病室に辿り着くまでの廊下で過去の片鱗を見せつけられた一同であったが、病室自体に仕掛けは無かったので、モノウサによって運ばれて来た者達は皆ベッドに寝かせられていた。
この中に健常体の弐大やいつもの十神が居たら、運び入れるのも一苦労していたことだろう。敢えて言うならガタイが良くなった九頭龍に多少苦労したが、あくまで常識範囲内だ。
「なぁ、モノウサ。なんで全員を個室に入れたんだ? 病室の中には4つくらいベッドが一緒になった部屋もあったのに」
左右田が文句を言っていた。もしも、一つの病室に数人の人間を収容すれば、運び入れる労力も削減できたはずだ。これに関しては、狛枝が答えていた。
「患者に万が一のことがあったら。ってことだよね?」
「そうそう。オマエらの病状が分からない以上、何が起きたとしても分散していれば被害を減らせるからね。例えばさ、次に起きた時にはせん妄状態になっていて、誰かを手に掛けたりとかね?」
左右田には『せん妄』という言葉が聞き慣れない物であったが、個室で分散することの重要さは直ぐに理解した。今は寝ているが、これからも安静が続くとは限らないのだ。
「最初に俺達にコロシアイをさせようと思っていた奴の意見とは思えないな」
これには十神も嫌疑の視線を向けていたが、モノウサは両手を口に当てて、笑いを漏らしていた。
「うぷぷぷ。いやぁね、コロシアイって言うのはやっぱり自分の意思でやって貰わないとさ。病気のせいだとか、強制されただとか。そう言うオチって面白くないんだよね。だから、今の状況にしている黒幕はデザイン力0って言ってやりたいね! RPGがやりたいのかADVがやりたいのか、はっきりして欲しいよ!」
「やんほぬ」
ゲーム談義であるならばと七海も口を挟もうとしたが、本当に意味の分からない言葉が出て来るだけだった。
「菅野美穂?」
辛うじて、彼女の声を聴きとれた辺古山が聞き返していたが、どう聞いてもそうはいってねーだろと、誰もが思っていた。
彼女らの遣り取りは置いといて、モノウサとしては『不慮の事故』は起きて欲しくないらしい。全員の部屋を施錠した後、一同は一旦待合室に集まっていた。
「まずは、皆を起こした方が良いんだろうけれど。どうして眠り続けているんだろう? 睡眠ガスとかそう言うのかな? もし、そうなら少し待てば起きるかも……」
花村が淡い期待を口にしていた。だが、彼の考えに同意する者はいなかった。比較的ビビりな左右田でさえ、そう思っていた。
「難しいと思うよ。実はね、映画館に行った際にガスが散布された場所に付着されていた成分とか色々と集めといたんだよね」
ゴシックロリータドレスのフリフリから小瓶を取り出していた。中に入っている者に関しては肉眼では確認できなかった。
「今から、病院の施設を使って調べるつもり。ただ、予想だけれどね。コレ、睡眠薬とかそう言うのじゃないと思うよ」
「だったら、何が収まっているんだろうね?」
病院内なら、そう言った物を調べるのにも適してそうだが、モノウサにはある程度の当りが付いている様に思えた。狛枝を始めとして、ここに居る者達の大半は睡眠薬の類と思っていただけに意外だった。
「今から、調べに行きます。それと、オマエらにも確認しておきたいんだけれどさ。あの映画館内にある物、食ったりとかした?」
ピタッと全員が動きを停めた。西園寺や澪田達は映画を見ながら口にしていたし、自分達も疑問にも思っていなかったが。
「よく考えたら、不自然すぎるだろ……!」
セルフサービスと言うことで当たり前に利用していたが、もしも何かを仕込むなら、これ程打って付けの物はないだろう。もしや、自分達が助かったのは。
「ちなみに僕は口にしていなかったよ。これでも超高校級の料理人だからね。あんな物を口にしたら、舌が馬鹿になっちゃうよ」
「私もだ。とは言え、飲み物位は口にしていたが」
花村は一切口にしていなかった様だし、辺古山は少量程度で済んでいたらしい。左右田も色々とポップコーンやコーラを持って入ったことを思い出したが。
「あ、そうだ。映画があんまりにあんまりだったから食うのも飲むのも忘れちまっていたんだ」
「ハハッ。左右田君も? 奇遇だね。僕達、揃って超高校級の幸運みたいだ」
非常に奇妙な話だが、映画を楽しまなかった者達だけが概ね無事であったと言うことだろう。
「七海は映画を見ているふりして、PSPで遊んでいたしな」
「ウーン……」
日向も情報の確保のために見ていただけで、七海に関しては映画も片手間に見ていた程度だったのだろう。
「警戒心を無くしちゃうのは分かるけれどね。だって、第1の島で好き勝手に飲み食いしていたら、抵抗も無くなるよ。それにあんなドチャクソ汚物を楽しめるノータリンに警戒心なんて備わっている訳もないしね。その証拠に、超傑作映画。推しの子を見ていた方で生き残っているのは辺古山さんと花村君位だしね!」
「私は、肉体維持の為に口にするのを控えていただけなんだがな」
どうやら、この場においてもモノウサはイルブリードに対する恨みを忘れていないらしい。彼の恨み節を聞きつつ、訪れたのは診察室の様な場所だった。入口には患者服が用意されていた。
「早速ですが、皆さんの検査もするので患者服に着替えて貰えますか。あ、女子の更衣室はあっちで男子の更衣室はこっちね」
自分達の体内にも何かしらの異物が入り込んでいるとすれば、診察してくれるのはむしろ有難かった。患者服に着替えた後、色々な機器に掛けられて診察を受けた結果……。
「はい。これは左右田君の内部映像なんだけれど」
「なんで、俺のなんだよ」
モノウサが壁にボードに張り出した左右田の内部映像には不自然な所は一件見当たらない様に見えた。だが、十神が直ぐに気付いた。
「待て、本当にコレは正常な胃の映像か? ちょっと違う気がするぞ」
「流石、食に詳しい十神君っすねぇ。まぁ、実際。左右田君の場合予兆はあるけれど、異常にはなっていないんだよね。問題は、辺古山さんの方でして」
映像が切り替わった瞬間、花村と左右田から小さな悲鳴が上がった。映し出された辺古山の体内には何かが蠢いていたからだ。
「消化器官や人体に由来する物。では無いな?」
「はい。平たく言えば、寄生虫っすね。ジャバウォック島だから未知の種類の物があるとも思っていたけれど」
「辺古山。大丈夫なのか? 腹が痛くなったりとかは?」
日向が心配そうに彼女の方を見るが、当の本人は映像に気分を悪くはしていたが身体の不調を抱えている様には見えなかった。
「平時では大人しくしているみたいなんですけれどね。多分、あの映画館の飲食物に活発に動く様になる誘引物質でも混ぜられていたんじゃないかな? そっちの方も検査に掛けてみるけれど、まずは辺古山さんにこれ」
モノウサは水の入ったペットボトルとよく分からない錠剤を差し出していた。とりあえず、治療に関係する物だと言うことは察していた。
「もしや、虫下しか?」
「うん。ここに設置されている病院だから、こう言うのもあるかと思っていたけれど、皆を検査している間に見つけといた。ちょっとトイレに籠ることになるかもしれないから気を付けてね」
今後、何かしらの異常が出てくるかもしれないことを考えたら、多少の苦痛位は我慢しようと、辺古山は決意を新たにしていた。
「じゃあ、皆に薬を飲ませたら目を覚ますってこと?」
「そう単純な話でもないとは思うけれど、ひと先ず皆を検査に掛けてみないと」
もしも、薬で治るならことは単純だが、左右田達は何かが引っ掛かっていた。狛枝がポツリと呟いた。
「モノウサ。その寄生虫って言うのは、一体何をして来るのかな?」
「こればっかりは僕も調べて見ないと分からないよ。言っておくけれど、寄生虫の症例なんて山ほどあるから、一概に言えたりはしないからね?」
「その中に、人格を変えたりとか。そう言うのは?」
左右田は息を呑んだ。数日前から皆の様子がおかしくなったことにも絡んでいるのかもしれないとなれば、自分達に変化が起きていないのは運よく寄生虫が活動していなかったからだというのか。
「流石に人格面までの影響は分からないよ。とりあえず、皆のことも検査するから運ぶの手伝ってよ」
ストレッチャーを用いて皆を検査室に運んでいく。
幾つもの機器に掛けられた彼らの内部では、何とも言えない形状の虫が這っていた。そして、何かを撒き散らしていた。
「うわー。パラダイス」
「悪ぃ、ちょっと見てらんねぇ」
左右田と花村が目を逸らす程に、皆の内部は凄まじいことになっていた。
体内で蠢いてはいるが、宿主の肉体を食い破ったり荒らしまわったりしていない所が奇妙だった。
「撒き散らしているのはなんだ。卵か?」
「だとしたら、気長に解決するって訳にはいかないよね。モノウサ、さっき辺古山さんに渡した虫下しは使えるの?」
「意識が無い子に使うのは控えたい。って言うか、嚥下できるかとか何が起きるか分からないのが怖いんだよね」
もしかしたら、虫下しが投与されたことに対する反応で宿主を傷つける可能性もある。だが、躊躇っていては事態が進まない。……そこで、モノウサは提案をした。
「だからさ、誰かを治療の実験をしてみない?」
「何だと?」
「だって、このままじゃ事態が良くなるなんてことは分からないじゃん? もしかしたら、1日経ったら皆起きているとか、そういうのもあるかもしれないけれどさ」
あまりに希望的な観測だった。そんな未来になる可能性が低いだろうことは、皆も察している。真っ先に十神が反対していたが、日向は少し考えていた。
「……だったら、罪木はどうだ?」
「おい、日向!?」
これには左右田も待ったをかけた。スケーターをしていた時、一番彼と懇意だった彼女を被検体として使うのはどういった魂胆があるのだと。
「聞いてくれ。何も、彼女ならどうなっても良いとか思って言った訳じゃない。もしも、俺達の中でいち早く復帰したら、彼女の能力は俺達を助けてくれる」
「失敗した場合はどうすんだよ!?」
「左右田。失敗して良い人物なんて誰もいない。だから、成功した場合のことだけを考えろ」
圧の強い言い方に反感を覚える所はあったが、彼の言う通り。誰が死んで良い訳もない。ならば、リターンだけ考えるのも合理的とは言えたかもしれない。
「2人共、1日だけ待ってみない? もしかしたら、快復する可能性もあるしさ。それに、僕達も色々とあって判断力が落ちているかもしれない。一旦、休んでから考えてみようよ」
間に割って入った狛枝の提案により、一触即発の空気が漂っていた2人は少し距離を置いた。
「この病院、部屋はいっぱいあるからさ。休むなら使ってよ。患者たちの容体は僕がモニタリングしておくからさ」
「悪い。助かる」
普段はシニカルな言動が目立つ憎たらしいマスコットではあるが、この第3ノ島においては活躍しっぱなしだった。彼の功績に感謝しながら、一旦皆は病室へと戻った。
「腹が………」
ただ一人、辺古山だけがトイレで孤独な戦いを続けていた。