「結論から言いましょう。凡人は決して、才能には敵わない」
カムクラが淡々と告げた。旧校舎で行われたコロシアイは夜が明ける前に終わった。超高校級の面々が己の才能を最大限に活かして窮地を潜り抜ける。英雄譚の当て馬にされた予備学科の生徒達は全滅した。
一方、超高校級の生徒会のメンバーはと言えば、亡くなったと思っていた市野でさえ、一命を取り留めていた。彼の隣には、甲斐甲斐しく手当てをする西澤の姿もあった。これらの光景を見た江ノ島は真顔になっていた。
「才能もあって未来も希望もある連中は順当に困難を乗り越え、皆が肩を組んでハッピーエンドと言う訳です。この構図を描いた奴は何処ですか? 予定調和のハッピーエンドなんて見飽きているんですよ」
江ノ島の想像以上に予備学科の模造品達は想像以下だった。せめて、1人位は道連れに出来るかと思っていたが、誰一人として殺せていない。
「どうする? 盾子ちゃん。今からでも、私が行って来て殺してこようか?」
「そう言う辻褄合わせは癇癪と変わりないので。……クソブス残姉のお気に入りの様に、前向きに行きましょうか」
カムクラが改良した匿名化ソフトを使って、コロシアイ映像を大量に投稿していく。直ぐに再生数は延び、SNSなどにもゴア動画として拡散されて行く。
特に映像の加工もしておらず、どちらが先に手を出したかも示されている。となれば、明日の希望ヶ峰学園がどうなるかは――。
~~
希望ヶ峰学園には抗議が殺到していた。学園長である霧切仁の他にも教員達が対応に当たっているが、とても捌き切れる量では無かった。
「誰が! 誰がこんなことを!!」
堪りかねた職員が悲鳴を上げていた。中には、糾弾を恐れて無断欠勤や早退を行う者も居た。希望ヶ峰学園は火達磨になっていた。
大人達が後処理に追われている中、一番動きが活性化していたのは生徒達だろう。本科の生徒達は直ぐに生徒会と合流して、彼らを匿っていた。
「九頭龍君。君の言っていたことは正解だった。事態を甘く見ていた」
コロシアイから生還した生徒会のメンバーには既に譲歩という言葉は無かった。あるのは才能無き予備学科に対する明確な敵意だけだった。
77期生も既に事情は把握していた。これに最も憤りを見せていたのは、狛枝凪斗だった。
「全く、才能もないクズの分際で……。でも、村雨さん達は見事に生きて帰って来た! 希望は絶望を踏み越えて輝くんだ!」
「喜んでいる場合じゃないぞ。見てみぃ」
弐大が窓の外を見た。すると本科の校舎前には大量の予備学科生が集まっており、連日抗議活動をしていた『超高校級のアジテーター』は何かに憑りつかれたように捲し立てていた。
「この校舎です! ここに、私達予備学科生を殺戮した悪魔共がいます! 何故、彼らは殺されなければならなかったのか! 話し合いと言う道は選べなかったのか! いいえ、彼らにそんな選択肢がある訳がありません! 超高校級と言う特権階級の連中にとって、我々は虫けら同然! 踏みつぶすのが当然と思っているのでしょう! 殺された彼らの無念を忘れてはなりません!」
あの映像を見ていれば、どちらが先に手を出して来たかは明白だ。だが、予備学科生達は決して、認めようとはしなかった。
「アイツら。目ぇ腐ってんのか?」
終里が不快感を隠さずに吐き捨てる様に言った。早春達がどんな思いで生き延びたか。人を殺めたことが原因で立ち直れていない者もいるというのに。
「珍しいことではない。あの映像を論理的に判断すれば予備学科生が加害者であることは明白だ。だが、ここで認めてしまえば自分達までもが責められる対象になる。だから、奴らは罪を俺達に押し付けたいんだ」
御手洗もまた太った体を揺らして吐き捨てた。彼らは己を顧みることなく、何処までも自分可愛いさで動いているとしたら、いよいよ彼らが同じ人間だとは思えなくなってきていた。
「本当。少し前まで、あんなところにいたと思うとぞっとする」
この中で唯一予備学科出身の菜摘も嫌悪感を露わにしていた。既に互いの溝は埋まらない位に深く大きな物になっており、衝突が起きるのも時間の問題だった。表の警備員達があまりに頼りなく見えた。
「逃げ場所は無さそうっすね」
「制服着ていない人間もいたし、浮浪者みたいな奴らもいたよ」
何とか、脱出できない物かと校舎をグルリと回っていた澪田と西園寺が帰って来た。どうやら、希望ヶ峰学園に収まらず外部の人間すら参加しているらしい。
「ちょっと調べて見たんだけれど。どうやら、相当な数に声を掛けているらしいよ。超高校級の連中に活躍の場を潰されたりした人達がね」
七海がスマホに表示していたSNSには、都合よく改竄された動画をアップして本科を糾弾する為の呼びかけが大量に拡散されていた。
恐らく、拡散した者達の中に超高校級のインフルエンサーの才能を植え付けられた人間も居たのだろう。
「オラーッ! 出てこいや人殺し共!」
「エリート様がビビってんのか!」
聞くに堪えない暴言が躍る。既に本科の周辺は異常とも言える位にヒートアップしていた。衝突は時間の問題だった。九頭竜が目配せをした。
「左右田、アレを起動させろ。何があっても俺にやらされたと思え」
左右田は苦々しい顔をしながらも頷いた。彼がスイッチを押すと、シェルター化した正面玄関の頭上から2門のガトリングガンが出現した。外に設置した侵入者撃退用のタレットもスタンバイ状態に移行していた。
「戦える奴は残れ! 他の奴らは先輩や後輩達を安全な場所に避難させろ!」
「わ、分かったよ!」
「私も怪我をした人達が駆けこんで来た時用に待機していますぅ!」
花村や罪木達も避難の為に移動を始めていた。その中で、真昼はあることだけが引っ掛かっていた。
「(佐藤ちゃん。貴方は、あの中にいないよね?)」
~~
僅かな衝撃だけで破裂しかねない緊張状況の中、佐藤は何が起きているのかを確かめるべく本科の前に来ていた。
「(何が起きているの?)」
彼女も例の動画を見ている。確かに予備学科生が返り討ちに遭ったことは痛ましく思うが、先に仕掛けたのは彼らの方だったはず。どうして、この場にいる人間達は自分が被害者の様に振舞っているのだろうか?
だが、彼らにも辛うじて理性は残されているのか、ギリギリ抗議で留まっていた。本当に僅かな刺激で暴動へと発展しかねない物だったが。
「我々は何時も搾取されて来た! 世に蔓延る天才共に! 今こそ、報復の時だ! 連中に制裁を下す時が来ているんだ!!」
先頭に立って憎悪を煽っている男は自分の意思を発している様には見えなかった。才能に操られたスピーカーの様にしか思えなかった。
そして、呆気ない位に崩壊の瞬間はやって来た。先頭に立っていた生徒が警備員を突き飛ばした。力加減を知らずにやったこともあり、警備員は後頭部を強く打ったらしく、グッタリとしていた。
「ヒッ!」
「止めろ!!」
警備員のリーダー格と思しき男が制動を掛けたが遅い。警備員の1人が懐から取り出したテイザーガンを放った。先頭に立っていて捲し立てていた男へと命中し、倒れた。互いの中にあった恐怖が一瞬で膨れ上がった。
抗議活動をしていた生徒達が門を乗り越え、校舎へと侵入しようとした所で大量のタレットが出現した。
「え?」
吐き出された弾丸が押し入ろうとした者達を撃ち抜いた。
もしも、彼らに理性が残っていれば恐怖し逃げ惑っていただろう。だが、この場に正気と言える物は何一つとして残っていなかった。
抗議活動をしていた者達は獣の様な声を上げ、警備員を殴り倒し、リンチに掛けた。本科の前に死体が積み重なって行く。それでも、積み重ねて来た憎悪と嫉妬が凶行を敢行させた。
~~
「あぁ、もう。本当に救いようのないクズの集まりィ……」
希望ヶ峰学園情報処理室。全身の穴と言う穴から快楽物質が放出されているんじゃないかと言う位に、江ノ島は恍惚に満ちていた。
自分達が行っている過ちが止められないまま、死と言う代償を払わされ続けている。シェルター化した希望ヶ峰学園に押し入ろうとするが、侵入口は鉄板を打ち付けられている為、何も出来ないまま設置されたタレットで始末されていた。
「盾子ちゃん。早く行かないと、私達が居ないことバレちゃうよ」
「良い所なのに。ま、しゃーねーか」
部屋の一部が沈み、エレベーターの様に動いた。すると、避難場所の一番近くにある女子トイレへと出た。何気なさを装って、トイレから出た所で舞園に声を掛けられた。
「江ノ島さん! 戦刃さん! 早く避難しないと!」
「分かってるって」
「いや、私も露払いに言って来るよ。じゃあね」
学園内で起きていることは録画しているので後で見返すにして。LIVEで見れないことだけを江ノ島は悔しそうにしていた。そして、戦刃はと言えばコンビニにでも出掛けるような気軽さで戦場へと出向いた。
――
シェルターの扉が開いた。予備学科生の中に居た『超高校級のプログラマー』としての才能を埋め込まれた者がハッキングを掛けて無理矢理に開けたのだろう。最初に突入した十数名はガトリングの餌食となったが、後に続く者達がガトリングガンを潰そうとした所で首の骨を圧し折られていた。
「今度は守るんだよ。テメェらクズからな」
全身の筋肉を膨張させた斑井が1人、2人、3人……最終的には8人にまで増えて、入り口付近で襲撃者達を迎え撃っていた。
迎撃に出向いたのは斑井だけではなかった。何時も手にしている竹刀を真剣へと持ち替えた辺古山も襲撃者達を次々と切り裂いていた。また、以前に襲われたことのある生徒会のメンバーも参加していた。
「死ね! 死ね!! 死ね!!!」
未だに意識不明のままでいる市野の仇を取らんとばかりに、西澤がドローンを操作して、外に居る者達への攻撃を加えていた。もはや、これは暴動などではなく戦争だった。――して、戦場に兵士は付き物である。
「ギャッ」
シェルターの操作をしていた予備学科生の喉笛を切り裂いた戦刃は、そのまま周囲の者達を次々と仕留めて行く。この学園で誰よりも戦場に身を置いていた超高校級の軍人は正に水を得た魚の様に活躍していた。
本科へと降り注いだ絶望は超高校級の才能によって退けられつつあった。幾重もの死体を積み重ねた上で。
~~
希望ヶ峰学園の屋上からカムクラはこの光景を眺めていた。予備学科生が今後、どうなるかは興味もない。問題はこの事態を経た超高校級の才能がどういった変化を遂げるかと言うことだった。
「世界が敵になってしまったのですから、自分達も世界の敵になる外ありませんね。こうなっては超高校級の才能は人々の目にどう映ることか」
自分達の身内に犠牲者が出なかったからと言って、果たしてこのまま外の世界を信じ続けることが出来るのか。きっと、お互いにお互いを許すことはあり得ない。これから世界は摩耗し、疲労し、才能を憎む世界がやって来る。
「その時は僕の出番ですね」
ふと手を掲げると。そこにスケートボードが出現した。カムクラとしても一瞬、何が起きたか分から無かった様だが、直ぐに納得した。
「なるほど。貴方は死んでいなかったのですね。良いでしょう。少しだけ体を貸して上げます」
カムクラがスケボーに乗ると全身が地面へと沈み込んで行き、校舎を抜け、激戦区をスルーして非戦闘員達が集まる避難所へとやって来ていた。突如現れた存在に皆が戸惑う中、菜摘と苗木だけが驚いていた。
「創!? アンタ、なんでこんな所に。今まで何処に行っていたのよ!?」
「お久しぶりです。どうしてここにいるのですか?」
両者の温度は対極とも言える物だったが、最初に苗木にスケボーを押し付けた。彼は拒否することなく受け取ると強く握りしめた。続いて、菜摘にも同じ様にスケボーを押し付けていた。彼女は恐る恐る受け取っていた。
「……そっか。お兄ちゃんとは違う道を行けってことか」
避難して来た者達は何が起きているか全くわからなかったが、少し目を離した隙に侵入して来た男は姿を消した。まるで、白昼夢を見たかのようだった。……今の自分達が見ているのは悪夢の方だったが。
「あの。苗木君、今の人は?」
何が起きたか分からない舞園が尋ねた所、苗木と菜摘はスケボーを掲げるだけだった。状況から鑑みても全く意味が分からない動作であった。
……そして、間もなくして希望ヶ峰学園史上最大最悪と言われた事件。いや、戦争は終わる。本科の生徒に多数のけが人を出し、予備学科および一般人に大量の死者を出した出来事を切っ掛けに世界の奔流は歪んで行く。