「ってことが、あったんだよ」
ジャバウォック島某所。モノウサは前日、図書館から借りて来た件の本をウサミに渡していた。あの時は『忘れるな』とだけしか書かれていなかった一文には続きが書き込まれていた。
『貴様らのして来たこと』
「これは……」
ウサミに動揺が走っていた。これは自分の与り知らぬ所で潜り込まされた物であり、ここに居る者達には決して知られてはならないことだ。彼女はモノウサの方を睨んだが、彼は首を振るばかりだった。
「僕の権限は、お前が把握しているだろ? もしも、このコンピューターを管理するAIの開発が途中で停まっていたら乗っ取ることも出来たけれど、進化し続けているから無理だよ」
「だとしたら、誰が?」
現状、最も怪しいモノウサは犯人ではなさそうだった。これは彼の権限も掌握している、何より彼が楽しそうにしていたからだ。
「上手いこと。付け込んだ奴がいるんでしょ。例のバグに」
あの時、ウサミはモノウサことモノクマを撃退する為に日向を振り回していたが、現実の方でも干渉があったと言うことは把握していた。
そして、ここにいる生徒達は誰かしらの攻撃を受けるのに十分すぎる理由があることも知っていた。
「だとしたら、誰が?」
「うぷぷぷぷ。面白いことになって来たね。やっぱり、山もオチもない日常系なんて物は流行らないんだよ!」
モノウサが心底楽しそうにする中、ウサミは直ぐに行動を起こしていた。彼の手を引っ張って、ホテルへと向かっていた。
~~
「日向さぁん。おはようございまぁす。今日もスケボーの朝練をしたいんですけれど、いらっしゃいますか?」
朝の5時のことである。最近は快眠している為か、罪木は非常に調子が良さそうだった。コテージをノックすると日向が顔を出した。手にはスケボーを持っており、準備は万端だった。こんなに朝早くから練習熱心だな! と言わんばかりに、罪木の肩を叩いていた。
構われていることを嬉しく思いつつ、チラリと覗いた日向のコテージは不思議な位に整然としていた。特に不思議に思ったのは、ベッドだった。
「(全然乱れていませんね……)」
使用した形跡が見当たらない。ひょっとして、夜通しずっとスケボーをしていたんじゃないかと思ったが、気にした所で仕方がないので練習の為に、比較的滑りやすい場所に出た。
罪木の上達速度は牛歩だった。すっ転ぶ回数は減っているが、未だにマトモに進んでいることは無い。だが、日向は辛抱強く見守り支えていた。
「うぅ、頑張ります!」
そうだ。大切なのは、その心だと深く頷いていた。朝から練習する姿は他の生徒にも目撃されており、関心を惹かれる者達も居た。
「蜜柑ちゃんも頑張っているし、唯吹達の間で一大ブームになりそうな雰囲気とかないっすか!?」
朝からハイテンションな澪田が振り向いた先では、スケボーを抱えた十神が頷いていた。隣にいる花村も『良いよね』と言わんばかりに、笑っていた。
和やかな光景ではあるが、数人は違和感を覚えていた。左右田がコッソリと弐大に耳打ちをしていた。
「なぁ、弐大。なんかスケーター増えてねぇか?」
「互いの趣味が影響し合うこともあるだろう。いや、それにしても……」
マネージャーとして多数のアスリートを見て来た弐大もやはり疑問を抱く所ではあった。幾ら何でも影響を及ぼし過ぎだろうと。スケート趣味は百歩譲って良いとしても、無口になられるのは非常に困る。
「十神。今日はどういう割り振りで行くんだ?」
左右田が尋ねた所、十神は自らの腹を打ち鳴らしていた。まずは食ってからだ。というメッセージが言葉を抜きにしても伝わって来た。
すると、十神は台車の様な巨大スケボーに乗り、花村も同様に並走してホテルへと向かってしまった。こうなっては追い付けない。
「マジで何が起きてんだ?」
「ワシにも分からん……」
左右田と弐大が顔を合わせてみたが、何が起きているかはサッパリ分からなかった。意を決して、2人はホテル前で練習をする日向達に近付いた。
「なぁ、日向。今、ちょっと良いか?」
クルリと振り向いた。なんだ? 今は、若き新芽を育てている所なんだ。と言わんばかりに、多少面倒くさそうにしている様子は伝わって来た。
「いや、お前さんが指導した相手がその……スケボーに夢中になってしまうんでな。マネージャーとして、どういった指導方法をしているか気になったんじゃ」
弐大の物言いに左右田が頷いていた。露骨ではなく、自分の才能にも紐づけた問い方だ。
すると、日向の険も取れた。そりゃ、マネージャーとしても知りたいに決まっているよな。習うより、慣れろってことはよく知っているだろう? だから、まずは滑ってみろ。と言わんばかりにスケボーを差し出していた。
「いや、今は話を聞きに来ただけじゃ」
ここで『ちょっと位…』と思ってしまったら最後だ。マネージャーとして選手を育て上げる以上に、故障させない事にも気を配って来た彼だからこそ危機管理能力は、非常に高かった。
だが、日向は首を振っていた。言葉と言う媒体はセンスを伝えるには不十分過ぎると。そういったことを体系化して伝えるのは、超高校級のマネージャーが得意とする所だろう? と、やっぱりスケボーを差し出して来た。
「(メッチャ推すじゃん……)」
訪問セールでもここまで押して来るだろうか。そして、日向からの挑戦に弐大の中の才能も疼いていた。相手を虜にする程の魅力を伝えることが出来たら、今後の自分の活動にかなり大きく貢献するのではないかと。
「うぅむ」
差し出されたスケボーを取ろうとした所、日向の背後にピッタリと罪木が付いているのを見て、びっくりした。
「日向さん。私の指導は?」
そうだった。そうだった。と言わんばかりに、愛想笑いを浮かべながらペコペコして、彼女の指導へと戻って行った。去り際に罪木からジロリと陰湿な瞳で睨まれながらも、左右田達は溜息を吐いていた。
「助かった。っつーか、ブラックホールみたいな奴だな」
相手を吸い込むブラックホール的な何かを持っている。2人が戦慄していると、ホテルから出て来た狛枝が声を上げていた。
「皆ー! 朝食バイキング出来たよー! それと、ウサミ先生からお知らせもあるんだってさー!!」
担任からの報せもあるとなったら、タイミングをずらす訳にも行かず。表で練習していた罪木達も揃って、朝食会に出ることになった。
~~
「ミナサンが作ってくれたお花飾りはとーっても、素敵でちた。1人1人の個性が良く出ていたと思いまちゅ!」
土産物屋に売られているドラゴンのキーホルダーみたいになっている花飾りから、四つ葉のクローバーだけで編まれている物など。皆の才能を表すかのような作品に仕上がっていた。中には、その場でグルグルと回転を続ける不可思議な花飾りもあった。
「もう、次の課題を提示しに来たのか?」
「いいえ、実はでちゅね。ちょっと、先生達は確認しに行くことが出来たので、今日は探索を控えて、掃除に集中して欲しいんでちゅ」
「なんかあったの?」
思わず、小泉が尋ねていた。この島は安全だと言っていたハズだが、確認しに行かなければならないようなことが出来たのかと。
「あくまで念の為でちゅ。ミナサンの修学旅行はウサミ先生が守るんでちゅ!」
「オマエを使って散々好き勝手にやっていた奴が何か言っているよ」
モノウサが日向に耳打ちをしていた。彼もまた頷いていた。きっと、ウサミに聞いた所で何も言わないだろうと思ったのか、狛枝が尋ねた。
「モノウサ。君は何か知らない?」
「うーん。僕も何が起きているんだか。初手失敗でやらかしているし、監視もバリバリに付いているからね。……ま! 詳細を知っていたら、もっとうまく利用しているよ!!」
悪びれもせずに言った。だからこそ、逆に彼は何も知らないのだろうと狛枝は結論付けていた。もしも、事態の混迷が起ころうとしていて状況を把握できているのなら、上手く使うべき場面だったからだ。
モノウサを引っ張って、ウサミはホテルから飛び立っていった。多少の不安は残ったが、一同は朝食会を続けることにした。まるで、この日常に縋るかのように、平穏を取り繕っていた。
――
数人に掃除を任せた後、残ったメンバーで中央の島に来ていた。初日に現れたモノケモノの残骸はすっかりと片付けられ、像も再建されていた。
「見た所、何かがあったとは思えないな」
辺古山が竹刀に手を掛けながら周囲を警戒していたが、ウサミが危惧するような何かが起こっているとは思えない平穏さだった。
「ワシらが分かることは少ないしの。九頭龍、ここは一旦大人しく戻っておかんか? 食料や生活必需品がある第1の島さえ無事なら、何とかなるじゃろ」
「そうだな。各島への大橋に異常がないことも確認したし、やっぱり戻るとするか」
弐大の言うことに賛同して、全員が第1の島へと戻ろうとした時のことである。辺古山が真っ先に反応したのは、剣道家としての勘があったお陰かもしれない。
振り返った先、海面が揺れていることが確認できた。彼女の反応を見て、九頭龍もまた同じ方向を見ていた。
「なんだありゃ!?」
やがて、海中を突き進んでいたであろう何かは浮上して飛び上がって来た。島の中央に降りて来たソレは、再建された像を踏み潰して上陸していた。
初日に吹き飛ばされたモノケモノの内、海へと落とされた虎型の個体だった。全身に継ぎ接ぎの様に、撃破されたモノケモノのパーツが取り付けられていた。ギギギと耳障りな音を立てて口を開くと、内部のスピーカーから声が発せられた。
『お前達は、裏切者によって記憶を奪われている。この日々は偽りだ。相応しくない。真実を知れ』
無機質な音声には感情が籠っていない。数人がどういう意味かと聞き直そうとした所で、上空からウサミが落ちて来た。
「そんな所にいたんでちゅか!!!」
構えたステッキから旋風が巻き起こり、パッチワークモノケモノが吹き飛ばされるが、モノケモノは継ぎ接ぎの鳥型パーツ部分を使って態勢を立て直した。すると、ウサミに立ち向かう真似はせずに、各島に続く大橋を落とし始めた。
「させまちぇん!!」
『俺達には!! 何のチャンスも無かったというのに!!』
ウサミは阻止するべく駆け付け、更に苛烈な攻撃を加えてパッチワークモノケモノを破壊していた。海面に叩き付けられ、沈んで行った。……脅威は排除されたと思ったが。帰還したウサミに真っ先に声を掛けたのは九頭龍だった。
「アイツは一体誰なんだ? 記憶を奪われている。って、なんだよ?」
最初、九頭龍はウサミのことを危険ながらも自分達に危害を加えない引率の様な存在だと思っていた。あの襲撃者の言葉を全面的に信じる訳ではないが、疑念として強くこびりついていた。
ウサミが口を開くべきか戸惑っている中、モノウサはニヤニヤとしながら見守っていた。
「嘘を吐く先生なんていないよね?」
「……実は、皆さんの記憶は一部損傷しているんでちゅ」
~~
希望更生プログラムが実施されている部屋では不二咲が全力で原因の特定に当たっていた。モノクマの妨害を阻止したというのに、今度は誰が?
「(多分、カムクラ君のスーツを少しだけ外した際に出来たバグの発生により生じた、脆弱な個所を狙って動いたのかな)」
モノクマと言う脅威を排除できたことで油断していた。まさか、自分達も意図していない勢力が入り込んで来るとは思っても居なかった。
大抵の事態はアルターエゴによって対処されるのだから、これらに対抗できるだけの能力を持った相手。となると、並大抵の相手とは思えなかった。
「(幸い、希望更生プログラムのシステム全権は僕が握っている状態だ。これ以上、万が一の事態は起こさせない)」
謎の介入者による不穏のタネが撒かれたとなれば、それらが芽吹くのを阻止する為に全力で動くまでだ。
「(2人共。そっちの方での動きは任せるよ)」
77期生の中に潜り込んだ2人の協力者に期待を寄せつつ、超高校級のプログラマーである不二咲は、希望更生プログラムに並行して犯人の解析にもあたり始めた。