イルブリード内には6つのアトラクションシアターが存在している。ゾンビ達が雪崩れ込んで来るまでの間に、短時間で適性などを鑑みて割り振れたのは超高校級のゲーマー、七海千秋が居たからこそだった。
花村、田中、ソニアの3人がやって来たのは『シネパニック』と言うステージだった。映画名は『THE REVENGE OF QUEEN WORM』。邦訳すると『女王ミミズの復讐』と言った所だろう。
「これか」
入場して直ぐの場所に、このアトラクションの概要が載ったパンフレットと『ホラーモニター』という名の奇妙なゴーグルが置かれていた。
七海が言うには、これがあればイルブリードの攻略も楽になるそうだが『田中君達のアトラクションには必要ないけれど、花村君にだけは絶対に渡さないで』と言われていた。試しに田中は装着してみたが、視野が狭くなるだけで何もなかった。
「キャンプ・デビッドで起きた悲惨な事件。行楽客は全員死亡し、辺りは血の海に。何が起きたのか、原因が分からないまま96時間が過ぎた……。これはパニックホラーの類ですね」
ムハー。と、ソニアが鼻息を荒くしていた。イルブリードと言うゲーム自体はお気に召さないにしても、ホラー映画自体は嫌いではないらしい。
むしろ、そう言った物が好きだからこそ。茶化して来るイルブリが肌に合わないのかもしれない。
「流石に仔細を聞いている時間は無かったが、ザックリ言うと。このアトラクションは巨大ミミズが脅威として立ちはだかるそうだな」
「ホラー映画をネタバレありきで見るのは行儀が悪いとは思いますが、映画やゲームの話じゃないですからね……」
これが他人事ならば楽しめるかもしれないが、自分達は当事者である。映画の様に雑に命を消耗させられては堪らない。故に、先で何が起きるかを知っておく必要があった。
2人が話している間、花村は頻りに周囲を警戒していた。既に、アトラクションはスタートしており、何処に脅威が潜んでいるかは分からない。
「ヂヂヂッ!!」
ふと、田中のストールから鳴き声が聞こえて来た。彼が使役する4匹の魔獣、破壊神暗黒四天王だ。4匹のハムスターが一斉に鳴き出したことに加え、超高校級の飼育委員である田中は、気配を感じ取っていた。
「そこにいるのは分かっている」
いつもの様な大仰で威嚇するような声ではない。まるで、包み込むような。子をあやす親の様に慈しみに満ちていた。彼の声に惹かれて現れたのは、花村ほどの身長しかない猿……の様な生物だった。
「オォー。オホホッ。オッオッ」
猿と言うには可愛げは一切ない。垂れた目に、凶悪な牙の端からは涎が垂れている。そして、ランニングシャツとキャップを装着した中途半端に人間っぽい姿が、醜悪な中年を彷彿とさせた。
偏見を持つことはよくない。と、ソニアは思っていたが内から沸き上がる生理的嫌悪感は止められなかった。彼女は半歩下がったが、田中は猿もどきから視線を逸らしながら、言葉を続けた。
「お前達が『モンキラー』か。通してくれ。俺はお前達と敵対する気は無い。先に行かせて欲しい」
相手に遜ることはせず、暴力で脅すような真似もしない。あくまで個体として真摯に向き合う姿に、ソニアは超高校級の飼育委員と言う肩書の意味を知った。
こっそりとパンフレットを読めば『モンキラー』は高い知能を持っているが、凶暴で女好きな猿である。という、誹謗中傷みたいな紹介が書かれていた。
「オッ(な、何だこの兄ちゃん。なんて、セクシーなんだ……)」
モンキラーは非常に高い知能を持っている。言葉こそ喋れないが、人間レベルの思考も可能だった。
アトラクションの参加者からホラーモニターを奪う様に教育されており、露出を上げると透けて見える。と言うことまで教え込まれていた。女性の裸で興奮する性癖を持つ害獣であるが、彼は田中から目を離せずにいた。
「このお猿さん、凄くやらしい視線をしていますね……」
横にいるメスが何か言っている。数々の動物と向き合い、好かれ、懐かれて来た田中の全身から溢れるフェロモンはモンキラーの脳髄を叩きまくっていた。
運命の相手と言うことすら生温い程の激しい恋愛感情が沸き上がる。キーッ!!! と周囲から次々と鳴き声が上がった。
「え、威嚇ですか?」
「いや、違うな。この鳴き声の感覚や方法から……発情しているな」
「ウーッ! エ”エ”ェーィ!!(やらせろ!)」
周囲から次々とモンキラーが現れ、ソニアを一切無視して田中に殺到したが、忽然と彼は姿を消した。
「ウクーッ!!(見ろ!!)」
モンキラーの内の1匹が指差した先。そこには、花村にお姫様抱っこされている田中の姿があった。彼は挑発する様にして、スケボーのテールを数度叩いて奥地へと走り去って行く。
背格好が似ていたこともあったのか、花村もまた生存競争を掛けて戦うべき相手だと認識したモンキラー達は一斉に追いかけ始めた。
すると、どうだろうか。地面が激しく揺れて、地中から巨大なミミズがせり上がって来た。果たしてミミズと呼んでも良いか分からない怪物が威嚇をしたが、性欲に駆られた大量の猿が止まる訳が無かった。
「ケーーーーッ!(なめるなっ。メスミミズ!!)」
ドカドカと揺らされて不機嫌な巨大ミミズがモンキラー達に噛みついたり、吹っ飛ばしたりしていたが、彼らはとてもタフだった。
立ち上がり、田中達が消えた方向に向かって脇目も降らずに走って行く。ただ、こいつらが走り続ける限り、巨大ミミズは延々と不快感を刺激される為か意図せずして全員が同じ方向に向かって進んで行くことになった。
「みなさーん! 待ってくださーい!!」
全員から放置プレイを食らってソニアが、イルブリード内一安全となったデイビッド・キャンプをポスポスと走っていた。現在、田中争奪レースの最下位である。
~~
「なんじゃあっ」
元・キャンプ場の主であるデイビッドおじさん(亡霊)は、敷地内で起きているスケボーチェイスを見て驚愕していた。
本アトラクションのメインを務めるのは、愛娘のレイチェルであるはずだが、ステージを賑わせていたのは、大量のモンキラーと花婿を連れて颯爽と奥地へと進んで行く恋多きヌケーターシェフだった。
自身のテリトリーを荒らされたレイチェルが追い付いては、性欲に駆られたモンキラー共を容赦なくぶっ飛ばしていく。
普段はちょっと殴られたり、火炎放射器であぶられた位で音を上げるクソザコナメクジ共だというに、今日だけは異常にしぶとかった。
そして、最後尾で頑張って付いて行くソニアだけが丁寧に、このアトラクションの世界観に浸っていた。
「許せません。ドロント社!!」
「ちょい、お嬢ちゃん」
このまま行ったら自分達の出番が無くなることを危惧したのか、彼はちゃんと事情を把握しようとしているソニアに語り掛けた。
声のした方を振り向いたソニアの視界に映ったのは、青白い首だけのデイビッドおじいさんだった。ここに来て、ようやくホラー要素である。
「キャーッ!!」
「これじゃよ。最近の若い奴らはホラー要素をねじ伏せて、ドヤ顔をするイキリばっかりで困る。抵抗のしようがない理不尽に正気を揺さぶられるのが大事なんじゃなって」
延々と独り言を呟く姿は怖いというよりも不気味だった。ただ、ここにたどり着くまでに世界観をしっかりと履修していたソニアは察した。
「貴方が、デイビッドさんですね!」
「そうじゃ。君にお願いがある。表で暴れている、巨大ミミズ。レイチェルを……殺して欲しい!!」
「そんな。貴方に取って、娘にも等しい存在でしょう!?」
かつて、このキャンプはミミズの養殖場だった。主であるデイビッドは繁殖用に飼った1匹のミミズに『レイチェル』という名前を付けて娘の様に可愛がった。
しかし、ある日。彼は娘をガソリンの中へと落としてしまう。てっきり、そのまま死ぬかと思っていたがレイチェルの身体には異変が起き、体は巨大化、ボコスカ子供も産むので、デイビッドに多額の富をもたらした。
しかし、盛者必衰。ミミズブームが去り、一気に素寒貧になったデイビッドは落ち目の時にドロント社に付け入れられ、土地を取られてキャンプ場にされた。失意の内に彼は首を吊ったのだが……。
「だからじゃ、このまま娘が人殺しのモンスターになるのを見て居られん。どうか、引導を渡してくれ。そこに火炎放射器あるから」
亡霊になって心中RTAを決めようとしている爺さんの倫理観に疑問を持つところであったが、げに恐ろしきは場の空気。
よくよく思い返せば、娘が産んだ子供達を売り飛ばしたり、ガソリンに落としたりと本当に愛情をもって接していたのか疑問に思う所であるが、ソニアには余計なノイズとして切り捨てられ、死してなお娘を思うおじいさんと言う図だけが残っていた。
「分かりました! 私に出来ることならば!」
「頼んだぞ……!」
一体、何処に化け物と戦うだけの義理があるのかは不明だったが、場のノリだけで進んでいる彼女達も本質的には、表で田中の尻を追っかけているモンキラー共とそう変わりないのかもしれない。
火炎放射器を手にしたソニアが表に出た所で、場は更に混沌としていることを理解せざるを得なかった。
「シャァッツ!!(死ねーっ。銭ゲバの娘ーッ!)」
「グワァオオオオオ!!」
ホラーという体裁を投げ捨てて、ただのモンスターパニックとなったキャンプ場ではモンキラーと巨大ミミズ&子供達による怪獣大バトルが行われていた。
巨大ミミズ達がモンキラー達を呑み込んだり、締め落している傍ら、モンキラー達も負けじとミミズに噛みついたり、引っ掻いたり。頭の良い個体は火炎が有効であることを知っているのか、松明でどついたりもしていた。
「なんというケオスだ。まさに、ラグナロク……!」
最底辺の最終戦争を見せつけられている田中はひたすらに困惑していた。
どういう経路を使ったのかは分からないが、少し離れたガレージの屋根で、花村達は猿ミミズ合戦を鑑賞していた。
順当なステージ攻略ではなく、田中の魅力を用いたグリッチめいた攻略となったことを考えれば、七海の采配は最適だったという外ない。後は全滅するまで待っていればいいと言わんばかりに彼の肩を叩く花村であったが。
「いや、俺は行く。あそこにいる者達は本来、戦わなくても良かった者達のハズだ。そこに命があるなら、俺は浪費されることは見過ごせん」
自分達を害する為だけに配置されたエネミーにしか過ぎないというのに、田中は彼らを見捨てないと言った。超高校級の飼育委員たる使命感に花村も少し笑って、再び彼を抱えて激戦区へと赴いた。
「田中さん! 花村さん!」
丁度、火炎放射器を抱えたソニアとも合流した。モンキラーとレイチェル達の激戦により、死屍累々となったキャンプ場の中。一括が響いた。
「皆の者、戦いを止めなさい!」
言葉を持たぬ者達でさえ、平伏せざるを得ない程の威厳を含んだ号令を出したのは、超高校級の王女。ソニア・ネヴァーマインドである。
ピタリと皆が動きを止めた所に、花村を侍らせてやって来た田中は慈愛に満ちているようにも見えたし、自分達を惑わす悪魔のようにすら感じた。
「お前達が戦う理由は無い筈だ。だが、もしも俺が惑わしているとしたら、暫く付き従うがいい。この狂宴が終わるまで――」
シンと静まり返った後、一切にモンキラー達から猿叫が上がった。
また、田中のあまりに威風堂々とした姿に巨大ミミズのレイチェルはクタァとなっていた。心配した亡霊叔父さんが駆け寄って来た。
「どうしたんじゃい、レイチェル」
「ワシャヴァアァ(好きかも……)」
「なにっ」
死してなお、成仏できない程の衝撃的発言を聞いたが、むしろと思った。
音もなく青白い亡霊が近付いて来たモンだから、田中も飛び跳ねて驚いていたが、おじいさんは笑顔を浮かべて一言。
「娘を頼んだぞ」
「は?」
ソニアと違い、全く経緯を知らない田中は戸惑う外ないが、おじいさんは自己満足の果てに勝手に成仏した為、何も知らない彼は異形の数々を引き連れて、まるで凱旋のようにしてゴール地点へと足を運んでいた。
「ちょっと予定外のこともありましたけれど、楽しかったですよね!」
「……そうだな」
ソニアと花村は笑顔を浮かべているが、実際の所。田中はあまりに非常識な出来事が濁流の如く流れ込んでき為、情報を処理しきれずオーバーヒートを起こしかけていた。……そんで、後ろにはモンキラーとレイチェルを始めとした大量のミミズ達。彼らがゾンビと鉢合わせになるのはもう直ぐのことである。