「ねぇ、十神君。発信機とかは取り壊されたけれど、どうやって小泉君を見つけるんだい?」
あまり機械に詳しくない花村が尋ねた。発信機を用いて小泉の監禁場所を特定しようとする狙いは分かるのだが、相手も察していたのか取り付けた多数の発信機が潰されていた。
「GPS発見器はGPSが発している電波を見つけて、特定するんだ。だが、こっちはそうもいかない」
十神が取り出したのは小さい箱の様な機器だった。他の者達は事情が分からず首を傾げていたので、代わりに左右田が答えた。
「こっちは『GPSロガー』って言ってよ。リアルタイムに電波は発しないんだけれど、一定時間ごとに位置情報を記録してくれるんだよ。だから、佐藤って奴が辿ったルートが分かるんだ」
一定時間ごとに記録された情報が送られてくる。モノウサにインストールして貰った第3の島の地図上にマッピングされて行く点は、やがて一つのポイントに止まって動かなくなった。
「おい、ここって……」
九頭龍がPC画面に記された場所を指差していた。ここにいる者達も一度は足を運んだ場所であった。
「映画館だね。でも、潜伏場所としては不思議じゃない。あの映画を見た直後にやって来たことを考えれば、近くに居たって考える方が自然だからね」
狛枝の推測に一部の者達が頷いた。あの時の乱入は幾ら何でもタイミングが良過ぎた。
「でもよ、あの建物にそんなスペースあったか? 俺達だって調査はしただろ?」
皆が昏睡した後、調査の為に足を運んだ左右田達だったが、あの時は何も怪しい物は見つからなかった。
「だとしたら、余程複雑な場所に隠れているのかもしれん。直ぐに向かったとしても、相手を逃がしてしまうかもしれんな……」
十神が眉を顰めた。映画館と言う概ねの場所は分かったとしても、確実に探り当てる事が出来なければ場所を変えるかもしれない。
そうなれば、今回の様なロガーを用いた追跡方法も警戒して、いよいよ相手は姿を現さなくなるかもしれない。
「おい! モノウサ! お前、なんとかできねーのかよ!」
「君ら、この島に来てから僕のことを酷使し過ぎじゃない? まぁ、出来なくはないんっすけれど」
「有能」
西園寺にベシベシと叩かれていたモノウサに注目が集まり、七海が短く賞賛の声を掛けていた。
「ほら、オマエらが持っている生徒手帳あるじゃないっすか。近距離なら探知できるんで、映画館まで絞って貰えたら何とか行けると思うよ」
「うひょー! 流石、モノウサちゃんっす!! じゃあ、今から全員で向かうっすか!?」
テンション爆上がりの澪田がやる気満々な様子を見せていた所、日向が彼女を手で制していた。
「止めておいた方が良い。もしも、何かがあった時。今度は誰かが人質にされるかもしれない。……行くとしたら、辺古山や弐大みたいなある程度、立ち回れる奴にしよう」
辺古山は背中のスケボーを弄っていた。準備万端であるらしい。
だが、今回。ヌケーターとしての参加者は彼女だけだ。これには弐大も思うことがあったらしい。
「日向。前回はお前さん達のお陰で何とかなったが、流石に今回はきつすぎんか?」
「分かっている。十神、花村、俺達もモノウサの治療を受けるべきだ。万全の体制で挑みたい」
「ここまで筋道を立てれば、俺も治療を受けて大丈夫だろう。早く、ことを終わらせていつもの自分に戻りたいと思っていた」
「正直、僕も似たような感じ。なんていうか、頭がさえているから考えなくていいことを考えちゃうしさ」
どうやら3人も治療を受けて、万全の状態に戻るつもりであるらしい。代償として、また言葉が喋れなくなるかもしれないが、今の状況を切り抜ける為には仕方がない。と、皆が考えている中。1人、顔を歪めている者が居た。
「蜜柑ちゃん。創ちゃんと、もう少しお話しなくて大丈夫っすか?」
「話したら、増々惜しくなっちゃうので。必要なことですもんね。分かっていますよ。いつもみたいに我慢すれば良いだけですから」
澪田が心配して声を掛けたが、罪木は言うことだけを言ってモーテルの自室に戻って行った。……場に何とも言えない沈黙が漂う中、モノウサが喜色を浮かべながら、日向に声を掛けた。
「追っかけなくていいの?」
「分かって、聞いているだろ」
「まぁね。はい、お薬。飲む前に水を持って、トイレに籠ってね」
モノウサから渡された薬を飲んだ3人は、即座にモーテル内の自室に戻って、冷蔵庫から取り出したペットボトルと一緒にトイレに籠った。
腹痛はないが、途轍もない程の便意に襲われた。ゴロゴロと腹が鳴り、まるで臓器が零れ落ちて行くかのようだった。
「……日向さん?」
朦朧とする意識を繋ぎ止める様に水を飲んでいると、不意に罪木の声が聞こえて来た。扉越しに彼女が居るのだろうが、返事をする余裕がない。
「お”ぉ」
「ひゃあ、すいません。大変な時に。で、でも。最後まで少し話したくて」
果たして、現在が話すのに適している状況かは兎も角。弁が出て来ない代わりに大量の便を吐き出している日向からは、言葉すらも流れ落ちている様だった。
「この島に来てから、日向さんと色々と話せたこと。本当に楽しかったです。初めて会った時は、何も話さないから都合がいい位に思っていたんですけれど。本当は優しくて良い人なんだなって。私、誰かにそんな風に接して貰えたのが初めてで」
超高校級の才能を持ちながらも不当な扱いを受けて来た彼女に、真っ当に対等に接して貰えたことが嬉しかった。彼女にとって『普通』という物はあまりに尊く、得難い物だった。
返す言葉を考えようにも押し寄せる便意によって流されて行き、便が流されて行くばかりだ。
「元に戻ったら、さっきまで話していたことも忘れちゃうかもしれませんけれど、それでも。私、日向さんと会えて良かったと思っています」
ようやく便意も引いて来た。それは同時に、自分が元に戻り掛けていることを意味している。
猛烈にスケ―トをしたい衝動が沸き上がり、他の思考が塗り潰されて行く中、1つだけ残った言葉を紡いでいた。
「……ありがとうな」
「え?」
ジャーと水の流れる音が聞こえた。トイレから出て来た彼の腕には、何時の間にかスケートボードが抱えられていた。
「日向さん?」
今、なんて? と聞き返そうとしたが、日向は一度だけ罪木を見て頷くと、モーテルの外に出た。既に元の体型に戻った十神と不愛想になった花村がスケボーを抱えて待機していた。
「頼もしいというか、空恐ろしいと言うべきか」
彼らに同行するつもりの弐大の腕にはカメラの様な機材が握られていた。恐らく、現場の状況を伝える為の装置だろう。
辺古山も含めた4人のヌケーターと弐大は映画館へと向かった。次は一体、何の記憶を得るのだろうか? いずれにせよ、ロクでもない予感しかしなかった。