「話を整理すると、私達を保護する為にやって来たけれど雰囲気がヤバそうだから、私利私欲に走って友人だけでも助けようとしたってことだね!」
モノウサが満面の笑顔で、この第3の島における佐藤の行動をまとめていた。
身も蓋も無いが、これ以上ない位に分かりやすい行動理由であったが、当の本人は悪びれた様子もなかった。
「何が悪いの?」
「お前の頭」
加えて、西園寺との仲は険悪その物であり、かつて敵対していたハズの菜摘が佐藤を押さえに入り、小泉が西園寺を宥めるという構図になっていた。
自分達の記憶に関する手掛かりも入り、外部の協力者も得たとなれば収穫としては上々だ。
「クソ映画を見せられたり、性格が豹変したり、誘拐されたりと大変だった……」
「皆。二度とこの島には足を運ばない様にしよう!」
左右田が苦虫を嚙み潰したような表情をし、モノウサの朗らかな声には隠しきれぬ怒りが滲み出ていた。
「そうだよ」
「七海さん。まだ、治していなかったんですか?」
「多少はね?」
この島から出ようとする雰囲気が漂う中、未だに七海の喋り方が戻っていない所を見るに、彼女も事件が解決するまでは治療を控えていたのだろう。そんな彼女を見て、狛枝は考え込んでいた。
「結局、僕らに起きた症状は何だったんだろう?」
「俺達だけ感染しなかったとかだろ? それに、映画館で例の飲食物をあまり口にしなかったこともあるしな」
左右田が言う様に。偶々、感染を逃れた。というだけでも別に納得することは出来る。
ただ、皆が一様に発症している中で自分達だけが終始無事で居られたのがどうしても気になった。
「僕達も虫下しを持って帰ろう。ひょっとして、気付かない所で何かが起きているかもしれないし、発症のタイミングがずれているだけかもしれないしね」
「なんか、そう言われたら心配になって来たな……」
元よりビビりな左右田は可能性が提示された段階で無視することが出来なくなっていた。モノウサから薬を受け取った後、全員で島の入り口へと戻ると、例の障壁は消えていた。
長く続く橋を渡り、中央の島へと戻って来ると、全身が煤塗れになったウサミが手を振っていた。
「ミナサン! 無事だったんでちゅね! ……そっちの子は?」
「待って。ウサミ先生! 佐藤ちゃんは私の友達なの」
モノケモノのボディを使っていることから、ウサミが臨戦態勢を取っていたが、直ぐに小泉が庇った。加えて、事情を説明もしたが。
「……ふむ、なるほど。ちょっと話が聞きたいから、佐藤サンを借りて行きまちゅ。ミナサンはゆっくり休んで下さい」
一足先にコテージの方へと向かうウサミを見送った後、一同もまた自分達のコテージへと戻って行った。
だが、一部の連中。スケーター達も疲弊しているハズだというのに、特に気にすることも無くスケボーに興じていた。やはり、健康と平和を噛み締めた上で興じることが尊い。
「皆、元気っすねー」
「ですよね」
澪田と罪木も、流石に今回ばかりは参加する気は無いらしい。だが、部屋で1人で居た所で休まる気もしなかったので、彼女達はスケーター達の奔放さを眺めておくことにした。
特段、異常が絡まなければ普通にスケボーをしているだけだが、まるで世界の理が彼女らに普通を許さないかのように、スケートボードだけが先行して本体が置いて行かれたり、壁に突き刺さったりしている中。案の定、日向も高く打ち上げられていた。
「おぉー。よく飛んでいるっすねー」
「でも、何処に向っているんでしょうか?」
もはや、澪田も罪木も驚くことはない。どうせ、少ししたら帰って来るだろうという共通認識が既に出来上がっていた。さて、そんな彼が何処に飛んだかと言えば……。
~~
「佐藤サン。貴方はどうやってここに来たんでちゅか? 外部の人間が、ここに来れるはずがないんでちゅ」
「外部の人間ならね。……アンタも知っているでしょ? この更生プログラムに使われている代物には元になった物があること」
心当たりがあるのか、ウサミが言葉に詰まっていた。皆には修学旅行として連れて来たと言うことで通しているが、第3の島で起きたトラブルは更生プログラムにも深く関わっていることだった。
「もしや、最初から中に居たんでちゅか?」
「私だけじゃないと思うけれどね。そもそも、希望更生プログラムとか言っているけれど。今までの人格と記憶を都合がいい時点まで巻き戻すなんて、やっていることは洗脳じゃん」
「それしか方法が無いんでちゅ。カウンセラーとかでどうにか出来るレベルじゃない位に、彼らの中身はズタズタに壊されているんでちゅ」
「壊したのはアンタらの癖に」
佐藤の瞳孔が引き絞られ、さながら蛇の様な鋭い物になっていた。ウサミが耐えきれず、視線を逸らした所でアンテナが生えているのに気付いた。
「ン?」
よく見れば、アンテナなんて無機質な物じゃない。壁から生えているのは髪だった。佐藤も気づいたらしく、窓を開けた。
壁際にはひっくり返ったスケートボードに頭部が壁に突き刺さっている日向の姿。首から下の部分が脱出を試みているのか、ガタガタガタガタと非常に不気味な挙動を起こしていた。
「何してんのよ……」
佐藤が日向の体を引き抜くと、ズポっと抜けた。不思議なことに壁には穴も何も空いていなかった。一方、ウサミは渋い顔をしていた。
「あの、日向サン。今の話、聞いていまちた?」
かなり重要な話をしていた。下手をすれば、今後の活動に支障をきたすレベルの物であったが、彼は普通に頷いていた。ただ、その後に首を傾げたので意味は分かって無さそうだった。
「知らないなら、知らないままでいいんでちゅ。先生は佐藤サンとまだお話がありまちゅから」
ウサミがパタパタと慌てて建物の中に戻って行き、佐藤も続くかと思いきや日向の方を見た。今まで毅然としていた彼女だが、震える声で問うた。
「アンタ。私のこと、恨んでいる?」
以前、2人に何があったのか。今となっては、佐藤しか知らない事であるはずだが、スゥっと日向が瞳を閉じて再び開いた時。彼の瞳は真っ赤に染まっていた。
「別に恨んでいないそうですよ」
「……ごめん」
絞る様に吐き出した後、彼女は逃げるようにして建物の中に戻って行った。
日向の瞳の色は元へと戻っており、彼はスケボーに乗るとホテル前を目指して、滑り始めた。
~~
色々とあった。第3の島ではマトモに動ける者が少なかった上、クソみたいな映画を見せられ、慣れていない環境で寝泊まりして疲弊していたにも関わらず、電気街の物品を見て張り切り過ぎた故、左右田は疲れ果てていた。
今日はいつもみたいに夜更かしや徘徊などもしないでぐっすりと寝よう。いつもより、かなり早い時間にベッドに入ったが、人間は不思議な物で疲れすぎていると逆に眠れなくなるのだ。
「ウー……」
意識が休まらず、かと言って覚醒しきっている状態でもないまま左右田はフラフラとしていた。いわゆる、夢遊病にも近しい症状であったが、生憎止める物はいなかった。
まだ、明かりがついているコテージもある中、左右田は何処かに向っている。相変わらず罪木が寝ているベッドが宙に浮いていたり、小泉のコテージを覗き込んでいる佐藤が居たりと無法の限りが繰り広げられている中、不意に左右田は自らの体が軽くなった気がした。
「あー」
寝ぼけた頭で動かす体は鉛のように重い筈なのだが、まるで風が自分を何処かに運んでくれている様な気がした。
きっと、今の自分は空を飛んでいるんだと思っていたが、軽くなった挙動が思考スペースに余裕を作ってくれたのか急激に意識が浮上して来た。
「……あ?」
見れば隣には何故か十神が居る。花村もいる。何故、自分がスケーター達に囲まれているのだろうか、夢遊病を保護してくれたのだろうかとボンヤリした頭で考えながら、足元を見る―――スケートボードがあった。
「うわ!?」
慌てて飛び退いたが、慣性の関係から数歩ほど進んで、その場でこけた。しかし、不思議なことに痛くも何ともなかった。
花村と十神から手を差し伸べられていた。失敗は誰にでもあることだ。気にするなよと言わんばかりの優しさが、まるで自分まで異形入りを果たしてしまったような気がした。
「うわぁああああああああああああ!!!」
左右田はかつてない程の悲鳴を上げて、コテージの方へと戻って行く。すると、何故かコテージ前には狛枝の姿があった。
「左右田クン。そんなに慌ててどうかしたの?」
「あっ、いや。その。……お前、昼間に言っていた変な症状とか、何か無かったか? こう、スケボーに乗りたくなるみたいな……」
「アハハハ。奇遇だね。僕も聞きに来たんだけれど、左右田クンはスケートが好きだったことを思い出していたのかもね」
「暢気に笑ってんじゃねぇ!? お前は何も無いみたいだし、超高校級の幸運って奴が発動していたのかもな」
だが、スケーター特有の症状が狛枝には見られなかった所を見るに、本当に彼だけは何も無かったのだろう。そんな風に左右田は考えていたが、ふと狛枝は笑いを引っ込めていた。
「そうだね。超高校級の幸運、なのかもね。差し引きが0になる様な……」
「な、なんかあったのか?」
「ちょっとね。なんか、左腕に違和感をね」
自分の症例よりも現実的であるが故に逆に心配になった。狛枝自身はプラプラと左腕を振ったり、左手の開閉運動をしたりと問題なく使えている様には見えるのだが。
「明日、罪木やモノウサ達に相談してみるか?」
「そうするよ。ごめんね、寝る前にお邪魔しちゃって」
「良いんだよ。気にしないでくれ。むしろ、俺もあんなことが起きた手前、話せてよかったわ。じゃあ、お休み」
コテージへと戻った左右田は電気を切り……周囲にスケートボードが無いことを確認した後、ようやく眠りに落ちた。