「この島に来てから色々とあってさ。初日なんて引率の先生が日向って男子生徒を武器みたいに振り回して大変だったんだよ」
第3の島、某所。モノウサが必死に皆を治療している頃、拉致された小泉は佐藤と取り留めのない話をしていた。ジャバウォック島に来てから同級生達の姿を収めた写真には沢山の笑顔が咲いていた。
「引率の先生って割には生徒の安全は度外視なのね」
先程まで張り詰めていた佐藤の表情も和らいでいた。小泉の話を傾聴し、頷いている姿は同級生と言うよりも保護者の様な雰囲気が漂っていた。
話している間は楽しかった頃に戻れたような気がした。このままジャバウォック島での修学旅行についての話を続けるのも悪くはなかったが、級友達のことを話せば話す程、彼女の中に決意が固まって行く。
「……ねぇ、佐藤ちゃん。私達に何があったのか。どうしてここにいるのか。知っているんだよね?」
「もしも、知っているって言ったら?」
「教えて。私達に何があったのか、どうしてここにいるのか。外はどうなっているのか。今。私達は何に巻き込まれているのか。そして、どうして佐藤ちゃんは私達の前に姿を現したのか」
懐かしさに浸るのも良いだろう。級友達との時間に胸を躍らせるのも良いだろう。だからこそ、彼女は先に進む為に真実を知りたかった。
下唇を噛み締めているのは、この状況と返答に対する恐怖からだろう。だが、視線は真っすぐに佐藤を見ていた。
「何処まで知っているの?」
「多分、外の世界が無茶苦茶になっていること。希望ヶ峰学園が酷いことになっていること。……その件に、私達が関わっているかもしれないこと」
その部分に関しては、記憶がポッカリと抜け落ちていると言うのはウサミからも話を聞いている。真実を知った所で、得る物など罪悪感と後悔位しかないだろう。それでも、彼女は知りたがっていた。佐藤の返事は。
「知ってどうするの?」
「どうするって……」
「引率の先生も言っていたでしょ? これは修学旅行の名前を借りた治療だって。真昼達は治療が必要な状態なの。どうして、自分から傷口を抉り返すような真似をするの?」
彼女の声には苛立ちが含まれていた。知った所で何の益にもならない情報を知ろうとする理由が分からないと。
「でも、私。自分が犯したかもしれないことを忘れて良いなんて思わないよ。写真家が足跡を蔑ろにして良い訳なんてない」
超高校級の写真家として一瞬を切り抜いて来た彼女だからこそ、過ぎ去って来た時をぞんざいに扱う訳が無かった。そんな彼女だからこそ、佐藤は目を見開いて大声を上げた。
「アレはアンタのせいじゃない!! 私達の……」
「私達の?」
感情のままに叫んでしまったことに気付いた佐藤は自らの失言に気付き、言葉に詰まっていた。……だが、黙ったままでやり過ごせるとは思っていなかったのか、少しずつ語り始めた。
「実はね。真昼が去った後、私も希望ヶ峰学園に入学したんだ。予備学科って所にね。碌でもない所よ」
「(第2の島で見た名前だ)」
佐藤の話によれば、予備学科は高い学費を取るだけで授業は通常の高校と何ら変わりない。目覚ましい成績を収めた者は本科へ編入される可能性もあるという謳い文句に釣られて多数の生徒が集まっていたという。
小泉は渋い顔をしていた。希望ヶ峰学園程の機関を運営していくなら当然多額の資金が必要だと言うことは理解できるが、その為に踏み台になっていた者達がいたというのには受け入れがたいことだった。
「でも、私はそれでもよかった。真昼の近くに居ることができて、アンタの才能を間近で見ていられるなら、養分でも全然かまわなかった」
「養分だなんて、そんな。佐藤ちゃんは友達だよ……」
だが、2人の間には才能と言う埋めがたい隔絶があった。ともすれば、2人の間にあったのは対等とは言い難い関係だった。
「これでも、結構マシな方なのよ? 自分は養分にしかなれないって諦めて、納得しているから。本当に苦しいのはさ、目の前にある希望を諦め切れない奴ら。自分もあんな風に輝いて、認められたいと思ったら地獄の始まり」
承認欲求。SNSで他者と簡単に繋がれる今、誰もが持ちうる欲求である。
崇拝対象の距離が近ければ近い程、自分が何者でもないことを強烈に自覚させられる環境が、思春期の少年少女の自尊心をどれだけ刺激し、踏み躙るかというのは想像に容易い。
「予備学科の子達の中に、本科へ編入できた子達はいたの?」
恐る恐る小泉が問うた。もしも、誰一人として行けなかったとしたら、予備学科の生徒達はあまりに救いが無い。目の前の煌びやかな世界を見せられるだけ見せつけられて、終わりだなんてあまりに惨い。
「私が知る限り2人。いや、正確には1人になったけれどね」
予備学科に在籍していた生徒の数は分からないが、それでもたったの1人。だが、1人。決して、可能性が0ではないと言うことが証明されてしまった。
「1人出ちゃったら、自分も行きたいって思う奴も出て来る物でさ。でも、上手くいく訳無いの。だって、私達は才能もない凡人でしかないんだから。こうなったら、憧れが反転するのは当然のことよね」
感情が反転することも決して珍しくはない。自分の好意や想いが報われないとなれば、憎悪に転じて事件へと発展したケースはあまりにも多いからだ。
ここに来て、小泉は第2の島で得た情報などが繋がって来た。本科の超高校級の才能を憎んだ彼らは、暴力などの手段を用いて彼らを排除しようとする傾向へと動いて行った……。
「じゃあ、やっぱり。今、私達を妨害している人達は予備学科の生徒達ってこと? でも、何の為に?」
もしも、復讐をしたいなら自分達を殺したりした方が話も早い。だが、彼らは回りくどく自分達に記憶を思い出させるという様な手法を取っている。
「殺したらそれで終わりだからね。アイツらがしたい復讐は殺害なんて方法じゃない。才能と世界に対する報復がしたいのよ」
あまりに抽象的だった。具体的な方法は思い浮かばないが、心中穏やかでは居られない響きがあった。
「何をするつもりなんだろう……」
「この修学旅行という名の治療を失敗させることだと思う。何をもって失敗というかは分からないけれどね。そもそも、何をもって完治したかって言うのも分からないしね」
これらを聞きたければ、ウサミから話を聞くしかない。ただ、この修学旅行を失敗させない為の方法と言うのは直ぐにでも思い浮かんだ。
「それならさ、こんなRPGみたいにあっち行ってボス倒して……。みたいなことせずにさ。楽しいことだけして……」
が、それが空想でしかないことも直ぐに理解できた。そもそも、初期の方で同じ様なアイデアは浮かんでいたが、知ってしまった以上。何も知らないままでいることが出来ないなんてことも十分に理解できた。
「知った上で、どう向き合うか。……真昼にはね、私達のことなんて乗り越えて。未来に向かって進んで欲しいの。だって、アンタは私の希望なんだから」
「そんな言い方止めてよ。佐藤ちゃんも一緒に来てよ。菜摘ちゃんも交えた3人でさ。あの頃みたいにはいかないと思うけれど、外の世界がどんなことになっていても力を合わせて行こうよ」
超高校級の写真家として手の届かない場所に行ってしまったと思っていた彼女は、今でも佐藤の友達でいてくれた。
彼女の願いに対して、ほんのわずかに憂いを帯びた表情を見せたが、取り繕う様に微笑みを浮かべながら言った。
「うん。叶うと良いよね」
期待に応える。というには、あまりに他人行儀な距離の空き方に小泉は不安を覚えていた。