「美味ぇなぁ!」
終里は花村が作った料理の数々に目移りしながら、片っ端から貪っていた。そこに財もボディも大層蓄えている十神の食欲も加わるのだから、料理の減りが滅茶苦茶に早い。
「ドカ食いはいかんぞ! ドカ食いは!!」
「こんな美味い物に飛びつかねぇ方が体に悪ぃぞ!!」
超高校級のマネージャーとしてドカ食いの危険性を十分に把握していることもあって、終里のペースを落とそうと弐大が制動を掛けていると、厨房の奥から日向が現れ、料理が盛られたチェーフィングを運んで来た。
「ほら見ろ。おっさん! 花村も張り切ってんだよ!」
「いや、お前さんらの食うのが早いから調理を早めとるんじゃ……」
新たに用意された料理に飛びつく2人を傍目に、他の者達は普通に料理を盛って楽しんでいた。ここで、ふと小泉が配膳をしている日向に声を掛けた。
「日向、配膳ばかりしていたら食べられないでしょ? アタシが代わるよ」
彼女の提案に、隣に座っていた西園寺が苦々しい顔をしていた。すると、日向は手で制していた。大丈夫だ、気にせずに食うと良いとでも言っている様だった。
彼は終里と十神が空にした容器を厨房へと持って帰って行った。もしかして、腹が減っていないのかもしれない。
「夕方ごろに一緒に練習していたから、料理を作るのを手伝ってお腹が膨れた。とかじゃない? 喋らないから分からないけれど」
「そういう可能性もあるか」
親切を押し付けすぎても却って迷惑になる。本人が良いと言っているなら、敢えて食い下がる必要もあるまい。
引き続き、皆が美味な料理の数々に舌鼓を打つ中、この集団でもある程度のグループが出来ていた。
「立食みたいなのには何度か呼ばれたことはあったけれどさ。こんなに美味しいのは初めてかも」
まん丸ほっぺに料理を詰め込む菜摘の口周りを辺古山が拭いていた。その様子を見た冬彦が笑っていた。
「お前ら、仲いいな」
「剣道家として、礼儀のなっていない同性が気になるだけだ」
「もう、そんな固くならないでよ。ペコお姉ちゃん」
超高校級の妹らしく、菜摘がペコをからかって遊んでいた。また、別の卓では十神を中心とした賑やかなグループも出来ていた。
「あんまりドカ食いして喉詰まらせたり、血糖値上昇でぶっ倒れたりとかするなよ。お前を見ていると肝が冷えるんだよ」
「見事な気遣いだ。そう、メカニックとしての心得がこの上なく活かされているぞ」
十神に従者の様に付き従い、彼が取って来た料理を細かく切り分けたりしている様子はあまりに板についていた。同じ様に弐大も終里が取って来た料理を細かく切り分けている。
「あんまり切り分け過ぎたら喉越しが足りねーよ」
「お前さんが食うのを止めんと言うなら、せめてもの抵抗じゃ。嚥下困難になったりでもしたら、花村にも申し訳ないからの」
主にバイキングの料理を猛烈に減らしているのは彼らが原因だった。
そして、更に別卓。ソニアと田中に澪田を加えた一団もまた賑やかに食事を取っていた。
「明日からも探索になるのか、それとも遊びまくるのか! どっちにせよ、楽しみっすね!!」
「だが、次なる試練に向けての備えも必要だ。満ち足りた鋭気を何時までも遊ばせておくのは、人類の損失だぞ!」
「メリハリが大事と言うことですね!」
「そうっすよ! 明日はお部屋の掃除とかでも全然OKっす!」
仰々しい田中の物言いがサラリとまとめられていた。どの卓でもエネルギッシュさが溢れている中、一つだけ物静か……というか、やや陰気な卓があった。
「あのぅ。日向さんは、何時まで配膳しているんでしょうか?」
「僕も替わろうと思ったんだけれど、大丈夫って制されたしね。ひょっとして、お腹いっぱいなのかも」
攻撃的な気配が放たれるということは無いのだが、目に見えて罪木が不機嫌になっていた。同席している七海は特に気にせずに携帯ゲーム機で遊びながら料理を頬張っていた。
会話苦手部が集まっている中、何とかして空気を打破しなければと罪木が何の考えも無しに口を開いた。
「あの、日向さんって普段何考えているんでしょうか?」
興味のある人間の気を引きたい感じの話なのだろうが、言い方はやや無礼だった。だが、狛枝は笑顔で答えた。
「スケートボードをしたいって思っているんじゃないかな」
「それ以外は?」
「さぁ……?」
知り合って時間が経っていないということもあるが、基本的にスケボー以外に関心を持っている所を見たことがない。
「向こうも色々と趣味を勧めて来るし、こっちからも趣味を押してみるとか。というか、花村君と色々あったから料理の配膳を手伝っているんじゃないかな?」
「あ。だったら私も手伝って……」
「僕も止められたし、やめた方が良いんじゃないかな?」
狛枝からのやんわりとした注意を受け、罪木は席に戻った。次々と料理が配膳されては、主に十神と終里の胃袋に収まって行くという懇親会は非常に和やかに行われ、大成功を収めていた。
~~
パーティが終わって解散した後。今回の催しを企画した十神は厨房へと足を向けていた。残飯を漁りに来た訳ではなく、尽力してくれた花村達を労う為だ。すると、狛枝と罪木と遭遇した。
「日向を迎えに来たのか?」
「そんな所かな。十神君は感謝しに来たとか?」
「その通りだ。今回のパーティは大成功と言っても良かったからな。また、明日からの作業に取り組む英気を養うには十分すぎる程だった」
次回の課題に挑戦する為の調査やコテージの掃除など。まだ、課題が発表されていなくてもやれることは大量にある。その為には、体を労わることを重要視していた。
「十神さんの場合、労わり過ぎて、傷めつけている領域で……」
罪木が言わなくていいことを言おうとしたので、狛枝がそっと手を添えて防いでいた。十神もまた彼の意思を汲み取ったのか、彼女に言及することは無かった。
3人が厨房に辿り着くと。丁度、厨房から二人が出て来た。どうやら、今まで食器洗いや床掃除をしていたらしく、扉の先は綺麗に整頓されていた。……そして、2人の手にはスケボーが握られている。
「花村。今回はご苦労様だった。お前のお陰でパーティは素晴らしい物になった。今後も俺達の食を支えて欲しい」
でしょ? と言わんばかりに、サムズアップをした後。2人はホテルの外へと出ようとして、狛枝と罪木に捕まっていた。
「今から、夜のスケボー? 駄目だよ。ちゃんと、寝ないと。明日からの活動もあるし、不規則な生活は体に良くないよ?」
「狛枝さんの言う通りです」
いや、俺達は別に今からでも問題ないが。と言わんばかりにスケボーを掲げていたが、十神は2人からスケボーを取り上げていた。
「今日の活躍は労うが、故に無理はさせられない。戻って休め」
2人共不満そうな顔をしていたが、こうも言われたら渋々引き下がるしかない。結局、5人は大人しく自分達のコテージに戻ることになったのだが、ふと狛枝が花村に声を掛けた。
「なんだか、花村君。日向君みたいになったね。疲れているのかな?」
首を横に振った。疲れているという訳ではないらしい。じゃあ、なんで無口なの? と、尋ねようとした所でコテージに入ってしまった。
仲良くなった者同士感化される所もあるのかもしれないとして、狛枝も幸腹感に包まれながら自分のコテージに戻ることにした。一方、罪木の方はと言うと日向がコテージに入る直前で延々と引き留めていた。
「今日は途中で終わってしまいましたけれど、またスケートボードを教えて欲しいんです。出来たら、2人っきりで。ほら、他の人が居たら気を使いますし」
そこまで熱心に教えを乞うてくれるとは。日向は深く頷いていた。人の顔色に機敏と言うこともあり、彼の喜色が伝わって来たのか釣られて罪木も笑っていた。
「じゃあ、日向さん。また、明日」
おぅ。また明日! と言わんばかりに、2人は別れた。自分のコテージに戻った罪木のベッドには日向から受け取ったスケボーが転がっていた。
「うふ、うふふふ」
軽くシャワーを浴びた後、寝る際にどういう風に添えようかと考えていた。
彼女の半生は本当にロクでも無い物で、家の中でも外でも虐げられて来た。生来の鈍臭さと言わなくてもいいことを言う間の悪さ。全てが奇跡的に噛み合った位の被虐体質だった。
他人から貰う物と言えば、罵倒、暴力、借金位だったので自らの趣味を分けて貰えたのが非常に嬉しかった。なので、ついつい執着していた。
「でも、抱くのはちょっと」
スケボーを抱き枕みたいに使おうと思っても当たり前だが、とても抱き心地は悪い。股に挟んでみたが普通に重い。では、ベッドに立て掛けておくというのはあまりに扱いとしてぞんざいな気がした。……世間一般では普通だが。
「そうだ!!」
これぞ妙案と言わんばかりに、彼女は頭元にスケボーを置いて、その上に枕を設置した。スケーターから貰った物の使い方としては侮辱レベルであるが、本人は満足していた。
「(夢にも出るかも)」
間もなくして、彼女は眠りに落ちた。眠り心地は最悪であるはずなのだが、滅多にない優しさを一身に受けたい気持ちが先走ってのことだった。すると、どうだろうか。ベッドがススーっと動いて、壁を抜けてコテージを脱していく。
――
「なんだか、アイツらに釣られて食いすぎちまった気がする」
先のパーティでやや過食気味になってしまった左右田は少しでも消化を助けるべく、ロケットマーツにまでコーヒーを買いに出かけようとコテージを出ていた。
夜間の外出はよろしくないが、胃がムカムカするので解決の為には仕方がないことだ。何なら似たような感じの奴が外に出ていないかと思いながら、夜道を歩いている中でのことである。
「ムニャ……」
「は?」
ベッドが水平に移動していた。フカフカと寝ている罪木を乗せて、何処かに向かっている。左右田の視界を横切り、やがて日向のコテージに吸い込まれるようにして消えて行った。
実は、今。自分は夢の中にいるのではないか。そう考えた左右田であったが、もしも2人の身に何かがあったら寝覚めも悪い。と思って、控え目に日向のコテージのドアをノックした。
「おーい、日向? 今、お前の所に罪木を乗せたベッドが侵入していたけれど大丈夫か?」
言っておいて、自分の正気が疑わしくなった。ただ、返事がまるでない。そりゃそうだ。こんな時間だから普通は寝ているに決まっている。
ここで、左右田は名案を思い付いた。窓から中の様子を覗けばいいのだ。幸いにしてブラインドなども降ろされていなかったので、コテージ内の様子を見ることが出来た。
すると、どうだろうか。罪木が寝ていたベッドが日向の寝ているベッドと同化して、一瞬2人が添い寝している様な状態になったかと思いきや、再び罪木の寝ていたベッドが彼女を乗せて壁を抜け出して、罪木のコテージへと戻って行く。
覗きに行こうと考えたが、流石に女子のコテージを覗きに行ったら非難される可能性もある。今、目の前で起きたことをグッと飲み込んで左右田はロケットマーツにコーヒー……ではなく、コーラを取りに行った。
「直ぐに寝てやる!!」
きっと、今の自分は寝ていた途中で目が覚めて夢遊病状態か夢と現実の狭間にいるに違いない。酒を飲んで寝ることが出来ないというのなら、糖分タップリのジュースを一気飲みして、ドカ飲み気絶部をしてやる。
ただ、コーラだけでは寂しいと思って塩分強めのポテチも一緒に持って来て、コテージへと戻って来た様子を観察していた者がいた。
「フッ。左右田。お前こそ、俺の後継者に相応しい」
夜更かしをしていただけなのに夢みたいな光景を見せられた挙句、やや不名誉気味な役職の後継者に就かされようとしている左右田はほんのり可哀想だった。
一方、元のコテージに戻って来た罪木の顔は幸せそうな物だった。今の彼女は楽しい夢を見ているのかもしれない。
~~
「どうするのよ」
当然、これらの様子は未来機関で全てモニタリングされており、霧切は頭を抱えていた。バグと言う大敵が現れた不二咲の表情はもっと悲惨な物になっていた。
「ちょっとだけ、外しただけなのに!」
『それでも、ちょっと挙動が怪しいで済んでいるのは奇跡的だと思う』
学園長肉からのフォローに少しばかり救われた気がした。プログラム全体が破綻するレベルのバグは起きていないので、どうにでも出来る気がする。
「不二咲君。どうするの? 日向君を修正するとか?」
戦刃からの提案に不二咲は首を横に振った。
「いや。こう言うのって下手にバグを修正しようとすると、周囲全体がバグったりすることがあるから逆に放置しておく」
ちょっと手を入れたら、プログラム全体に及ぼす影響が計り知れない。希望更生プログラムは非常に膨大なコードが走っている為、あまり手入れすることは望ましくないのだ。
今はアルターエゴによって多少のバグはあれど、問題なく運用されているなら、この状況が続くように観察するというのが、不二咲の出した方針だった。
「そうだね。にしても、花村君の感染は兎も角として。どうして、罪木さんは普通にしていられるんだろう?」
「きっと、彼女はスケボーに乗れていないからよ。運動神経の悪さが却って幸いだった様ね」
戦刃の疑問に霧切が自らの推論を述べた。と言っても、罪木の挙動もかなり怪しい物だが。初日は問題が起こりつつも、大事には至らずに済んだ。
77期生の様子を記録しつつ、不二咲は引き続き彼らの経過を観察することにしていた。その中で、ふと戦刃は思っていた。
「(モノウサは結局何だったんだろう?)」
明らかに外部の別プログラムが紛れ込んだ感じだったにせよ、無力化はされていた。では、誰が紛れ込ませたのだろうか? 今となってはマスコットになっているし、別に構わないかと。直ぐに思考の端から弾き出されていた。