第3の島には、モーテルがあったので寝る場所には困らなかった。問題は昼間に見た映画の内容が、脳内で延々とリピートされていたことであった。
楽しんでいた狂人共が笑顔で寝静まっている中、可哀想な位に常識的だった左右田が見ていた夢の内容はイルブリードに浸食されていた。
「うぅうぅぅ……」
夢の中で左右田はイルブリードにチャレンジしていたが、殺人鬼であるキラーマンが出現するアトラクションに入った所、なんとバックヤードに入ってしまった。
しかし、アトラクションの要素にしか過ぎないキラーマンによる殺人が発生し、記者と共に真相を推理していく……というミステリー要素を含んだ内容だった。
「(今更、殺人の一件や二件を気にするようなタマじゃないだろ!)」
今までのアトラクションで倫理とか法律を無視しまくった事故と言う名の殺人が発生しまくっているのに、何故思い出したかのように気にするのか。
やがて、真相を探ろうとするうちにイルブリード内のモルグ。チャレンジャー達の大量の死体が浮かぶグロプールを見た記者が重い口調で言うのだ。
「いわば、イルブリードの”闇”の部分だ・・・」
「(闇しかねーだろ! この施設!!)」
一体、この施設の何処に光があるのかを教えて欲しい。真相に関してはしょうも無さ過ぎて、覚えていなかったので次のアトラクションに移っていた。
『トイハンター インダくん 地獄へ行く!』
全ての著作権に中指を立てるポップなタイトルが挿入された。
今までの作品仮にもホラー映画の体を取っていたので、ギリギリ呑み込めたが、これに関しては悪趣味さが頭一つ抜きん出ていた。
左右田の中にある本物のトイなストーリーはもっと明るくてキラキラしていたハズであり、露悪的なパロディをやられることへの不快感は凄まじい物があった。
「(なんで、一番耐久力が減っている状態で最糞見せんだ!!)」
そして、内容もまた下劣であった。ヒロインのセクシードールは子供向け玩具とは思えない位に性的な作りになっており、相棒で無限の彼方にまで飛んでいきそうな奴の名前はポテドンとか言う、著作権のみならず世界情勢にまで喧嘩を売っていた。
色々あって地獄へと向かった主人公のインダ君は最終的にスポンサーであるゲーム会社の青いハリネズミのパロディであるゾディック君と対峙することになっていた。登場シーンのSEに起動音を入れる徹底ぶりである。
「(なんで、この映画のスポンサーになったん……?)」
なお、ソニアを始めとした狂人達が一番喜んでいたのは、この話だった。ただ、七海だけは『頭に来ますよ!』と汚物みたいな声色で憤慨していた。この苦難を乗り越え、父親との対面を……。
~~
「おーい、左右田君? 大丈夫?」
狛枝の声に目を覚ました。びっしょりと寝汗をかいており、現実でも夢でも二重に苦しめられていたことを思い出した。ペットボトルに入った水を一口飲んで、狛枝の方を見た。
「おぅ、おはよう。起こしに来るなんて珍しいじゃねぇか」
「モノウサから話があるんだってさ。左右田君が最後だったから呼びに来たんだ」
時計を見た。いつもなら、考えられない位に寝坊していた。そう言えば、夜中に何度も目を覚ましていたことを思い出していた。明らかに寝不足だった。
「悪ぃ。昨日、変な映画を見せられたからよ」
「モノウサの話も映画についてだってさ」
左右田は知っている。モノウサも相当なダメージを受けていたことを。ひょっとしたら、集団ボイコットでも呼び掛けるつもりだろうか?
得体のしれない奴だが、こればっかりは賛同しても良いかもしれないと思って、ロビーに集合した。全員が集まったことを確認すると、モノウサは頷いていた。
「単刀直入に申し上げます。オマエらは今日も情報収集の為に映画館にイルブリード2を見に行こうと考えているかもしれません。だから、僕が先んじて内容を確認しておきました。結論から言います。オマエらの記憶に関する物は一切ありませんでした。見るだけ無駄です」
まさかのボイコット所か遂行済みだった。あんな映画を見なくてもいいのか! と思うと、左右田の顔はほころんでいた。
「マジかよ!! よっし、じゃあ今日は皆で島の探索をしようぜ! ひょっとしたら、何か手掛かりが見つかるかも!!」
「待て、左右田。モノウサが嘘を吐いている可能性がある」
十神が鋭く睨みつけていた。これに関しては、狛枝や日向など。この中で比較的、正気を保っている者達も同意していた。
「嘘を吐いているとまでは思わないけれど、モノウサが見落としている可能性もあるだろうしね。僕は見るつもりだけれど、日向君はどうする?」
「俺もそうするつもりだ。皆は?」
なんで、そんなに見る気満々なの……? と思っていたのは左右田だけではなかったが、彼らの不安を塗り潰す様に大声を上げたのはソニアだった。
「私は勿論見ます!! モノウサさんが何と言おうが見ます!! 昨日は楽しみで、パンフレットを10回は見直していたんですからね!!」
「この人、頭おかしい……」
七海が皆の思いを大便みたいな声で代弁していた。ソニア以外にも女子グループは思いの外ノリノリで澪田も敬礼していた。
「はい。私もキチンと見ます。三部作ですからね。3作目に何か仕込まれているかもしれませんし、それまでの繋がりは全部確認します」
「私も見るよ!! 今度はどんな映像技術が見れるか楽しみにしているんだ!」
小泉もノリノリだった。おおよそ真面目とエンジョイ勢が同意している様子を見て、モノウサは溜息を吐いていた。
「どうせこういう流れになるとは思っていました。他の皆さんは島の探索をしても良いんですけれど、あんな汚物みたいな映画を見せられたオマエらの傷口が、僕にはどうにも心配で……。弐大君とかちょっとしんどそうだし」
虚弱ボーイになってしまった弐大は少しばかり困っていた。モノウサのいたわりが思いの外、本気であることを感じ取っていたかもしれない。
「正直に言うと弐大さんは探索に向かないのでぇええええええ! でも、あんな映画は見せたくもありませぇえええええええん!!」
あんな。扱いになっていることから、罪木の中でも評価が低いのは確かだった。終里も小さく頷いている。そこで、モノウサはパンフレットを取り出していた。
イルブリードの様なおどろどろしく、ホラーチックな物ではなくカラーで明るい表紙の物だった。
「だからね、僕はオマエらにちゃ~んと良作を摂取して欲しいんだ。これはね、超高校級のアイドル確実。と言われている『舞園さやか』って子が抜擢された、漫画原作の映画『推しの子』って言うんだ!」
「実写化か……」
田中が眉間に皺を寄せた。実写化と言うのは映像作品としてのクオリティよりも起用される俳優の広告塔の様に扱われるという面が強いと考えられていたからだ。原作とは似ても似つかない展開に落胆させられることも多い中、モノウサは首を横に振っていた。
「あ、今。オマエら、実写化かぁ……って思ったでしょ。これはね。出版社、芸能事務所、更には希望ヶ峰学園まで密に協力してガッツリ作り上げた傑作なんだよ! イルブリードなんかよりこっち見ろ!!」
「ふざけないで下さい! そんなの面白いに決まっているじゃないですか!」
モノウサの広報にソニアがシュプレヒコールを飛ばしていた。面白いことの何がいけないのだろうか? だが、皆がどちらを選ぶかと言えば。
「ぼ、僕は推しの子の方を見ようかな。昨日みたいな不条理グロは勘弁だよ…」
「運が悪かったんだよ」
「さやかちゃんだー! こっち見るに決まってんだろ!!」
「まぁ……。そちらを選ぶ理由が無いな」
花村と九頭龍はあっさりとイルブリードから離れ、年頃のアイドルを好む超が付くほど常識的な判断から菜摘もまた推しの子を選んでいた。彼女に釣られるようにして、辺古山もまた同じ選択をしていた。
罪木達は言わずもがなだし、田中も少し戸惑いはしたがイルブリードを選ぶ理由は無かった。
「…………」
左右田は考えていた。どう考えても推しの子を見るべきだろうし、イルブリード2を見たいなんて狂人しか選ばない選択肢であるし、実際に選んだ連中を見てみれば。
「そんなキラキラしたもん幾らでも見れるだろうから、わたしはイルブリード2の方を見るね!!」
「俺も混ぜてくれよ~」
西園寺と七海もイルブリード2を選択していた。自分の常識に依れば推しの子を選ぶべきだが、こっちには狛枝や七海。……そして、密かにお近づきになりたいと思っているソニアもいる。
「左右田君? 君はどうする?」
狛枝に尋ねられて、左右田は暫く考え込んでいた。多分、イルブリード2を見たら、今晩も苦しめられる羽目になるのだろう。だが、それでもムクムクと湧き立つ下心と願望が、左右田の意思を決定していた。
「俺は。イルブリード2を見るぜ!!」
「素直になればいいのに……」
決意を込めた宣言にモノウサは憐憫の視線を向けていた。そして、一同は映画館に向って、それぞれのスクリーンに入って行った。
~~
運命の分かれ道。推しの子を選んだ者達が見たのは、正に世紀の映像作品だった。原作がアイドルや芸能業界を取り扱った物であることもあり、主演の舞園さやかは名だたる俳優達にも全く引けを取らない演技に加えて、アイドルとして培った所作も完璧だった。
「キャー!!!」
菜摘は大興奮していた。こういった実写映画に現役アイドルが出たら異物になりがちな所だったが、舞園さやかは見事に予想を裏切ってくれた。
まるで登場人物が憑依したかのような完璧な演技に誰もが目を奪われていた。制作側の本気が伝わって来る映像作品だった。
「俺も認識を改めるべきか」
「何だろうね。完璧すぎてゲスい欲望を抱いていた自分が恥ずかしくなって来る」
田中は自らの中にあった偏見を恥じ、花村の煩悩は圧倒的な才能に浄化されていた。このスクリーンにいる誰もが時間を忘れんばかりに映像に見入っていた。
~~
「キャー!!!」
そんな彼らの様子を外部からモニタリングしていた所、偶々様子を見に来た本人が顔を真っ赤にしていた。なんたって、自分の記憶が無い間に収録された映像作品なのだから、こっぱずかしくもなる。
「舞園さん、見事よ。超高校級のアイドルだけじゃなくて、超高校級の俳優としても確実に歩み出している」
霧切が微笑んでいる一方、隣では画面を凝視している戦刃と不二咲の姿があった。何をそんなにガン見しているのだろうと、舞園が覗き込むと。画面内には『ILLBLEED 2』と書かれていた。そっと目を逸らした。
「えぇ、でも。やっぱり、自分の記憶が無い間に撮られた物を見るのは少し恥ずかしいかも……」
「だったら、貴方の記憶を取り戻す上でも参考になるかもしれない。一緒に見ない?」
「霧切さんが誘ってくれるなら」
女子2人でアイドル漫画の実写化を見ている傍ら、隣では得体のしれないゲームの実写化作品の続編を見ている対比はあまりに惨かった。