田中達は順調に突破していたが、他のメンツまで快進撃と言う訳には行かなかった。アトラクション『ミネソタヘルシネマ』で公開されている『THE HOMERUN OF DEATH(死を呼ぶホームラン)』に突入した左右田は頭を抱えていた。
「左右田。お前さんの気持ちは分かる」
「オレ達のチームにはヌケーターが居ないからな」
ポンと弐大に肩を叩かれた。終里も言っているが、このチームにはヌケーターが居ない。
本来ならばフィジカル強者が2人もいる時点で安パイと言ったメンツのハズなのだが、この悪趣味を煮詰めた世界観に太刀打ちできる気がしなかった。ふと、七海の言っていたことを思い出した。
『左右田君は数少ない、イルブリを最後まで履修した人だからね。あの映画は攻略には向いていないけれど、物語の大筋を手堅くまとめた実写化における良作の範疇に収まる内容だったし、困ったときは映画を思い出せば何とかなると思う』
まさか、イルブリを心に秘めて危険に立ち向かう日が来るなんて思いもしなかった。ただ、映画を見せられ、夢の中でも苦しめられ、今度はアトラクションにチャレンジさせられる……。あまりに順調なステップアップだった。
映画の内容を知らない弐大はアトラクションの入り口に置かれていたパンフレットを手に取り、内容を確認していたが眉を顰めていた。
「酷い話じゃ。こんなことで息子さんを失った親父さんはやり切れんじゃろうて」
言っていることは全く正しいのだが、この世界観にそぐわない倫理観だった。
ミネソタ州の山岳に建てられたホテルのオーナー『ゲイル・バンブロー』は一人息子であるジミーとの野球を生き甲斐にしていた。そんな父親の期待に応えるが如く、息子もまた目覚ましい成績を納めていた。
だが、彼らの幸せはいともたやすく崩れ去る。ある日、若者の火遊びによってホテルは全焼し、ジミーは死亡。バンブローもまた瀕死の重傷を負ってしまう。全てを奪われた彼は火を付けた若者達を全員焼き殺し、今もなおホテルに訪れる若者達を焼き殺しているという。
「バンブローの怒りを納める為にもホテルの中に散らばっている、ジミーの遺品を集めろってよ。これで落ち着くのか?」
「いや、映画じゃ集めた所で普通に殺しに掛かっていたんだけれど」
終里は読み終わったパンフを弐大に渡していた。ホラー映画的には復讐者の最も親しかった存在の品を集めることで鎮魂を図るというのは、しっくりと来る描写ではある。
だが、左右田は知っている。これは感動系のホラー物ではなく、イルブリードなのだと。映画でもエリコ扮する江ノ島が品物を集めて来た所で普通に火炎放射器をぶっ放されていたことを。
「引くも地獄。進むも地獄と言った所か」
戻ればゾンビが溢れているし、進めば復讐鬼と化した親父が居る。そもそも、やって来た扉が固く閉ざされていた為、今更戻ることも出来ないのだが。意を決し、廃ホテルへと入場しようとした一同だが、左右田が制した。
「待て」
彼らが立ち止まった数瞬後。入り口に取り付けられていた看板が落ちた。もしも、そのまま進んでいたら手痛いダメージを受けていたことだろう。
左右田はゆっくりと記憶から引き出していく。あのイルブリードの映画はただ見せられただけではない。この第4の島を攻略する為の布石だったのだ。
映像内では10秒にも満たない時間で流されたが、ホテル内に潜む脅威を見つけ出す為の『ホラーモニター』もスクリーンで見た物と全く一緒の場所にあった。
「それが、七海の言っていた奴か?」
「そうだ。トラップを発見する為の装置で、コイツがあれば危険も回避できる。俺が付けさせて貰うぞ」
弐大の疑問に答えつつ、左右田はホラーモニターを装着した。
すると、ホテルの玄関に青白い靄の様な物が浮いていた。間違いなくトラップが存在している。建物内に侵入する前にピタリと止まると、床が突然開いた。穴は深く、ご丁寧に剣山まで設置されていた。
「マジでやる気ってことか」
終里の雰囲気もピリピリとした物になる。第2、第3の島とは違って今回の施設はあまりに殺意が高かった。トラップを回避してロビーに立ち入ると物悲し気な声が聞こえて来た。
『ジミー……。ジミー……。何処にいるんだー』
掠れた声が反響していた。このホテルで息子を探して徘徊する存在は1人しかいない。彼は今も現実を受け止め切れていないのだろう。
実際、彼は被害者だった。しかし、復讐を敢行した時点で加害者から殺人鬼へとなり果てた。
「考えれば、バンブローは俺達と似ているのかもな」
こんな物の何に感じ入る所があったのか、左右田がポツリと呟いた。
超高校級の生徒達も最初は被害者だった。自衛のために戦い続け、やがて脅威の全てを排除する為に世界の敵へとなり果てた。……と言うのが事実なら、自分達は誰しもがバンブローなのではないか。
「お前、何言ってんだ?」
終里から極当たり前の指摘を受けて、左右田は正気を取り戻していた。気を取り直して、廃ホテルの探索を始めた。
床や天井は焼け焦げ、時折赤黒い染みの様な物も見つかる。このホテルに迷い込んだ若者達のなれの果てだろうか。
「2人共、止まってくれ」
先の一件もあり、ホラーモニターを装着した左右田は臆病な性格も相まって慎重に進んでいた。おかげで罠と言う罠を回避できているのだが、神経が凄まじい勢いで擦り切れて行く。
「左右田よ、大丈夫か?」
「ちょっとキツイけど、今踏ん張らないともっとヤバい目に遭う。弐大のオッサンも周囲に気を付けてくれ」
トラップを解除しながら進み続けていると、扉の前には青色の靄ではなく緑色の靄があった。これに関しては映画でも見たことが無い物だ。
「と言うことは、それって黒幕側が仕込んだ物じゃねぇのか?」
神経をとがらせた彼女はいつも以上に冴えているらしく、終里の予想通りだと言うならば、敢えて飛び込んでみれば何かしら得る物もあるかもしれない。
「ちょっと、調べてみるか」
早鐘を打つ心臓を押さえながら扉を開ける。壁には大量の表彰が掲示されていた。親子で一緒に写った物やチームメイト達と共に映る写真がある中、とある写真を見て3人は固まった。
「なぁ、この写真に映っているのって。弐大のオッサン、だよな?」
バンブローと思しき男性とジミーと思われる少年。彼らと一緒に弐大の姿も映し出されていた。だが、これは不思議なことでは無い。何故なら、彼は超高校級のマネージャーなのだから。
「どういう、ことじゃ?」
「おい、待てよ!」
イルブリードのテーマパークはフィクションではなかったのか。まさか、自分と関係があるというのか? いてもたっても居られず、左右田の注意も聞かずに弐大は部屋内の物を漁り始めた。
表彰以外にジミーのバットも出て来た。先端が赤黒く変色している。トロフィーも出て来た。所々が焼け焦げている。そして、アルバム集だ。終里が弐大の腕を掴んでいた。
「止めとけ。それは開いちゃいけねーって、オレの勘が言っている」
「黙っとれ!」
彼女の制動も聞かずに弐大はアルバムを開いた。いつの間に変化が起きたのか、納められた写真に映っていた弐大は白い学ランを着ていた。
映像ではなく、断片的な情報しかないが、弐大が何を行って来たかと言うのが何枚に渡って撮影されていた。
彼は指導をしていた。超高校級のマネージャーだからだ。人を導くことには慣れていた。ジミー少年が所属していた野球チームの子供達はバットを振っている。ボールを投げている。人間相手に。
「止めろ。もう捲るな」
左右田と終里が止めようとしても、弐大の膂力には敵わない。ジミーの所属していた野球チームは殺人鬼の集まりとなっていたのだろう。
だが、抵抗勢力もやられっぱなしを許す訳がない。若者達によって構成されたグループによって、殺人野球チームが根城にしていたホテルが放火された。
『ジミーッ。ジミーッ!!』
悲鳴が聞こえた気がした。残り数ページの写真に映し出されていたのは、殺人鬼と化したジミー達から暴行を受けようとも信じ続けた憐れな父親が、命からがら脱出して彷徨っている姿だった。……最後に、撮影者が誰であるかを誇示する様に。彼らも知っている少女の自撮り写真が残っていた。
3人が呆然とする中、壁の一部が稼働して開いた。現れたのは全身大やけどをした上に、何者かに暴行されたのか全身を腫れ上がらせたバンブローだった。
『ジミーッ! 何処だい、ジミー!』
「ひっ」
造詣自体は映画で見た物とあまり変わりない。だが、先の出来事で有機的な執念と怒りの根源を見せられた左右田は怖気づいてしまった。弐大と終里も全身を硬直させる中、バンブローは違った。
「ウギーッ。ジミー! ジミーを返せーっ!!」
バンブローが手にしていたのはキャンプ・グッズを改造した火炎放射器だった。ヌケーターに頼るまでもなく、通常時の弐大ならば撃退も出来ただろう。
だが、今の彼は自身が犯して来たであろう罪を見てしまい、精神的な均衡を欠いていた。このまま動けずにいたら丸焼きになるのは避けられない中、終里が彼を蹴りつけた。
「しっかりしろ! こんな所でボケっとしてんじゃねぇぞ!」
普段は彼女を良い様にあしらっている弐大であるが、そんな彼女の攻撃も避けられない位に動転していた。この状態では碌に戦えないと判断して、左右田が叫んだ。
「バンブローがやって来た場所から逃げるぞ!!」
「うぎぎー! ぎゅらジミー!」
部屋内に炎が荒れ狂う。表彰状が焼け焦げ、無事でいた写真なども焼き払われて行く中、左右田達はホテルの奥を目指して走っていた。