「マジで、このアトラクションだけはバックヤードに入って行くって形なんだな」
5つ目のアトラクション『ホールオブリセントメント』で上映されている映画『キラーマン』の話は、6つの中でも特殊な構造をしている。
今までの話は、映画に沿った世界観に没入していくという形であったが、このアトラクションだけはメタフィクションの観点から入って行くことになる。九頭龍達は映画館を模したステージのバックヤードへと侵入していた。
「お兄ちゃん。このステージは推理要素も含んでいるらしいけれど、犯人はキラーマンだって。ナナミンが言っていたよ」
「こう言っちゃなんだけれど、推理物を答えから見るってのは行儀悪ぃな……」
菜摘の身も蓋も無い攻略方法を聞いていた、九頭龍は眉を顰めていた。
とは言え、今回は楽しむ為に入った訳ではないので、ネタバレも攻略Wikiも上等と言った具合だ。早速、モニタールームに入ると作業員が死んでいた。コレがロボットなのか本物なのかは気になるが。
「趣味の悪い殺し方だな」
死体の顔面には、被害者の血で書かれたと思しき☆マークが描かれていた。
極道の世界においても見せしめの為に死体に処置を施すことはあるが、これは自分の存在を誇示する以上の役割は無さそうだった。
概ねの概要を聞いていたので、ここから先は一本道のシナリオを攻略する、ゲームでもない消化作業が待ち受けているかもしれないと考えていたが、イルブリードは甘くなかった。
「う!?」
主要スタッフ達が集まるメインルーム。周辺の機器から、床まで真っ赤に染まっていた。作業員は首がちぎれ飛び、あるいは全身をバラバラに引き裂かれてぶちまけられていた。
犯人が誰かは推測するまでもないし、答えも知っている。青、赤、白の派手なカラーリングのタイツを身にまとい、体の各所に星をあしらった装飾を身に着けたヒロイックな見た目をした殺人鬼。キラーマンだ。
「なにこれ。全然話が違う……」
菜摘も困惑していた。あの短い時間で聞いたあらすじによれば、このアトラクションは、キラーマンを騙るスタッフ同士のいざこざの果てに本物が現れる……という、意外と王道なタイプのホラーと聞いていたのだが、明らかに内容が違う。
全身、返り血塗れのキラーマンはゆっくりと九頭龍達の方を向いていた。辺古山が2人を庇う様に前へと出て、竹刀とスケートボードの二刀流を構えていた。一触即発の空気が漂う中、キラーマンの口元が動いた。
「嘘付きの裏切り者は許さない」
辺古山と九頭龍の動揺は薄かった。2人共、自分の消された記憶に関係することだと考えていたからだ。だが、菜摘だけは違った。
「まさか、アンタ!」
キラーマンが跳んだ。辺古山も流石に飛翔することは想定していなかったらしく、対処が一歩遅れた。
「菜摘!!」
九頭龍が叫んだ。このままでは妹がキラーマンに葬られると。だが、信じられない物を見た。菜摘が懐から見覚えのある物を取り出していた。――スケートボードだ。
習熟しなければ、楽しまなければ乗れる物ではないハズだと聞いていた。だが、彼女は慣れた様子スケートボードを掲げて飛び跳ね、地面に体をめり込ませていた。しかし、キラーマンは彼女の行動を読んだように顔面に取り付けられていた星のモニュメントを外した。
すると、どうだろうか? モニュメントの中から青タイツが現れ、菜摘にジャストフィットさせていた。
「!?」
「貴方の所のメカニックの発想よ」
そのまま、彼女を連れ去ろうとしたがキラーマンの頬を刃が掠めた。見れば、辺古山が竹刀から小刀に持ち替えていた。破れた一部から見えた頬は筋骨隆々な見た目とは反して、白い柔肌をしていた。
キラーマンの判断は早かった。舌打ちをした後、速攻で奥の方へと消えて行った。辺古山が追いかけようとしたが、菜摘に起きた異変を先に確かめていた。
「菜摘。大丈夫か!?」
「体にフィットして気持ち悪い……」
菜摘の服ごと覆い尽くす様に青タイツがフィットしていた。気持ち悪いだけで行動に制限は掛けられては……、いや。1つだけ制限が掛かっていた。
辺古山が彼女にスケートボードを差し出した。渡されたスケートボードに乗って、床をプッシュする。なんてことはない、普通に走り出していた。
「ペコ達見ていると忘れるけれど、これが普通なんだよな」
超常現象を引き起こす奴らばかりで忘れがちだが、本来スケートボードと言うのはこう言う物だ。滑るのを止めてスケートボードを返却した彼女は罰の悪い顔をしながら、九頭龍の方を見た。
「お兄ちゃん。何か言いたい事があるんじゃ?」
大量にあった。いつの間にヌケーターになっていたのか、キラーマンが言っていた噓つきの裏切り者と言う意味は、そして。
「アイツの中身は誰だ?」
今回はイルブリードのアトラクションの名を借りた私的な制裁劇が繰り広げられるだろう。だったら、極道らしくケジメを付けてやるまでだ。その為には、相手の住処(やさ)とも言える素性を知る必要がある。
「多分だけれど。彼らは、生徒会のメンバーの誰かだと思う。加えて、声の質からして女性」
腑に落ちることは多かった。第2の島で七海がプレイしていたイルブリードは誰の視点であったか。どうして、自分達に関する情報をここまで集めることが出来ていたのか、介入することが出来たのか。
答えは簡単だ。かつての自分達と徒党を組んでいた生徒会のメンバーだからだ。それが分かれば、十分だった。
「よっし、ペコ。連中に落とし前付けさせてやろうか」
言葉を話せなくとも、それ以上の会話は必要ないと言わんばかりに彼女は頷いていた。キラーマンが消えた通路に向って進もうとする中で、菜摘が不安そうに呼び掛けていた。
「お兄ちゃん、他に聞きたいことは?」
「ねぇよ。お前が俺達の為に付いて来てくれた。ってだけで、十分だ」
自分が裏切者として糾弾されるのではないか、兄を不安の渦中へと陥れて以前の様になってしまうのではないか。そう言った不安の数々は、一蹴された。
「まぁ、当然だし? なんたって、私。超高校級の妹だからね」
「俺達を嘗め腐った連中にゲロ吐かせてやる」
既にアトラクションとしての体を放り出して私刑劇に対抗するべく、九頭龍達は奥へと進んだ。
~~
相手がイルブリードであることを止めたなら、九頭龍達も真っ当に攻略するつもりはなかった。辺古山が菜摘を背負い、九頭龍をお姫様抱っこしてスケートボードを駆っていた。
トラップに関しても、もはや世界観を遵守するつもりもないのか。銃撃や地雷などの工夫も世界観も無い殺意だけの物になっていた。だが、ヌケーターの中でも特に戦闘向きな彼女に対しては妨害になっていなかった。
片手で九頭龍を抱えながら、背中に菜摘と言うハンディを背負いながら、片手だけで振るう竹刀で弾丸を落とし、時にはスケーターとしてのトリックを見せながら大胆に回避をして、ヌケーターとしての超常現象を用いて壁や床を擦り抜けて進んでいた。
時に状況が噛み合った時の才能とは凄まじい程の能力を発揮する。例えば、シネパニックで見せた田中の超高校級の飼育委員の才能がアトラクション内の全ての動物を魅了した時の様に。
剣技、スケボーテク、ヌケボーの3つは、まるで3種の神器の様にイルブリを介した黒幕の陰謀を引き裂いて行った。……辿り着いた先に殺人鬼(キラーマン)はいた。
「一つ、提案があるのだけれど」
「言ってみな」
「もう一度、私達。手を組まない? 自分達の失態から目を逸らして、復讐を埋め立てようとしている連中に反旗を翻すの」
現状を鑑みれば、超高校級の絶望達は排除されて行ったのだろう。
最初の時点では、彼らも被害者だった。だが、世を構築する多数の人間は何の才能も持たない凡百だ。彼らは才能を憎んだ、特権階級にある連中への嫉妬と憎悪は瞬く間に積み上げられていった。
お互いにどれだけの物を失ったのだろうか。世が平穏に戻ろうとしても、負った傷は癒えることはない。憎悪が霧散することも。
「断る。いつまでも復讐に手を貸しているほど、暇じゃねぇからな。知らねぇ、俺の負債を背負うつもりはねぇ」
「もしも、思い出せたとしたら?」
キラーマンは懐から鍵の様な物を取り出していた。一目で複製等が難しいタイプの特殊な物だと言うことを察した。
「ソイツを使えば良いんだな?」
「私から奪えたらね。来なさい、未来機関に掴まった雑魚共。組織の売女。仲間にならないなら、ここで死ね」
キラーマンと同様の殺意と殺法が辺古山と交差した。九頭龍と菜摘は飛び火しない様に直ぐに脱出したが、外から見ているだけという訳ではなかった。
「お兄ちゃん! 私の拘束具を解いて! ペコ1人だけじゃ負けるかもしれないから!」
九頭龍は辺古山も使っていた小刀で菜摘の拘束を解こうとするが、まるで刃が入らない。無理矢理脱がそうとするがピッタリフィットして、まるで剥がれない。指が入る隙間もない。
「キャー!! お兄ちゃんにおーそーわーれーるー!!」
「バカ言ってんじゃねぇ!!」
一刻を争う状況だというのに何を抜かしているのか。それでも何とかしようと小刀を握る手に力を込めていると、勢い余って自らの指を切ってしまった。
指先に血の玉が浮かび、ツゥーと流れ出し菜摘の鎖骨辺りにも落ちた。九頭龍が目を見開いた。
「ちょっと、お兄ちゃん。別の手段を探して……」
「いや。これでいい」
すると、九頭龍は自らの腕を切りつけた。鮮血が溢れ、彼の両手が真っ赤に染まった。彼の指先を染めた血液と言う潤滑油的存在は、タイツと服の隙間に指を押し入れるだけの役割を果たしていた。
だが、フィットしていると言うことはキツイ力で締め付けていると言うこともあり、そこから広げるのは相応の力がいる。
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
花村に次いで小柄な彼の体の何処からあふれ出しているのか。彼は獣じみた咆哮を上げながら、菜摘にまとわりつくタイツを押し広げて剥ぎ取っていた。
拘束から解かれた彼女は直ぐに自らの衣服を破いて、九頭龍の傷口に押し当てて止血を試みていた。
「もう、お兄ちゃんのバカ! なんて、無茶するのよ!?」
「俺が出来ることをやっただけだ。だからよ、菜摘。ペコのこと、頼んだぞ」
荒い呼吸を繰り返しながら、九頭龍は彼女に託していた。本当を言うなら、治療の為に傍で付き添いたい位だが、兄から頼まれたなら仕方がない。
「じゃあ、行って来る」
「おう、行ってこい」
派手さもない。トリッキーさもない。ただ、日常に染み付いたも同然と言わんばかりの自然な動作と共に、彼女はスケートボードに乗って戦場へと向かって行った。