希望ヶ峰学園は入学をすれば安泰。という訳ではない。
超高校級の才能は常に結果を残し続けなければならず、定期試験では学園の経営陣に能力を魅せる必要がある。
『ああああああもうやだああああああ!!』
保護者や来場者達は七海が作成した動画をスクリーンで視聴していた。
プレイされているゲームは、希望ヶ峰学園に出資している会社から出ている物でRTAの競技人口も多い。無駄を一切削ぎ落として、タスクを達成していくプレイは芸術的にも思えた。
しかし、ゲームを素早くクリアしていくだけでは中々に再生数は伸びにくい。そこで解説を含めて、エンタメ要素を重視した『biimシステム』と言われるフォーマットで動画が作られていた。
プレイ技術に加えて、何が起きているのかを解説する為にシステム面からの理解。これらが面白みのない説明になり過ぎない様にウィットに富んだ話術をも必要とされているが、七海の動画はこれらをクリアして再生数を伸ばしていた。
「動画を作る際には、いつも自分の中で音声素材がどれだけ符合するかって言うパズルみたいになっています。例えば、今の叫び声は『ひで』と呼ばれる男優のデスシャウトで、敵の強さ、プレイ難易度、作者の嘆きを同時に表せる非常に汎用性に富んだ音声になっています」
「そうか」
七海千秋。渾身の解説に経営陣の方達は非常に温い視線と共に理解を示してくれた。これらを評価する来場者達はプレイ動画の作りに感心し、あるいは七海の淡々とした説明に顔を歪めていた。……笑いをこらえているからだ。
しかし、こ ん な の でも動画再生数はえげつない程に延びているし、実際に題材となったゲームの売り上げは急激に伸びていた。ブランドイメージに関しては、ひとまず置いておくにしても。
「よろしい。実績としては十分だ。結果は後程」
「ありがとうございました」
経営陣と来場者達に向けて礼をすると同時に彼女は退席して、溜息を吐いていた。実の所、コンディション的にはあまりよろしくは無かったからだ。
「(何か特別な事件が起きたという訳でもないけれど)」
むしろ、本科に九頭竜の妹が入って来て賑やかになった位だというのに、彼女の心には引っ掛かっていることがあった。
編入された菜摘の隣にいた男子生徒が居なくなっていたことだ。彼女に尋ねてみても『辞退したんだって』という反応しかなかった。
そして、関係のあることかどうかは不明だが、超高校級の写真家である小泉の友人も転校したというらしい。
「(もしくは、起きたことも分かっていないのかな?)」
教室に戻ってくれば、全員が朗らかに雑談に興じていた。この調子ならば定期試験で失敗した者はいなさそうだった。七海が帰って来たことに真っ先に気付いたのは、正に件の人物。九頭竜菜摘だった。
「あ、七海ちゃん。お帰り~! 試験の方は問題無さそうじゃん! あの動画フォーマットを選んだのは趣味?」
「実績に決まっているでしょ」
普段は感情の起伏が薄い彼女も声を若干荒げた。まるで、自分がホモビ趣味みたいな言い方は止して欲しいという抗議が含まれていた。
「だが、実績だからと言って嬉々として汚泥に浸かって行く果敢さもまた常人に非ざる物……」
仰々しい言い回しと含み笑いを漏らしながら、七海に対して称賛に見せかけて侮蔑を飛ばしている男は、オッドアイ、メッシュ、腕包帯と属性モリモリだった。超高校級の飼育委員『田中眼蛇夢』だ。
七海は憤慨した。嬉々として使っている訳じゃない。再生数を伸ばしていく為のスタイルとして仕方なく使っているだけだ。と、抗議しようとした所で先に擁護を飛ばしてくれる同級生が1人。
「待て、田中。ワシも七海が挙げておる動画は見ているがな。汚いことは悪いことばかりではない。特に、この間上げておった動画で大砲を撃つ際のSEを排泄音にした奴のプレイ動画を見る度、毎朝快便なんじゃ! 見る腸活じゃな!」
ジャージの上から学ランを纏った巨体の持ち主は、快活に笑っていた。超高校級のマネージャー『弐大猫丸』は惜しみない称賛を送っていた。
まさか、クソ動画ではなくクソその物だと思われていたとは。クラスメイトの告白に、七海も先程解説したばかりのセリフを叫びそうになった。同級生達からドン引きされる中、ヘラヘラとしながら近付いて来る女子が1人。
「大丈夫ですよ。七海さん。私もそう言う動画をよく見ていますから。先駆者と比べて見劣りする所は何一つとしてない、見事なホモビマスターですよ」
「もしかして、皆。私のこと嫌い?」
敵対を疑う様な賞賛を飛ばして来た少女は卑屈な笑みを浮かべていた。豊満なボディをしているが、気は小さいのか。七海が漏らした一言を真に受け『ヒャア、すいません』と謝っているのは、超高校級の保健委員『罪木蜜柑』だった。
「しかし、不思議な文化ですよね。彼らは元々メディアに露出して誰かを笑わせる為に行っている訳でもないのに、どうしてこうまで支持を受けているのでしょうか? そもそも、彼らや出演ビデオの会社から許可は取っているのでしょうか?」
ここに来てようやくマトモな疑問を口にしたのは、ノヴォセリック王国と言う国からやって来た超高校級の王女『ソニア・ネヴァーマインド』だった。高貴なるものに相応しい常識と倫理観だった。
「勿論、無許可だ。著作権侵害やら引っ掛かる物は大量にあるし、訴訟のリスクもあるが。マイノリティの声は容易く引き潰せる」
ソニアの疑問に答えたのは、弐大に並ぶ巨体の持ち主ではあったが、肉体は一切引き締まっておらず、ダルンダルンの脂肪をぶら下げていた。その割には、可愛らしい顔をしているというアンバランスさが特徴的だった。彼は超高校級のアニメーター『御手洗亮太』だ。
「オレが言うのもアレだけれどよ。そう言うのに出演した奴らって、あまり表に出て来たがらない奴らだから、あんまり玩具にするのはどうかと思うぜ?」
罪木に劣らず豊満なボディを引っ提げた彼女の口から出た意見はあまりに真っ当な物だった。超高校級の体操部と呼ばれている『終里赤音』としても、好き勝手にされている者達に思う所はあったのかもしれない。
暴言や揶揄は特段気にしない七海も正論や思いやりに準拠する言葉には弱いのか、彼女からは目を背けていた。
「まぁまぁ、これを切っ掛けに少年少女達の性癖や価値観に新たな物が加わることを考えたら、七海さんのして来たことは凄いと思うよ!」
「なるほど。このクラスは1VS15の戦場だった訳だね」
花村からの擁護に見せかけた罵倒を受け、七海は臨戦態勢を取っていた。チームゲーは何時だって1VS全員だと言うことを、彼女はよく知っていた。
不思議とクラスメイト全員が彼女を中心としていると。教室のドアが勢いよく開かれた。巨大なポニーテールに水色のスーツを着た担任、自身も元超高校級の家政婦である『雪染ちさ』の表情は硬い物だった。
「先程、定期試験の結果が出ました」
全員が息を飲む。本人が上手く行ったと思っていても、実際の結果は芳しい物では無かった。なんてことは、幾らでもある世界だ。
もしも、ここにいるメンバーの一人でも欠けることがあれば……という緊張感に包まれていたが、直ぐに担任の表情が和らいだ。
「全員文句なしの合格です。これからもよろしくね」
全員がホッとしていた。喜ぶ程のことでは無く、安堵の方が強かったらしい。特に編入して来たばかりの菜摘は脱力している様子であった。
「良かったぁ……」
彼女が心配していた理由の一つは、自身のメンタル面に依る所が大きかった。表面上は問題なく振舞っている様に見えても、本調子でないことは自覚していた。やはり、いなくなった相方のことが気になっていた。
「やっぱり、気になんのか?」
表情が晴れない彼女に声を掛けたのは、兄の冬彦だった。タイミング的にも余りに不自然だったからだ。
「うん。……不祥事だったとしても良いから。せめて真実を知りたい」
「アイツの住所(ヤサ)も探ったけれど、誰もいなかったからな……」
本人所か両親さえいなかった。九頭竜組の力を使って彼らの素性を探っているが、未だに何の進歩も無かった。
「殺しても死ぬことは無いと思うけれど」
「どんな奴なんだよ」
自分の妹ながら物騒なことを言う奴だった。ただ、本科から見ていた光景を鑑みれば、全身をバラバラにしてコンクリ詰めにしても出て来れそうな気はした。
貰ったスケボーの調整も出来る位に手解きは受けていたが、1人で滑る世界は何処か退屈で物足りない気がしていた。
~~
希望ヶ峰学園某所。生徒達では近付くことのできない研究棟の中、カムクラプロジェクトの被験体として抜擢された彼は施術を受けていた。研究者達は興奮を隠せずにいた。
「最高だ。まるで、彼は素体となるべく生み出された人間だ!」
プロジェクトは人工的な手法で超人を作り上げる物だった。その際、ロボトミー手術を始めとした非人道的な仮定が幾つも盛り込まれており、本人の人格が消失し、あるいは廃人になる可能性も多分に含まれていた。
だが、日向はいずれの施術にも耐えていた。彼の脳に書き込まれて行く才能が積み上げられていくことに、研究者達は言いようのない興奮を覚えていた。
「間違いない! 彼は超高校級の希望となるべき存在だ!」
手術台に寝転びながら、彼は考えていた。手術を受ける際の注意文に人格の消失などについても言及した文章はあったが、自分は特にどうにもなっていない。最初から自分には人格など存在していなかったのではないか。
だが、それでも良いと思っていた。今まで、人格や感情のロクでも無い物ばかりを見て来たからだ。自分の将来しか見ていない両親、妬み嫉みに滲んだ同級生達、一線を越えようとして来た佐藤。彼らを足蹴にしていた天願や希望ヶ峰学園の経営陣。碌でもない奴らばっかりだった。
「(本当に?)」
自分が見て来たのは露悪を体現したような連中ばかりだったか。幼少期の頃、共にスケボーを滑っていた年下の少年2人。憎まれ口を叩いて来たが共に楽しみを分かち合った菜摘……ついでに何故か練習光景を見る傍ら気色悪い動画を見ていた少女。
彼らのことを思い浮かべているとスーッと思考が透き通って行く様な気がした。露悪や悪性に負けない物の正体が理解できたのだ。
「(そうか。既に答えはあったんだ)」
才能。自分が信じられるものを信じ続ければ良い。ならば、きっとこのカムクラプロジェクトは自身にとって最高のサポートになる。
だが、何も持たない人間に信じさせるには今の時代はあまりに余裕と欲望に満ちている。どうにかして、染み込みやすい環境を作れないかと考えていた。
「(いや、何もしなくてもこの先進めば)」
既に埋め込められた、超高校級の分析家としての才能が未来を見据えさせようとしていた。……希望ヶ峰学園に超高校級の希望が誕生する日も遠くはなかった。
~~
某所、空港。希望ヶ峰学園が存在する、この国の不穏な空気を感じ取って帰国した江ノ島盾子はタクシー内でゲッソリしていた。同乗した姉の戦刃むくろが心配そうに声を掛けていた。
「盾子ちゃん。大丈夫?」
「死ね死ね死ね死ね。あの監督、死ね」
超高校級の絶望として名を馳せる予定のあった姉妹だが、妹の方は呪詛を吐くばかりの小市民と化していた。……一応、聞いておくべきか。
「盾子ちゃん。何があったの?」
「私、これでも超高校級のギャルとして世界に名を馳せていましてね。当然の如く、私の戦略は某大陸でも大受け。何と映画出演の話も掛かったのです」
「どんな映画?」
「美少女と言えば、ホラー映画。もはや定番ですね」
エログロに美少女は付き物である。だが、サブカルチャーに疎い戦刃は『?』マークを頭上に浮かべるだけだった。本当に残念な姉だった。
「映画撮影で疲れたとか?」
「いいえ。敢えて、クソ映画に参加しましてね。大作映画からゲストとしてオファーが来ていましたが、ツマラナイですからね。むしろ、クソ映画に出演して作品のクオリティの向上……そして、大作を足蹴にするという絶望的な演出を考えていました」
映画に詳しくない戦刃でも分かった。皆の期待やスポンサーからの投資も入った作品を、そこら辺のクソ映画が台無しにしていく。なんて、絶望的なことをするのだろうか! 下手をすればシリーズが打ち切られたり、汚名を被せられたりするかもしれない。
「どんな映画なの?」
「ホラー研究会の大学生達がですね。ホラー映画監督が作ったテーマパークに乗り込んで、失敗したら死ぬというアトラクションをクリアしていくという話です」
「凄いよ盾子ちゃん! 私が聞いても絶望的に面白くない雰囲気が伝わって来るよ! そんな映画に出演しようなんて、本当に絶望的! 終わっている! 正気だとは思えない!」
彼女としては純粋に妹を褒めただけなのだが、ただの誹謗中傷だった。妹様から怒りの目潰し攻撃を食らいそうになったので、スッと避けていた。
「ただ、今回の映画の出来に監督とウチの社長が大いに気に入りまして、次回作の製作を決定して、再び私が抜擢されました。あんな物を2回も撮らされるなんて……。今度は銀河系を行くスペースホラーファンタジーになるそうです」
「良い物を作ろうとした賜物だね!」
人を馬鹿にすることに対して天才的な才を発揮しているのか、褒めようとしたら全てが空回っているだけなのかは定かではないが、バッグから取り出したアイスピックで黙らせようとした所、やはり簡単に避けられた。
怒りが収まらぬ中、江ノ島は映画の出来を褒め称える関係者の通知も鳴り止まないスマホを握りつぶしていた。
「ですが、そんな物よりも面白い物がこの国で動いている雰囲気を掴み取りましてね。こうして帰国した訳です」
「私としては、今の盾子ちゃんがした話より面白いとは思えないね」
キレすぎてメイクを突き破って青筋が浮かんでいた。そうこうしている内にタクシーが止まったので、財布をシートに投げた。
「釣りは要らないから取っておいてねー」
「へへへ。ありがとうございます」
突如舞い込んだ幸福に喜ぶ運転が遠ざかって行く中、江ノ島は時間を図っていた。このイラ付きを収める為に財布の中には小型の爆弾を入れていて、あの運転手は棚ぼたから一転、無残な死を遂げるというインスタント絶望を期待していたが、既定の時間になっても何も起きない。隣には、姉が件の爆弾を持っていた。勿論、起爆装置を解除してのことだ。
「盾子ちゃん。もっと武器の扱いは丁寧にしないと」
「お前何なのよ!!」
もしかして、何時の間に希望落ちしているんじゃないかという位にピンポイントで嫌がらせをして来る姉の尻を蹴飛ばしながら、彼女達は希望ヶ峰学園の校舎に向けて足を運んでいた。