希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件はもはや隠蔽の出来る物では無かった。
国や警察も動いたが、本科の生徒達が応じる訳も無かった。自分達は命を狙われたのだから、防衛の為に動くのは当然のことだった。
「所詮は子供達がやっていることだ」
この時点で、政府を始めとした大人達は嘗めていた。幾ら超高校級と持て囃されようと、所詮は年端も行かない少年少女に過ぎないと。一方で、この趨勢を察して動いていた者達も居た。
「九頭龍様。ご無沙汰しております。円藤藤吉郎です」
フェルト帽を目深に被った老人だった。こんな状況で自分達に会いに来る時点で普通ではないし、九頭龍組と懇意である時点で裏社会の人物であることは察していた。
「秀吉のじーさんか。なんだ? 俺達に『黒の挑戦』でも叩きつけに来たのか?」
黒の挑戦(デュエル・ノワール)。とある犯罪組織によって行われている催しの一つであり、犯罪被害に遭った遺族や懇意の者が犯人に対して報復殺人を行うという物である。
冬彦も詳細までは知らないが、今の自分達は予備学科生や煽動されてやって来た者達を大量に殺人した、社会の敵だ。恨みは幾らでも買っている。
「いいえ。私達は貴方達を支援しに来たのです。今回の事件、どう考えても貴方達が被害者であることは明白。いよいよ、我々は継いで来た意思を果たす時が来たのだと思いました。ここに彼女がいることは皮肉でもありますが」
「……面白そうじゃねぇか。話を聞かせてくれよ」
藤吉郎はツラツラと述べていた。自分達の組織は規模を縮小しながらも稼働を続けていたが、一向に依頼は絶えない。即ち犯罪被害者が生み出され続けていると言うことである。
「我々の活動では焼け石に水でしかない。本当に犯罪被害者の皆を救う為に、世界から抜本的に変えて行かなければならない。悲劇を生み出し続ける構造を破壊し尽くす可能性を貴方達にみたのです」
「俺達に世界の破壊者になれってのか」
既に自分達が日常へと帰る望みは絶たれた。今更、罪の所在を確かめた所で無駄だ。ならば、何処まで戦い続けるしかない。
「私が秀吉だというのなら。九頭龍様、天下を取ってみるつもりはございませんか?」
「最終的にじーさんに明け渡す羽目になりそうだけれどな。良いぜ、やってやるよ。才能を持たねぇボンクラ共を食らい尽くしてやる」
埋伏していた漆黒の意思が絶望と手を結んだ。犯罪被害者救済委員会は相当巨大な規模だったのか、日本や世界中で同時多発的にテロが行われた。
「俺は生き残るべき人間なんだよ!」
「才能持ちだ! 殺せ!!」
才能を持たない者達は社会的成功者やブルジョアジーに対する妬みや怒りを。
才能を持つ者達は世界の絶望となり、人類と敵対していた。生き残るべきは優れた人間なのか、大衆なのか。議論の代りに暴力が飛び交った。
~~
「私達。どうなっちゃうんでしょうか?」
先輩である77期生達を始め、超高校級の生徒達が世界の敵となった後、舞園達78期生は希望ヶ峰学園に閉じ込められていた。彼女達がどう思おうと日常に戻るのは不可能だろう。
食材などは定期的に搬入されてくるので飢えることは無いが、世界との交流は途絶えたままだった。
「気を紛らわすためにさ。私達だけで学園生活を送ってみたけれど、空しいだけだよね」
江ノ島は早くも、この生活に飽き飽きしていた。最初の内は『やっべ、サバイバルみたい!』とか言っていたが、変わらない日常に退屈していたらしい。
他の78期生も日常に帰れないストレスから徐々に異常を来し始めていた。特に真面目な石丸などは非常に変化が顕著だった。
「……」
うわごとの様にブツブツと何かを繰り返している。目の前で手を振っても返事はない。この監禁生活も1か月や2か月では済まない位に時が流れていた。
当初は騒ぎが収まるまで立てこもるという算段だったが、いつの間にか77期生を始めとした他の超高校級の生徒達が学園から拠点を移していた為、彼らは身内の首を取って相手側に寝返るという算段も取れなくなっていた。
「(どっちにせよ治療も必要だしねー)」
このままでは不和からの内部争いが起きてもおかしくはない。それはそれで、江ノ島としても望む所であったが、あまりに順当な結果になるので面白くない。
この生活が破綻するのは目に見えている。誰が暴走するかという差異を眺める程度では面白くない。出来たら、万全な状態で不和を堪能してほしかった。
「苗木君。私もやらせて、やらせて」
そんな全員のストレスは何処吹く風。部屋に引きこもりっぱなしな人間が多い中、戦刃むくろは廊下でスケボーを堪能している苗木と並走していた。
超高校級の兵士である為、戦場や極限状況下においても非常に高いストレス耐性を持っているにせよ、あまりに頑強だった。
「駄目です。増えたら上げる」
「けち」
苗木は頑としてスケボーを手放さなかった。恐らく、この籠城生活を最も楽しんでいるであろう2人に中指を立てながら、江ノ島は憔悴しきった舞園の肩に手を置いた。
「あのさ。実は皆の負担を軽減する方法があるんだけれど、試してみる気は無い? 知り合いの松田夜助が使っていてね」
かくして、困窮窮まった78期生は江ノ島の案内により一時的に記憶を喪失させる処置を受けることになる。このままでは破綻を避けれないが為の選択であったが、江ノ島には別の思惑があった。
「さて。ようやく、不条理で理不尽なコロシアイ学園生活のスタートだよ!!」
「盾子ちゃん。苗木君、装置の中でバタバタしているけれど大丈夫?」
「多分、いけるっしょ」
返事もぞんざいになっていた。他の生徒達が安らかな表情の中で施術を受けていたが、苗木だけはなんかジタバタしていた。抵抗しているとかじゃなくて、本人の顔は安らかなままジタバタしていた。
~~
世界の破壊者と化した超高校級の絶望が吹き荒れる中、中には彼らに与せず人々を選ぶ、超高校級と呼ばれていた者達も居た。
「菜摘。テメェ、俺らに楯突くなんていい度胸してんじゃねぇか」
白と黒のツートンカラーのクマを模した被り物をした構成員達を背後に並べ、九頭龍冬彦は妹と対峙していた。
「お兄ちゃん達は破壊した後のこと考えてないからね。私達は先まで見据えている。ただ、それだけ」
「訳の分からねぇこと言ってんじゃねよ。ペコ、斑井」
「菜摘様。大人しくしてくれると助かります」
「尤も、コイツはそういう次元じゃねぇけれどよ」
ペコが真剣を抜き、斑井も全身の筋肉を膨張させる中。スケボーを手にしていた菜摘が、散乱したオブジェクトに触れた瞬間。1人でに踊り出し、指向性もないままで飛び交っていた。
辺古山と斑井が飛んで来たオブジェクトを叩き落していたが、構成員達は避けることも出来ずにぶっ飛ばされていた。
「ヌケーターだ。ヌケーターが現れたんだ!」
彼女の力を見た市民が声を上げた。この世界に神出鬼没に現れる救世の存在。スケートボードに乗って現れては、絶望に対抗していく者達を『ヌケーター』と総称していた。
頼るべきは自分達の結束力でも、忌むべき才能でもない。彼女が手にしたスケートボードはまるで、アーサー王の聖剣の様に神々しく見えた。
~~時を経て~~
「まさか、お前さんが来てくれるとは思わなかったよ」
未来機関。霧切達が塔和シティで最後の超高校級の絶望と化した者達を連れて帰って来た前後、黄桜光一の前に現れたのはスケボーを手にした青年だった。彼の存在は市民や未来機関では非常に有名だ。
凶暴化した超高校級の生徒達を幾人も連れて来た存在。人類に与する存在と言うことしか分かっていなかったが、彼はここに来て初めて対話に臨んだ。
「僕はカムクライズルと申します。現在の世界を生み出した者の1人です。希望更生プログラムによる処置を受ける為にやって来ました」
「……話。聞かせて貰うぜ?」
カムクラはまるで包み隠さずに話していた。自分に処置を施した手術を再現できる装置を使って、予備学科の生徒達に才能を植え付けたこと。……そして、超高校級の才能と無能達を争わせたこと。
「才能を憎んだのは凡人達の意思による物です。貴方達が見下して来た者達の不満を後押ししただけです」
「なんで、そんなことをした? 希望ヶ峰学園に対する復讐か?」
「いいえ。僕は確認したかったのです。人は感情を乗り越えられるかどうか。無駄だったと言うことだけが分かりました」
嘘を吐いている様には見えないが、本心を話している様にも思えなかった。
だが、本当の所は何を考えているか分かった物では無かった。カムクラは各地における救済活動の映像を見ていた。現場に多種多様の物資や工具を持って行くことは難しい為か、3Dプリンターが使われていた。
「あの3Dプリンターに使われているデータ。図面が優秀ですね。未来機関には優秀な超高校級の設計士が居る様ですね」
「おかげで世界の復興も進んでいるよ。破壊を撒き散らすだけのお宅らとは違ってね」
黄桜も悪態を吐いていた。その後も事情聴取は続いており、自分達が行った処置などのことも細かに話していた。
いずれも希望ヶ峰学園から出た膿の部分であり、世間には決して公表できるものではない。再生者としての存在意義を問われる話である為、闇に葬られることはほぼ決定していた。
「事情の把握も済んだことでしょう。後は僕を希望更生プログラムに入れて、記憶を消せば。全ては元通りになる訳です」
「……納得はいかねぇが、上の連中は許可を出すだろうよ」
超高校級の希望とまで言われている才能が失われることは痛いが、身内の恥を消す為には遠慮なく彼にも処置を施す事だろう。
この少年の人生は大人達によって悉く狂わされた。そして、全てを狂わせた。黄桜としては何を言えば良いか分からなかった。
「……すまねぇ」
「もう遅いんですよ」
簡易の検査を受けた後、件のプログラムが実行される装置の前に辿り着いた。すると、そこには2人の少女が待っていた
「やっほー、創。待っていたよ」
「日向君。って言うべきか、カムクラ君って言うべきかな?」
菜摘と七海だった。77期生の中で絶望に与しなかった、数少ないメンバーとして未来機関に身を置いていた。
「じゃあ、2人も監視役として同行させるが、何かあればすぐに緊急停止コマンドを使え。良いな?」
菜摘と七海は頷き、既に収納されている77期生達と同じ様にカプセルの中に入った。カムクラが来た理由は察していたが、それはと別に菜摘には思うこともあった。
「(出来ることなら。普通の学園生活を創と一緒に……)」
彼が一緒の思いを抱いてくれることを祈りながら、そっと目を閉じた。
……再び意識が浮上していく。目を覚ますと、自分は教室に居た。見慣れたメンバーばかりだったが過ごした日々のことは憶えていないだろう。だが、唯一自分に反応する人間が居た。
「おい、菜摘。お前も入学していたのか?」
兄である冬彦だ。本来ならば、彼と一緒に入学することは無かったのだが、設定の辻褄的に一緒に入学したと言うことになっている。
「うん! 超高校級の妹枠でね!」
自信満々に言ったが、幾人からは怪訝な目を向けられた。流石に無理があったか。苦笑いを浮かべながら、話題を逸らすべく。未だに机に突っ伏している男子に声を掛けた。
「おーい、起きろ。寝坊助」
背の高い、アンテナの様に生やした毛が特徴的な男子生徒の肩を揺すっていた。彼は目を覚まして、周囲を見渡した後……。教室のロッカーからスケボーを取り出していた。