映画館内の換気を行い、倒れていたメンバーを引っ張り出して寝かせた後、モノウサによる問診が行われていた。
「えー。まず、倒れているミナサン健康状態に問題はありません。ただ、なんで昏睡しているかは分からないね」
倒れている者達は全員規則正しい呼吸こそしているが、目覚める気配が無い。頬をつねったり、軽く叩いてみたりするが一向に目覚めない。
「流石に目覚めのキスとか言っていられる状態じゃないよね」
この状況では花村の下ネタ混じりのジョークも空しく響くだけだった。第2の島で起きた事件よりも、状況は遥かに難しい物となっていた。
「モノウサ。どうやったら、皆を目覚めさせられると思う?」
「理由も分からないんじゃ、やりようがないよ。前みたいなパターンだったら、さっき現れた子が何か原因を知っているとかなんだろうけれどさ」
狛枝からの質問に、モノウサは首を横に振っていた。
前回の様に分かりやすい解決方法を落として行ってくれた訳ではない。仲間達は倒れ、どうすれば島から出られるかも分からない。その上、小泉まで攫われているとなれば、何から手を付ければいいのか分からない。
「皆、全部を一気に解決しようとするから分からなくなるんだと思う。ここは、一つずつ解決していかないか?」
詰まりそうになった所で、日向が声を上げた。問題は幾つもあるが、全部を一度に解決するより一つずつ当たって行くべきだという至極当然ではあるが、混乱した状況でこそ大事な心構えだった。
「だったらさ、まず何から手を付けようか?」
「決まっている。皆を目覚めさせる所から始めよう。そうすれば、人手も増えて以後の作業の効率も上がる」
「そうだよ」
狛枝の疑問に即時応えたのは辺古山だった。七海の口から出て来る男優ボイスにも皆が慣れて来たのか、表情の変化も起きなくなっていた。
だが、皆を目覚めさせるについても医療の心得がある訳ではない。辛うじて、そう言ったことの知識がありそうな罪木も昏睡状態に陥っているのだから、頼れるのは1人だけ。
「モノウサ、どうにか出来るのか?」
「うーん。流石に僕もブラックジャックじゃないからね。こんな所じゃ碌なことは出来ないにしても、もう少し設備が整った所なら何とかなるかも。運が良いことに、この島って病院もあるしね」
渡りに船。というか、都合が良過ぎて逆に怪しいと左右田は思っていた。
「(いや、逆か?)」
むしろ、病院があるからこそ。例の相手は、この様な手法を取れたのかもしれない。治療をする上で必要な過程に幾らでも干渉することが出来るからだ。
「じゃあ、まずは病院に行ってみよう。何か手掛かりも見つかるかもしれない。皆を放っておく訳にはいかないし、辺古山さん。お願いできる?」
「任せておけ。ここにいる皆は私が守ろう」
今、行動できる者達の中では唯一の武闘派である彼女を残して、狛枝達は病院へと向かうことにした。バイクや自転車などがある訳もなく、徒歩での移動になるが、左右田としてはやはり引っ掛かる所があった。
「なぁ、日向。お前、スケートボードを使わないのか?」
「左右田。スケートボードで往来を滑るのは道路交通法で禁止されているんだ。確かに、この島にいるのは俺達位かもしれない。けれど、一度でもルールを破れば、自分の中でそう言った選択が当たり前になる。ボーダー全体が白い目で見られない為にも、ルールは遵守しないと行けないんだ」
今更? 散々、この島で好き勝手に滑って来て何を言っているんだろうかと思ったが、言っていること自体は真っ当なことだったので反論のしようがなかった。
思わず閉口してしまったが、普段は口を開かない男が雄弁に語る様子を見て、彼の中にも興味が湧いていた。
「(そう言えば、コイツがどういう考えでスケボーしているんだ?)」
声を掛け辛いし、全然喋らないこともあって得体のしれない存在と考えていたが、今はどういう状況であれコミュニケーションが出来る。
また、元の状態に戻ればこうして会話することも望めなくなる。常日頃から溜め込んでいた疑問をぶつける良い機会だと考えた。
「なぁ、日向。なんで、お前。普段喋らないんだ? てっきり、何か病気とかでもあるモンだとばかり」
一番の疑問はコレだ。彼がスケーターであっても別に構わない。怪奇現象を起こすことについても見なかったことには出来る。だが、共同生活をする上で意思疎通が図れないのはあまりに不便だった。
ここまで頑として話さないとなれば、話せない。という風に考えることは自然だった。何かショックで喋れなくなってしまったのか、あるいは声帯など身体的な問題で喋れなくなっているのかと考えていた。
「逆だ。こうして、話せている今が病気みたいな物なんだ」
「は?」
「日向君。それは興味深いね、聞かせて貰えるかな?」
日向の返答に左右田だけではなく狛枝も興味を示していた。同行している花村、七海、十神、モノウサも視線を投げている。日向は溜息を吐いた。
「スケボーって、どんなイメージがある?」
「そうだな……」
スケートボードの印象と言われても、実は公的な印象と言うのは少ない。少し前にテレビでオリンピック的な物が取り上げられていたが、それ以外はチーマーと言うかアウトロー気味な青少年達が楽しむ競技というイメージがあった。
見た目はチャラチャラしている左右田であるが、根は真面目である為。どちらかという、少し苦手意識があった。
「お前には悪いけれど、あんまりいい印象はねぇな。この間は商店街を通っている時に道端で滑っていたしよ。アイツらってなんで、人の多い所で滑っているんだろうな?」
「スケボー用のスペースが無いことや専用のパークの利用料金は高いからな。それと、滑っている姿を見て欲しいって考えている連中も少なからずいる」
十把一絡げと言う言葉がある様に、一つの例を見て集団の印象が決まってしまう場合も多い。日向の物言いから、どういった印象を向けられて来たかは幾らか想像が付いた。
「それで、周りから誤解されている内に喋らなくなったって所?」
「そんな所だ。興味もない他人の誤解を解くより、仲間とやっている方が面白いと思っていたら、喋るのも面倒になった」
モノウサが挑発的に笑い、日向は吐き捨てる様に言った。周囲の反応も気にせずに、自分の趣味に没頭している様子から唯我独尊を感じていたが、根底にあるのは周囲への諦観とスケボーへの情熱だった。
「……」
「左右田、気に病む必要はないぞ。公共のルールを守っていないボーダーは実際に多いし、悪印象が付くのは仕方がない」
自分もまたボーダーを偏見の目で見ていた1人であったが、日向は彼の内心を汲んだように擁護してくれていた。
「多少はね?」
「七海さん、この状況になって定型句しか使えなくて凄い不便だよね」
七海なりに言葉を掛けたいとは思っていたのだろうが、彼女の口から出て来たのはいつもの通り切り貼りされた男優の声だった。花村でもドン引きするレベルの何かであるらしい。
「そのお前が口を利けると言うことは、平時で最優先していた物が後回しになったと言うことか?」
十神の問いかけに日向は頷いていた。ピシャリと言い当てた所から、左右田は日向以外にも彼の変化も気になっていた。
「十神も随分痩せたし、映画館にいる間も何か食っている様子も無かったよな」
「食欲が湧かない。今まで俺にまとわりついていた物が消えて、軽くなったという訳じゃない。むしろ、あるべき重さが無くて足元が覚束ない」
「世の肥満に悩む人間達が憤怒するレベルの贅沢」
モノウサが茶々を入れて来たので、七海がリュックから取り出したジュースの残りを飲ませて『暴れんなよ、暴れんなよ……』と彼を制動していた。
「なんていうか、普通になるのが必ずしも良いってことじゃないよな」
日向はコミュニケーションを取れるようになったが、代わりにスケボーへと割くリソースを奪われている様だったし、十神もまた罰が悪そうにしている。
「才能は必ずしも本人を幸せにする訳じゃないからね」
ポツリと狛枝が呟いた。超高校級の幸運と呼ばれる程の才能によって巻き込まれて来たアクシデントを考えれば、彼の言葉は重かった。
「(涙が)で、出ますよ……」
「確かにコレを見ていたら、才能があることが幸せとは思えないね。ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
語録塗れの生活の果てに、語録その物となり果てる未来など想像も付かなかっただろう。七海の目尻に涙が浮かび、モノウサが大笑いした辺りで、今度はアイスティーによる口封じアタックをされていた。
真面目な悩みとアホ共が交差する中、彼らは病院へと辿り着いていた。表には救急車なども停まっており、モノウサへと視線が集まった。
「モノウサ。お前、救急車は動かせるか?」
「問題は無いよ。それに昏睡している奴らは怪我とかある訳じゃないし、ちょっと詰めたら、少ない往復でここまで運べると思う。だから、オマエらは病室が使えるか確認しといてもらえる? ベッドは使えるか、シーツが清潔かとか」
未成年ばかりだったので、救急車を動かせるモノウサが頼もしく見えた。
彼の言葉に全員が頷き、映画館へと向かう救急車を見送り、病院へと足を踏み入れた。電気は付いているが、人気は無かった不気味な程の静寂に包まれていた。十神が声を上げる。
「まず、病室を探すだけにしよう。先走って調査をすれば、何に当たるか分からない」
皆、声にはしなかったが予感はしていた。この病院には確実に何かがあると。
案内図を見て、待合室から病室へと向かおうとした際に通過しようとした廊下でのことである。真っ先に気付いたのは左右田だった。
「(EXAM ROOM?)」
日本語で言う所の診察室である。自分達以外に誰もいないハズだが、ガラス越しには医者が居た。患者が居た。
「ひっ」
花村が悲鳴を上げた。ガラスの向こうに居た患者は人と呼べる形をしていなかった。だというのに、微かに動いている。生きている。
『これをやったのは超高校級の連中か』
『それも人体に詳しい奴ですね。ギリギリ生きるか死ぬかって傷を付けられている。何としてでも助けるぞ』
先走る必要はなかった。何が何でもこの光景を見せようとする意志を感じた。
医師達が患者を救うべく施術を開始した。彼らは相当に腕が良かったのだろう。瀕死の状態だった患者に的確な処置を行い、命を繋ぎ止めて行く。彼らの努力も実り、手術が成功を収めた。……その時である。
『ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!!』
つい、先程聞いたばかりの耳障りな声が患者の腹から響いて来た。何が起きたか分からず、医師達が戸惑っている中。処置を終えたばかりの患者が目を覚ました。彼か彼女か分からない人間は、窓の方に向って進んで行く。腹から響く声色は変わっていた。
『私はですねぇ。貴方達に感謝しているんですよぉ。私に治すことを教えてくれたんですから。いじめられた事への復讐とか、そんなツマラナイことは言いませんよ。そう、これはゲロブタからの感謝状です――ずぅっと、直してあげますよ』
パンッと弾けるような音が響いた。患者の胸元が爆ぜたが、死亡するには至っていない。麻酔は切れていないが、何が起きたかは理解した患者が暴れ出そうとした所で、ここに居る者達は見た。
患者の胸元から僅かに見えた機器が破砕した臓器を繋ぎ合わせ、修復しているのだ。治すという人道的な物ではなく、機械を修理するかのような無機質さだった。医師達は再び患者を治すべく動いていた。ガラスの向こうに映った景色がぷっつりと途切れた。
「どうやら、ガラスと思っていたけれど。これは巨大なテレビジョンのようだね」
狛枝がEXAM ROOMと書かれた扉を開けようとしたが開かない。これはあくまで、今の映像を見せる為の舞台装置であるらしい。
「罪木の声だった」
凄惨な目に遭わされていた患者の体内に収められていた機器から響いていたのは、モノウサと罪木の声だった。
「治せる。と言うことは、同時に壊し方を知っていることでもあるからな。日向、罪木には特に注意を払ってくれ」
十神からの注意を受け、日向は頷いた。病室は問題なく使えることが判明し、間もなく表にはモノウサが運転する救急車がやって来た。