かくして、ウサミ先生と言う抑止力のお陰でジャバウォック島における修学旅行の平和は確保された訳だが、課題もキチンと用意されていた。
最初の課題は花飾りと非常に楽な物で1日足らずで終わってしまった。して、残す所4日の猶予がある訳だが。
「早めに終わったんだから、遊びに行こうぜ! 海もあったんだし、皆で泳ぎに行ってさぁ!! 例のマーケット? に、水着とか遊泳道具一式があるのも見つけたんだよ!!」
どうやら材料の探索をするついでに遊び道具も見つけていたらしい。彼の提案に色めき立つ者達も居る中、十神が待ったを掛けた。
「待った。本来の期限から4日も猶予がある。ならば、今の内に次の課題を聞いて材料を集めておけば更に余裕が出来るだろう」
「備えあれば憂いなしですね!」
王女として万全の態勢を敷くことには大いに賛同する所であったが、多くの者は難色を示していた。
特にぶー垂れ文句を言ったのは、巨大なツインテールを下げ、橙色の着物に身を包み、小学生と見間違わんばかりの容姿をした超高校級の日本舞踏家『西園寺日寄子』だった。
「わたしは、やらないから! 絶対に遊びに行くから!」
「そうっすよ! メリハリが大事っす!」
彼女に同意をしたのはセーラー服に身を包み、三色の派手な髪色と髪型が特徴的なパンキッシュな少女。超高校級の軽音楽部『澪田唯吹』だった。
この場にいる多数は左右田の遊びに行くという案に賛成しており、これには十神も折れざるを得なかった。
「そうだな。最初から根を詰めすぎても仕方が無いか。良いだろう、遊ぶと決めたら徹底的にだ!!」
全員が喜び勇んでいる中、 日向は硬直していた。あまりの硬直ぶりに見かねたのか、狛枝が声を掛けていた。
「日向君。ひょっとして、泳げない?」
静かに頷いた。と言っても、別段珍しいことではない。他にも似たような奴がいないかと見渡した所、七海と罪木が頷いていた。同志を見つけたのが嬉しいのか、罪木はこっそりと近付いて来た。
「日向さぁん。実はさっきの騒ぎで体の調子とか悪くなってないですか? 怪我とかって、その場で分からない事とかも多いですし、大事を取って休んだ方が良いと思うんですよ。今なら、私も看病しますし……」
狛枝は微笑んでいた。彼女が陽キャパーティに行きたくない口実を探していることがあまりに分かり易かったからだ。日向も暫く考えた後、頷いた。
「ごめーん。日向君はさっきのウサミ先生の乱暴によって具合が悪いから休んでいるってさ。罪木さんも付き添いで看病するってさ」
狛枝の報告に全員が頷いた。そりゃ、そうだろと。
日向の方はと言えば、俺のことは気にせず楽しんで来いと言わんばかりに手を振っていた。皆も少しばかり気が咎めたが、却って留まる方が気を使わせると判断したのか、全員がビーチへと出て行った。……狛枝、日向、七海、罪木の4人が残った。
「うふふふふふ。日向さん、ありがとうございます」
口実に過ぎなかったが、実際にちゃんと問診はしていた。狛枝や七海には何をしているかはサッパリだったが、罪木の顔色が変わらない所を見るに大した怪我はしていないらしい。
「凄いですね。タンコブも出来ていません」
「日向君って頑丈なんだね」
七海が感想を述べていたが、頑丈で済ませて良いんだろうか? と、狛枝が多少の疑問を抱いた。でも、超高校級なんだから才能を実現する為にも肉体の強度も高まっているのだろうと納得した。
「ちなみに。僕が出現させたモノケモノ達は人間程度なら簡単に引き裂くし、拳で破壊するとかそう言うのも無理だからね」
「ぎゃあ」
罪木が短く悲鳴を上げた。狛枝が抱いた疑問の答え合わせをする様に、ロビーの観葉植物の陰からモノウサが現れた。ゴシックロリータドレスを着慣れていない為か歩行が非常にぎこちない。
「う~ん。そんな物を破壊せんばかりの勢いで殴ったら、普通は武器側の方が駄目になるよね?」
「普通はね。日向君がバグっているとしか思えないよ。折角、僕主催のデスゲームの殺伐ワールドを開催しようとしていたのに、十把一絡げの学園コメディになっちゃうだなんて。本当にがっかりだよ」
「殺し殺されは刺激が強すぎるからダメ」
そんなことを言っても、七海がプレイしているイルブリードAC内では主人公の女子大生がデスアトラクションパークで大量にスタッフをぶっ殺していた。
「そんなゲームをやりながらよく言えるよね」
「ゲームだしね」
モノウサもゲーム画面を見ながらしかめっ面をしていた。ローポリと言っても、気持ち悪いことには変わりない。なんで、こんな物がホテルのロビーに設置されているんだろうか? オーナーの趣味が悪いことは間違いない。
しかし、誰も喋らないのでイルブリードACのBGMとエフェクト音と、敵の悲鳴ばかりが聞こえていたので、何とかしなければという謎の使命感から罪木が口を開いた。
「あの、えっと、日向さんの趣味は?」
典型的なコミュ障の会話であった。当然と言わんばかりに日向はスケートボードを差し出していた。滑ってみれば、俺の趣味も理解できる。と言わんばかりに、少しばかり圧を感じる程だった。
「ス、スケボーはちょっと……。昔、無理矢理乗せられて怪我したことがありまして……」
日向の額に血管が浮かび上がった。我が人生とも言えるスケボーを無理矢理やらせた挙句、彼女に怪我をさせた与太者の存在が許せなかったのだ。
だが、口にしないので当然伝わる訳がない。彼の顔色を窺っていた罪木からすれば、趣味を侮辱してしまったと解釈したらしい。
「ひゃあ、すみません。ウミガメの真似しますから」
「産卵するの?」
モノウサの疑問も他所に、地面に腹ばいになって涙を浮かべる様は迫真だった。日向は首を傾げるだけだったが、狛枝は2人の間に色々と誤解が生じていることに気付いた。
「これはアレだね。罪木さんは日向君を怒らせちゃったと思っているのかもしれないけれど、日向君は罪木さんに無理矢理スケボーやらせて怪我をさせた人に対して怒っているんだよね」
「え? そうなんですか?」
日向は深く頷いた。あまりの名翻訳にモノウサと七海は小さく拍手を送っていた。そして、安心したのか罪木も笑顔を浮かべていた。
彼女が安堵したのを見計らって、そっとスケボーを差し出した。今度はイジメじゃない。心から楽しめるスケボーをご教授して見せようという自信と慈しみに満ち溢れた視線だった。
「えぇ、うぅん。そうですね、ちょっとだけなら」
「お前、チョロ過ぎない?」
デスゲームを画策していたハズのモノウサから心配されるレベルだった。
そうと決まれば、全員でホテルの外に出て練習風景を見守ることにしたのだが、彼らは想像さえできなかった。
「うひゃぁああ」
すってんころりん、どんがらがっしゃん。罪木の運動神経は絶望的だった。
日向が付き添っているお陰で怪我をする直前で受け止められているが、本当に驚くレベルで罪木は滑れなかった。
しかし、スケボーに興じようとする者を見捨てたり、諦めたりする姿勢は彼には無かった。本当に根気強く付き合っていた。
「ただいまー! ……って、何してんの?」
海水浴から帰って来た、西園寺を始めとした一同が見たのはホテル前で延々とスケボーの練習をしている日向と罪木の2人だった。
本当に運動神経が悪く、少しでもスケボーに乗ろうとした時点で罪木がすっ転ぶので、直ぐに日向が支えに入っている。
見方によればセクハラをかましている様に見えなくもないが、皆に見られてもまるで気にしていないことから下心は無い物と思われた。
「……ふーん」
「おい、菜摘?」
九頭龍としては、妹が不機嫌になっている理由が理解できなかった。
この光景を見て指導を微笑ましく思っているか、あるいは女の体に抱き着いている不埒者として見るかはそれぞれであったが、飛びついた奴がいた。
「日向くぅーん。僕にも教えて欲しいな~!」
海水浴を散々に堪能して来た花村が指導現場に入って来た。日向の熱心な指導に甚く興味を引かれたのだろう。
新たに興味を持つ者が現れたことを嬉しく思ったのか、日向は何処からともなく新たなスケボーを取り出していた。
「えー……」
ただ、先程まで指導を受けていた罪木は不満そうな声を漏らしていた。すると、パタリと練習を止めた。日向としては2人共、見るつもりだっただけに首を傾げていた。
「えぇっと。また、手が空いた時にお願いしますね」
パタパタとコテージへと戻って行った。花村も多少申し訳なさそうにしていたが、引かせてしまった以上。何もしないという訳にはいかない。
「という訳で、よろしくお願いするよ!」
暑い日差しの中に居たこともあってか、花村の鼻から血が垂れていた。
ポケットから取り出したティッシュで拭った後、ボディタッチありきのスケボー指導が始まったので、邪魔しちゃ悪い。と言うことで、海水浴から帰って来た面々は一旦コテージに戻ることにした。
「僕が言うのもなんだけれどさ。オマエら、不純だよね」
「英雄色を好むって言うしね?」
狛枝は超高校級の2人の才能が交わる光景を恍惚とした表情で見守っていた。流石に罪木よりかは運動神経がマシなのか、花村も最初こそは日向に支えられていたが徐々に乗れるようになってきていた。
「おぉ、案外楽しい物だね。カリスマシェフの嗜みとして、結構いいかも」
彼の上達を見守る日向のスマイルに花村がキュンとしている中、それなりの時間になっていることに気が付いた。
「あ、そうだ。日向君達に伝え忘れていたけれど。今日は初日と言うことでホテルの方でパーティをしようって話になったんだ。僕が腕によりをかけて作るから、楽しみにしておいてよ!」
勿論だ。と言わんばかりに、日向は力強く頷いた。花村もホテルへと向かったので、時間が来るまでホテル付近でスケートを乗り回していた。
「他にすること無いのかな?」
「僕達にも同じことが言えるかもね」
そんな奴を眺めている時点で、狛枝とモノウサも十分狂人に属する人種であった。
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花村は早速パーティ用の料理を作っていた。超高校級の料理人ともなれば、味の良さや見た目は勿論、準備や段取りも凄まじく良い。
「(16人も居るからバイキング形式の方が良いね。あのスーパーの材料はイマイチだけれど、ある物でやらないとね)」
惣菜やデザートなども同時並行に作り上げていく様はもはや芸術的と言っても良かった。一通り準備は終えた。後は皆を呼びに行くだけだ。
ウサミ先生に協力を要請して放送して貰うのも良いが、それでは少し味気ない。コテージも近くにあるのだから、皆の所に回って行こう。
「(でも、徒歩じゃ少し怠いしなぁ)」
花村の身長は低い。故に、歩いて行くと時間も掛かる。そこで、ふと夕方のことを思い出した。丁度、日向から貰ったスケボーがあるじゃないか。
「(よぅし、ちょっと実践的にやってみようか)」
ホテルから出て、コテージまでの短い距離をスケボーで滑って行く。徒歩で進むよりも遥かに早く、ぐんぐん進んで行く。先程まで、調理をしていた疲れも忘れて行くようだ。
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左右田は満面の笑みを浮かべていた。失われたと思っていた青春を堪能できたからだ。青い海、同級生の水着姿……。そのいずれもがまぶしく映っていた。
「(そして、晩飯は超高校級の料理人と来たもんだ!)」
希望ヶ峰学園に来るまでは色々と大変なことはあったが、これだけ苦労したんだから報われても良いだろう。この修学旅行の幸先の良さを感じていると、扉がノックされた。誰かと思い、扉を開けた。
「お。花村。飯出来たのか?」
扉を開けた先には花村が居た。脇にスケボーを抱えており、彼はホテルの方を指差したかと思うと、直ぐにスケボーに乗って何処かに向かった。
「何だ、アイツ?」
早く行かないと冷めるとかなんだろうか。だったら、放送入れたり内線を使ったりとか色々ありそうな物だが。まぁ良いやと、左右田は浮かれ気分でホテルの方へと向かった。