希望ヶ峰学園のカリキュラムは通常の学校とは違う。故に1年の間に、複数回。入学式が行われることもある。
江ノ島盾子と戦刃むくろは78期生として入って来た。これから、この学園で起きる事態を間近で鑑賞する為だ。既に予備学科の連中は焚きつけており、爆弾が炸裂するのも間近だ。
「この間、来た奴もいざという時にはビビってしまいましたしね。我々で火蓋を切る外ないようです」
前回、与えられた才能で得た栄光を手放せないでいる男子生徒を唆して、予備学科との対立を決定的な物にしようとしたが、実際にはビビッて使い物にならなかった。所詮、何もして来なかった連中には凶行すら起こせない。
ならば、自分達が一肌脱いでことを進めるしかない。本科における中心人物である生徒会のメンバーでコロシアイをさせようと画策しており、サポートとして戦刃を付けようと考えていたが。
「苗木君。どうして、平均台の上で変な動きをしているの?」
「忘れられません。スケボーはありません。私は悲しいです」
どういう訳か。自分の姉は、この言語がやや不自由と言うか教科書に出て来る英語みたいな話し方をする男子生徒と懇意になっていた。
超高校級の幸運。苗木誠といかなる経緯で知り合ったかは興味も無かった。だというのに、何故か他の生徒は彼と親しかった。
「苗木殿~。僕は新刊を出そうと思っているのですが、ここは昨今流行のTSを用いて、敢えて男にして新境地を開いてみようと思うのです。良いと思いませんか!!」
「はい」
「いや、でも敢えて相棒の男子枠をTSさせてみるのも良いかもしれません。
TSをすれば美少女になるというのは鉄板ですからな!」
「その通りです」
山田は自らの意見が肯定されていると思い、ベラベラ喋り続けていた。苗木は否定もせず、邪険にもしないで聞いてくれる相手として丁度良かったかもしれないが、隣に居た戦刃は不満そうな顔をしていた。
「そうなんだ。山田君。上手く行くと良いね。じゃあね」
「THE☆無関心。戦刃殿、苗木殿を拉致するのはよくありませんぞ」
どうやら自己肯定感低めな人間に対して、苗木はよく効く存在であるらしい。
本当を言うなら江ノ島としては一大プロジェクトを無視して、何やっているんだと抗議したかったが、陰キャVSオタクと言う古来から続く縄張りバトルの結果が気になったのか、後方妹様面をしていた。
「苗木君はこれから私と一緒に階段の手すりを滑る遊びをするから」
「はい。楽しみです」
「ぐぬぬ。苗木殿から肯定以外の返事を引き出すとは」
どういう勝負が行われているんだろうか。しかも、姉の立てているプランが小学生でもやらないレベルの不良行為だった。
そんな勧誘行為を遠巻きに見ている同級生が居た。超高校級のアイドル、舞園さやかだ。
「(アレ? 苗木君。中学生の頃はもっと普通に喋っていた様な……。いや、会話は出来ていますが)」
この直訳男の何処に惹かれる要素があるのか。こればかりは江ノ島としても分からないことだった。まぁ、そんなことはどうでも良い。
「ごめんねー、苗木。ちょっと、用事があるからコイツ借りてくねー」
「え?」
「なんで驚いているんだよ」
物凄く不思議そうにしていたので、江ノ島は切れ掛けていた。まさか、ガチで高校生の男子を連れて手摺を滑りに行くつもりだったんじゃないだろうかと聞こうとしたが、恐ろしくて聞くつもりにもなれなかった。
「今から、滑りに行くつもりだったから」
「聞かねーでいた。答え合わせするんじゃねぇよ!」
これでもバトルに関してはバカみたいに強いことだけが腹立たしい。アホの耳を引っ張りながら、ふと本科の校門を見た。大量の予備学科生がプラカードを持って抗議活動をしていた。
「希望ヶ峰学園に才能の民主化を求める! 我々は予備学科生として研究成果を享受する資格があるはずだ!!」
先頭に立って皆を指導する男子生徒に江ノ島は見覚えがあった。
あの男は、自分達に頼んで『超高校級のアジテーター』としての才能を埋め込まれた人間だ。元となった超高校級の生徒は海外の民主化運動に参加した結果、帰らぬ人になっていたが。
「おー。また、物騒な話ですな。こんな所で抗議している暇があったら、手を動かすなり趣味に没頭すればいいものを。努力もしないで結果だけ欲しいとか、未来の猫型ロボットでも夢見ているんですかね?」
外の抗議活動を聞いていた山田は、彼らを軽蔑していた。超高校級と呼ばれる生徒達にとって取るに足らない存在であった予備学科の生徒達は、今や目障りな存在となっていた。
「うぷぷぷ。違いないね」
お互いの不満と不和は膨れ上がっている。本当に後一押しさえあれば、きっと面白い位に弾けてくれるだろう。来るべき未来を予想して、笑みを浮かべる江ノ島を見て、戦刃は恍惚としていた。
「(盾子ちゃん。順調なんだね)」
自分でも分かる位に順当に事態が進んでいるのだから、実際はちょっと退屈な気がしなくもなかった。彼女に腕を取られている苗木は、これらの光景を見て寂しそうに目を伏せていた。
「可哀想。スケボーをやるべき」
全く持って意味の分からない勧めであったが、戦刃は彼の腕を引いて手摺に向おうとした所で、いよいよ江ノ島にゲンコツを食らった。
「隙を見て逃げんじゃねーよ!!」
「あ、ごめん。会話が間に挟まったから、何していたか忘れてた」
残念とかじゃなくて、もはや別の領域の病気なんじゃないかと思ったが、江ノ島には分かっている。この姉は異常に体も精神も頑強なので、本当に残念で、日常においては注意が散漫なだけなのだと。
「いやはや。2人のコントは実にネタのし甲斐がありますな」
「そうですね」
山田の関心は既に江ノ島達に向けられていた。表にいる予備学科の生徒達はそれだけ、どうでも良い存在だった。
一方、苗木は同意する傍ら外で抗議活動をしている生徒達のことを憐れに思っていた。憎み、妬んだ所で何も生まれないのにと。だが、そう思えるのは彼もまた、自信を持って打ち込める何かがあったからだった。
~~
77期生のクラスでは九頭龍冬彦による対策が始まってから数か月。教室などの改造から、本科の生徒達による連携強化など。これらは予備学科との対立を明確に意識した物であった。
「九頭龍君。本科の生徒達だけじゃなく、教員の方達からも苦情が来ている」
彼らに陳情をしに来たのは、超高校級の生徒会長『村雨早春』だった。彼の隣には、肩幅が異様に広く、腕も長い男子生徒。超高校級のボディガードと言われている『斑井一式』が爬虫類の様な無機質な瞳で九頭龍の方を見ていた。
「生徒会長さんよ。こっちが大人しくしていたら、相手も大人しくしてくれるなんて道理は無いんだぜ? これはアンタらの為でもあるんだ」
「だからと言って、相手を刺激して良い理由にはならない」
と、言いながらも村雨もまた学園を覆う不穏な空気は理解していた。このままではことが起きる可能性も考えて、穏便に済ませようと奔走はしているが効果は薄かった。
「どうだか。何かあった時に、隣のノッポが何時だって駆け付けてくれる訳じゃないだろう。アンタも身を守る為の道具を持っておきな」
九頭龍からドスを渡された。突き返すには、あまりに危険な代物だったので、彼は懐に収めた。
「あくまで没収するだけだ。受け取ったつもりはない」
「おぅ、持っといてくれや。それと、アンタには言っておきたい。旧校舎の方にちょっとした仕掛けをしていてな……」
「無断改造は止めてくれ」
その後も説得は続けたが、77期生は応じる姿勢は見せなかった。……実の所、村雨としても九頭龍達の行動は理解できる物だった。
「斑井。どう思う?」
「アイツらのやっていることは分かる。教員の連中は解決の為に動いていると言うが、夜逃げの準備をしているだけだ。自分達の身は自分達で守らないとな」
村雨も頷いていた。生徒会に選ばれる程の人間となれば、超高校級が集まる本科の中でも相当に優秀な人材だ。故に、村雨も教員達の動きは理解していた。
現在でも解決に向けて話し合うべきだという、日和った意見を言う連中は本気で解決できるなんて思ってはいない。自分達は最後まで平和的な解決を望み続けたというアリバイが欲しいだけだ。
「いざという時は、お前が頼みだ」
「当たり前だ。その為に、俺は呼ばれたんだからな」
斑井と話しながら、生徒会へと戻って来た。扉を開けた先に広がっていたのは、床に倒れ込んでいるメンバーとガスマスクを付けた3人の男女だった。
「下がってろ!」
斑井の筋肉が膨張し、下手人と思しき3人を迎え撃とうした所で、タクティカルベストを装着した女子が一瞬で彼へと肉薄した。そして、人体の急所と言う急所を打ち据えていた。
斑井の巨体がグラリと揺らぎ、地に落ちた。村雨は直ぐに逃げ出そうとしたが、自分の前方に男子生徒が回り込んでいた。
「暫く眠って貰いましょうか」
「(皆……)」
訳も分からぬうちに背後に回られ、締め落されていた。意識が落ちるまで、彼は他の生徒会メンバー達の身を案じていた。
~~
再び、村雨達が目を覚ましたのは見慣れない教室でのことだった。窓は木材で塞がれており、ここが何処かも分からない中。前方の経壇にはモニターの様な物が設置されていた。画面には、見取り図の様な物が映し出されていた。
『生徒会の皆さま。ご機嫌麗しゅうございます。早速ですが、貴方達は拉致されました』
モニターの映像が切り替わると、この教室とよく似た別室が映し出された。そこには自分達と同じ背格好の男女が居たが、彼らの衣服を見るに予備学科生だと言うことは直ぐに分かった。
『これは向こうにも同じ放送が流れています。奇しくも、彼らは予備学科生の中で才能を埋め込まれた生徒達です。貴方達と、全く同じ才能を』
昨今、希望ヶ峰学園を騒がせている件だろう。何の為に集めたのか? と、疑問を抱いていると。モニターに映し出されている予備学科の生徒達は教室内のロッカーを開いた。そこにはバットや槍など、殺傷を目的とした物が並んでいた。
何が起きるか察したメンバーの1人。眼鏡を掛けた女子生徒『如月かれん』が同じ様に、教室内のロッカーを開いた。
「何も。無いよ……?」
ロッカーの中には何も入っていなかった。全員の顔が青褪めた。これから、自分達は一方的な暴力に曝されるのかと。
『貴方達は超高校級の才能の持ち主ですから。ただの予備学科生にはハンデを与えなければ、平等ではありません』
「ふざけるな!!」
堪らず、早春が叫んだがどうにもできない。モニターに映し出されている生徒達は、まるでこちらの様子が分かったかのように笑みを浮かべて教室から出て行く。その手に凶器を持ちながら。
直ぐに、皆が携帯を取り出したが当然の様に圏外だった。外に助けを求めることも難しそうだった。慌てて、教室の外に出た。
「斑井君は!?」
如月が狂乱状態になりながら、超高校級のボディガードの姿を確認するが見つからない。どうやら、彼を除いたメンバーが連れて来られたらしい。
教室に留まっていても一方的な殺戮を受ける可能性が高いと踏んだのか、早春を始めとしたメンバーが探索を始めて、程なく気付いたことがあった。
「ここは、旧校舎か?」
以前、一度だけ入ったことがある。旧校舎と言ってもボロボロと言うことも無く、再利用も考えられているのか比較的綺麗だった。……こんな形で再利用されることになるとは想定されていなかっただろうが。
「待ってくれ」
ふと、早春は九頭龍との話を思い出していた。近くにあった、掃除用具入れを開いて、彼に言われた仕掛けを作動させた。すると、掃除用具入れの奥にスペースが生まれ、そこには数丁の拳銃とドスが収められていた。
「早春君、なんでそんなことを知っているの?」
如月の疑問を他所に早春を始めとしたメンバーの内数人が武器を手に取っていた。このまま一方的に殺されるつもりはなかった。
そして、彼らは超高校級と呼ばれるだけにあって、頭も回った。皆が武器を懐に仕舞ったり、見えない場所へと隠していた。
「構造が変わっていなければの話だが」
一同は旧校舎の出口を目指して歩いていると、パン。と乾いた音が響いた。ピンク髪のギャル調の女子生徒『西澤桐子』が肩を押さえた。
「何!? 何が……」
「西澤!?」
突如やって来た痛みに戸惑う彼女を庇う様に、赤髪の男子生徒『市野床助』が立ち塞がった。早春が叫んだ。
「予備学科の生徒か!? こんなことは止めてくれ! 俺達を殺すことに何の意味がある!?」
返事は帰って来なかった。代わりに、2度、3度。発砲音が続いた。皆が物陰に隠れる中、市野は西澤から拳銃を受け取った。ドスと拳銃を構えた彼は、物陰からクラウチングスタートの体制を取っていた。
市野床助、彼は超高校級の陸上選手だった。物陰から飛び出した彼は、音がした方向を頼りに一気に駆け抜ける。相手側も想像できていなかったのか、乱雑に銃撃をしていたが当たることは無い。
むしろ、自分の位置を報せるだけだった。市野が襲撃者の所に辿り着くと、相手に詰め寄った。相手は顔も見たことがない男子生徒だった。
「こんなことは止めろ! 犯罪者になりたいのか!?」
ここまでされて制動を掛けられる、彼の人格は生徒会に選ばれるだけにある程立派な物だった。胸倉を掴まれた男子生徒は反省することも怖じ気付くことも無く、懐から取り出したデリンジャーを市野に向けて引き金を引いた。
すると、今度は別の銃撃音が聞こえた。嫌になる程の静寂に支配され、早春が確認しに行った。血を流して倒れる市野と男子生徒の姿があった。
「市野!!」
この生徒会のメンバーに超高校級の保健委員など医療関係者は居ない。いや、いたとしてもどうしようもなかっただろう。市野は顔を傾けて、血を垂れ流しながら言った。
「西澤……頼ん……だ」
スゥっと目を閉じた。どうして彼がこんな目に遭わなければならなかったという哀しみと怒りが早春の胸中を支配した。近くに落ちていた武器を拾って戻って来た彼を見て、如月が震えながら聞いた。
「市野君は……?」
首を横に振った。生徒会の者達はこの期に及んでも、何処かで期待していた。こんな絶望的な状況を乗り越えて、和解する道があるはずだと。
だが、彼らは裏切って来た。予備学科の生徒は自分達に対して、この様な仕打ちを向けて来た。
「アイツらは人間じゃない。俺達を憎んでいる、才能の無い畜生だ」
市野が亡くなった怒りと悲しみは生徒会のメンバーにも伝わっていた。未だに戸惑っている者達も居たが、既に和解という選択肢は消えていた。
~~
「素晴らしい」
江ノ島と戦刃はこれらの様子をモニタリングしていた。旧校舎では本科と予備学科の面々でコロシアイが行われていた。
「盾子ちゃん。どうして、旧校舎の改造跡を取り除かなかったの?」
この校舎に77期生の手入れが入っていたことは、戦刃も知っていたが敢えて取り除く様な真似はしていなかった。
「この企みは元々予備学科生が企てていた物に便乗した形にしか過ぎませんから。一方的なゲームは詰まらないですからね。敢えて、決行時期を早めることで生徒会の面々に抵抗の余地を作りました」
本来は予備学科生による一方的な虐殺が行われるはずだったと言うことか。
だが、画面内ではドスや拳銃を用いた生徒会のメンバーが自らの才能を駆使して、予備学科生を葬っていた。
『死ね!』
例えば、『横尾生治』という少年は『超高級のダーツプレイヤー』であり、手にしたドスを投擲して、器用に相手の頭に命中させていた。
超高校級のプロレスラーとして、生徒会のメンバーの中でもひときわ大柄な男、『豪力供彦』もまた、培った筋力を用いて予備学科の生徒を絞め殺していた。
「そしてぇ。どうせ、希望ヶ峰学園のお偉いさん達はこんなことを隠蔽するでしょうから、き~っちりと全国に流さないと」
江ノ島はこれらを録画していた。全てが終えた後で各方面に流す為に。希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件が、公の目に曝されるのは間もなくのことである。