希望ヶ峰学園予備学科に起きている異常に早くに気付いたのは評議委員会や経営陣のメンバー達だった。
予備学科の生徒達が短期間で各方面に成績を残す様になっていた。いずれも前歴に目立った活動をしていなかった者達ばかりだ。
「短期間でこれだけの成績を残せるはずがない。可能性があるとすれば一つ」
先日の襲撃によるカムクライズルの失踪。彼に施したロボトミーと超高校級の希望とまで言われる才能を鑑みれば、何が起きたかは直ぐに予想できた。
トドメの一撃と言わんばかりに、研究棟に蓄積してある超高校級の才能に関するビッグデータへのアクセス跡があった。
「奴を連れ出した何者かは、有象無象に才能を与え始めたんだ……!」
これは評議委員が権力者へと昇り詰める際に使う重要な交渉材料になる予定だった。自分達に従うなら超高校級と呼ばれる程の才能を与え、輝かしい未来を約束すると言う物だ。
魅力的に思えるカードだが幾つもの問題がある。まず、倫理的に決して許される物ではないということ。仮に施術を行ったとしても元の人格への影響が計り知れないこと。他にも搾取を前提として、とある欠点も残しているのだが…・…
どちらにせよ、これらは秘匿された上で厳重な管理の下で行われなければならない物であり、ばら撒くなんて正気の沙汰では無かった。
「潰せ!!」
評議委員の一人が叫んだが、既に事態は手遅れレベルに進んでいる。自分達が出来ることがあるとすれば、誰かに責任を押し付けて高跳びする位だろう。
それはあまりに分かりやすい自己保身であり、誰にとっても容易く予想のできることであったが、選ばざるを得なかった。
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希望ヶ峰学園本科の方にも予備学科で起きている異常事態は伝わっていた。今まで無名だった生徒達が次々と超高校級レベルでの成績を残し始めている。
「なんというか。紛い物感が凄いんだよね」
真っ先に疑念を抱いたのは狛枝だった。彼は超高校級の才能を崇拝していることもあり、新たな才能の持ち主が発掘されることは喜ばしいことであったが、どうにも違っていた。
「うむ。ワシも狛枝、小泉と共に予備学科で成績を伸ばし始めているアスリート達を見に行ったんじゃがな。どうにも不自然じゃった」
狛枝の直感だけではなく、超高校級のマネージャーとして。コンディションの把握を得手としている弐大からしても不自然に映る物だった。
「弐大のオッサン。どんな風に不自然だったんだ?」
体操選手として肉体的な不自然さ。という点が気になったのか、終里が尋ねた。すると、小泉が机の上に写真を広げ始めた。弐大が1枚1枚指差していく。
「例えば、この生徒。フォームや走り方は見事な物じゃが、肉体が不自然だ」
「本当だ。なんつーか、肉体が引き絞られてねーよ」
あまりスポーツに関心のない生徒達には分からないことだったが、同じアスリートである彼女が言うのなら、実際に間違いないのだろう。
他にも机の上に広がっている写真に写っている生徒達には不自然な点があったのか、次々と指摘が飛んだ。
「このメカ。滅茶苦茶メンテ難しい奴のハズなのに。コイツの手、綺麗すぎる」
例えば、左右田が指差した写真は機械のメンテナンスに励む生徒達が映し出されていたが、ツナギも着慣れている感じはないし、休憩中の写真に映し出されていた彼らの手はあまりに綺麗だった。
「左右田と似たような話だが、こっちの剣道をしていた女子生徒達の指も綺麗すぎる。マメやタコが殆ど見当たらない」
辺古山も似たような疑問を覚えていた。誰もが超高校級へと至るに当たって、心身に相応の負荷を掛けて来た故、写真に映し出されている生徒達の真新しさが不自然に見えた。
「まるで、何処からか才能を拾って来たみたいだ。アニメーター的には戦力が増えて嬉しいんだけれど」
肥満体を揺らしながら、御手洗がポツリと呟いた。そう。最近の予備学科生たちは眠っていた才能が目覚めたのではなく、まるで何処からか才能を拾って来たかのような印象を受けるちぐはぐさがあった。
「菜摘。お前、なんか知らないか?」
九頭竜が尋ねた。先日まで予備学科に居た、妹は何か知っている物かと思ったが、首を横に振っていた。
「知らない。でもね、一つ言えることがある。写真に映っている奴ら、予備学科の方では特に部活に励んでいたりとか、そう言うのは無かったよ」
増々、才能を拾って来たという説に信憑性が出ていた。だが、あまりに荒唐無稽だった。体育会系以外にも文科系の方にも影響は出ていたらしく、超高校級の飼育委員である田中は眉間に皺を寄せていた。
「俺の方でもネット上で幾らか見掛けた」
大手動画サイトへとアクセスし、トピックに乗っている動画を開いた。
自分達と同じ位の生徒が飼育の難しい動物と戯れていると言う物であり、再生数をグングンと伸ばしていた。
「この動画投稿者と思しき男の接し方は正しい。だが、あくまでそれはマニュアル的な物だ。接する相手への細かな気遣いや注意が殆ど無い。……世話をできると言うことだけでも驚くが」
「事務的と言う訳じゃないんですけれど。この投稿者さんから見えるのは、動画で再生数を伸ばしたいってことだけですね」
田中の意見にソニアも同意していた。急に才能を授かったとなったら、文化方面では更に影響も出ることだろう。七海もプリプリと怒っていた。
「本当に心外だよね。ほら、この動画サイトのランキング見てよ。トップを占めているのが、殆どbiimシステムとかばっかりだし」
ランキングのサムネイルが男優で占められている地獄みたいな光景だった。何時から、この動画サイトはゲイポルノサイトへと変貌していたのだろうと疑わざるを得なかった。ついでに皆もスマホを取り出して通報していた。
「でも、そんな悪いことっすか? 凄い人が沢山増えるなら、世の中。もっと楽しくなるじゃないっすか!」
澪田が笑いながら言った。実際、有望な才能の持ち主が増えることが悪い筈もない。人材不足などの解決にも繋がって行くだろう、世界の発展に大きく貢献する可能性はあるからだ。
「これらが本物だったら。って話だけれどね」
「そうそう! 中途半端な実力を持っている奴って、居場所を守る為に本業そっちのけになることも珍しくないしね」
狛枝が訝しむ中、西園寺が吐いた言葉には説得力があった。飽き飽きする程見て来たよ。と言わんばかりに溜息も混じっていた。
「ですよねぇ。自分の才能を伸ばすより、誰かを引き摺り下ろす方が楽ですしね。こう言っては何ですが、拾って来た才能の伸ばし方が分からなくなったら、後は自責で潰れるだけですよ……」
罪木が卑屈な笑みを浮かべながら言った。自己評価が低い彼女としても、自らが持つ才能に関しては思うことはあるらしいし、この中で誰よりも被虐者の思考をトレースすることが出来た。
どうにも嫌な予感がする。予備学科で何かが起きた時、自分達は巻き込まれずにいられるのだろうか? パン。と、九頭竜が手を叩いた。
「念の為だ。今からでも、このクラスだけでも対応できる備えを作る。九頭竜組の知り合いに頼み込んでみらぁ」
「流石、お兄ちゃん!」
超高校級の極道。ヤクザとして凄いと言うことは、何も喧嘩が強かったり、脅しが上手い人間のことを言うのではない。
如何に集団を生かすことが出来るかと言うことを問われる才能でもある。特に、昨今は暴対法などで絞め付けも厳しく、九頭竜組の面々は集団を生かし、運用する生存本能に長ける様になっていた。
「(……生徒の皆も分かっているんだね)」
教室の外から、これらの会話を聞いていた担任の雪染は自分の考えが間違いでないことを確信していた。この希望ヶ峰学園は、近い内に。必ず騒ぎに巻き込まれると。
~~
予備学科の生徒達は手に入れた才能を用いて、自らの存在感を主張していた。自分は搾取されるだけの存在ではない、世間一般に通じる超高校級の才能を持っているのだと!
「なんでよ」
佐藤は雑誌を取り落していた。最初の内は入選していたが、徐々に落選するようになっていた。これは佐藤に限った話ではない。
アスリートとして結果を残していた者達は見る影もなく、文科系として何かしらの作品を発表していた者達もまた見向きされなくなっていた。
アレだけ目立てていたのに。チヤホヤされていたのに。輝いていたのに。高みを知らなかった頃に比べ、地に落ちた時の苦痛は心身を蝕んでいた。
「なんでよ……」
だというのに。本物は自分達の苦痛や苦悩を嘲笑うかの様に軌跡を残し続けていた。雑誌で大賞を飾る、友人の名前を見て佐藤は頭を抱えていた。
「所詮、偽物にしか過ぎなかった訳です」
気づけば、佐藤は最初に手術を受けた場所へとやって来ていた。カムクラに冷淡に告げられた時は意味が分からなかった。
「……にせ、物? なんでよ。私の才能は真昼と同じ物だったんじゃないの?」
「あくまであの時点では。の話です。本物は進化し続けますからね。才能を使うだけの人間が詰まるのは当然のことです」
「才能に寄生するダニが線虫になっただけです。どうします? 次の更新でアップデートされた才能で上書きします?」
してどうなる? その時点では並ぶかもしれないだろう。だが、自分等直ぐに追い越されて行くだろう。努力した訳でも、好きでやり続けていた訳でもない。
ただ、才能に焦がれて手を伸ばした愚か者が、本当の輝きに近付ける訳なども無かった。江ノ島が張り裂けんばかりの笑顔を浮かべていた。
「それかもう一つ。貴方が唯一になる方法もありますよ?」
「なに?」
「本物を潰すんですよ。貴方を追い抜く存在が居なくなれば、自動的に貴方が本物になりますから」
悪魔的な提案だった。与えられた仮初の才能で得た体験と快感は忘れることの出来ない程の物で、手放す事なんて考えられなかった。自分がこの手で、親友を。と考えた時、ふとカムクラの顔を見た。
「…………」
彼は何も言わなかった。だが、佐藤の胸は軋んでいた。今となっては、真昼の親友となった菜摘の相方を奪って、我が身可愛いさに友人まで手を掛けようというのか。
胸に去来したのは、かつての日々。真昼や菜摘と並んで写真を撮っては、争ったりもしたが楽しかったことばかりが浮かんだ。俯くしかなかった。
「……止めておく。これ以上、藻掻いても誰かを傷つけるだけだから」
「そうですか。良かったじゃないですか。貴方は虫から負け犬へと昇格しました。さっさと帰りな!!!」
江ノ島に追い出されるようにして佐藤は去って行った。カムクラが去って行く後姿をジッと見ていたので、戦刃が尋ねた。
「何かあるの?」
「いえ。彼女はギリギリ踏み止まったと思っただけです。才能なんか気にして生きて行くべきではないのです」
佐藤が去ってから数十分後。白衣を着た男子生徒が現れた。彼の顔はやつれており、目をギラギラさせながら喚き立てていた。
江ノ島を含めて、先程と同じ寸劇を繰り返していたが、佐藤とは違った反応を示していた。
「どうする? 本物になりたい?」
「……やる」
男子生徒に正気は残っていなかった。フラフラとした足取りで出て行く彼を見る、カムクラの目は氷点下と言う言葉では足りない程に冷たい物だった。
「希望ヶ峰学園がダニと線虫に食い潰されますね」
「まぁ、アイツらはどうでも良いのよ。問題は……残った方がどうなるか。だよね。そっちの方が本命っしょ」
ここから先は超高校級の分析能力があったとしても想像の付かない世界だ。結局は権力に弾圧されて終わるのか、ルサンチマン共が世界を呑み込むのか。盛大なパレードを予想して、江ノ島は恍惚とした表情を浮かべていた。