超高校級と呼ばれる学生達の才能は生き方と紐づいていることが多い。
該当する分野が好き、あるいは得意だったと言うことで能力を伸ばせた者達は幸せだっただろう。だが、本人の意思とは掛け離れて才能を伸ばさざるを得なかった者達もいる。
「と言うことで、娘さんは希望ヶ峰学園に編入されることになります。お2人には祝い金として……」
自分をスカウトしに来た『黄桜光一』という男が両親と話をしていた。
娘の事よりも預金通帳に記された数字の方にしか興味が無いのか、ずっと視線は下を向いていた。
「今後も協力金として定期的に振り込ませて頂きますので……」
この黄桜と言うスカウトマンもかつては超高校級と呼ばれていただけにあって、交渉には非常に長けていた。見送られることも、引き留められることも無く彼女はその日の内に希望ヶ峰学園へと向かうことになった。
「君はもうあそこに帰らなくていい。それだけの才能があんなクズどもに押し込められているのは、人類の損失だ」
黄桜が帽子を被り直そうとした腕を上げた瞬間、彼女は身を竦めた。それだけで、彼女の半生が想像できてしまった。
「もしも、他のクラスメイトと授業を受けるのが嫌だったら特別対応で個別クラスとかにも出来るから、遠慮なく言ってくれ」
彼女もまた自らの意思に反して才能を伸ばしていた。体の各所に出来た傷への処置はあまりに的確だった。
自らが置かれた環境で生き延びるために、医学に通じる『必要』によって才能を伸ばしたのが、罪木蜜柑と言う少女だった。彼女は恐る恐る、口にした。
「希望ヶ峰学園では、その……とかあるんですか?」
人の目を気にして特定の言葉が紡げずにいる。どもりや人見知りと言うだけではなく、とある行為の単語を言った所で真面目に取り合って貰えなかった経験もあって、口にすることが出来なくなっていた。
「そこは大丈夫。超高校級の才能の持ち主ともなれば、本人達が抱えている物もあるからバカなことは基本的にやらないし、少人数制だからフレキシブルに対応できるからさ」
ここは教育機関としてよりも研究機関としての側面が強い希望ヶ峰学園ならではの利点であった。国からの教育要項やそう言った類に囚われない柔軟な対応が出来る程の権力を持っている。
加えて、超高校級ともなれば積み上げて来た実績なども少なくはない。昨今、学生や子供の悪事ですら見過ごさない苛烈制裁社会において、自分が積み上げて来た物を崩すような愚行は起こす程に分別の無い人間には、超高校級と呼ばれる様な素養は無い。
「……本当に私で良いんですか?」
四方八方から自尊心を踏み躙られ、自分の良い所なんてほぼ分からなくなっていた彼女であったが、黄桜は目付きを鋭くした。
「間違いない。俺が保証する。それに、君って結構有名なんだぜ?」
黄桜はスマートフォンを弄っていた。すると、幾つかの動画が表示されたので、その内の一つを再生した。どうやら交通事故後の動画だったらしく、怪我をしている少年に大人達が声掛けをしている中、おずおずと現れたのは罪木だった。
『自分の名前は言えますか?』
『最原終一……』
頭から血は流したり、多数の怪我は見られるが、反応がしっかりとしていることを確認した彼女は119へと連絡した後、彼を安全な場所へと移動させた。
すると、バッグから包帯やガーゼ。消毒液を取り出して、応急手当を始めた。周囲に集まった者達も息を呑んでいると、8分ほどして救急車が駆け付けて来た。すると、処置を行った彼女は逃げるようにして去って行った。動画はそこで終わっている。
「立派だと思う。大人でも野次馬になる位しか出来ないのにさ。やっぱり、人を助けたいと思ったりしているとか?」
だとしたら、大した物だ。自分が置かれた境遇を恨まず、他者を助けようとする奉仕精神を持っているとしたら、広告塔の意味合いとしても彼女は希望ヶ峰学園の生徒に欲しいと考えていた。
「……自分より可哀想だと思ったんです。だって、私みたいに自分に処置方法を知らないんですから」
「大抵の人間は知らないからね。だから、キチンと知って何件も行える君は凄いんだよ」
黄桜が懐へとしまったスマートフォンを罪木は名残惜しそうに見ていた。そこで、彼はふと気が付いた。
「もしかして、携帯持っていない?」
「3機目を壊された辺りで、もう買って貰えなくなって……」
そんな少女に対して、周囲の人間はあまりに愚かだった。普段はソリの合わない評議委員の物言いに思わず賛同しそうになった。
「希望ヶ峰学園ではスマホも支給されるし、使用料も気にしなくていい。あ、だからと言ってバカみたいな課金とかはお断りだけれど」
「課金?」
多分、ソシャゲもやった事が無いのだろう。入学するに当たって、教えることは多そうだと考えながら、黄桜は停めてあった車に彼女を乗せた。
~~
意識が浮上して来た。天井はコテージやモーテルの物ではなかった。見知らぬベッドに寝ており、隣では椅子に座った日向がウトウトして
「ひゃあ、日向さん!?」
慌てて跳び起きてしまった。彼女の声に反応して、日向も気が付いたのか頭をプルプルと振っていた。
「起きたか」
「え? 嘘。喋って……」
罪木には何が何だか分からなかった。いつの間にか患者服に着替えているし、病室らしき場所にいるし。
彼女の混乱を他所に、日向はフラフラとした足取りで壁に掛けてあった無線に連絡を入れた。すると、ほんの数分でモノウサがやって来た。
「あ、罪木さん。目ェ覚ました? ちょっと問診するから答えてね」
「は、はい……」
健康状態を始めとして基本的な質問に加えて、今までのことは記憶にあるかなども尋ねられていた。
「えっと、第2の島で色々とあったことは憶えているんですけれど。ここは何処なんですか?」
「ッシャア!」
モノウサはドコドコと腹太鼓を慣らして、その場で喜びの舞を踊っていた。折角のゴシックロリータ衣装に対する冒涜具合が酷かった。
突如として奇怪な行動をし出したので、罪木も距離を取る中。日向がモノウサの頭を押さえていた。
「落ち着け」
「僕としては罪木さんが元に戻ったこと以上に大きな収穫だね」
「元に戻ったって。一体何が? それに、どうして日向さんが喋って?」
「一から事情を説明するよ」
日向は第3の島に行く原因となった皆の変化について話していた。そして、映画館に入った下りでモノウサが口を出して来た。
「そこで皆は、超高校級のアイドル確実と言われている舞園さやか主演の実写映画。推しの子を見ていた際に、突如映画館に催眠ガスが放たれて昏睡していた! って訳なんだよ」
「それじゃあ、おかしくないですか? だって、2人の話が正しいなら映画館に入るまでの記憶があるはずじゃ……」
「前後の記憶が無くなるとか、よくある話じゃん?」
そう言われたら、そんな気もした。だが、隣にいた彼は堂々とした顔つきでモノウサの言動を指摘していた。
「モノウサ、嘘を吐くなよ。俺達はまずイルブリ」
「誰が皆の面倒見ていると思ってんだオラァアアア!!」
ウサミが居ないにしても、見たことが無い程の強権を発動させていた。流石にコレだけの形相で迫られたら、日向も閉口せざるを得なかった。……閉口しても大したことじゃないと判断しての事だろう。
ここら辺の事情は極めて個人的な物になるだろうし、罪木としてはモノウサが隠したがっている物にはまるで興味が無かった。
「あの、問診はこれで終わりですか?」
「え? うん、そうだね。お腹とか減ったら、病院食位はあるからね。日向君に頼んで取って来て貰いなよ。じゃあ」
モノウサはバタバタと去って行った。残されたのは少し体調不良気味な日向と罪木だけだった。……暫く、沈黙が続いたが先に声を上げたのは罪木だった。
「あの、日向さん。喋れたんですか?」
「先に言っておくと、今の方が異常なんだ。基本的に俺は喋らない」
「どうしてですか?」
「喋るのが面倒だからな」
そう言われて、罪木は少し身を竦めた。ひょっとして、今も自分と喋るのが面倒だと思われているんじゃないかと。彼女の考えを察したのか、日向が付け加えた。
「罪木と喋るのは嫌いじゃないから気にしないでくれ」
「良かったぁ。ウザがられているとばかり」
口にしてから、こう言うことを言う奴がまた面倒がられるんじゃないかと言う自己嫌悪に陥りそうになったが、日向は真顔のままだった。
「何から起きたばかりで腹とか減っているなら、病院食を……」
「あ。それなら、私が行きます。何があるか見ておきたいですし」
ゆっくりと立ち上がろうとして、躓くことは無かった。運動などはてんで駄目にしても自分がケガ人や病人になった時にするべき立ち回りを把握していたこともあったからだ。
数日以上寝ていたという訳ではなく、筋力の衰えなども見えないことから自分の足で歩けるという確信はあった。
「こっちだ」
日向に案内されて病院食などがあるという場所に向かう中、罪木が考えていたことはこれまでの事ではなく、日向と喋れる現状についてだった。
「(もしも、会話が出来るとしたら何を話したらいいんでしょうか。変なことを言ったら、怒られるかもしれないし不快にさせてしまうかもしれないし……)」
今まで、日向と一緒に居た大きな要因はコミュニケーションを取らなくていいと言うことにあった。
こっちが投げた言葉を否定的にとらえない為、好きなだけ言葉を投げても良いという。好意からは程遠いサンドバック的な物として考えていたので、真っ当なコミュニケーションと言う物を考えたことが無かった。
「(しかも、何か威圧的でちょっと怖いですし)」
スケートボードに乗っている時の日向も真顔ではあったが、あの場合は何も考えていないデフォルト顔としての物だった。
だが、スケボーに乗っていない今の彼の真顔はともすれば、怒っているか不機嫌な様にも見えた。なので、言葉を選びつつ話す。
「あの、どうして日向さんは私の病室に居たんですか?」
「俺がモノウサに真っ先に罪木を治療して欲しいと言ったからだ。俺が提案した以上、付き添わないのは筋が通らない」
自分のことを優先してくれた。というプラス的な意味合いよりも別の意味合いの方が強そうな雰囲気は、鈍臭い彼女でも何となく察することが出来た。
日常的な会話に対しては非常に鈍感で察するなんてことは難しくても、医療やそう言った方面において、彼女の頭の回転は速くなる。
「もしかして、私で治験みたいなことをしました?」
「その通りだ。治療方法も分からない以上、誰を治すかで揉めた時、真っ先に誰に治って欲しいかで選んだ。失敗した時のリスクは考えないで」
自分は失敗しても良い人間だと思われていたのかと思うと、罪木の心にべこっと凹む物があった。その程度の人間としか思われていなかったのかと。
「どうして、私が真っ先に治って欲しかったんですか? 私が超高校級の保健委員だからですか?」
「それもある。……後は、個人的な感情面もあった」
「え?」
どういうことかと尋ねようとした時、病人食がストックされている場所に着いた。
トレーに乗せられた如何にもな物にラップが掛けられており、色々と心配になりそうな物だったが、これ以外が無いのだから仕方がない。
「モノウサも面倒は増やしたくないだろうし、安全は確認しているだろう。部屋に持って帰ろう」
「あ、はい」
合理的な理由以外の感情には何があるのだろうか? ひょっとして彼もまたコミュ障で自分位しか話す相手が居ないのだろうかと考えると……罪木の顔には少しばかりの笑顔が浮かんでいた。