「ふむ」
昨晩は私腹を肥やす至福の時を過ごした十神は、日向と花村から取り上げたスケボーを弄っていた。興味津々だった。
「(花村は超高校級の料理人だったはずだ。奴が何故、スケボーに興味を?)」
最初は日向とのボディタッチが目的かと思っていたが、2人の間には強い信頼が結ばれている様に思えていた。1つの競技を通して交友を深めるというのは往々にしてあることだ。
「(羨ましい)」
超高校級の御曹司として、彼らの友情に羨む姿は何処か儚げに見えた。そんなことを考えていると、扉がノックされた。まだ朝の4時である。
こんなに朝早くに誰が? 結局、眠れなかった左右田辺りが来たのかと思っていると、玄関には日向と花村が待機していた。2人共、十神の部屋にあるスケボーの方を見ていた。
「預かっていたままだったな。返すよ」
スケボーを返して貰った二人は仲良くお辞儀をして、立ち去ろうとしたので思わず声を掛けてしまった。
「花村。お前は、料理や男女関係にしか興味が無いと思っていたが、そんなに夢中になる程の物なのか?」
早朝の眠気や微睡を感じさせない、彼の名前の如く輝々とした笑顔を浮かべていた。……ちょっとばかり興味が湧いて来た。
「日向。スケボーと言うのは、俺でも出来るのか?」
見ての通り、彼は巨体である。弐大の様に鍛えこまれた訳ではなく、脂肪をたっぷりと蓄えたボディは運動全般を苦手としてそうだった。
特にスケーターは選手の体重なども大きく関わって来るので、自分には無理だろうという諦観を含んだ上での質問だった。
しかし、日向は一旦コテージに戻ると巨大なスケボーを取って来た。さながら、台車の様であり、何ならテール部分からハンドルが出現する特別仕様だった。
「乗れと言うのか」
デッキ部分にずっしりと体重が掛かるが、問題なく手押ししていく。ガタガタと振動が伝わり、十神の全身がブルブルと揺れていた。そのまま、ホテルへと向って行く彼らを目撃していた、辺古山は思わず呟いてしまった。
「アイツら、何をしているんだ……?」
~~
朝食もバイキング形式であり、軽めな物からガッツリした物まで楽しめる仕様になっていた。朝飯を食いながら、十神も本日の予定を述べていた。
「今日は、ジャバウォック島の全域を調査する。既に全島は解放されているから、何処に何の材料があるかを調べておきたい。ついでに、ある程度採取もしようと考えている。ウサミ先生、問題は無いな?」
十神が手を叩くと、ウサミ先生がふらりと現れた。ついでにモノウサも現れて、朝食バイキングを堪能していた。
「僕、パンケーキとエッグベネディクトって言うオシャンティな朝食に憧れていたんだよねぇ」
「はい。十神君の言う通り、予め素材を採取しておくことは禁じてはいないでちゅ。なんなら、少し余分に素材を取って好きに使ってくれたりもしていいでちゅよ」
指導者からの確認が取れたとなれば躊躇う必要はない。遊んでばかりでも、中だるみは避けられない。課題や達成すべき目標を挟むことで、どちらにも張りが出て来るのだ。
「でも、素材の採取や遊ぶのに夢中になって自堕落な生活はしちゃ駄目でちゅよ! ミナサンのコテージが散らかり放題になっている場合は、1日中掃除して貰いまちゅからね!!」
ここら辺をキュッと引き締める辺りは、実に教師らしかった。エッグベネディクトに続き、スムージーとフレンチトーストも堪能し始めた辺りで、モノウサは待ったを食らっていた。
「なんだよー! 生徒の才能の発揮具合を確かめるのも担任の仕事だろ!」
「あまり、好き勝手にするんじゃありまちぇん!」
それでも既に取っていた分だけは食わせて貰って、モノウサとウサミは姿を消した。という訳で、本日は探索となった。……が、一つ。ここで十神から提案が入った。
「ちなみに、昨日のパーティである程度はグループを把握した。特定のグループばかりで固まっては、今後の生活に影響が出ると考えて。グループ外同士で班分けを行っている。このメンバーで探索に臨むように」
昨日のパーティは懇親会だけではなく、そういった思惑も含んだ物だったらしい。多少お節介な様に思えるが、交流の機会を増やす。という意味では、有意義だったかもしれない。
十神の提案に苦い顔をする者もいたが、多数が反対していなかったのでグッと飲み込んでいた。間もなく朝食を終え、小休止を取った後。班分けされたグループで探索に出ることになった。
~~
日向達は十神と組んで、第2の島を探索していた。遺跡や図書館など、島の歴史を感じさせる建造物が特徴的だった。
「創ちゃーん。なんで、白夜ちゃんを台車に乗せているんっすか?」
「俺は今、スケボーを教えて貰っている」
澪田が疑問を抱くのは当然のことだった。何故か、日向は十神を台車の様な物に乗せて手押ししていた。よ~く見れば、スケボーらしき形状に見えなくもないのだが、日向が握っているハンドルのせいでどうにも台車にしか見えない。
「私には、子連れ狼チックな物に見えるんだけれど」
菜摘が2人を交互に見ながら、感想を漏らした。かなりマイルドに表現したが、実際は豚の散歩位に思っていたのかもしれない。
しかし、押している日向の表情はまるで昔を懐かしむような穏やかな物だった。俺達のスケートもここから始まったんだと。
「創ちゃんの穏やかな表情。まるで、本当に乳母車を押しているみたいっす!」
「ちょっと、子供が大きすぎやしない?」
澪田がノリだけで話している中、菜摘が現実の冷や水をぶっかけていた。
4人の探索が特に重点的に行われたのは、やはり遺跡と図書館だった。図書館の蔵書は1日で調べ切れるほどの量ではない。となると、遺跡の方に注目されるのは自然なことだった。
「ウサミ先生。この遺跡は?」
「ごめんなちゃい。ここはまだ明かせないんでちゅ。ミナサンが希望の欠片を集め、絆を紡いだ時。初めて、開かれるんでちゅ!」
古びた遺跡ではあるが、入り口は近代的なシェルターで覆われており、中に入ることは難しそうだ。
「しょうがない。ここは諦めようよ」
澪田も菜摘の言うことに頷き、踵を返そうとした所で、日向はマイスケボーを取り出していた。そして、ライドしようとした所でウサミに掴まれた。
「日向クン? 駄目でちゅよ?」
モノケモノ達を撃破する際に日向を振り回していたことから分かる様に、どうにもウサミは日向の特性を把握しているらしい。
流石にマジトーンで言われた為、日向も引き下がる外なかった。諦めて、十神ONスケボーのハンドルを押して、皆で図書館に向かうことにした。
――
図書館に着くや、十神は目星を付けていた蔵書を調べていた。あまりの集中ぶりに声を掛けるのも躊躇われたのか、3人は漫画や小説を読みつつ、声量を落として話していた。
「にしても。どうして、唯吹達だけこんな修学旅行になっているんっすかね?」
来た当初は困惑ばかりで、トラブルもあったが今は落ち着いて普通に過ごせている。となったら、自分達の状況がやはり気になった。
「これも一つの試みとか? 超高校級の才能を集めて過ごさせたら、お互いにどんな影響があるとかを観測する。みたいな?」
希望ヶ峰学園は研究機関としての側面も持つ。こういったクローズドサークルに置いて、互いの影響を確かめるために放り込んだ。という仮定は、十分に考えられる物だった。
菜摘の推測に日向が頷いていた。彼女の話に賛同するというよりかは、相槌を打っている位の挙動であり、彼の視線は目の前のコミックに向けられている。
「人の話を聞きなさいよ。何読んでいるのよ?」
高校生探偵がとあることが切っ掛けで少年になってしまい、組織やら何やらにドンパチ巻き込まれるアレだった。主人公の少年がスケボーアクションを繰り広げているシーンを食い入るように見ていた。
「あ! 創ちゃんも漫画から興味持ったタイプっすか! 唯吹も好きな漫画があるんっすよ! 女子高生たちが放課後ティータイムで」
「ちょっと、言ったら不味い気がする」
「うるさいぞ。図書館では静かにしろ」
菜摘は謎の使命感に駆られて澪田の口を防いでいた。そんなドタバタを十神が咎めていた。怒られた3人は反省して、漫画をペラペラと捲っていた。
「創ちゃん。今朝も輝々ちゃんと一緒にいたけど、いつの間にそんなに仲良くなっていたんっすか?」
声量を少し絞った上で、澪田が尋ねて来た。すると、日向はスッとスケボーを取り出して、十神を指差していた。
最近は彼もスケボーの道に誘っている。君みたいなパンキッシュな女子ほどスケボーが似合う逸材は居ない。どう? と言わんばかりに、少年探偵のスケボーシーンを開きながら提案していた。
「悪くないっすね。今度、教えて欲しいっす」
「その時は、私も一緒させて貰おうかな」
澪田に賛同する形で菜摘も頷いていた。日向はニッコリと笑いながら、静かに読んでいたコミックを所定の位置に戻そうとした際、十神が何の本を読んでいるのかを覗き込んだ。そこには『希望ヶ峰学園の歴史』と書かれていた。
「表層的なことしか書かれていない。ネットでも出て来るレベルだ」
どうやら、彼は希望ヶ峰学園関係の書物を漁っているらしい。ページを捲る手は異常に早く、本当に読めているかすら怪しいが問題ないようだ。
とりあえずコミックを戻そうとした際、不思議なことに気が付いた。自分がごっそりと持って行ったので、本棚の一部は空白になっているハズなのだが1冊の本があった。十神が調べているコーナーからも外れているし、表表紙も背表紙も何もない本だ。手に取って、ページを開いた。
『忘れるな』
最初に開いたページにそう書かれていただけで、後は何も書かれていない本だった。何かのミスで収められたのだろうと思ったが一旦避けようとした所で、モノウサがキャッチしていた。
「は~ん。ほぉーん。そういうこと。エラーだね。戻しておくよ」
印刷ミスの本が紛れ込んでいたのだろうかと思い、特に気にすることは無かった。にしても、モノウサは何時の間に出現していたのだろうか?
その後、暫くして十神の調物が終わったと言うことで、日向達は一旦ホテルの方へと戻って、夕食がてらに報告会を行うことにした。その際も十神は日向に手押しされて、ガタガタと揺れていた。
――
報告会も終えて、楽しい夕食も終えてのことである。今日も有意義な1日を過ごした十神であったが、昼間の出来事が忘れられずにいた。
「(あの振動。とても懐かしい気分だった)」
昔、何も知らない無垢だった頃。ベビーカーに揺られて安堵していた頃を思い出していた。スケボーとして滑る場合は違うが、この鈍重な体が運ばれて行く感覚は、彼が気に入るには十分な物だった。
日向から預かったスケボーはハンドルが内部に収納される物であり、使おうと思えば彼専用の巨大スケボーとして機能しないことも無かった。……彼が板を取り、コテージを出ようとした所で日向が待ち構えていた。
「分かっていたということか」
お前はもう夢中になっていたハズだ。あの感覚を味わったことのある、日向だからこそ確信にも近い自信があった。
皆も寝静まる夜分。というか、寝ているんだから静かにしろよと言わんばかりの環境で2人の練習会が始まった。一応、ホテル前でやっているのでコテージには響かないハズなのだが。
「マジかよ……」
先日の一件以来、夜分に眼が冴える様になってしまった左右田はフライングベッドウーマンを見る傍ら、ホテル前で百貫ボディが揺れる姿を見ていた。
意外と運動神経は悪くないのかテクニカルに滑り熟している光景を見て、彼は安心していた。
「何だ。今日は普通じゃねぇか」
ベッドが水平移動している時点で何も普通じゃないのだが、彼も十分に毒されていた。第3の島を探索した際に見つけた電気店から調達した物で作ったイヤホンでASMRを聞きながら、眠りへと落ちて行った。
……翌日のことである。左右田が快眠を貪る中、彼のコテージ前を3人のスケーターが通過していった。