「…………」
取って来た病人食は本当に特徴が無い物だった。栄養補給の為に作られた画一的な物で、言及する所が無い。美味しくもないし不味くもないし、何なら味が殆ど付いていない。
日向は何も言わずに黙々と食べていたが、罪木はこの沈黙は耐えがたい物だった。コミュ障にありがちな沈黙は罪と言う認識である。
「(も、もしかして怒っているんでしょうか)」
と言うのも、いじめの常套手段である『シカト』や『無視』等に晒されまくって来た為、相手にされないこと=機嫌を損ねたという考え方になっていた。そう言うこともあるから喋らない日向の傍が心地よかった。
何せ、最初から喋っていないんだから機嫌を損ねたという明確なサインが出て来ないからだ。そう言う打算的な態度がある癖に、碌な話題を切り出さないのが、今まで何人も苛つかせて来た原因ではあるのだが。
「ひ、日向さん。さっき、イルブリがどうだとか言い掛けていましたけれど、一体何のことなんですか?」
彼女にしては非常に無難な質問であった。もしも、この場にモノウサが入れば痛罵を食らっていた所だが、生憎この場は2人きりである。
「6時間越えのホラー映画でな。ストーリー自体は下劣で理不尽って言うしかなかったんだけれど…………実は面白かったと思っている」
「ど、何処ら辺が面白かったんですか?」
「制作側のやりたいことが高クオリティで作られていたことだ。流行やマーケティングを無視しながらも、映像作品として世に出す工夫とこだわりが各所に見られたのが良かった。世間受けを狙った作品は実にツマラナイですからね」
「あ、ちょっとだけ分かります。私もクラスメイトの人達が言っているドラマとか動画とか見ても面白くないと思っていましたから。特に踊っているだけではしゃいでいる子達を見てバカみたいだと思っていました」
世間の集合体から蔑まれて来た彼女はメインストリームに当たる文化に対して、あまり良い思いを持っていないというのも当然だった。自分を加害して来た者達が好み、織りなす文化を好む訳がない。
「俺もそう思うよ。誰も彼もが承認欲求に溢れて、同じ物を見て褒め称えている。価値観を共有することが強制される中、俺達に寄り添ってくれる映画だった」
「そんなに面白かったんですか。私も見てみたいですね」
日向と会話が弾んでいることが非常に喜ばしかった。皆から外されることに怯えながら過ごして来た彼女にとっては、忌憚なき意見を述べられる状況は今までに体験したことが無い楽しい物だった。
「事態が終わったら、改めて見直してもいいかもな」
「でも、モノウサさんはなんだか嫌がっていたみたいですし、再生してくれるんでしょうか?」
「その時は左右田にでも頼むか」
機械に強いというだけで、ロクでもない目に巻き込まれそうになっている気がする左右田に多少の憐憫を覚えはしたが、自分の楽しみの為ならと黙殺した。
こんな時間が何時までも続けば良いと考えていたが、必ず終わりは訪れる。それはこの騒動の終わりのことを指しているかもしれないし、この修学旅行の終了を意味しているのかもしれない。故に、聞いた。
「日向さんは帰りたいと思いますか?」
数日前、澪田にも話した内容だ。他の者達は置いて来た物が沢山あるのだろう。人であったり、帰属団体であったり。中には『国』という巨大な帰属先さえある。だが、罪木には何もない。
両親は自分を売り払って興味もないし、友達と呼べる存在はいない。彼女にとってはジャバウォック島に来てからの方が得た物が大きかった。
「それに、外がどうなっているかも分からないですし。……皆さんでずっとここにいた方が良いと思うんですよね。日向さんはどうですか?」
加えて、今までの生活で得て来た断片的な情報からジャバウォック島の外では恐慌的なことが起きている可能性も高く、戻ることのメリットの方が少ない。
「どっちでもいい。外に居ようとスケボーをするだけだし、ここに居てもスケボーをするだけだ」
「じゃあ、ここに居ても良いんですよね?」
「そうなるな。後は、俺が元の状態に戻れたら良いんだが」
元の状態に戻る。となったら、またスケボーに集中してばかりになるのだろうか。こうして、自分と話をしたりする時間も取って貰えなくなるのだろうかと考えると、形容し難い感情が浮かび上がって来た。
「そうですね。戻れると良いですよね。どうやったら戻るとか聞いています?」
「体内にいる寄生虫が原因だって聞いているから、虫下しを使うんだとか。今も意識が無い奴らに関しては、モノウサが一生懸命掃除していると言っていた」
「じゃあ、時間掛かりそうですよね……」
時間はある。モノウサの作業スピードにも限界がある以上、直ぐに全員で行動して目標を達成しに行くという様なことは難しいだろう。
「1日2日で全員が治るとは思い難いし、慣れてきたらスピードアップもしていくだろうが、暫くは待機だな」
「じゃあ、一緒に病院内を見て回りませんか。ほら、この病人食が乗っていたトレーも返しに行かないといけないですし」
「良いのか?」
「何かしている方が暇も潰れますし……」
「分かった」
スッと罪木のトレーと重ねて2枚分を持ち、彼女の歩調に合わせて食堂へと向かう。すると、彼ら以外にも食器を直しに来た者達がいた。
「日向君。それに、罪木さん。大丈夫?」
花村と少し調子の悪そうな十神だった。罪木は彼らの方を見て困惑していた。
「花村さんは兎も角として、隣の方は?」
「十神白夜だ。ここまで体型が変わったら、変装レベルだろうがな。それにしても病人食はやはり味付けが薄い。加えて、これには何も工夫が無い!」
どうやら、ここにあった食事に対して甚く御立腹だった。如何に食欲がなくなっていたとしても、クオリティは気にするようだった。
「制限付きだとしても、ここまで工夫が無い品は逆に凄いよ。どうすればここまで不味くなるかって言う反面教師にしたいね」
超高校級の料理人としても御立腹だったのか、空にはなっていたが二度と食いたくないと言いたげな表情だった。
「だったら、一度この島を探索し直してみないか? ただ、外に出る場合はある程度固まった方が良い。また、何か起きるかもしれないし」
「少なくとも辺古山は連れて行った方が良いか。よし、俺達が外に出る。日向は罪木や他の皆を頼むぞ」
分かったと短く返事をして、花村と十神が皆の泊っている病室に向おうとすると、丁度空になったトレーを持って来た左右田や七海もいた。
「お。全員、集まってんじゃん。なんか話でもしていたのか?」
「そうだよ」
「……七海さん?」
七海の口から彼女の物とは思えない汚らしい声が出て来たので、罪木は首を傾げていた。十神が質問を投げた。
「七海。お前は虫下しを飲まなかったのか?」
「嫌よ~」
これまた猫撫で越えの中年みたいな声が聞こえて来たので、罪木の困惑は深まるばかりだった。ただ、他の者達はまるで気にせずに話を進めていた。
「辺古山がトイレに籠ったのを見て、暫く動けなくなる位ならこっちの方がマシだって判断したんじゃねーの?」
あるいは彼女もひょっとして慣れて来たのかもしれない。いや、そうなったら悲劇でしかないのだが。そして、少し遅れて狛枝がやって来て、辺古山もやって来た。……彼女の肩にはスケートボードが担がれていた。
「……」
「皆、おはよう。辺古山さんは元に戻ったみたいだね。会話が行い難くなるのは少し困るけれど、今の彼女はとても頼もしいよ」
狛枝の称賛も無視してトレーを黙々と返却する彼女からは威圧感のような物が放たれていた。そんな辺古山を見て、日向は言う。
「そうだな。モノウサから貰うだけ貰って……」
「だ、駄目です!!!」
突然、罪木が大声を上げたので日向以外の人間は呆気に取られていた。言った後、本人も慌てて取り繕っていた。
「ほ、ほら。こんな状況ですし、少しでもスムーズにやり取りが出来る様に、話せる人は残しておいた方が良いと思うんですよ!」
「罪木の言うことは一理あるな。日向、お前もそれで良いか?」
十神の質問に対して、日向は『構わない』と短く言った。そして、病院内には罪木と日向が残り、他の者達は島の探索へと出掛けた。
残された二人は病院を探索していたが、元より多人数を収容するようには作られていないのか、見て回るのに多くの時間は使わなかった。
「薬品とかも一通りは揃っていますね。流石に専門的すぎる物は分かりませんが……」
「そこら辺はモノウサに任せた方が良いだろう。……なぁ、罪木」
罪木の体が跳ねた。どう考えても、先程の一件に付いてだろう。ひょっとして、咎められるのだろうか。何を言われるのだろうかと恐る恐る振り返る。
「な、何ですかぁ?」
「俺って喋れた方が良いのか?」
てっきり、今の状態を選んだことを咎められること思っていただけに、彼から言われた言葉は意外な物だった。
「あ、当たり前ですよ。こうして色々とお話しできた方がその、私も楽しいですし」
「そうなのか?」
「日向さんは話していて楽しくないんですか?」
「……分からない。あんまり人と話して来たことが無い」
これまた意外だった。彼の話しぶりを聞くにコミュ障の類とは思えなかったのだが……やはり、才能に絡んでいるのだろうか。
「でも、スケボーとかの話題で盛り上がることとか無かったんですか?」
「あった。だけど、趣味が合う奴ら以外との話が面白くなかった。というか、話している暇があれば滑りたかった」
彼のスケボーバカぶりは、この島でも散々見て来た。
だから、今の様にスケボーよりも会話の方を優先している状況はやはり珍しいと言わざるを得なかった。
「今は滑りたいと思っていないから、話をしているんですか?」
「そうだ。だけど、やりたいことが無くて地に足が付いていないような感じがして気持ち悪い。でも、何かしたいと思うと口が良く回る」
多弁になっているのは上機嫌だからではない。むしろ、不安と焦燥感に駆られているが故なのだろう。本来は望ましい状況ではないのだろうが。
「暫くは、この状況に慣れましょうよ。ね?」
彼女はぎこちない笑顔と共に言った。本人が望む状態じゃなかったとしても、自分が望む状態であるならば回復は望んでいなかった。
会話の片手間に調査を挟んでいたが、何故か日向は1階の診察室がある廊下だけは渡ろうとしなかった。その理由を、罪木が知ることは無かった。