(うーん、中々の配牌ね)
久の東一局最初の配牌はよさげなものだ。軽く、早いあがりが狙える。少し時間をかければハネ満も見える絶好手だ。
(でも、進むかは別なのよね)
配牌がどれだけよくてもテンパイできなければ和了することもできない。配牌がよくてもテンパイできずに流局を迎えることも多々あるのが麻雀というゲームだ。
更に麻雀はテンパイして終わりではない。より多くの得点を奪って一位を勝ち取るものなので、安い手だけでは厳しいものがある。安い手ばかりあがっても、相手に大きな手をあがられたらあっさり逆転されてしまう。しかし、高い手というのはそんなに出ないから獲得点数が多いので、狙い過ぎるのも考えものだが。
そして、和了するなら待ちは多い方がいい。待ちが多ければ多いほど和了のチャンスが増える。だが、久はその逆を行く。悪待ちを好む彼女は地獄単騎を平気でやり、しかも勝利してきた。
(清澄の人は牌譜を見る限り、悪待ちばかりをしている。とりあえず東場は様子見だ。点数を稼ごうとしてやられるわけにはいかない)
文堂としてはこの点数を守ることが第一にすべきことであった。清澄が悪待ちばかりをするなら、悪待ちにならないもの、生牌を切ればいい。
(とにかく守るんだ。キャプテンとみんなとインターハイに行くために……)
その時、文堂の脳裏に宮永咲がよぎった。誰も成したことがないインターミドル三連覇をやり遂げ、今日本で一番強い高校白糸台の先鋒、つまりはエースとしてこのインターハイに挑む同い年の女の子。
それだけで宮永咲の実力の片鱗が知ることができる。現高校一年の頂点にして最強の座についている。全国に行くということは宮永咲という化け物と戦うことになる。
つまり県予選で苦労しているようでは優勝なんかできっこない。
(確かに彼女には私にはない才能がある。それは麻雀をやる人には、特に私のような凡人には喉から手が出るほどほしいものであり、羨ましいものだ。でもこの大会に対する気持ちは彼女に負けない自信がある)
二ヶ月でレギュラー入りした文堂に足りないのは大舞台での対局経験だろう。プレッシャーが全身に重くのしかかる。油断すると普段はしない打ち方をしてしまいそうだ。
(最善に最善を重ねる)
鶴賀の蒲原は変わらない笑みで風越を見る。
(落とせるなら落とすところなんだけどなー)
卓についてから考えが揺らいだ。このまま風越を走らせ、チャンピオンの的にするという手もある。清澄が最下位の場合、間違いなくトップを狙いに行く。その時に点数が拮抗していると狙われる可能性も高くなる。
(でもなー、チャンピオンがとんでもなく強かったら順位関係なしだろうしな)
清澄を潰す方がいいのではないか。清澄の点数を30000点以下にすれば逆転されても大きく引き離される事態にはならないだろう。ならここは他三校と協力して清澄を叩くのが一番ではないか。いけるなら清澄をトバし、更に風越を撃ち落とす。
(これが現実的だよなー。私にはそこまで力ないから他も協力してくれなきゃ無理だけど)
ここで蒲原がテンパイする。二・五萬のタンピンのみの手だ。2000点の安い手だが、中堅戦最初のテンパイだ。ここはきっちりあがって、追い風にしたいところだ。蒲原はリーチはかけずにダマで待つ。
龍門渕の一の手は重い。まだ二向聴で、しかも満貫になるかどうかのものだ。
(うーん。これは諦めかな。最初の親は捨てだね)
どうにもならない手だ。一応テンパイは目指すが、誰かがテンパイしていたら即オリする考えだ。
(清澄は次がチャンピオンだから潰しといた方がいいかな。流石に咲ちゃんほどヤバくはないだろうけど、念には念を入れとかないとね)
県予選で負けるわけにはいかない。この卓で一番危険なのは清澄の竹井久だ。悪待ちを好む妙な打ち手だ。衣や宮永咲に近いものがある人なのだろう。
警戒するのは当然として、可能なら前に出れないように脅しておきたい。例えば次鋒戦のように清澄を三校が狙い打ちして攻めに出られなくし、高い手をあがれなくする。安い手がやっとの状況に持ち込む。
(まあここまで来て優勝目指さない人はいないだろうし、僕か誰かが山越しで清澄叩けば意図には気づくでしょ……相当の馬鹿じゃなきゃ)
二萬を捨てる。これを蒲原はスルー。
蒲原は次の牌で和了できず、ツモ切り。
(テンパイね)
久は確認として相手の捨て牌を確認する。二萬切りで自分好みの悪待ちでのテンパイとなる。七対子ドラドラ。そもそも七対子は待ちが読みにくいものだ。
「リーチ」
「ロン。2000だぞ。ワハハ」
(山越し!? 普通トップの……ああ、そういうこと)
ここで久はようやく他校の狙いに気づく。
酷い状況、逆境、普通の人なら諦める状況だというのに、
「いいわよ。全員まとめて相手してあげる」
彼女は何よりも楽しそうに笑った。どんなに酷い時でも耐えて待った時、状況は好転する。人生悪待ち。それが彼女竹井久という人であった。
(この人ばかなのか? とても三人を蹴散らすような力はなさそうだけど)
(舐めてる。私の他に優勝候補の龍門渕がいてまとめて相手にする? この人負けるとか考えてないのか?)
(ワハハー。何か面倒な気がしてきたなー)
前半戦が終了した。
久の失点は10000点ちょいと三人から狙われたにしては上出来な結果だ。他の三校は僅かばかり点数を増やした程度で、狙い打ちをした結果に伴わないものとなってしまった。
(ふぅ……。やっぱきついわね。山越しやられたら安牌なんてわからなくなるし。でも、やらなきゃね)
照の次は去年インターハイで活躍した天江衣が待ち構えている。それに備え、この中堅ではプラス20000点にはしておきたい。
照なら最低50000点は稼いでくれる。100000点も射程内に入っている。それ任せに打つつもりはなく、むしろ照の負担を減らすためにも後半戦でプラスにしたい。
考えそのものはおかしくはなく、正常なものであるが、前半戦の結果を見ればわかるように狙い打ちされている状況でプラス収支にするのは難しい。宮永照のように圧倒的な力があるのならものともせずに敵を蹴散らすだろうが、久も自分にそれだけの力がないのは理解している。
(全く。照といい、妹さんといい、宮永家は魔窟なのかしら。何で姉妹揃って強いのよ、ヤヴァイのよ)
愚痴るように宮永姉妹について思った。久がそうなるぐらいに宮永姉妹は麻雀が強く、お前ら姉妹同士じゃないと敵なしだろ、といいたくなるほどだ。まあかといって心から二人の麻雀を羨んだことはないし、二人のような麻雀を打ちたいと思ったこともない。
麻雀の打ち方、考えは人それぞれであり、あの人みたいに強くなりたいと思うことはあれど、久は己の麻雀が一番好きで、誇りに思っている。
それはきっと宮永姉妹も同じなのだろう。そうでなければあれだけの強さを持った時点で麻雀はつまらないものだと投げ捨て、別のことに手を出している。
結局宮永姉妹の麻雀が好きという想いは同じぐらいに大きく根深いのだ。事実過去の出来事があったのに宮永咲は麻雀を打ち続けている。好きでないなら東京の白糸台には行かず、長野で新しい趣味に手を出す。
(やっぱ妹さんは……)
照から聞いたことがある。昔咲に嶺上開花を教えたことがあると。だから久にははっきりとわかっていた。それ故に照には何も話さずにいた。宮永家の問題は部外者である自分が口出しすることではなく、あくまでも宮永家が解決するものだと。
(頑張りなさいよ、照)
仲間を思いやる優しい微笑みを浮かべた。
休憩時間が終わり、後半戦が開始された。
(やっぱ狙ってくるのね)
1000点の安手に振り込んだ。ここまで露骨に狙われると逆に笑いが込み上げてきた。
(まあいいけど)
最悪の状況でも久は耐える。いつかいい流れが来ると信じて。相手の捨て牌からテンパイ気配が感じられた時点でオリに入らないといけないのは辛いが、突っ走って振り込みまくるよりは遥かにいい。
そして南一局で状況は一気に変わった。
「リーチ!」
(はやい)
(三巡目でか……どーするかなー)
(安牌なんてあまりない。それに清澄の人は悪待ちが基本だから余計に)
現物以外役に立たない。少ない現物を切って三校は一発ロンを免れるが、
「ツモ! 4000・8000!」
『ここで清澄高校倍満和了! 三校からの集中砲火をものともしない見事なあがりです!』
『チャンピオンで逆転されないために三校はここで清澄を落とそうとしてたな。だが、清澄の竹井久はチャンピオンと同じ部活だ。甘く見すぎていたな』
『チャンピオンと打つ機会は多いでしょうからね。それなりに腕は立つでしょう』
『チャンピオンは生半可なプロは普通に倒すからな。変なプロと打つよりはずっといい経験になるだろ。でもまあ、そうは言ってもこのあがりが最後かもしれないがな』
実況の話も頷けるものだ。三校を蹴散らすだけの力がないのははっきりしている。残り少ない局数で久が和了できる確率は低い。
(せめてもう一回は欲しいわね)
最後の親を何もできずに流したくない。と、いくらそう思ってもやはり厳しいことには変わりなく、和了できずに中堅戦は終わりを迎えた。
対局室から出た久は頭をかいた。三校から狙われたことで点数を伸ばせなかった。ポンで順番は飛ばされたし、互いにサポートし合っていた。それでテンパイ速度はぐんと上がっていたし、久も毎局テンパイするわけではないのでままならなかった。
しかも相手は点数無視の安手ばかりをやってきたのでますます詰まってしまった。最下位の清澄は大きな手をあがらないと厳しくなるという心理も見事に見抜かれていたので本当に手詰まりであった。
「はあ……安手でいいからあがるべきだったかしら」
チームのためにと頑張ったのが仇になった。この県予選は全国へ出るための足場でしかないとはいえ、その全国を目指す気持ちはみんな大きい。全国優勝を目指す身ならば、それを考えて打つべきだった。
「次頑張りましょうか」
少々のプラスで終わってしまったが、これは大きな経験だ。きっと全国で役に立つだろう。
控え室に戻ってきた久は申し訳なさそうにしつつも笑みを浮かべていた。
「お疲れさまです」
「部長どんまいだじぇ」
「ごめんねえ。結果出せなくて」
「大丈夫。私が稼いで……飛ばしてくる」
「あはは。あんたが言うと冗談に聞こえないわね」
「ほんとにのう。怖い限りじゃ」
「行ってくる」
「頑張ってください」
「応援してるじぇ」
「うん」
宮永照にとってはじめての団体戦がはじまろうとしていた。
更新遅くなってごめんなさい。咲SS読み漁ってたらこんな風にね。次回予告すると、透華は覚醒しますよ。これも個人的予想ですけどね。