ショックショックシアターと呼ばれるアトラクションに入った十神、小泉、西園寺の3人は、入り口でパンフレットと一緒に添えられたジェラルミンケースを見つけた。スケボーを小脇に抱えた十神が2人を制し、確認作業を行った後ケースを開けた。中には大量のドル札が敷き詰められていた。
「多分、このアトラクションの攻略に使う物だよね?」
小泉はパンフレットをざっと斜め読みしていた。このアトラクションのモチーフとなった映画の概要が記されている。きっと、ステージの攻略に必要となるはずだ。
キャッシュマンデパートは深刻な業績不振に悩んでいた。店長であるドナルド・キャッシュは起死回生のバーゲンセールとして100ドル以上お買い上げの客に現金100ドルを贈呈するというイベントを開催した。
「は? 業績不振なのに、そんなことしたら潰れるじゃん」
西園寺の疑問は最もだ。その答えは直ぐ後に記されていた。
実は、このキャンペーンは精神に異常を来していた店長の狂気の計画だった。買物に来た客を惨殺して金品を奪い取るという犯罪の為の撒き餌だったのだ。
最終的に店長は警察に射殺されてしまうが、彼の怨念に取り付かれたデパートは今もこうして残っていた……。訪れる客の現金を虎視眈々と狙いながら。
「この映画の製作者はラリってたの?」
西園寺がゲンナリしながら言った。普段は嗜めるハズの小泉も注意する気も起きない位に世界観に正気の欠片が見当たらなかった。
この設置されたドル札はキャッシュマンの気を引く為の餌と言うことだろうか。だとしたら、持って置いたら危険が増えるだけだ。
「十神。その現金、置いて行かない? 持っていても狙われるだけだと思うし」
小泉の言うことは至極真っ当であったが、十神は首を横に振った。現金の入ったジュラルミンケースをバシバシと叩いていた。
「金持ちの癖に気にするの? どうせ、端金でしょ?」
西園寺が小泉に便乗するが、彼は頑としてジュラルミンケースを手放そうとしなかった。そのまま、ズカズカと進んで行くと件のキャッシュマンデパートの入口へと辿り着いた。
薄暗く、壁や天井などが欠けていたり汚れていたりと。かつてのデパートの名残を残すだけの廃墟と化していた。
「……セットだとしても。ここまでの作り込みは感心するなぁ」
普段は人物画を撮ることの多い小泉だが、風景画にも興味はある。
近年、廃墟などのスポットは人気もありネット上にも数多く投稿されている。中には近隣住民の迷惑も顧みないけしからん輩もいるにしても。
カメラに手が伸びそうになった所で十神に手招きされて、奥へと進む前に左の方にある事務所へと入った。中には極当然のように死体が転がっていた。
「ひっ」
小泉と西園寺が互いに抱き合う中、十神は特に気にした様子もなくキャビネットからホラーモニターを見つけ出して装着していた。死体の近くにあった遺書を斜め読みした後、ゴミ箱から拾い出した何かを懐に入れていた。
そちらの方が重要だったらしく、こと切れている男性の遺書は大して興味を引かなかったらしい、恐る恐る小泉達は遺書に目を通した。……内容は今回のキャンペーンが失敗したことに対する謝罪と来世もまたキャッシュデパートで働きたい事。共に働いた38年間の感謝について綴られていた。
「全員まとめて頭おかしくなっていたんだね!」
身も蓋もないが、西園寺の言う通り従業員全員がトチ狂っていたのだろう。果たして、末期のデパートにスタッフが残っていたかは疑問だが。
「遺書があるってことは……」
小泉は机の下を見たり、キャビネットを探したがお目当ての物は見つからなかったのか、肩を落としていた。
事務所から出た十神はデパート内に直ぐ進むような真似はせずに入り口を丹念に調べていた。買い物かごやカートに紛れてゴロリと転がったのは人間の生首だった。
「あ、アトラクションの。人形、だよね?」
普通のお化け屋敷ならそうなのだが、ここはイルブリードだ。本物が使われている可能性だってあるだろう。
土気色の肌に見開かれた目、あまりにリアリティに2人が目を逸らす中、十神は懐にしまい込んでいた。
「は!? アンタ何やってんの!?」
行動の意図が理解できない西園寺がクレームを付けたが十神は動じることも無かった。先程から自分達への理解を捨てての行動に業を煮やしたのか、小泉が突っ掛かった。
「十神。必要なことはしているんだろうけれど、私達に理解できるようにしてよ。喋れないかもしれないけれどさ。筆談に使えそうな物もなかったけれど」
先程、小泉が事務所で何かを探していたのは筆記用具だったのかと西園寺が納得している中、十神は顎に手を当てていた。
すると、彼は人差し指と親指で眉間を摘まむような動作を見せた後、頭と手を同時に下げていた。何かしらの意図をもって行われたことだろうが、西園寺が疑問を浮かべる中、小泉は意味を読み取っていた。
「ごめんなさい。で良いのかな?」
小泉の回答は正しかったのか、十神が頷いていた。手話。声なきコミュニケーションの一つとしては有名だが、仔細まで伝えるのは難しかった。
「小泉おねぇ、手話が分かるの?」
「うん。昔、ボランティアの一環で覚えていてさ。あまり種類は知らないんだけれどね。……でも、十神がそう言うのを知っているのはちょっと意外だった」
超高校級の御曹司ともなれば、そう言った者達と交流する機会など無いかと思っていたが、上流階級の嗜みとして覚えていたのだろうか?
とりあえず、喋れないことを申し訳なく思っている。というだけで、2人の溜飲もある程度下がったのか、いよいよキャッシュマンデパートへと足を踏み入れた。
「お菓子コーナー。かな」
洋物特有の蛍光色な物や、バレルサイズのお菓子が陳列していた。普段はお菓子が好きな西園寺ですら手を伸ばす気が微塵も起きないような悍ましさが漂っている。というか、態々こんな所の物を食わなくても良い。
あの大食漢の十神ですら食指が動かないのだから、多分ロクでもない物ばかりなのだ。先頭を行く彼は都度ホラーモニターを覗きながら、トラップを解除しているが歩みは遅い。
「もうヤダ! なんで、私がこんな所に……」
「大丈夫。後で一緒に、スーパーの方に買い物に行こうね」
他の連中は覚悟がガンギマリ過ぎていたり、心強すぎる同行者によってタフになっているが、普通はこんな施設に同意も無く放り込まれた西園寺の様に恐怖に苛まれる。イルブリードにとっては理想的な客だった。
そんな彼女を励ます様に小泉が優しい言葉を掛け続けていたが、先はまだまだ長い。菓子コーナーもどんどんサイケデリックな光景になって行き、地面に巨大なゼリーが広がっていたり、壁や天井に巨大なゼリーが張り付いていたりと正気を崩す光景が広がっていた。
「でも、ちょっぴり芸術的かも……」
「おねぇ?」
普通かどうかは兎も角として、セットとしては凝っている。通常のアトラクションで行えばマナー違反の極みでもあるが、小泉はシャッターを切っていた。
西園寺としては敬愛する姉貴分がトチ狂ったのではないかと、気が気でなかった。一応、未だ健全ではあるらしい。
「……!」
ホラーモニターを覗きながら先頭を歩いていた十神であったが、彼も発見できない罠があったのか。地面の色と同化していたゼリーが人型の形をとり、十神のジェラルミンケースからドル札を抜き取って消えた。
「(あ。そうか、このドル札って言うのは)」
小泉は理解した。もしも、ドル札を持っていなければ攻撃されていたかもしれない。このデパートは金の亡者である『キャッシュマン』の怨念が宿っているのだ。ならば、仕掛けられた罠達もまた金を求めている。
このドル札は言ってみれば命綱の様な物だ。もしも、全部無くなった時は自分達の命も危ういかもしれない。
「十神おにぃ、大丈夫?」
西園寺が駆け寄ろうとした所で手を制した、未だ危機は去っていないと言わんばかりにホラーモニターを用いて周囲を観察した。……もう、危険はないらしい。
依然として歩みは遅々としており、時々罠に掛かってはドル札が抜かれて行く。自分達の命が目減りしていくようで気が気でなかった。
「もうやだぁ……」
菓子コーナーを抜けて実演販売コーナーに入った頃には西園寺の顔は涙でグシャグシャに濡れていた。口は悪いが、彼女は普通の少女なのだ。
小泉の精神もガリガリと削れているが、自分まで恐怖に屈したらパーティの秩序が崩壊する。十神も周囲を観察して罠が無いかを確認すると、腰を下ろした。
「ほら、日寄子ちゃん。ちょっと休もう?」
「うん」
そもそも、泣かす程怖がらすなんて……と思ったが、殺人を目的にしているアトラクションとしては些細な問題だった。
3人に疲労の色が濃く浮かんでいる中、ピョンピョンと何かが飛び跳ねて来るのが見えた。十神が前へ出て相手を観察していた。……ケーキだった。
ウェディングケーキに2本の足と真ん中にドデカイ面たま。ついでに口の様な物もあるというファンシーなのかスプラッタなのかよく分からないのがいた。
「やぁ! ボクは地獄のケーキ!」
「びぇええええええ!!!」
ついに西園寺の理性が突き崩されて泣き出した。こんな正気を削られる場所で、こんな自己紹介をして来るケーキが居れば無理もないことだった。
「オホホホホホ。君みたいに怖がってくれる子がいるとボクも嬉しいよ。他の奴らは皆攻略前提で動いているからね」
多分、別所では仲間達が勇猛果敢にホラーをぶち壊しながら進んでいる中、悲しい位に感性が一般的な少女達は、恐怖でメンタルをボコボコにされていた。
地獄のケーキとしては堪らなく喜ばしいことらしく、非常に上機嫌だった。彼は3人に近付いた。
「元気を出して! ボクの顔を食べなよ!」
「びぇええええええええ!」
「ちょ。来ないでよ!」
恐怖の化身に迫られて一層泣き出す西園寺を庇う様に前へと出る小泉。一方、十神は地獄のケーキの体に舌を這わせていた。ベロンベロンと生クリームを舐めとって行く百貫デブはちょっとした妖怪じみていた。
「オ”オ”ォ”。テクニシャン……」
急にキモくなった。だが、見た目に反して味は良いらしく十神は何度も頷いていた。彼が毒見したことが大きいのか、精神をすり減らしていた西園寺は少しでも安らぎを求める様にして甘味の化身である地獄ケーキに指を突っ込んだ。
「オホッ」
「本当だ。見た目と喘ぎ声は最悪だけど味は悪くない……」
ここに来てようやく、彼女は一安心をしていた。彼の体を堪能した一同だったが、地獄ケーキは悩まし気にしていた。
「実はボクは未完成なんだ。見てくれよ、頭の上に何か足りないだろ?」
言われてみれば、頭部には何も乗っておらず一味足りない感じはあった。やはり、ケーキ的に考えればイチゴでも乗っける部分だが、十神は懐から生首を取り出してそっと挿していた。
「YES! YES! これで地獄のケーキの完成だ!」
お前の感性どうなっているんだよ。心優しそうに見えたが、所詮はイルブリードの設置物だった。生クリームの上にベリーソースが溢れ出したが、頭頂部の奴のせいで血にしか見えなかった。
ケーキと人間の尊厳の両面に喧嘩を売る冒涜的な存在となった地獄ケーキ君だったが、当人は生まれたことが罪だと言うことを自覚しないまま喜んでいた。
「ボクも皆と一緒に冒険するよ! きっと、このスーパーを巡って行けば最高のトッピングに出会えるはずだからね!」
「え?」
思わず小泉が聞き返してしまった。こんな不気味なのが付いて来るのか? ひょっとして、後ろから刺されたりしないかと思ったが、十神は頷いていた。いざ、何かしようとしたら食ってやる。と。
「あのフードコート脇の階段を下りたら、お肉コーナーだよ! ケーキを食べる前にはまず、お口を肉で幸せにしてからだと効果抜群だからね!」
マスコットを気取り出した地獄ケーキが2本しかない足でトテテテ…と走って行く。罠の可能性が濃厚だが、奥へと進んで行くには通るしかない。
思わぬ甘味で多少回復した正気と共に3人は地獄ケーキの後を追って、階段を下りて行った。