「ジミィイイイイイ!!」
左右田はイルブリードの映画をキチンとみていたので、死を呼ぶホームランと言うアトラクションの流れを分かっているつもりだった。
自分達とは縁もゆかりもない倒錯した殺人鬼を撃退して、最終的にはバックルームにいるスタッフを撃退して脱出する。という、攻略チャートはあまりにフィクションめいた物だった。ここは現実だ。それもかなり悪辣な。
「走れ!!」
バンブローが使って来た隠し通路は迷路状となっている為、場合によっては行き止まりにぶつかる可能性があるので闇雲に走るのは危険だが、3人は恐怖から逃れたい一心で只管に走っていた。
終里と並走しながら、左右田はホラーモニターでトラップが無いかを確認していたが、ここには一切仕掛けられていなかった。
「目玉はバンブローってことかよ!」
あるいは、道中のトラップを利用してバンブローの撃退に使われることを避ける為かもしれない。分かれ道を進む度に、選んだ道が正解だったかどうかという不安に駆られながら脱出を信じて走り続ける。
左右田は弐大の方を見た。もしも、彼が万全の状態であれば、終里と共にバンブローを撃退することも出来ただろう。だが、今の彼は自身が犯した過ちを見せられ、不安定な状態になっていた。
「おっさん。今は、考えなくていい。走れ!」
「す、すまん」
彼の欠けてしまった理性を補う様に、終里は冴えていた。悩むのも後悔するのも全てが終わった後で良い。……などと言う、悠長な考えを許してくれるアトラクションでは無かった。
ガンガン。と、固い物が地面を擦る音が響く。近くに脅威が迫っていると言うことを報せるには十分すぎる音だった。回避するべく、下がるべきか。という発想が左右田の脳裏を過った時、終里が弐大に詰め寄った。
「……弐大のおっさん。今、不安だよな。怖ぇえよな」
マネージャーとして選手のコンディションに関わるような弱音は漏らせない為か、返事こそしなかったが彼の態度が雄弁に語っていた。これだけの巨漢があんなケガ人に怯えている。
「(無神経な奴だと思っていたけれど、案外そうじゃねぇんだな)」
左右田の中にある終里のイメージは無神経な女と言う物だったが、こういった事態ではキチンと人の心配をするような気遣いもあるのかと感心していたが、直ぐに彼の予想は裏切られた。
「だったらよ。黙らせてやりゃ、良いじゃねぇか」
先程、立ち寄った表彰状が飾られた部屋でバットも回収していたのか、終里の手には木製のバットが握られていた。使用用途はボールを打つ為ではないだろう。
「終里。お前さん、自分が何を言っているのか分かっておるのか?」
「分かっているに決まってんだろ。オレ達を殺しに来た奴を返り討ちにするだけだ。別に無関係な奴を手に掛ける訳じゃねぇ」
彼女の眼は据わっていた。それは、映像で見た彼女と全く同じ表情だった。世界に絶望し、全てと敵対していた彼女の顔だ。
金属を地面に擦る音が近付いて来る。もはや、交戦は避けられない。既に臨戦態勢に映っている終里に対して、左右田も弐大も覚悟を決められずにいる中。彼女は言った。
「心配すんなって。どうせ、アトラクションのメカか何かだろ? 仮に相手が人間だとしても……黙らせちまえば、もう復讐されることも無ぇ。罪の意識で悩む必要も恐怖することもねぇんだからよ」
左右田は彼女の加害者然とした考えに強烈な反発を覚えたが、弐大は違っていたらしい。
「……そうじゃな。第一、おかしいと思っておった。何故、ワシの関係者がこんな所におるんだと。アレは嫌がらせの為に作られた人形か何かに決まっとる」
「おい、弐大?」
「そうじゃ。第一、これだけ悪辣なアトラクションなんじゃ! それ位やるに決まっとるだろ! 加えて、映画じゃ普通に撲殺して終わったんなら、ここで始末するのが正攻法に決まっておる!」
弐大は体に巻いていたチェーンを拳へと巻き付けていた。終里の焚き付けは上手くいったのか、彼も戦う意思を固めたらしい。
「(本当にいいのか?)」
映画ではJKに過ぎないエリコでさえ撃退できていた相手だ。超高校級の中でも、卓越したフィジカルを誇る2人が一斉に襲い掛かれば、勝利することは十分にあり得るだろう。
本当にそれでいいのだろうか? あのバンブローが人間でないと決まった訳ではない。だが、左右田が迷っている間に復讐者は姿を現した。
「ジミィイイイイイイ!!」
焼けただれた皮膚、腫れあがった全身。本当に元が人間と思えるかという位にグロテスクな風貌をしていた。漆黒とも言える殺意を携えて、左右田達を始末するべく襲い掛かって来たが、先に動いたのは終里だった。
「死ね!!」
まるで躊躇いも無くバンブローの顔面をフルスイングで打ち据えた。常人ならば、その場で崩れ落ちても不思議でない一撃を食らいながらも立っていた。
しかし、態勢を崩した一瞬を見計らって弐大がチェーンを巻いた拳を叩きつけた。体重を乗せた一撃が叩きつけられたが、倒れない。
「ぎゅららら!!」
大きく口を開いたかと思えば、バンブローの口からは刺激臭を放つ液体が放たれた。弐大達は咄嗟に跳び退いたが、その隙を突くような形で火炎放射が放たれた。
どうやら、先の吐瀉物には引火性があるらしく、2人の服が燃え上がった。手にしていた得物を放り出して、急いで転がって火を消し止めていた。
「畜生。なんで、くたばらねぇ!」
終里も言う通り、アレだけの襲撃を受けたというにも関わらず倒れずにいられるタフネスは異常という外無かった。やはり、相手は人間ではないのだろうか。
フィジカル強者の2人でさえ倒せない相手を自分がどうにか出来るとは思えない。そして、ここから逃げられるとも思えない。
「(いや、待てよ?)」
左右田はこれとよく似たシチュエーションを知っていた。今朝に見た夢の内容だ。あくまでアレは夢と言う無秩序の中だからこそ起きた奇跡で、現実では起こるはずがない。
「ジミー、ジミー……。弐大ィイイイイイイイイ!!!!!」
今まで、決められたセリフを叫んでいるだけに思えたバンブローが憎悪を込めて、仇の名を叫んだ。終里が手放したバットを拾い上げる。今、正に死を呼ぶホームランを打ち上げようとしている。
先の火炎放射による攻撃で終里も弐大も動きが鈍くなってしまっている。動けるのは自分だけ。ただのメカニックに過ぎない自分に何をしろと言うのか。秘められた力でも目覚めてくれるとでもいうのか。
「弐大! 終里!!」
そんな都合のいい展開が自分達に用意されている訳がない。駆け出そうとした自分の足に何かがカツンと当たった。確信にも近い予感だった。足元を見た。スケートボードがあった。
不思議だった。乗ることに対して何の迷いも違和感も無かった。まるで、最初から自分がスケーターであったかのようなフィット感だった。足で床をプッシュすると、勢いづいたスケートボードが自分を運んでくれた。
「ジミーッ!!」
新たにやって来た闖入者に対して火炎放射器が放たれた。離れた憎しみの炎に対して、左右田はスケートボードを構えた。そして、火を寄せ付けぬように何度もスイングをしていた。奇しくもそれは、バッティングとよく似ていた。
「ジミー……?」
火炎放射器の引き金を引く手を止めて、バンブローは左右田を見ていた。一定の距離を取り、彼の攻撃を待ち構えている。何も知らぬ者から見たら本当に何やってんだ? としか思えない光景であるが、2人が思い描いていた物は同じだった。ここはバッターボックスとマウンドなのだと。
『父さん! 僕、3番バッターになったんだ!』
明るく、眩い笑顔があると信じて疑わなかったあの頃。近くに作った秘密の訓練所で親子二人、猛特訓を重ねた日々。自分が投手を務めていた頃を思いだしていた。
呆然とした拍子に手放したジミーのバットが転がって行き、左右田の足元に辿り着いた。彼は無言で拾い上げ、スケートボードと重ね合わせた。まるで元々1つの物であったかのようにピッタリとくっついた。
「な、何が起きとるんじゃ?」
先程まで恐怖から殺意に呑まれていた弐大はやや正気を取り戻した上で、こんな素っ頓狂な光景を見せられていた。
殺人鬼がマウンドに立ち、スケーターがバッターボックスで構えている。ただの渡り廊下であるはずだが、弐大の目にはハッキリと見えていた。
「ジミー!!」
バンブローの火炎放射器から放たれた炎は、まるでボールの様に一つの塊となって放たれた。もしも、左右田の体に着弾すれば瞬く間に火達磨となって燃え上がり、彼の命を奪うことだろう。
しかし、左右田はスケバットで火球を打ち返していた。バンブローの脇を擦り抜け、廊下の壁に突き刺さっていた。バックスクリーンへの一撃だった。
「ホー、ムラン……」
バンブローの瞳から涙が零れ、膝から崩れ落ちた。弐大と終里の2人から暴行を受けても倒れることの無かった彼が、地面に伏していた。
左右田は彼に近付くとバットが引っ付いたスケボーを差し出していた。きっと、今のお前なら息子と共に何処までも行けると。ボロボロになった体でスケボーへと乗った。すると、幻聴が聞こえて来た。
『お父さん。次は全米大会だよ!』
『あぁ。勿論、目標は優勝だ!』
光が見えた気がした。ジミーもチームメイトの皆もいる。今までの出来事は悪い夢だったのだ。バットがくっ付いたスケボーに乗ったバンブローは廊下を滑って行き、壁へと埋まり何処かへと消えて行った。
左右田は満足そうな顔をしていたが、事態の全てからおいて行かれた終里達は呆然とする外なかった。
「オレは何のホラーを見せられているんだ?」
子を殺された親の復讐物か。理不尽な世界観に浸食されるファナティック系か。釈然としないまま、廊下を抜けた先には『GOAL』と書かれたバカみたいな看板が立っていたので、彼らは悠々とコレを潜った。
すると、その先には休憩スペースの様な物があった。多弁だったハズの左右田はスッカリ喋らなくなり、いつの間にか入手していたスケボーをメンテナンスするばかりだった。……ふと、弐大が頭を下げた。
「すまん。ワシのせいでこんなことに巻き込んでしまった」
「良いって。多分、オレも迷惑を掛けることになるだろうし」
結局、あのバンブローやジミーが本当に弐大の関係者だったかは分からず仕舞いだった。フィクションにしか過ぎないと思っていたイルブリードは、自分達と何かしら因縁のある造りに改造されているのかもしれない。
他のメンバーは無事であるのか。少なくとも分かることは、今回の挑戦は今までとは比べ物にならない程危険な物であると言うことだった。