元々、ダンジョンみたいな製材所の地下深くは更に異界化していた。
先へ進むのを防ぐようにして、階段の前には樹木が生えていた。例え、強靭な材木人間の攻撃でも折ることは適わないだろう。
「七海さん。正規ルートは?」
「ここを進むの」
すると、彼女は階段を上がるような真似はせず通路の奥へと進んだ。狛枝達も彼女の後を付いて来ると……異様な光景が広がっていた。
「ひっ」
澪田の視界の先には、完全に樹木の内部と化した元・製材所が広がっていた。これだけなら別ルートとして進むことも出来たが、問題は木々には蛍光色の虫がびっしりと張り付いていた。
バキバキと樹木を噛み砕く音が聞こえていることか、見た目は小さいにも関わらず相当強力な顎を持っているらしい。もしも、材木人間である自分達が通れば彼らに御馳走を提供するだけになるだろう。
「よっと」
本能が警鐘を鳴らす程の危険な相手でもあるに関わらず、七海は何匹か捕まえていた。澪田が声にならない悲鳴を上げたが、意外なことに彼女の体が貪られると言うことはなかった。
「驚いた。食われる物とばかり」
「ゲーム内でも大丈夫だったからね」
そんな不安定な情報だけで死と隣り合わせの行動をしていたのか。と考えると、実は大人しそうに見えて自分達の中で最も狂っているんじゃないかとすら思えてしまった。
ただ、彼女の勇気が自分達の道を切り開いてくれたのも事実で、彼女は捕まえた虫を先程の大木へと這わせた。すると、凄まじい勢いで食い散らかされ、自分達が通る道が開けた。
「ここから高所へと続くってことは、モノウサは先にここを通っていたんだね」
階段を上がった先には、モノウサも通っていた足場アンチが掛けられていた。
一体、製材所でこんな物を設置して何をするつもりなのかは気になるが、この施設は一応アトラクションでもある為、単純にステージ的な構成要素なのだろう。
「落ちない様に気を付けてね。見えない壁とかはないから。マルギット戦位に気を付けてね」
後半はよく分からなかったが、落下防止用のフェンスなども付けられていないので、一同は気を付けながらアンチを渡って行く。碌に動けない状況だが、木こりロボが襲撃して来ると言うことはなかった。
「多分、足場が悪いから彼らも襲撃出来ないんだろうね」
「七海ちゃんはゲーム的な情報を知っているから未だしも、狛枝ちゃんは1回映画を見ただけなのに、なんでそんなに毅然としていられるんっすかね……」
「それは勿論! 超高校級のゲーマーである七海さんが居るからだよ! 希望に導かれる限り! 僕達が倒れることはない!」
他の奴らがトンチキばっかりなので忘れがちだが、この男も十分にイカれている。もしや、自分も彼らと同ベクトルで扱われているのではないかと言う嫌疑が過る程度には、澪田にも余裕が出来ていた。
不安定な足場を抜けると大量のコンテナが設置された部屋に出た。と、同時に先頭に立っていた七海の頭部に目掛けて斧が振り下ろされていた。
「ガリゴリゴリ木を切るよー」
間の抜けた音声であったが殺意は本物だった。だが、七海の反応速度は凄まじかった。直ぐにバックステップで避けると同時に、入れ替われるように出て来た狛枝のプロペラアタックが木こりロボの頭部を捉えて、叩き潰していた。
「歩き方は兎も角として、この体は中々に便利だね」
「ちょっと同級生がデッサン人形なのは遠慮したいっす」
他に潜伏していた木こりロボはいなかった。さらに先へと進むと、床も天井も樹木で覆われているエリアへと入った。いよいよ、深部だ。
「ガリゴリー!」
コンテナなどの視界を遮る物資も設置し辛くなった為か、先んじて木こりロボも発見し易くなった為、撃退率が上がっていた。
自分達の足跡を見れば、破壊された頭部が転がっている様子は多少猟奇的な物を含んでいたが、イルブリードに比べれば大したことはない。残骸の山を築き上げていると、分かれ道に差し掛かっていた。
「こっち」
当たり前だが、七海は迷いなく道を選んでいた。頼もしさを超えて、道順や敵の位置。罠の配置まで覚える程にプレイしていたのかと思うと、恐怖すら感じるスマートぶりであったが、こんな樹木の内部に相応しくない光景が見えて来た。
病院などで見る診察台の上に1体の木偶人形が寝かされており、近くに設置されていたPCからは2本のケーブルが伸びていた。片方は木偶人形へと接続されており、もう片方はピクリとも動かないモノウサに接続されていた。
これらを操作しているのは手術着を纏った2人の人間であるが、ここまで来たら彼らが人間とも思い難かった。
「モノウサちゃーん!?」
堪らず澪田が叫ぶと、手術着の2人が正体を現した。自動車の事故映像などで出て来るダミー人形だったが、普段被害者役を務める彼らは加害者になる気満々だった。
しかし、こっちは既にイルブリラーと言う最強の被害者兼加害者を務める彼らを、たかが戦闘向けダミー人形が止められる訳もなく、結局役割を全うする形で破壊されていた。
「モノウサちゃん!」
既に澪田もロボを破壊することに躊躇いが無くなっているのか、機能停止しているモノウサに駆け寄っていた。一方、狛枝と七海はPCの方に注目していた。
「なるほど。脳みそを取ったんじゃなくて、モノウサのメモリだけを取っていたのか。と言うことは、アレってOSだけで動いていた感じかな?」
「七海さん、見てよ。PCにモノウサのメモリのバックアップが」
人間の脳を移植するよりはるかに現実的かもしれない。そもそも、モノウサと材木人間は等身が違うので、メモリと機能を分けるという方法しか取れなかったのかもしれない。
ならばと、七海達は四苦八苦しながら木偶人形から吸い上げた機能をモノウサにインストールする傍ら、バックアップされたメモリを見ていた。
「動画ファイルとかいっぱい保存されているっすね。まぁ、モノウサちゃんだから当然として」
「古い方から見てみようか」
ご丁寧に日付まで記入されていたので、遡るのは容易いことだった。すると、彼の記録は15年以上のストックがあることが分かった。全てを見ている時間がない中、凄く気になるフォルダがあった。
「黒歴史……」
七海が喉を鳴らした。もしかして、彼女はモノウサのことが嫌いなのだろうかと、澪田が疑問を浮かべていた。躊躇うことなくフォルダを開くと、幾つも動画ファイルが出て来たので再生を始めた。
――
「じゅ、盾子ちゃん! 材木人間の役目はスーツアクターに任せれば」
「駄目です。今の私はエリコなの。だから、彼女の挙動と仕草で材木人間が出来なければ、プロデュースした意味がありません。ご安心ください。スーツアクターの動きは完全に分析しています」
「流石、盾子ちゃんや……!」
スタッフが戸惑う中、超高校級のギャルである江ノ島の力説に監督であるコダカは甚く感心していた。彼女は躊躇うこと無く材木人間のスーツを装着して、完璧な動きを見せていた。
流石にゲームの様なプロペラ攻撃は出来ないにしても、可動域を制限されたかのような動きにバカ丸出しのローリングアタック。迸る情熱がスタッフ達を釘づけにしていた。
また、ホラーアトラクションで傷付いて行く美少女として肌の露出面積も増えて行くが、恥じらいもかなぐり捨てて沸き上がる恐怖を勇気で払拭する姿は人間賛歌すら感じさせる物であった。
「素晴らしい。この映画は間違いなくヒットする」
監督のコダカには確信にも近い自信があった。そして、江ノ島は最終ステージに入る為に次はインダ君のコスをしていた。そろそろ、スタッフも感心するばかりではなく『お前、躊躇いなさすぎだろ』という疑問が浮かび上がる様になっていた。
~~
「凄いよ、江ノ島さん。ギャルピなのにこんなに直向きで情熱溢れる性格をしていただなんて! きっと、イルブリードに思い入れがあったんだろうね!」
狛枝が超高校級のギャルが見せる才能に感心していると、機能停止していたモノウサがムクリと動いてジィっと狛枝の方を見ていた。材木人間や殺人木こりとは比べ物にならない程に怖かった。口を開く。
「ねぇ。今、オマエラ何見ていたの?」
「イルブリードの撮影現場だよ!」
狛枝が恍惚に満ちた表情で呟いた瞬間、モノウサはPCを破壊した。今までの様なコミカルな感じではなく、マジトーンで破壊していたので澪田も言葉を無くしていた。
「ふふふふふーん。オマエラには危害を加えませんが、先に進みましょう」
瞬間、澪田は悟った。あ、ゲームクリアしたなコレ、と。七海が破壊されたPCを片付けて、皆と一緒に先を進んで行く。出口には『WOOD MAN HANTINGのGOAL』と書かれた、アホみたいな看板があった。
控室になっているのか大量のロッカーが並んでいる中、先導するモノウサの両手からは凶悪な鉤爪が出現していた。
「実は今~。僕の体は再起動されたばかりなのでセーフティが上手く働いていないのです~」
「オヴェ」
ロッカーに潜伏していた木こりロボが串刺しにされ、バラバラに引き裂かれた。ゴール地点と書いていたのに潜伏しているのはあまりに悪質ではないだろうか。
だが、モノウサには他に潜伏していた連中の位置が全員分かっているらしく、該当するロッカーを串刺しにして木こりロボを引き裂いていた。
「こ、怖ェっす! ガチギレモノウサちゃん滅茶苦茶怖いっす!」
「大丈夫だよ、澪田さん。僕は怒ってないよ。全員殺すって決めただけだから!」
控室を抜けた先には、アイアンメイデンの様な奇妙な装置があった。中に入ったら、そのまま串刺しにされそうだったが七海は躊躇うこと無く飛び込んだ。
独りでに扉が閉まるとすさまじい電流が走り、バチバチと音を立てる。やはり罠だったかと思えば、中から出て来た七海は無事人間の姿に戻っていた。
「ささ、皆も入って入って」
モノウサがニコニコしながら言っていた。間違いない、さっさと先に進んで黒幕をぶっ殺すつもり満々だ。こうなったら、イルブリードよりも恐ろしい存在が出来た物として狛枝も澪田も続いて装置を起動させ、人間の姿に戻っていた。
全員の無事を確認した後、懐をゴソゴソと探していた。にゅるんと出て来たのはスケートボード……ではなく、何かが詰まったボンベとホースだった。モノウサは淡々と二つを接続させていた。
「あっ」
「この先、ボスがいるから入り口で見ていて」
この場にいる全員が察していた。きっと、モノウサはここまでの怒りを全て晴らすつもりだ。結構、距離を開けながら付いて行くと材木人間の最終ステージ。巨大なツリーとなったジョージ・マクラレンとの戦闘に入るのだが……。
「こんにちは、私はジョージ・マクラレン。材木一筋の」
「汚物(イルブリード)は消毒だぁああああああ!!」
モノウサが引き金を引くとホースからは火炎が放たれた。樹木を相手に炎の効果が抜群なのは言うまでもなく火炎放射器だけではなく、空いた手に握られているチェーンソーの刃も唸っていた。
「スロースロー……」
恨みを晴らすかの如く豪快には切り倒さずにじっくりと焼きながら、切り付けながらジョージ・マクラレンを苦しめていた。元はデスゲームを開催しようとしていたマスコットである、これ位の嗜虐心は備わっていた。
「ギャアアアアアアアアアア!」
「クソ施設が焼け落ちて行く様は素敵だ……」
もはや、キャラ付けも忘れている辺り怒り過ぎて頭がおかしくなっているのだろう。七海はリュックから取り出したPSPで遊んでいるほどに余裕があり、狛枝もちょっぴり引いていた。
「普段、コミカルな奴が切れると怖いよね……」
「狛枝ちゃん。私もそう思うっす」
「皆ー! もういいよー!」
ステージの奥に控えるボスとの戦闘とは思えない位に一方的な虐殺で終わった。墨と化したボスを傍目に奥へと進んで行くと『GOAL』と書かれたアーチが見えて来たので、彼らは潜り抜けた。
すると、直ぐには表に戻らず休憩室の様な場所に出た。壁の時計には『使用時間は2時間まで』と書かれており、何時までも安置に浸る訳には行かなかった。
「つ、疲れたっすー」
澪田がソファに沈んだ。七海の知識とモノウサが発揮してくれた突破力のお陰でクリアできたが、このアトラクションはこのメンツでなければ絶対にクリアできなかっただろう。
「僕もちょっとだけ外に出ているね。こう見えて冷静じゃないから」
モノウサも一旦扉を開けて外に出た。澪田が寝息を立て始めた辺りで、七海は狛枝を手招きしてリュックから何かを取り出していた。
「コレ。さっき、モノウサが破壊したPCから回収したHDDなんだけれど。彼の正体って……」
「多分、江ノ島さんだよね?」
流石にこれだけヒントを散りばめられていたら狛枝でも分かるらしい。ただ、超高校級のギャルが何故、こんなことをしているかはまるで分らない。
そして、今回手に入れた情報は今までの物とは比べ物にならない程に重要な物だろう。何せ、皆がここに来た経緯などを知っている存在の記憶なのだから。
「皆に見せる?」
「そうだね。今回は皆が苦労しているんだし、それだけの報酬が無いと納得もしないだろうからね」
ヌケーターに任せてばかりではなく、今回は皆も命を張っている。アトラクションの一環で自らの記憶に触れさせられた者達もいるだろう。彼らに対する回答が無ければ、わだかまりを抱えたままだ。
自分達がここに来た理由や犯した罪は分かるかもしれないが、これらの情報を集めても分からないことがある。それは……。
「この黒幕はなんでみんなをイルブリードに巻き込んでいるんだろう?」
「さぁ? 江ノ島さんに対する嫌がらせかな?」
これは七海にも狛枝にも全く分からない趣味の領域であり、必然性が何処にいあるかも全く分からない物だった。