希望ヶ峰学園研究棟。公の目が届かぬ場所で、カムクライズルは調整を受けていた。文武両面において、秘密裏に記録が塗り替えられていくが本人には大した感慨も無かった。
「次は?」
「素体が持っていた『スケーター』の才能を確認する」
用意されたスケートボードに乗り、設置されたセクションを用いてトリックの数々を繰り出していく。精緻で何一つ乱れも無く、誰の予想も機体も裏切ることは無い技を披露していた。
今まで、順当に行くことが当たり前だった研究者達は、ここに来て初めて動揺をしていた。
「どういうことだ」
「分からん。次はゴミ箱を設置してみろ」
同じコースに複数のゴミ箱が設置された上で再びテストが行われた。
障害物として置かれた物と認識したのか、カムクラはスイスイと避けて、先程とは別のトリックを披露していた。幾度か繰り返した所、予想外が起きることは一つも無かった。
「あの超常的な才能は無くなったという訳か」
評議委員達は初めて舌打ちをした。素体の人格はどうでも良かったが、この世の摂理を無視したと思しき挙動は組み込みたかったからだ。
だが、彼らの切り替えは早かった。同じ様な挙動を見せる素体はもう一つある。この成功作を足掛けに、自分達の周辺を超高校級の希望で固めれば世界を掌握することも容易い。
「今日の実験はここまでにして被検体を下がらせろ」
必要なタスクは順当にこなせている。不備が出ない様に、カムクラは宛がわれた個室へと移動させられていた。指示以外のことをしない為にも、部屋はベッド以外に何もなかった。
偶に食事が差し出されるだけで他には何もない。拷問の様に退屈な時間を過ごしていると、不意に外が騒がしくなった。
「(破砕、断末魔。かなり一方的な戦闘行為が行われている様ですね)」
多数の才能を埋め込むに当たって、カムクラの全身は改造されていた。壁越しに聞こえる物音を捉えることは造作でもない。
間もなくして、個室が開かれた。限られた者の網膜認証でしか開かないハズだが、と考えていると。侵入者――江ノ島盾子のアイスピックの先に答えはあった。
「へぇ~。本当に居たんだ。超高校級の希望!」
持っていたアイスピックをふると、先端に引っ付いていた有機物が壁にぶつかってグチャリと潰れた。彼女の隣にはタクティカルベストを装着した戦刃むくろがいた。彼女の手には血液がベッタリと付着したナイフが握られている。
「何の用ですか?」
「いやぁ、超高校級の希望と言われる先輩がいると聞いて、誰よりも早くお会いしたいと思っていたんですぅ。その才能があれば何でも出来そうですよねぇ」
「映画監督の才能も有りますよ。貴方が出演した映画の次回作の脚本も1日あれば作れます。あの監督の傾向から推測するに、次回作はスペースホラー辺りにでも挑戦するのでしょう。あらすじは新資源を見つけたとか、そんな感じで」
まだ情報が広まっていないというのに映画の内容を把握できる程の情報収集能力、それに加えて次回作の傾向も予想できる推察能力。超高校級の希望が伊達でない。
「へぇ、凄い能力。そんな能力が失われたら、人類の絶望的なまでの喪失になるでしょうねぇ!」
手にしていたアイスピックを突き立てようとしたが、容易く払い除け組み伏せられた。傍に控えていた戦刃むくろもノーモーションで襲い掛かっていたが、これも容易く払い除けられ壁際に蹴り飛ばされていた。
「こうなることは分かっていたでしょう。貴方には超高校級と言われるほどの分析能力があるのですから」
カムクラには理解できなかった。自分に襲い掛かったとしても返り討ちになること位、彼女も分かっていたハズだ。
「理屈だけでしか動かない世界。なんて面白くないじゃない。この希望ヶ峰学園なんて、正に体現者でしょ?」
才能のある者は尊く、それ以外の者達は敵うこともない。弱者が強者を見返すようなドラマティックな要素は何一つとしてない、厳然とした格差と搾取機構を兼ね備えた教育機関。それが、希望ヶ峰学園だった。
江ノ島の分析を否定できる要素はない。人格は消えたにしても、素体となった人間の記憶は残っている。予備学科の暗く淀んだ空気。努力も邁進もせず、他人の才能だけを妬み、何も変わらない世界。そうではない人間も居たが、彼女は強者側だったというだけだ。
「貴方の言う通りです。物事は起きることしか起きない必然だけの世界です。多少のトラブルやアクシデントは大した物ではなく、世界は詰まらない」
「だから先輩の力を借りたいんですよ。この世界に一大ムーブメント、起こしてみませんか? 合理性も利益もない。とびっきりの絶望で」
カムクラは既に火種が存在していることも分かっていた。彼女の計画は恐らく上手く行くことだろう。だが、敢えて乗る理由がない。……だとしたら、ここからはカムクラ個人の意思に委ねられることになる。
「僕には特段意思も無いですし、協力する理由もありません。なので、この素体が持っている記憶から考えてみましょう」
幼い頃。スケボーをしては周囲から迷惑がられていた。両親からは疎まれていた。好きなことも碌に出来ない世界なのは、皆が理屈に囚われているからだ。ならば、この鎖をぶち破るのも悪いことではないと考えた。
江ノ島が期待をしている中、会話モードに入ったら邪魔をしない様にと。戦刃はタクティカルベストに入っていたゼリーを飲んでいた。先程、ぶっ飛ばされたというのに回復力は凄かった。
「どう?」
「合理性と理屈から外れた世界へと抜けてみる。興味が湧かないこともありませんね。気が乗った分だけ協力しましょう」
「よっし! じゃあ、こんな所。オサラバしちゃいましょうか!」
既に警報はなっており、隔壁なども降りているが3人を足止めするには至らず、易々と突破された。こうして、僅か数日で希望ヶ峰学園は超高校級の希望を失うことになった。
~~
予備学科。希望ヶ峰学園で起きた一大事のことなど伝わっている訳もなく、誰もが淀んだ日々を送っている中、佐藤は孤独な日々を過ごしていた。
噂によれば本科に編入した九頭竜菜摘はクラスメイトと打ち解け、小泉真昼とも正式に和解したらしい。……だったら、1人。予備学科に残っている自分は何だ? 憎んでいた女の相方を追いやった手前、恨まれていることだろう。自分があの眩さに近付けることは二度とない。
「(なんでこんなことに?)」
幾度も後悔していた。どうすることも出来ないまま日々を浪費していく中でのことだった。不意に彼女のスマホにメッセージが入って来た。
「(放課後、校舎の裏に来て下さい。貴方が何をしたか知っている人間です)」
差出人は誰かを察していた。行った所で報復か何かを食らうかもしれなかったが、もうどうでも良かった。言われた場所へと向かうと、彼がいた。隣に見たことがある様な女子2人を連れて。
「来てくれましたか」
「何。私に恨みでも晴らそうって言うの? 好きにすれば?」
破れかぶれだった。もしも、自分が死んだりでもしたらひょっとして心配の一つ位はしてくれるかもしれないと思ってのことだったが、彼の隣に立っていた金髪のギャルは首を横に振っていた。
「可哀想に。才能もないし、性格もブスだし、現状から逃げ出すことも出来ない負け犬of負け犬。才能に寄生するダニ。希望ヶ峰学園の養分。でも、そんな貴方だからこそ、我々は声を掛けたのです」
「……は?」
「付いて来て下さい。才能、欲しくありませんか?」
言われた意味も分からないまま、彼らが何処かに向って行くので付いて行った。学園の片隅に設置された小屋は地下へと続いており、階段を下りた先にはよく分からない装置が並んでいた。
「なにこれ?」
「才能埋め込み装置。って言ったら、信じる?」
何の話をしているんだろうか? と思っていたが、壁面のモニタに大量の顔写真が映し出された。江ノ島は伊達眼鏡を掛けてから説明をした。
「希望ヶ峰学園がこれだけ才能を集めたのは、こう言った脳波や構造などを測定して超高校級の才能を再現することを考えてのことなんですね。将来的には才能が金で買える未来が来ます」
ぼんやりと佐藤は思い出したことがある。昔のロボットアニメの話だ。
そのアニメでは普通に生まれた人間と遺伝子や能力をコーディネイトされて生まれた人間が争っており、その理由は後者の能力があまりに優れていたからと言う物だった。
「この装置に入れば、才能が買えるって訳?」
「そんな所です。今はお試しキャンペーンで無料です! 才能は77期生の物までしか使えませんが」
ズラリとデータが並んだ。現在は政治家や有名選手になっている者も居た。だが、彼女が選ぶ人間は決まっていた。
「真昼。私、真昼みたいな人間になりたいの!」
アレだけ焦がれていた彼女の様な人間になれるなら、迷う必要も無かった。渡された書類に書かれていた免責事項には碌に目も通さずにサインをした。
カプセルに入るとガスに満たされ、眠りに落ちて行く。その間にどんどん施術が進んで行く。隣でコレを見ていた戦刃は首を傾げていた。
「盾子ちゃん。なんでこんなことを無料で?」
「いやぁ、やっぱり私としては才能の素晴らしさを堪能して欲しい訳です。予備学科の皆を洗脳して、本科の連中皆殺し! なんて陳腐すぎるじゃないですか」
「洗脳テレビとかあったら楽だったのになぁ」
グダグダと雑談を交わしている中、カムクラはカプセルのデータに目を落としていた。超高校級の発明家としての才能を駆使して、才能埋め込み装置のアップデートに必要な情報を収集していく。
時間にして僅か1時間ほど。カプセルから出た彼女は、自身の五感を確認していた。特に異常は無さそうだった。江ノ島の手にはカメラが握られていた。
「早速、試して来たら? 超高校級の写真家としての才能」
手に取って走り出していた。全能感があった。何を撮れば良いかが分かる。以前までの自分の冴えないセンスが嘘のようだ。
「凄い」
今の自分は何もなかった自分じゃない。キチンと才能があって、憧れていた人間の傍に立てる。こうしては居られないと、礼も言わずに佐藤は家へと向かった。その様子を見ながらカムクラは冷たい視線を向けていた。
「どうして、自分で磨いた訳でもない才能であそこまで喜べるのか。理解できませんね」
「磨いていないから面白いことが起きるんだよ。先輩、新しいお客さんが来ましたよ」
江ノ島の中には既に絵図が思い浮かんでいる様だった。そして、彼女が去った後、また新たに予備学科の生徒がやって来た。先程と同じ作業を何度も何度も何度も何度も繰り返した。
~~
「ねェ。真昼! 久しぶり!」
「あ、佐藤ちゃん……」
小泉は言葉に詰まっていた。九頭竜菜摘が編入してからと言うもの、彼女と会う時間は目に見えて減っていたからだ。そのことに対する引け目を感じていたが、佐藤は特段気にすること無く雑誌を取り出していた。
「見て! 見て! 私も賞取ったの!」
「え? 本当?」
カメラは止めていたんじゃないかと思っていたが、彼女なりに負けていられないと奮起してくれたのか。心が若干明るくなった所で、受賞した写真を見て心がざわついた。
「上手く撮れているでしょ? 真昼なら、こういう構図で撮るんじゃないかって」
「え、あ。うん……」
佐藤の言う通り。恐らく、小泉は似たような構図……。いや、ほぼ全く同じ構図で撮影していたことだろう。あまりに自分と似通っていた。同じだった。
「待っててね! 私もそっちに行くから!」
「そっちって?」
「アンタの隣!」
以前と変わらぬ親愛を向けて来るのがまた不気味だった。彼女の身に何が起きているのか? この時、学園内では世界を揺るがしかねない程の引き金が既に引かれていた。