先日に引き続き、左右田は悪夢にうなされていた。現実では二度と見るつもりもないイルブリードの再上映会が行われていたからだ。
しかも、映像としてではなく自身がアトラクションへと挑戦していく没入型スタイルであった。
「(もう、いいだろ!!)」
今も自身が記憶を失い、それが罪悪に塗れた物かもしれないという不安に駆られている中で、どうしてこんな物にチャレンジしなければならないのだろう。
こういう時に見る夢と言うのは、自分が平和だった頃の物とかじゃないのか。そんな自分の半生を塗り潰す程に、あの映画は強烈だったのか。……だとしたら、映画としては大成功と言う外ないが。
「くそぉおおおおおお!」
悲しいことに、これが夢であると言うことを自覚できない左右田は果敢にもアトラクションにチャレンジしていた。
映画を見て概ねを知っている。とは言え、実際に自分が挑戦するのとは訳が違う。襲い掛かる容赦のない殺人トラップ。徘徊する復讐親父。いずれも左右田を疲弊させるには十分すぎる物だった。
「(ひょっとして、これが俺への罰なのか)」
まだ、思い出せない記憶の中に眠る罪業が、彼をこんな場所に導いたのかもしれないが、それならもう少し格式あるステージに導いて欲しかった。
心身ともに疲れ果て、アトラクション内で進むことも戻ることも出来なくった頃、カラカラと音が聞こえた。そして、彼の体にぶつかってカタンと止まった。
「あ……」
この島に来てから幾度も見て来た道具。様々な奇跡と怪奇現象を起こし続け、自分達を導いて来た――スケートボードであった。
「……」
手にすれば自分も怪奇現象側の人間になるだろうが、この苦しみから抜け出せるのであれば安い代償と思えた。
左右田は常識的であるが故に、決して強い人間ではなかった。1回だけ……身を亡ぼす常套句が脳裏をよぎり、彼はスケートボードを手に取った。
「お」
短い言葉が口から出た瞬間、世界の全てに対して極度に関心が無くなった。
自分を虐め殺そうとするトラップも襲い掛かって来る脅威も酷く下らない物に思えた。今、自分の世界はスケートボードとセクションだけだ。
廃ホテルのボロボロの床をウィールが舐め上げて行く。いかなる殺意も悪意も彼を捉えることは出来ずに、奥へ奥へと進んだ先。息子を焼殺された怒りに震える、バンブローが火炎放射器を構えていた。
「ジミーッ! ぎゅらジミーッ!! ジミーを返せーッ!!!」
火事に巻き込まれた為か、バンブローの頭部は焼け爛れていた。正気を失しているのか、会話をする気もない叫びをあげていた。
野球好きの息子との練習を楽しみにしていた男が、一夜にして全てを奪われた。今の彼には、復讐しか残っていなかった。
キャンプグッズを改造して作られた火炎放射器の引き金を引く、あの日。全てを呑み込んだ炎が左右田に降りかかった。
だが、炎は彼を焼き尽くすことは無かった。ここに来てトリックらしいトリックも無く、スケートボードで仰いで炎を返すという原始的な方法で対抗していた。
「じ、ジミーッ!!」
その姿を見たバンブローの脳内に溢れたのは、かつての美しい思い出だった。
守備や走塁練習を嫌がる息子に対して、ご褒美のようにして設けた打撃練習。どんな投球に対しても全力でスイングする姿に、未来のアーチストになることを信じて疑わなかった。
そんな愛息子が、彼へと乗り移り自分の中で燃える憎悪の炎を場外ホームランしている様に思えたのだ。
「ジミーッ!!」
燃料が尽きるまで火炎放射を打ち続けたが、全てが振り払われていた。
本編では彼の哀しみと怒りは暴力で返されていたが、左右田は膝を着いた彼にそっとスケートボードを差し出していた。
~~
「意味分かんねーよ!!!」
あまりの超展開に左右田も叫びながら、目を覚ましていた。昨晩、あんな夢遊病をかましてしまった余韻かもしれない。
ホテルに行くといつも通り、花村による美味なビュッフェが用意されていた。第3の島に居た頃の病人食とは比べるべくもない味に、左右田は今朝見た悪夢も忘れて行った。
「ミナサン! おはようございます!!」
皆が朝食を終え、ひと段落着いた頃。ウサミが姿を現した。隣にはモノケモノの下半身を取り払い、人間状態に戻った佐藤の姿があった。
「これから、佐藤サンも一緒に行動することになりまちた。仲良くして上げて下さい!」
歓迎する者、戸惑う者、興味が無い者、不服そうにしている者など。様々にいたが、佐藤はズンズンと小泉の所にまで近付いて来た。
「真昼。また、よろしくね」
「うん。よろしくね」
「集団行動するなら協調性を身に着けて欲しいんですけれど―!」
小泉の隣にいた西園寺から非難の声が上がった。彼女達が姦しくしている傍ら、九頭龍がウサミに詰め寄っていた。
「ここに来たってことは、例の記憶に関係することか? まだ、島は二つも残っているもんな」
「……ハイ。出来るだけ、ミナサンに嘘を吐きたくないので言いまちゅ。4つ目の島に異変が起きてまちゅ」
「え? 昨日、帰って来たばかりなのに?」
元に戻った七海の喋り方に、多少の違和感を覚えてしまった者もいたが、彼女の主張は皆も頷く所だった。
「実際に動いていたのは創ちゃん達っすけどー! 澪田達も直ぐには動けないって言うか……」
「そこーでー! 朗報でーーっす!!」
「あら、モノウサさん。おはようございます。朗報とは?」
ビヨヨ~ン。と、間の抜けたSEとともに現れたのはモノウサだった。佐藤やウサミから怪訝な目で見られつつも、先の島においては多大な活躍をしていた為、ソニアを始めとした概ねの生徒からは好感触だった。
「実は、第4の島はテーマパークなのです! 超高校級の演出家やデザイナー達を大量投入して実験的に作り上げた施設! 将来的には、このジャバウォック島の目玉にもなる予定だったんだよ!」
南の島に設置されたテーマパーク。エキゾチックな雰囲気や非日常感もあって、期待はされていたのだろうか。
「どうせ行った所で、閉じ込められて訳の分からないハプニングに巻き込まれるだけですよ……」
折角、モノウサが頑張った宣伝を台無しにする罪木のネガティブ発言だった。ただ、こんなに色々と酷い目に遭って来たのに期待できる訳無いだろうと。
「今回も我らを食らう魔界が展開されているやもしれんな。向かった所で、封印され、兵糧攻めを食らい、理不尽に曝されるともなれば、急ぐ理由もあるまい」
田中の仰々しい物言いは誰もが想像していることである。今まで、似たような展開が2度もぶつけられているんだから、今回もそうだろうと。
「だけど、例の如く僕達に関係する記憶とか諸々があるんだろうね。今の時点でも、分かっていることは多いけれど」
狛枝も言う通り、ここまで入手して来た情報の断片を繋げるだけでも自分達が犯して来た罪や外の状況と言うのは想像が出来た。これ以上、何を知りたいというのだろうか?
「俺達をこんな状況に陥れた奴らが誰なのかを知らねーとな。この島に残るにせよ、生殺与奪が握られている状況なのは気に食わねぇ」
「お兄ちゃんが言うことには賛成。誰が、何の為にこんなことをしているのかは、私も知りたいしね」
九頭龍に便乗して菜摘も頷いていた。実際、今の自分達の生活が何時まで続けられるかという恐怖もある。ある日を境に突然食料やインフラを奪われる可能性だって無きにしも非ずだからだ。
彼らの意見もあり、行く。という方向が固まって来ている中、モノウサはウサミをバシバシと叩いていた。
「じゃあ、今回も防衛よろしくね。ぶひゃひゃ!!」
「なんか、あちしよりも慕われているからって調子に乗っていないでちゅか?」
実際、皆の帰り道を確保したり諸々の世話をしているウサミであるが、モノウサと違って自身の活躍が皆に周知されていない為か、評価が逆転している節はあった。
昨日の今日で疲れが抜けていない面々もいたが、身支度を済ませて中央の島へと集合していた。目指すは第4の島だ。
「モノウサ。先日、活躍したからって調子に乗っちゃ駄目でちゅよ? ミナサンも気を付けて下さいね」
「おー、分かってる、分かってる」
終里のアテになるんだからならないんだかと言う同意を聞いた後、一同は第4の島へと繋がる大橋を進んで行く。普段は無言であるが、今回に限ってはモノウサが饒舌であった。
「このテーマパークはね。希望ヶ峰および、この国の目玉になる予定なんだよ。千葉とか大阪にある、アイツラも目じゃない位にね!」
「東京ジョイポリスは?」
「急にリアルな名前出して来るじゃん」
七海が述べた施設の名前は分からないが、多分検索すれば出て来るタイプなのだろう。いずれにせよ、モノウサは上機嫌であった。あまりに機嫌が良かったので、左右田が尋ねた。
「なんで、お前。そんなに嬉しそうなんだ? 何か、関わっているのか?」
「ふふふ、流石左右田クン。そうだよ。何と言っても、テーマパーク内のマスコットは僕が務めるのです!! これはもう、世界に躍進の時だよね!」
そんな暢気なことを言ってられる時勢なのかと言うことは気になったが、彼が上機嫌である理由は分かった。自分がメインキャラクターを務めているともなれば、テンションも上がるだろう。
言動とかは兎も角として、モノウサの見た目は可愛らしい物になっている。今はゴスロリ服を着たウサギみたいなキャラになっているが、元は白と黒ツートンカラーのクマと言う、マスコットらしい見た目はしていたのだ。
「本当ならコロシアイとかで使って、皆を閉じ込めたりする予定だったけれど、出来ないなら通常のマスコットとして案内してあげるから安心しろよ~。テーマパークだから、今までの施設と違って泊る所も食事もちゃ~んとあるんだ!」
「今、お前さん。聞き逃せないことを言ってなかったか?」
弐大の言うことは無視され、橋を渡り切った後。今までのように障壁が立ち上がった。ただ、モノウサとしては一刻も早くテーマパークの様子を見たいらしく、歩を早めて……ピタリと止まった。
彼らが辿り着いた先にはテーマパークらしく大きな城が建っていた。ただ、ポップな物ではなく、おどろおどろしい雰囲気が立ち込めていた。正面のゲートは血の様な赤錆が浮いており、無機質な機械音声が流れた。
『ウェルカム。イルブリード……』
ドン。と、城壁の一部が剥がれると『ILLBLEED』という文字が出現した。確かに夢のテーマパークではあった。悪夢と言う名の。
あまりの演出に生徒達も絶句し、モノウサはかつて見たことも無い程に顔面のパーツを歪ませていた。