「恐らくでちゅが、ミナサンが渡った後。この橋を落とそうとする連中が現れると思うので、アタシが守ってみせまちゅ!」
「死にてぇ奴は掛かって来いってことか」
フェルトのモフモフ生地で胸を張るウサミを九頭龍は褒め称えていた。だが、ここでふと疑問に思うものが居た。左右田である。
「あのさ、ウサミ先生? 俺は先生がどうやって橋を直しているかは分からないんだけれどよ。それって、第3の島の方からは出来ねぇのか?」
色々と事情に詳しいウサミ先生に同行して貰った方が事の理解も進むだろうと考えての提案だったが、彼女は首を振った。
「ちょっと、それは出来ないでちゅね……」
「とか言っているけれど。実際の所、私達と同行したらアンタの都合が悪いからじゃないの?」
菜摘が遠慮のない一撃をぶつけて来た。両者間に緊張感が漂う中、スッと七海が両手を広げて躍り出た。
「ラブアンドピース! みんな! 愛だよ愛!」
素っ頓狂なことを述べているが、どう考えても正気じゃないし声はおっさんの物だった。ただ、それでも菜摘の気勢が削がれない為、七海は追加するようにしてウサミの顔を指差した。
「彼を見てください! この顔! え!? 悪いことする顔じゃないでしょこれ!」
「彼でもねーし、現在進行形で悪いことしてんだよ!」
「困ったな。菜摘の言うことを何も否定できない」
弁護とも言えない弁護は菜摘の神経を逆撫でするだけで終わった。これには、辺古山も助け船を出そうにも出せない。
「菜摘。ここでウサミ先生を責めても仕方がないだろう? 本当を言うと付いて来ては欲しいんだけれど、出来ないなら無理は言わない」
「そうやってアンタが諦めるからコイツも調子づくんじゃない……」
不満と言った具合だったが、周りの視線も気にしたのか、菜摘は渋々引き下がっていた。出発前に言い争いで気力が削がれたウサミに対して、モノウサはポンポンと肩を叩いていた。
「実際の所。オマエが付いて行ったら、都合が悪いことはありそうだよね」
「余計なことは言わなくていいんでちゅよ。本当はアンタにお守を頼むのだって嫌なんでちゅから」
「酷いな~。まぁまぁ、泥船に乗った気分で任せて下さいよ」
「泥船で航海に出たら沈むんじゃないんでしょうか?」
幸先の不安を煽るモノウサのジョークに対して澪田がマジレスしていた。
普段の数倍の心配を抱えながら、ウサミは橋を渡って行く彼らを見送った。……間もなくしてのことである、中央の島に気配が出現し始めていた。
「何処まで入り込んでいるんでちゅかね。いや、多分アイツが遺したデータを」
~~
第3の島は南米を思わせるような荒涼とした雰囲気が漂っていた。全員が渡った頃合いを見て、橋の前に障壁が出現した。
「俺達が到着したことは向こうにも把握されている訳か」
田中が訝しんでいると。前方に人の気配こそは無かったが、白と黒の看板が立てられていた。『この先、映画館があります』という案内板だった。
「ふむ。第2の島であったことを考えると、映画館に僕達の記憶に関する何かがあるってことだろうね」
前回はゲームという形で見せられたが、今回は映画という形で見せられるのだろうか。未だに記憶を取り戻すことについては不安があるし、左右田は同盟を組んだ帰還組の方を見たが。
「映画ですよ! 映画!! 私、この国の映画なんてジブリ位しか見たことがありませんが!」
何と言うことでしょう。王女と言う気品と少し世間知らず感を漂わせていた神秘的な雰囲気すら感じるソニアさんは、アホになっていました。
終里と弐大は不安げに周囲に視線を漂わせるだけでまるで頼りになりそうにない。田中はと言うと、自らの決定権を他者に委ねるようにしてチラチラと左右田の方を見ていた。残された七海はと言うと。
「チラチラ見ていただろ」
「あまり喋らないでくれ。顔と声色のギャップで理解が追い付かん」
「もう駄目だ」
誰も頼りにならなさそうだった。一縷の望みを掛けて、九頭龍の方へと視線を向けてみたが。
「何がいいてぇ」
ちゃんと言葉にしろと言わんばかりにバッサリと切られた。普段、どれだけ皆が理知的に振舞っているのかを嫌という程理解せざるを得なかった。
「左右田。何か罠があるかもしれないし、お前達は探索の方に行っても」
「いや、良い。こう言うので自分だけ事情を知らないってシチュエーションになるのは避けたい」
こんな混沌とした状況だというのに、何故か日向はあまりに真っ当だった。
ソニアを始めとした一部の者達が危機感も無く突っ込んで行くのを見て、残された面々は不承不承と言った具合で看板に従って、映画館へと向かった。
~~
「ポップコーンと……。あ! グミもある!!」
店員こそいなかったが、飲み物やポップコーンなどは各自セルフサービスとなっていた。本当に失われた記憶の手掛かりを探す行程とは思えない程に気が抜けていた。
「みなさぁあああああああん!! 映画館では静かにしましょうねぇえええ!」
罪木が皆の容器にポップコーンを盛るという、普段の彼女ならばあるまじき積極性を見せて注意喚起を行っていたが、誰よりも喧しかった。
解放状態となっているスクリーンは一つだけだったので、ここで何かが流される予定なのだろう。左右田も仕方なく、上映中に呑む為のドリンクだけを入れてシートに着いた。両隣には狛枝と日向が座っていた。
「左右田君、日向君。こうやって皆で一緒に映画を見るだなんて。実は、僕初めてなんだよね……」
普段は理知的な彼も柄になく嬉しそうだった。他の連中みたいにトンでいる様子もないので、上機嫌程度で済んでいることは分かった。
「まぁ、俺もクラス全体で行くなんて初めてだな。でも、俺達の記憶に関係するかもしれない映画なんだ。楽しむなんて言ってられないぞ」
日向からの忠告に左右田は改めて気を持ち直していた。皆は浮ついているが、流される映画は自分達の中に眠っている記憶なのだ。
「いやいや。ひょっとしたら、極上のスナッフフィルムが見れるかもよ?」
モノウサが喜悦に満ちた声で言った。前回の映像を見るに、あの恐ろしい光景がスクリーンサイズで再生されるかもしれないと言うことに恐ろしさはあったが、見ない訳にはいかない。
「みなさぁあああああああん!! 気分が悪くなったら遠慮なく席を外してくださぁあああああああい!!」
後方で弐大のケアをしている罪木が号令の様に飛ばしていた。証明が落ち、特にコマーシャルが挟まれることも無く、映像が始まった。
『ILLBLEED 3部作』
「ねぇ、これ見るの止めない?」
タイトルが表示された瞬間。本当に珍しいことだが、モノウサが退出を勧めて来た。だが、今までロクでも無い言動をして来た奴の言葉が受け入れられる訳が無かった。
「わーい! お前が嫌がるなら絶対に見るー!」
「はい! 絶対に最後まで見ますよ!!」
西園寺とソニアが無邪気に喜んでいた。その時のモノウサの表情はかつてない程にシワシワになっていた。
そして、映画が始まった。冒頭は某高校の弁論会から始まるのだが、主演と思しき女性の姿には見覚えのある者が多数いた。
「アレって。確か、超高校級と言われているギャルかな? 俳優方面にも進出していたのかな?」
ティーエイジャーのカリスマ的存在、江ノ島盾子。主にファッションモデルが主体だと聞いていたが、映画にも出ていたのかと。狛枝は驚いていた。
名を売る為だけの拙い演技を見せられるのかと思いきや、主演である江ノ島の演技は現役の俳優と何ら遜色のないレベルだった。
『父が作ったお化け屋敷の実験台にされ、空気も読めないドブスな姉にはイラン世話を焼かれ……』
「なんだこれ」
左右田が目を細めていた。正直に言うと、冒頭から面白くないと思っていたのだが、ノリノリで見ていた澪田やソニア達は目を輝かせて食い入るように鑑賞していた。一体、何処に魅力を見出しているのだろうか。
やがて、話は進み自らのトラウマを語った後、彼女には未知に対する恐怖と絶望が消え去ってしまったことが述べられた。そんな彼女の気も知らず、ホラー研の部員達は招待状を持って来るのだ」
『コレ、イルブリの招待状じゃん! クリアしたら1億ドルの!』
『絶対変よ! なんで、アトラクションをクリアしただけで1億ドルもの大金が出るのよ!!』
これを後何時間見せられるんだろうかと言う恐怖が左右田の中から沸々と沸き上がりつつあった。日向の方に視線を向けてみれば、自分達の手掛かりがないか食い入るように見つめているし、狛枝は超高校級のギャルである江ノ島の演技の一挙手一投足を逃すまいと見ている。
「(なんでコイツら、真面目に見てんだ……?)」」
ひょっとしたら、自分の記憶に関係する話が含まれているかもしれないにせよ、あまりに突拍子の無いシナリオに入り込めずにいた。本来の彼ならあり得ないが、モノウサの方に助けを求めてみると。
「……グフッ」
「……お前も嫌なモンは嫌だよな」
むしろ、助けを必要としているレベルだった。この日、初めて左右田はモノウサに同情を覚えた。
さて、映画は進む。1億ドルと言う賞金に釣られた間抜けな部員達を追って、江ノ島が演じる『エリコ』は、殺人テーマパークである『イルブリード』へと入園していく。オーナーであり映画監督でもあったマイケルによって作られた映画を模したアトラクションに挑戦していくと言う物だ。
『ジミー!!』
「なにこれ」
現在、主人公の女子が挑戦しているのは、一人息子を火災で失ったホテルのオーナーを鎮めるという物だった。てっきり、失くした息子の思い出などを集めて鎮魂を図る物かと思いきや。
『オラァーッ!! 死ねェー!!』
アワレ。やけどを負って醜くなってしまった父に掛けるのは優しさでも慰めの言葉でもなく暴力の応酬だった。主人公のエリコが恐怖を失っているという設定の下、息子のバットで滅多打ちにしているシーンはあまりにバイオレンスだった。
「ウッ」
「うわぁああああん!!」
「大丈夫ですかぁあああああああああああ!」
あまりにショッキングなシーンに弐大の体調に異変が起き、終里が泣きだしていた。2人を慰めるべく罪木が心配をしている傍ら。
「エフッッ!! エフフフフ!! えっほ、げっほ」
「お♡ カメラワークすんげっ♡ クソみたいなシナリオの癖に技術詰まっているのやっべ♡」
西園寺やソニア達が爆笑し、小泉は専門的な技術の何やらでとても興奮していた。しかし、それ以外の人間はただドン引きするだけだった。
「いや、エログロバイオレンスは花にしてもさ。流石に僕でもちょっと……」
あの、スケベな花村でさえドン引きの方が勝るレベルだった。こんな物を後何時間見続けなければならないのか。
「(もしかして、これってかなり回りくどい俺達への攻撃では?)」
もしや、記憶を求めに来た自分達をバカにする為の仕掛けではないかと左右田は疑い始めていた。チラリと横を見るとモノウサは声を掛けるのも躊躇われる位にグロッキーになっていた。映画はまだまだ続く。