キラーマンが辺古山を連れ込んだ場所は死体安置所(モルグ)だった。
イルブリードに挑んだ有象無象の挑戦者達の死体が乱雑に放置された、このテーマパークの闇とも言える部分だ。
「ここに浮かんでいる死体は雰囲気再現の為に持って来た物だけれど、クズも才人も死ねば同じ肉の塊。ゴミよ」
ゴミ。という言葉に反応したのは、死体に対して冒涜的な扱いをしていたからではない。キラーマン的に言えば、ここは大量のゴミが捨てられた場所であるというのだ。加えて、周囲は死体の腐敗を防ぐ為か特殊な溶液に満たされていた。
「貴方もゴミになるのよ!」
辺古山は冷や汗を流していた。このフィールドはヌケーターを仕留める為だけに作られたメタ空間だ。人間の腕や破片が突っ込まれた大量のゴミ箱に、壁抜けや床抜けも許さない溶液に満たされた空間。
この場では、縦横無尽に駆け回るヌケート侍も道場に押し込まれた剣術小町と化してしまう。
「スタァアアアアアアダストォオオオオ!」
キラーマンの顔面に飾り付けられた星のモニュメントから、まるで手裏剣の様に星型の刃が放たれた。咄嗟に竹刀で叩き落したが、迎撃行動に集中し過ぎた為か、目の前に人体だった物を詰め込んだゴミ箱が迫っていた。
「!!」
止まることも出来ずに衝突した彼女は上空へとぶっ飛んでいた。如何にヌケーターでも、空中では身動きが取れない。
キラーマンの胴体中心部にある巨大な星型モニュメントにエネルギーがチャージされ、激しい光と共に光線が放たれた。
「キラービィイイイイム!」
ホラーテーマパークにあるまじきヒロイックな技であったが、必殺の一撃であることには変わりない。身動きの取れない彼女はモロに攻撃を受けることになるかと思いきや、突如壁を抜けて飛び出して来た菜摘によって吹っ飛ばされた。
「2人か。忌々しい奴らね。絶望にも希望にもならないだなんて!」
この場所は死体安置所(モルグ)であるが、キラーマンは周囲の溶液から次々と『ゴミ』が詰まった箱を掬い上げては、2人に向って投擲していた。
第3の島でヌケーター対策として佐藤がゴミ箱を用意していたが、限りはあった。しかし、この場所においては特定のゴミは無限とも言える程の量がある。加えて、彼らが自由に動き回れない様に周囲に水路を作るという周到さ。
最初から、このステージはヌケーターを仕留める為だけに改造されていたのだろう。実際、菜摘と辺古山の2人掛かりでも走行は妨害され、ゴミ箱に吹っ飛ばされ、死体が沈む溶液に落とされてはリスポンを繰り返していた。
「フフフ。動きが鈍っているのが見えるわ」
如何に奇天烈な現象を引き起こし、時には自身も被害を受けることがあるヌケーターの耐久力も無限と言う訳ではないようだ。
かつてない程に対策され尽くした二人の動きは鈍りに鈍っていた。今までの敵とは訳が違う。
「そろそろ、仕上げね」
終始優勢を崩さなかったキラーマンが額の星型モニュメントから取り出したのは、菜摘にも着せた例のタイツだった。どの様な原理が働いているかは分からないが、これを着せられてはヌケーターも人の子に戻らざるを得ない。
菜摘も倒れた今、動けるのは自分しかいない。積み重ねて来た損耗を顧みずに辺古山が立ち上がる。手にしていたスケートボードを捨てた。
「馬鹿め!」
辺古山の運動神経が優れているとしても、あくまで人間としての範疇だ。キラーマンが放ったタイツは、瞬く間に彼女の体にフィットした。これで、彼女には世界の理を冒す現象は起こせなくなった。が。
「それは、お前の方だ」
長らく、口を閉ざしていた彼女が言葉を発した。この島に来て、スケートボードを嗜んでからはヌケーターの一行としてカウントされていた彼女であったが、本来の才能は『超高校級の剣道家』である。
キラーマンも油断していた訳ではない。この島に仕掛けられて来た様々なトラップや脅威を退け続けて来た、ヌケーターの存在があまりにも強すぎた為、彼女達が本来持つ才能の力を軽視していたのだ。
「うぉおおおお!」
キラーマンが周囲に衝撃波を放つが、ゴミ箱に触れるだけで吹っ飛ばされることもない辺古山の足運びにより容易く避けられていた。
振り下ろした一撃がキラーマンの頭部を捉えた。頭部に取り付けられた星型モニュメントが破砕され、頭部を覆っていたタイツと思しき物に亀裂が走った。
「流石、超高校級の剣道家。いや、ヒットマンと言った方が良かったかしら」
どうやら、ヘルメットの類であったらしく。走った亀裂からボロボロと欠けて、素顔が露わになった。屈強なガタイに似つかわしくない、端正な顔立ちの女性だった。だが、擦り切れた様な昏い相貌と白髪の混じったボサボサな赤髪が彼女の退廃ぶりを表していた。
「やはり、貴様は生徒会の……」
今回の黒幕の正体は予想通りだった。世界の破壊者と化した元・生徒会のメンバー。記録で見ていた時には勝気な表情が特徴的だったが、面影はない。
先の一撃はヘルメットを貫通していたのか、彼女の額から一筋の血が流れていた。しかし、不敵に笑っていた。
「これ位、出来るなら上等よ」
彼女は辺古山に向って何かを投げ捨てた。何かの小箱だった。彼女が気を取られた一瞬の間に、キラーマンは周囲に満ちている溶液の中に飛び込んだ。
「待て! これは!!」
返事は無かった。彼女も追いかけようとしたが、この液体の性質が分からない以上、無理に浸ることも危険と考えて、倒れた菜摘を起こしに行った。
~~
「中では、そんなことがあったのか」
最初から、このアトラクションは私闘の場として作られていた為か、スタッフルームの直ぐ先に『GOAL』と控室があるという、手抜きな作りとなっていた。
部屋に備品として置かれていた包帯や消毒液などで、九頭龍は自傷した傷痕を治療しつつ、2人から経緯を聞いていた。
「そして、奴が私に残して行ったのがコレです」
机の上に置かれた小箱は開かれていた。中には何かしらの電子キー。そして、いつもの様に記録が納められたUSBメモリ。ご丁寧に、この控室には映像を再生する為のデバイスも用意されていた。
見ないという選択肢はない。装置に挿しこんで再生を押すと、間もなくモニタに映像が映し出された。
~~
「副会長。俺だ、八式だ。兄弟は全滅、77期生も塔和シティに向かった連中を除いて、ほぼ全員捕縛された。じゃあ、先に逝って待っているぜ」
パン。と乾いた音がして、八式は倒れた。入り口付近には装備を固めた未来機関のメンバーが突入して来ていた。
「『生田ことみ』。最後の絶望生徒会のメンバーです。捕縛して、例の場所へ」
生田は手にしていた拳銃で最後の抵抗を試みたが、何の意味もなさなかった。捕縛された彼女はとある装置の前に連れて来られていた。
他にも同じような装置が並んでおり、中には誰かが入っている。その正体に気付いた、生田は目を見開いていた。
「!!!!」
猿轡をかまされている為、声を発することは出来なかった。装置の中に居たのは生徒会のメンバーだった。死んでは居なかった。それだけだった。
「今度こそ『試作機』の稼働は上手くいくんだろうな!」
「その為に77期生を捕縛しているんだろうが。精度は上がって来ているんだ。完成したら、次はアイツらで試して更生させりゃあいい」
自分達が犯して来たのだから分かる。装置の中に入っている生徒会のメンバーは壊されていた。ある物は焦点の合わない目で、口や鼻から体液を垂れ流している。ある物は、まるで赤子の様に泣いているだけだった。
いずれも死すら許されない地獄の中に居た。先に倫理観を投げ出したのは自分達で、だとすれば相手側も投げ出すのは当然だった。
「よし。データベースにある物を同期させるぞ。上手くいけば、希望側に戻れるかもな。更生プログラム、起動しろ!」
そう言う男の瞳は憎悪に染まり切っていた。装置に入れられた生田がどうなったかは――。
~~
「……菜摘。詳しく説明して貰えるか?」
映像だけでも繋げられる要素が多すぎた。どうして、装置に詰め込まれた生田が姿を現したのか。次はアイツら、という言葉も含めて自分達の置かれている立場が徐々に理解できて来た。
「最初にウサミが言った通り、お兄ちゃん達は治療を受けているの。更生プログラムって言う、装置の中で」
「治療? 死刑じゃねぇのか?」
少なくとも、先程映し出された更生プログラム内に居た者達は治療後の姿だとは思えなかった。これに関しては、菜摘も困惑している様だった。
「未来機関の方では装置の安全性は検証に検証を重ねた物だって言っていたけれど」
「重ねていたってのは分かる。ついでに、失敗したらどうなるかってのもな。で、さしずめ、お前は監視員として来たって所か?」
「うん。何かあった時に対処する為にね」
即ち、菜摘は自分達と道を違えていたと言うことだ。自分達をこんな所に押し込めた組織に付いていると言うことに思うこともあったが、自分達の様な外道になっていないことに幾らか安堵していた様でもあった。
「じゃあ、あの佐藤って奴は何だ? 既にお前らが居るんだろ? 追加人員か?」
「多分、そうだと思う。未来機関は広いから把握していない人員もいると思うし。……まぁ、いたのは私も知らなかったけれど」
組織としてはあまり頼りにならなさそうな印象を受けた。今、異常事態が起きているのは同じ様な装置に入っている、生徒会の生き残りによる物だとすれば。その目的は……。
「俺達を殺す。だなんて、ケチなことに留まるとは思わねぇ。この鍵で何かが分かるかもしれねぇな」
一体、何処に使うかも分からない鍵だが、寄こして来たというからには意味があるのだろう。恐らく、使用する日は遠くない。
今回の騒動を仕組んだ黒幕の存在が分かるにつれ、自分達がこの修学旅行から卒業できる可能性が閉ざされて行く様な、そんな気がした。