ブキーズファンムービーと呼ばれるシアターで上映される予定の映画。タイトルを『材木人間』と言う。
このイルブリードと言う存在を局所的に広めた立役者である。もしも、イルブリラーが居るとすれば、このアトラクションは決して外せないだろう。
「同時に。ゲーム的に言ったら最高難易度のアトラクションでもあるんだよね」
解説がてらに、トラップ探知機であるホラーモニターを探し当てている七海には超高校級のゲーマーとしての貫禄が発揮されていた。
「このチームには弐大君達みたいなフィジカル強者もいないし、ヌケーターの人達もいないけれど、七海さんがいるなら心強いな」
狛枝の表情は恍惚とした物だった。一番難易度が高いアトラクションが超高校級の才能により攻略されて行く様を最前線で見られる。となれば、これは至福と言っても良かった。
七海の頼もしさ。狛枝のテンションも相まって、この先に待ち受ける恐怖など物ともしない雰囲気が出ている中、彼女達とは真反対な様相を呈しているモノウサに対して、澪田が声を掛けていた。
「あの~。モノウサちゃん、大丈夫っすか?」
「あああああああもうやだああああああ!!!」
恥も外聞も捨てて魂からの咆哮だった。本当に嫌がっている様子が伝わって来たので、気の毒に思った澪田が2人に声を掛けた。
「モノウサちゃんだけ、表で留守番とか」
「止めておいた方が良いよ。ホラー物で一人残る奴とか被害担当じゃん?」
七海が淡々と告げた。俺は行かないぞ! と言って閉じこもった人間が物語内でどうなるか。見せしめの為に葬られるのはお約束である。コテコテなB級ホラーの再現に力を入れているイルブリードでどうなるかなんて想像に容易い。
「分かったよ。行くよ……。黒幕見つけたら、殺すね……」
テンションはダダ下がりしていたが、吐き出す言葉は物騒だった。
さて、このPTにはフィジカル担当者はいないが七海と言う対イルブリード最終兵器にブレイン担当の狛枝が居る。2人共、事前にしっかりと予習もしている為トラップの位置把握もばっちりだった。
「澪田さん。止まって」
七海に言われた通りにピタリと止まると。舞台となっているマクラレン製材所の前に止められていたトラックが、地中から現れた巨大な木の根に絡めとられて絞り潰された。残骸となって乱雑に転がされたのを見て、澪田が呆然としている中、七海達は震えていた。
「(やっぱり、七海ちゃんも恐怖で震えて……)」
「ねぇ、狛枝君。今の見た!? 映画とかだと美麗にしちゃう所だけれど、ちゃんとDC基準のポリゴンで作られていたよ!! イルブリードへの拘りが凄い!」
「超高校級のゲーマーすら満足させる作りだなんて……。ここに居ない超高校級の演出家の思いが伝わって来るようだよ!」
2人してテンションがぶち上がっていた。アトラクションもアトラクションだが、普段ノリがいい澪田でも付いていけない異次元の空気が出ていた。
「大丈夫だよ。澪田さん、君が普通だから」
「モノウサちゃん……」
バカ共に対しては期待をしても無駄だと判断したのか、弱り切っていたモノウサは澪田に優しく声掛けしていた。
件のマクラレン製材所へと入ると、ちょっとした博物館のようになっていた。自社製と思しきチェーンソーやソーチェーンが並び、巨木を伐採して来た写真が並んでいた。
「見てよ、狛枝君。ちゃんとチェーンソーのロゴも『マクラレン』になっているよ。細部に神は宿るというけれど、この施設を作ったイルブリラーとはぜひ話がしてみたいね」
「僕もだよ。超高校級の演出家が居たとしたら、どんなことを考えて作ったのか。彼か彼女のこだわりをじっくりと聞いてみたいね」
本当に死のアトラクションに来ている自覚はあるのだろうかと言う位に楽しんでいる2人に、澪田は立ち入る隙間が無かった。
普段、陽キャの自分がこんなポジションに就くとは思っていなかったので、ヨボヨボついて来ているモノウサに話しかけた。
「モノウサちゃんはなんで、そんなにイルブリが嫌いなんすか?」
「うーん……。澪田さんはさ、自分が出した曲って聞いたりする?」
これに関しては色々と意見が分かれる所である。聞く者もいれば、聞かない者もいる。澪田の場合はと言うと。
「いや、あんまり聞かないっすね……。色々とあったことを思い出しちゃうんで」
彼女は元居たバンドでいざこざがあって抜けたという経緯を持っている。音楽性の違いという有り触れた文言は、当事者達にとっては非常に複雑な意味を持っている。彼女の言葉を聞いて、モノウサは深く頷いていた。
「僕もそうなんだよ。実はこの映画、僕も結構関わっていてさ。撮っている時はノリノリだったんだけれど、いざ見てみたら。え、なにこれは……ってなって。しかも、クソ映画って笑われるなら未だしも、何処かのバカが拡散したせいで結構ヒットしたし……」
「はぇ~、そうだったんっすか。分かるっすよ。澪田もやりたい曲じゃなくて、メジャーな曲ばっかりヒットして歯がゆい思いをしたんっすよ」
業界は違えど、同じ創作関係者として通じるものがあったのか、こっちはこっちで盛り上がっていた。2人と2人が盛り上がりながら進んでいると、資料館的なコーナーを終え、いよいよ地下の製材所へと続く階段が見えて来た。
入口に立っている2体の人形はバラバラに潰されており、木の根で覆われていた。
「うーん。流石に人形が壊されるイベントは実装されていないかぁ。予算にも限りはあるし、仕方ないよね」
ホラーモニターを装着した七海は気落ちした様子を見せながらも、設置されたトラップを次々と解除して行った。正に快進撃と言う外ない程の進撃速度故に、とあることを見落としていた。気づいたのは澪田だった。
「アレ? モノウサちゃん?」
一人分の足音が足りないことに気付き、振り返った時。そこにモノウサの姿が無いことに気付いた。いつの間に? 一体何処へ? 七海と狛枝にも伝わったのか、3人は一旦足を止めた。
「モノウサが居なくなった。……引き返したとかそういう訳じゃないとしたら、攫われたのかな?」
「そうだね。作中の出来事と合わせて考えれば、ランディみたいに囚われていた存在が居ないから、僕らの中で代用することにしたんだろうね。彼なら攫われたとしても直ぐに気付き難いだろうし」
七海と狛枝は冷静だった。彼らはイルブリードと言う世界観を把握している為、モノウサが攫われた理由にまで辿り着いていたが、澪田には他人事のように述べる2人がどうにも異質に見えた。
「なんで、2人共そんな冷静なんっすか? ここはゲームじゃないんっすよ?」
「現実だからこそだよ。ゲームに忠実に作られているなら、そのルールに従うことが全員生還への道だから」
苛立つ澪田に対して、七海は冷静に返した。確かに彼女の言うことは一理あるが、先程まで見せていた浮ついた態度のこともあり、芯から頷くに至らなかった。渋々、と言った様子で頷いて先へと進む。
製材所の割には壁や天井に血の跡だけではなく、何かで切りつけたような跡が多々見つかるのも気になった。まるで、室内でチェーンソーか何かを振り回していた様に。
「(モノウサちゃん、無事っすかね……)」
あくまでマスコットである為、壊れたとしても直せそうな気はするが……。
巨大な木箱が立ち並ぶエリアも抜けて、製造エリアへと入った。眼下に広がるコンベアでは何かがカタカタと動いていた。
「見て!」
七海が指差した先、デッサンなどに使われそうな木製の人形が自律して歩いていたが、非常に特徴的な頭部をしていた。
「も、モノウサちゃん?」
色合いまでは再現されていないが、モノウサの頭部を模した物が人間のボディに乗っているのだからアンバランスで不気味な物となっていた。
突然ではあるが、ここでモノウサの声質について少し触れておこう。彼はマスコット然としているが、声は結構な濁声である。
聞く人が聞けば、国民的有名なお世話ロボットと同じ声をしていることに気付くが、残念ながらこっちの声を知らない若い子も多い。
「あっぷぷぷぷーりー。ぷっぷぷぷぷーりー」
「そーれーがどうーしーたー! 貴方はモノウサちゃーん!!」
突然、澪田が叫び出したので今度は七海と狛枝の2人が驚いていた。
どうやら、彼女は旧の方も知っているらしく、材木マスコットと化したと思しきモノウサが口ずさんでいたエンディングの続きを歌っていた。
しかし、彼女の激励なんだかよく分からない物を受けても理解できないのか、材木モノウサはベルトコンベアの先へと消えて行った。急いで追いかけようとする澪田の腕を掴んだ、七海は真剣な面持ちで問うた。
「あの歌なに?」
「助けることの方を気にして欲しいんっすよ!?」
彼女のはやる気持ちを押さえようとする七海の気遣いはあまりに不器用だった。だが、澪田だけは知らない。この後に更なるショッキングな体験が待ち受けていることを……。