているのに、なんでだろう)」
全然嬉しくない。彼女の夢を応援するつもりだったのに、アレだけ仲の悪かった奴をフレームに収めて楽しそうにしている。
菜摘のことも嫌な奴だと思っていたのに、今は嫌味の一つもない笑顔を浮かべている。予備学科と言う肩書も何処吹く風、自分が行きたかった場所に溶け込んで行っている様に見えた。自分だけを置き去りにして。
「(じゃあ、真昼に近付く為だけにアイツに?)」
しかし、彼女は厚かましくはなれなかった。菜摘が遠慮なくスケボーを手に取ったのに対し、佐藤の中にある親友への崇拝にも近い感情が踏み出すのを躊躇わせていた。故に、彼女はこの光景から目を背けるしかなかった。
~~
その日の放課後のことである。菜摘は日が暮れると同時に家へと帰ったが、日向は灯りがあったので、ずぅーっとスケートをしていた。
奇天烈な挙動ばかりに目が行くが、通常のスケーターとしても高校生としてはかなりの力量を持っている。公式大会などには出ておらず、記録などは持っていないので超高校級として扱われることは無かったが、本人は特段気にした様子も無かった。そんなウィール音をBGMにベンチに座ってボケーッとスマホを眺めている少女がいた。
『こ↑こ↓』
『ダイナマイッ!!』
『こんな! こんな物!』
『開いてんじゃ~ん!』
少女が見ている動画に相応しくないような汚らしい音声や棒読み気味な声が素材の様に切り貼りされ、垂れ流されていた。
だが、画面内には流麗なプレイで次々とステージをクリアしていく映像が流れている。いわゆるRTAと呼ばれるゲームのクリアタイムを競う物であり、超高校級のゲーマー『七海千秋』も参加者の1人だった。
ただ、映像を垂れ流すだけではなく視聴者を飽きさせないアクセントや反応などの動画のプロデュース部分も含んでこそのゲーマーである。……挿入されているのが汚らしい男性の画像や音声だとしても、これは由緒正しき物である。
流石に日向にとっても耳障りな音声であった為、スケボーを止めて彼女へと近寄って来た。すると彼女は『やぁ』と言って、手を挙げた。
「昼間に話題になっていたから、どんな人か確かめに来た。私は七海千秋。君は日向君。これで知り合いになったね」
何とも独特な間合いでの会話だった。日向も『?』マークを頭上に浮かべていたが、何となく頷いていた。話す為に空いているベンチのスペースに座った。
流石に人と話す際は、そんな動画を見る訳も行かないのかスマホで立ち上げていたアプリをキルした。
「ありがとうね。実は九頭竜君、妹さんのことでちょっと悩んでいたみたいで」
自分が何かをした覚えはあまり無いが、黙って聞くことにした。
話によれば、菜摘は自分に才能が無いことについてコンプレックスを抱いており、自分との距離感について悩んでいる。という相談を受けていたらしい。
「才能だけが全てじゃないとは言うけれど、無くても辛いし、有っても辛いことは沢山ある。私なんて好きにゲームをしたいだけなのに、今は動画作成の関係でホモビ男優とクッキー☆を履修しないといけないし」
日向は笑顔を浮かべて聞いていたが、物凄く帰りたくなっていた。そして、彼にしては珍しくメモ帳に書きなぐる様にペンを走らせていた。
『頭おかしい』
「私もそう思う。でも、超高校級のゲーマーって、ゲームが上手いだけじゃダメみたいでさ」
それは超高校級の動画配信者とかがやることじゃないかな。と思ったが、ゲーマーの才能に求められる者は多いらしい。
才能の有無による明暗の話をしていたハズだが、トンチキな方向に飛んでいた。ただ、才能を持っていて認められている者達の苦労もあるということは分かった。
「皆がさ。日向君みたいに、好きなことに打ち込めるような世界が来たらいいよね。来た暁には、私は素材フォルダの音源ファイル全部削除するんだ」
恨み辛みがたっぷり籠っていた。どうやら、彼女もやりたくてやっている訳じゃないらしい。なら、そんな物よりスケボーやろうぜ! と言って差し出したが、拒否された。
「また、動画アップしないといけないんだ。再生数とかコメント数ってやっぱり分かりやすいからさ。今日はお礼を言いに来ただけ。またね」
日向としては意識したことが無かったが、在るにせよ、無いにせよ。才能と言う物がどれだけ人の生き方を縛り付けるのだろうかと考えて……全てを擦り抜けるかのように、彼はスケボーを滑り続けていた。