「オマエら、おはようございます! 朝の7時ですよ。起床の時間ですよ!」
寄宿舎も含めていたる所に設置されているモニタから、モノクマのモーニングコールが流れた。朝一番に聞くには不快の極みとも言える物であるが、生活習慣として染み付いている者は関係なく目を覚ました。
「うむ。良い目覚めだ!」
シャワーを浴び、完全に意識を覚醒させた後、制服に袖を通した。
8時まで1時間近くも時間があるが、提案者である自分は一番に向かうべきだろう。そう思って、扉を開けた直後である。
「うわ!?」
廊下には2人の人間が立っていた。片方は現在、皆の話題になっている謎多き少年、苗木誠。もう1人は、そんな彼からスケートボードの指導を受けていた超高校級のギャル、江ノ島盾子だ。
2人共喋らずに真顔でいる為、何かを詰めに来た様にさえ思えるが、石丸は深呼吸をした。こんな朝早くから自分の所に来たには理由があるはずだ。
「おはよう! 苗木君、江ノ島君! 一体、どうしたんだい?」
2人の手にはスケートボードが握られていた。空いた方の手で、彼らは石丸の部屋内の時計を指差した後、校舎の方を指差していた。これには石丸も目覚めたばかりの頭で情報を整理する必要があった。
「ふむ。苗木君、恐らく集合時間の8時まで校舎にある体育館の方で、江ノ島君と一緒にスケボーに興じたい。だが、何も言わずに行ったら心配されるから僕に伝えに来た。そう言うことで良いのか?」
2人して全く同時のタイミングで頷いていた。学友のことを理解できたのは嬉しく思ったが、一つ引っ掛かる所があった。
「江ノ島君? 君は普通に喋れるのだから、話してくれたら良いのでは?」
無言だった。決して、無視されている訳ではなく話しを聞いている雰囲気はあるのだが、何故か言葉を発しなくなっていた。
石丸に報告した2人はスケボーにライドして、床をプッシュして進み始めた。何か途轍もないことが起きている気がした。
~~
「えー!? 苗木が!?」
朝日奈が驚きの声を上げていた。石丸は朝一番に食堂に着いた後、少ししてからやって来た規則正しい生活を送っている優等生組に先程の話を打ち明けていた。
「多分、不純異性交遊は無さそうな気がするというか。間違いも起きない気がするというか……」
「苗木は無口な男であるが、悪い人間ではないハズだ。江ノ島が付いて行くのが少し意外だったが」
不二咲と大神の見解も似たような物だった。自分から学園の外を探索して、色々な情報を持って帰って来てくれたのだ。
それだけではなく入学式の際には大和田を爆発範囲から突き飛ばしたりと、皆を助けようとする行動は幾度となく見て来た。
「ただ、その江ノ島君まで苗木君と似たようなことになっていたのは腑に落ちないというか」
「きっとスケートボードをすると、似たような感じになるんだよ。私だって今はこんなのだけれど、競技が始まる前後とかは真剣になって無口になるし」
「我も同じだ。試合前や稽古中は似たような物になる」
「僕もプログラムを組んでいる時は似たような感じだね。あの没頭感、結構好きだし」
三者からの意見を聞いて頷く所があった。石丸もこういった状態については聞いたことがある。いわゆる『ゾーン』と呼ばれる状態であり、人間が一番集中している時の状態であるらしい。
「ふむ。つまり、苗木君と同じゾーンを見ているということか。てっきり、彼女も苗木君と似たような感じになったと思ったぞ」
「流石にそれはないでしょ。江ノ島ちゃんは昨日まで、普通の女の子だったんだから」
朝日奈の笑い声に釣られるようにして、皆も笑っていた。
集合時間が近付くに連れて続々と人が集まって来る。多少ルーズな者から、散々人を待たせる者までいる中。最後に足を運んだ者達は。
「苗木君?」
共にスケートボードを担いでやって来たのは、苗木と江ノ島だった。
表情にこそ現さなかったが舞園に動揺が走る。男子の方はと言えば、厚く積み重なった自らの顎を揉みながら言った。
「オタクに優しいギャルは実在しましたね」
別に苗木がオタクと言う訳でもないのだが、朝からおそろいでやって来たことに対して思うことがあるのか、桑田が彼らに詰め寄った。
「苗木。お前、どうやったんだ? やっぱり、スケボーか? 時代はスケボーなんだな?」
その通りだよ。と言わんばかりに苗木が差し出したスケートボードに手を伸ばそうとしたが、霧切がピシャリと手を叩いた。
「折角集合したんだから、今日の探索の役割を決めて行きましょう」
「でも、2階より上は行けないんですよね?」
チラリと舞園は苗木の方を見た。シャッターを通り抜けることが出来る人間でもない限り、先へと進むことは出来ない。そして、昨日の内に1階の探索は概ね済ませている。……動き出せない。
となると、今日1日は何もできないのかと思っていると。ウィールが回る音が聞こえて来た。苗木と江ノ島が反応していた。
「何だよ。スケーターが増えているじゃん。体育館を修理する位だったら、もう僕も使うし、スケーター用のスペース作ろうかな」
2人がニコニコしながら頻りに頷いていた。この2人を喜ばす為にやって来た訳ではないのだろうと察した十神が口を開いた。
「モノクマ。お前が態々やって来たということは、何か提案があるということだな?」
「はい、その通りです。動きの無い画は詰まらないですからね。だから、僕は取引をしに来たんだ」
モノクマの手には、この場にいる者達と同数のDVDが握られていた。碌でもない映像が収録されているのだろうと予測は出来た。
「何が収録されているんだべ?」
「動機だよ。お前達、苗木君を酷使してさ。外の様子を聞いてビビったりしたわけでしょ? でも、外で何が起きているかを知れば、居てもたっても居られなくなると思ってね。他の奴には見せなくても良いけれど、全員が最後まで再生させたら2階へと続くシャッターを上げてもいいよ!」
いやらしい取引だった。動機と言うだけにあって、見た者を不安にさせる何かが収録されているのだろう。見ないという選択肢は取れない。集団の足を引っ張ることになるからだ。
「視聴覚室で再生さえしてくれればいいんだよ! 音量をゼロにしてもいいし、目を背けてもいい! ただし、早送りと停止だけは出来ない様にしているから。これはもう大サービスだよ!」
モノクマの言う通り、再生するだけで良いというのなら。目を閉じ音量を0にすればいいだけだ。……どれだけの人間が、それをできるかと言うのは疑問であったが。言い難そうにしている石丸の代わりに霧切が声を上げた。
「反対する人はいる? 見るとしても。内容は誰にも見せなくていい。モノクマ、そういったプライバシーを守るための処置はある?」
「うん。僕が後ろで監視しているから、そこは安心してよ。知られないってことは、誰にも知って貰うことが出来ない。ってことでもあるからね。うぷぷぷ」
言える訳がないが、形式上。確認を取る必要はあった。数人の顔に不安と緊張が走ったが、それでも反対意見は無かった。
全員の意見が固まった所で、一同は校舎にある視聴覚室へと向かった。人数分のパーソナルスペースと再生機器にイヤホンが用意されており、席に着くと同時にモノクマからDVDを渡された。受け取った者達の大半は顔を歪めた。
「(嘘……)」
DVDのレーベルには渡された本人が知りたいことがプリントされていた。
例えば、舞園ならば『人気アイドルグループのメンバーの現在。解散の危機か!』と、まるでゴシップ誌の様な低俗な見出しが躍っていた。
彼女にとってアイドルは自身の人生その物だった。楽しいことばかりではない。むしろ、嫌なことの方が多い位だ。それでも、やり続ける価値のある仕事だと思っていた。
「(苗木君。外は紛争状態みたいになっていたって言うし、まさか)」
何が起きているか知りたい。いてもたっても居られず、彼女はDVDを再生した。
彼女と彼女が所属するアイドルグループの簡単な紹介が行われた後、映像が切り替わる。自分を除いた4人が何か揉めている様だった。
『あ、あやか! 落ち着いて!!』
『うぉおおおおおおお! どうせ、私は端っこの引き立て役!! きっと、卒業したら皆には仕事が舞い込む中、私は再生数の伸びない動画ばかりを上げる羽目になるのよ!!』
『いや、多分。そんなに仕事を貰えるのはさやかだけだと思うんだけれど』
自分を除いた上での暴露話だった。とは言え、彼女もある程度は予想していたのか、そこまでショックは受けていなかった。
むしろ、アレだけの前振りがあった上で、この程度の映像を見せられるならば安い物だ。なんなら普段しれない他のメンバーの本音を知ろうと、前向きにシフトした時のことである。
『だから、私はヌケーターになる』
『は!?』
「は?!」
あやかと呼ばれていた、ちょっと顔面偏差値が低い女子は突如として取り出したスケートボードで他の3人をしばき倒すと、何処かへと去って行った。
当然、女子の非力な力で殴られた所で大したことは無いのだが、怒りをぶちまけられた3人は戸惑う外なかった。そして、壁に立てかけられた3枚のスケートボード。映像はここで終わっていた。
「え? え?? え???」
ちょっと待って。何が起きているの? 不安は兎も角として、本当に何が起きているのか分からない。他の3人が無事そうなのは良いとしても、あやかに何があったのか。
他の者達の映像は分からないが、似たような物を見たのか。困惑している者が多い様だった。堪らず、大和田が立ち上がった。
「モノクマ。その、他の奴の映像は本人の許可さえあれば見れるのか?」
「当事者同士が納得すれば別に」
ほぼ全員の視線が苗木に注がれた。お前の再生している奴には何が映っているのかと。彼の席に多数の生徒が集まって来たので、苗木は見辛そうにしていた。当の本人はモノクマに視線を投げていた。
「分かったよ。前のスクリーンで再生して上げるから」
まさかの全体公開である。映し出された映像は何処にでもある家庭の映像だった。優しそうな両親の間に挟まれた妹と思しき人物。
「誠。希望ヶ峰学園で頑張っているか? 普通に幸運しているか?」
「皆と仲良くしてくれると嬉しいわ。間違ってもスケートボードをしちゃ駄目よ。家にあったのは全部処分しておいたから」
「お兄ちゃん。お願いだから真っ当になって来てね」
ビデオレターと言うにはあまりに酷薄な内容だった。一体、彼は自宅で何をして来たんだろうか? 映像が切り替わった。
「お兄ちゃん。やっぱり駄目だった! 私、逃げるから!」
苗木の妹と思しき人物の頭頂部からはアンテナのような毛が生えていた。そんな彼女の手には大型のポリバケツが握られていた。
すると、家の天井から両親が擦り抜けて来た。彼らの手には処分したと言っていたハズのスケートボードが握られていた。妹は迷うことなく、彼らにポリバケツを被せた後、家から脱出していた。
「…………………苗木っちだけ、自主製作映画のフィルムを渡されたとか。そう言うことは無いべ?」
あまりに意味不明な映像が収められていたので、葉隠としてもこう言う外なかった。当の本人はと言えば、渋い顔をしていた。
「スケートボードを処分されたことに怒っているのか、御両親がこんなことになってしまったことを怒っているのかは判断し辛いけれど。とにかく、彼の家庭が特殊だということは分かった」
見りゃ分かる。霧切程の推察力が無くとも分かる事実だった。ただ、皆の苗木を見る目が少し変わっていた。
「なぁ、モノクマ。お前、この映像を収録したんだよな? このスケーター達は一体何なんだ?」
「さぁ? でも、分からなくて予想不可能なことほど楽しいと思うんだよね。じゃあ、2階のシャッターは開けといたから、好きに探索してね!」
やることだけやって、モノクマは去って行った。残された生徒達には不安よりも大きな疑問が残った。この、苗木誠とか言う少年は本当に何者なんだと? 彼が持っているスケートボードが妙に禍々しく見えた。