第2の島にあった遺跡の探索を断念せざるを得なかった一同は、コテージへと戻った後、いつもの様にホテルで夕食会をした後、一晩を明かしていた。
早朝。左右田はいつもより早く目を覚ましていた。昨日、見た映像に関してが忘れられなかったのだ。
「(やっぱり、俺達が……)」
狛枝や九頭龍が言う様に先に手を出して来たのが向こうだとしても、報復があまりに過激だった。そうなれば相手も増々攻撃を強めて行くことだろう。
矛先が本人達だけに向けられるとは思わない。関係者が狙われるというのも自然な流れであるし、左右田も残して来た家族が心配だった。
「(もしかして、俺達に記憶が無いのって)」
途中まで想像して頭を振った。だが、一度浮かんだ可能性と言うのは消し難い物だ。そう言ったことを考えない為にも気分転換に、早朝の散歩に出掛けようとした時のことである。
コテージの前にはツンツン頭にアンテナの様な毛を生やした、日向創がスケボーで滑っていた。今日は仲間を引き連れていないようだが、それ以上に大きな変化が起きていた。
「おぅ。左右田、おはよう! 今日は早いんだな!」
「色々あって寝れなく……」
返事をしようとしてピタリと止めた。当たり前の会話をしているハズだというのに、この違和感は何か。直ぐに正体に気付いて、彼に駆け寄った。
「おま。喋れたの!?」
「は? 当たり前だろ。別に風邪ひいたりとか喉痛めたりとかはしていないんだからさ」
滅茶苦茶スラスラ喋っている。この驚きを共有してくれる誰かが居ないか、周囲を確認した。すると、向こう側から夢遊病患者の様なフラフラとした足取りで近付いて来る者が1人、パジャマ姿の七海だった。
左右田は都度、フォローして貰ったこともあって彼女に親近感を抱いていたが、声を掛けるのは躊躇われた。代わりに日向が声を掛けていた。
「七海。大丈夫か?」
「(夢の世界に)行きますよ~。イクイク」
左右田は自分の耳を疑った。昨日までの彼女の声は非常に可愛らしかったが、自分達の耳に届いたのは非常に汚らしい男の濁声だった。
これには彼女も眠気が吹き飛んだのか、ここが夢の世界で無いかを確認する為に自らの頬を抓っていた。
「痛いんだよおおおおおおおおおおおお!!!!!」
今度はちょっと甲高い感じの汚らしい声だった。だが、どう聞いても彼女本来の声ではない。
何が起きているか分からず、ひょっとしたら皆に何かしらの異常が起きているのではないかと言うことを確認する為にコテージを一つずつ開けて回った。
~~
「と言うことなんだ。ウサミ先生、何か異常が起きているとは思うんだけれど」
「日向クンに話しかけられるってなんだか慣れない感じでちゅね。でも、まぁ……」
全員がホテルのロビーへと集まっていたのだが、その様相は暗澹たる物だった。カラーコンタクトを外した田中が只管に狼狽えていた。
「一体何が起きているんだ? あぁ、クソ。服の中がモゾモゾする」
セッティングも忘れたのか特徴的な髪型はのっぺりとしたものになっていたし、喋り方も普通になっていた。飼っているハムスター達のことを気に掛けてはいるが、超高校級の飼育委員と呼ぶにはあまりに頼りない様子だった。
「なに。どういうことだ……」
九頭龍の方はと言えば、異常な位にガタイが良くなっていた。ただし、異様な位にボキャブラリーが少なくなっていた。七海と同様の雰囲気だ。これに関して、鼻で笑っていたのは菜摘だった。
「そうやって聞いてばかりでさ。お兄ちゃん、少しは自分の頭で考えたらどう?」
「何がいいてぇ」
「落ち着けって」
兄妹ゲンカが始まるのではないと日向が間に挟まって宥めていた。彼女の性格はここまで悪くなかったはずだが、何故こうなってしまったのか。
ガタイの変化と言えば、弐大もだった。この中で一番の巨漢であった彼は、病人服を着た小柄な少年になっていた。
「くるし……」
「大丈夫ですかぁああああああ!! 弐大さぁあああああああああん!」
そんな彼に甲斐甲斐しく付き添っているのは罪木だった。しかも、今までの消極的な態度が薄の様に溌溂としていた。……ちょっと喧しいが。
彼女の頼もしさに惹かれたのか、後ろには終里がひっそりと付いていた。目尻には涙が浮かんでいる。
「一体何が起きているというのでしょうか! ウサミ先生! 解説をお願いします!」
「このままでも良い気がします! 皆で好きなことをやりましょう!!」
ファンキーな髪色を地毛の色に戻して、セーラー服もきっちりと着こなしている澪田が礼儀正しく尋ねていた一方で、ソニアはファンシーな衣装に身を包んで、無法を勧めようとしていたのウサミも困惑していた。
こんな奇妙な光景を喜んで写真に収めているのは小泉だった。ただ、彼女の顔には下卑た物が張り付いていた。
「よーし! 後で、皆が正気に戻った後で見せてやろ!」
「わーい! お姉性格悪い! ゲロブタ!! そばカスカス!!」
ゴシップ根性丸出しの彼女の隣には、九頭龍と同じようにガタイが成長している西園寺がいた。異常が起きていない人間の方が少なかった。モノウサは笑い転げていた。
「ぶひゃひゃひゃ! 愉快なことになってんじゃん!!!」
「これはアンタのせいでちゅか!!」
ウサミがモノウサを転がすという独特な脅迫をしていた。目が回る程にやられたが、彼は何も知らなかった。
「大変なことになってしまったな」
わがままボディをぶら下げていた十神はスラリとした姿になっていた。
太っていたせいでイマイチ威厳が足りなかったが、スリムになった彼はクールな空気を漂わせていた。これには左右田も戸惑う外ない。
「私達には特に変化は無い様だが」
「変わらなかった人達は何が共通しているのかな?」
辺古山と花村も話し合っていたが、左右田は必死に声を押し殺していた。『お前らも普通に戻る』って変化が起きているんじゃい! と。
「どうすれば元に戻るのかな。こんな症状、少なくとも僕が知っている範囲にはないけれど」
「超高校級の保健委員としても言わせて貰いますけれど!! 医学的にもこんな病気はありませぇえええええん!!!」
狛枝の疑問に罪木が大音量で返事をしていた。とにもかくにも大変なことになっているのは分かっていた。そして、思い当る節もあった。
「昨日のアレが原因じゃない?」
「何か知っているのか?」
モノウサは直接言及することは出来ないが、誘導することは出来た。メンツ的に切っ掛けさえあれば、気付くだろうし、隠し立てする必要もないと考えて、ウサミは素直に打ち明けた。
「実は。昨日、第3の島で異変が起きているのをみたんでちゅ。何が起きているかは分からなかったんでちゅけど……」
「(異変から)逃れられぬカルマ!」
七海から気色悪い声色で語録が放たれていた。多分、生徒達を招き入れる為に仕組んだことなのだろうが、今の彼らを行かせることには不安しかなかった。
「それは、俺達が行かなければいけないのか? 左右田。お前もそう思わないか?」
「俺に同意求めてくんなよ……」
普段は中二病的な言動故に距離が離れている相手だが、今の田中は頻りに左右田の方を見ていた。同じ常識人枠だと思いたいのかもしれない。
「ヘイヘーイ! 田中さんビビってるー!!」
労わりも気遣いも無い煽りを飛ばすソニアには満開の笑顔が咲いていた。どうやら、彼女は行く気満々であるらしい。そんな彼女に同意するような罪木も声を上げた。
「もしも、解決の手掛かりがあるなら私も第3の島を調べに行きます! 代わりに、弐大さんのことを見て上げて欲しいのですが!!」
「それなら、僕も行く……んじゃダメかな」
「えぇ……? じゃあ、私も」
いつもは先陣を切り開いている2人が弱弱しく賛同し、遠慮の権化である罪木が立候補するという非常に珍しい光景だった。そんな彼女達を嘲っていたのは、菜摘だった。
「バカじゃないの? どう考えても罠に決まっているし。頭に行く栄養、乳に行ってんじゃないの?」
「自分の胸と同じ位器の狭い女が何か言っている!!」
嘲笑していた菜摘を嘲笑う西園寺と言うウロボロスみたいな構図が出来そうになった所で、日向と十神が割って入っていた。
「2人共。喧嘩はやめろ。喧嘩じゃないとしたら空気を悪くするのは止めろ」
「日向の言う通りだ。ウサミ、これらは第3の島に行った所で治る可能性があるのか? 具体的な方法などは言い難かったら言わなくてもいい」
「…………可能性はあると思いまちゅ。これは励ましとか願望とかじゃなくて、第2の島で起きた事件を鑑みてのことでちゅ」
第2の島では物理的に閉じ込められたが、そのことを鑑みて行かないという選択肢を取る為に、この様な方法を取ったというのだろうか?
「だとしたら、どの様に行ったのでしょうか? 人の性格なんてゲームのキャラメイクみたいに簡単に変えられる物ではないと思うんですが」
澪田から指摘が飛んで来た。病気にしたりするなら話も分かるが、人格や体格を変えるなんて聞いたことが無い。
「どういうことだ?」
「うーん。可能性として、こう言うのはどうだろう? 僕達は寝ている間に、超高校級の催眠術師とか超高校級のプログラマーみたいな人達に仮想空間的な物に突っ込まれた。とか?」
「
あまりに突飛な発想であったが、巻き起こっている現実が突飛な物である以上、この様な発想に至らざるを得なかった。すかさず、日向が笑い飛ばしていた。
「そんなことが出来る相手なら、俺達をもっとひどい目に遭わせたりして来るんじゃないのか?」
「現状でも酷い目に遭っているんだけどよ」
「そうだよ」
左右田の意見に七海が汚物みたいな声で便乗していた。先程からウサミ達が黙っているのを見て、十神が突いていた。
「今の狛枝の推論に心当たりが?」
「いや、そういう発想もあるんだなぁと思っただけでちゅ。第3の島に続く橋の修理は終えているんでちゅけれど……」
行かない。という選択肢は存在して無さそうだった。乗り気でない者達はいるにしても、この状況を打破しようと意気込んでいる者がいる以上、単独で向かわせる訳にはいかないということで、皆で一緒に中央の島へと向かった。