インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
年末より年始の方が忙しいっていう……
本日二時間目の授業も終わり、休み時間。
昨日からの一夏の様子を見て、気後れが無くなったのだろうか……積極的に一夏へ話しかけようと、周りに女子が集まっていた。
「ねえねえ、織斑くんさあ!」
「今ヒマ? ヒマだよね!?」
「質問質問!!」
「(……正直、そんなに一斉に言われても困るんだが……)」
助けを求めて周りを見渡すが、幼馴染は怒ってるようなそうでないような視線を向けるだけだし、エメラダは何も言わずに傍らで立っているだけでどうしようもしない。
そんな風に困っていると、廊下から救世主が入ってくる。
「────休み時間は終わりだ。散れ」
……千冬である。
その姿を見た生徒たちは蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていく。
「ああ……ところで織斑、お前のISだが明日中には調整から帰ってくるそうだ。準備しておけ」
「了解……じゃない、分かりました」
そして、不意に声をかけてくる千冬。だが、この会話に一斉にクラスからどよめきの声が上がった。
「それって……せ、専用機……!?}
「な、なんで……?」
「うらやましぃ……」
「……ああ、そういえば伝えていない……というか織斑、伝えていなかったのか?」
「いや……その……あはは」
「はぁ……まあいい、せっかくだし……そうだな、バルタザール! お前らについて説明しろ」
その声に無言で従い、エメラダは立ち上がる。
「……あたしたちは、『シェバト社』の専属パイロット。だから社の専用機を与えられていて、イチカのは一時調整の為に本社に送られている」
「しぇ……シェバト社!?」
「『ソラリス・コーポレーション』と双璧を成すドイツのトップ企業……でしたわね?」
そう確認するセシリアに首肯すると、役目を終えたといわんばかりに席に着く。因みに、『ソラリス・コーポレーション』────通称ソラリスとは、ドイツの様々な物品のシェアをシェバトと二分する古参の大企業である。
その答えを受けて一応の落ち着きを見せる生徒たち……だが、専用機という響きは一年生には衝撃的だったようで、羨ましげな視線をエメラダたち二人にそそぐ生徒もいる。
それも当然と言えば当然だ……専用機とは、一部の生徒────実力を認められた、国家代表、代表候補生等に与えられる特別なものなのだ。
また、企業のパイロットが持っている場合もあるが、企業が所有するIS……ひいてはISコアの少なさがその存在を希少なものにしている。
もちろん、専用機にはその条件に見合う大きなメリットがある。
その恩恵の中でも最たるものが、稼働時間の増加だ。ISは乗れば乗るほど技術面の向上はもちろん、IS自身も操縦者に合わせて更なる最適化を図っていくものなのだ。
そうして稼働時間を増やした機体は、名実ともに専用機……操縦者の真の相棒となり、多数の操縦者が乗れるようにその最適化の機能を切った量産機とは一線を博する強さを手に入れるのである。
「まあ、そんなわけだ……篠ノ之束がコアの生産を止めたため、企業の保有は少ないが目の前にこんな事例もある。これを励みに専用機を持てるよう───」
「……ねぇ、篠ノ之って……」
「……やっぱり……」
そして、そのまま授業が始まっていく……のだが、ひそひそと話す生徒たちもいる。どうやら、『篠ノ之』という名字に何らかの関連性を認めたのだろうか、箒へと向かう視線もちらほらある。
「────静かにしろ……と言いたいところだが、余計な詮索を生む前に言っておくほうが良いか」
その生徒たちを制止しつつも千冬は箒へと視線を向ける。そうして、箒が千冬に頷くのを見ると再び話し始める。
「篠ノ之は貴様らの予想通り、篠ノ之束の妹だ。だからといって、過度な粘着行為は慎め……この意味が分からない貴様らでは無いはずだ」
ぎろりと教室を見渡す千冬。生徒の大半はその眼光に怯え竦め、一部は興奮しつつもその意味を理解する。
「よし……少し話が脱線した。授業を再開する────」
▼
放課後。
席を立とうとする一夏のもとに人影───箒が立ちふさがる。
「一夏、付き合って欲しい場所がある」
「ん……? どうしたんだ、箒?」
「良いから来い……!」
「のわっ!? 何する───」
そう言って制止しようとするが、箒の剣幕───一種の覚悟を感じさせるその表情に気圧される。
その間に箒は一夏の手を引いて教室の扉へと足を向け……その途中に居たエメラダの手も引いて出ようとする。
「お前もだ、バルタザール!」
「っ!?」
眼を丸くして驚くエメラダ。何事かと一夏へと視線を向けるが、首を振ってそれに答える一夏。
そんな二人を無視して箒が二人を連れて行った先は……剣道場だった。
「おい、ここって……」
「────剣を取れ、一夏」
「は……?」
それだけ言うと、箒は備え付けてあった道着と竹刀を一夏へと渡す。
「だから、一体何だってこんな……」
「私は……口が上手くない」
「お、おう?」
「だから……剣を交えれば、分かると……思った」
「…………」
「……駄目か?」
一夏には何を言いたいかは分からなかった。しかし、彼女の焦りや不安といった感情は痛いほど伝わってきた。
「───いいぜ、やろう」
「……!!」
「何だかわからないが……試合くらいならいくらでも相手になってやるよ」
「ああ……頼む……!」
そうして、準備をしたのち、体面に竹刀を持って向かい合う二人。ここまで状況を理解していなかったエメラダも、よく分かってないながらも審判の役目を一夏から頼まれ、引き受けて二人を見やすい場所に立っている。
「……それでは、始め……!!」
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
開始の声とともに一夏へと鋭い一閃を放つ箒。しかし、一夏はそれを受け流すと、鍔迫り合いの状況へと持っていく。
「くっ……!」
「────ッ!!」
箒は攻め切れなかったことに苛立ちの声をあげるが、一夏も予想よりもその衝撃が大きかったのかその身を強張らせる。
そうして、睨み合うこと十数秒……一夏は鍔を緩急をつけて押し出し、距離を取る。
再び間合いが開いた二人。ただ、今度の箒は警戒しつつ間合いを測る……先ほどの一撃は牽制だったらしい。
牽制の割には随分と重い一撃だ───そう心中で苦笑いしつつも相手の出方を見る一夏。
その後、数合ほど打ち合う……が、お互いに決定打は無い。
「────らぁ!!!」
「っ!」
また、間合いが開く。
そこまで来て、箒は構えを少し変える……瞬間、箒の剣からの威圧が大きく膨らんだ。
そしてそのまま一夏に斬りかかる。
「これで…………!?」
必殺の一撃。
全身全霊の、勝利を確信できる一閃だった……一夏の構えを見るまでは。
「──────」
一夏が取ったのは、居合の構え。
そして、腰だめから放たれた一撃が箒の竹刀を───穿つ。
「っ!?」
跳ね除けられる竹刀……返す刃、ガラ空きの胴に向けて、一閃。
「────斬ッ!!!」
────一閃二断の構え。
それは篠ノ之流の構えであり、千冬が最も得意とする技。
一で閃き、二で断つ……奇しくもそれは箒自身の得意な構えでもあり、自身のものよりも一段上の鋭さを今の一太刀……いや、二太刀は携えていた。
「……勝負、あり」
エメラダの声とともに、崩れ落ちる箒。それに一夏はぎょっとした様子で駆け寄る。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「……ああ、問題ない」
一夏を手で制止すると、立ち上がる。
「強く……なったな。以前より」
「当然だろ? でも、そっちだって練習は欠かしてなかったみたいだな……一太刀一太刀の重みが違う」
「ふん、それこそ当然だ」
「……はは」
「……ふん」
そうして一息ついた後、箒は一夏に向き直る。
「まあ、なんだ……前と変わってないようで何よりだ」
「え?」
「太刀筋だ。打ち合えば大体分かる」
「そうか?」
「そうだ……少し安心したが」
「……? 今なんて?」
「な、何でもない!!」
「お、おう、そうか」
仰け反る一夏を尻目に、箒はエメラダの方へと歩みを進める。
「そして……もう一つ。バルタザール、お前にも試合を頼みたい」
「…………あたし?」
「ああ……頼めるか?」
「ん……別に構わない。イチカ、審判を」
「え? あ、ああ」
怒涛の展開に目を白黒させながらも頷く一夏。そして、二人は段上へと上がる。
「……道着は着ないのか?」
「ん……剣術ってあまり分からないから」
「そうか……では、最低限防具は着けておくといい。剣術にこだわる必要は無い……ただ、お前という人間を、剣で確かめたいだけだ」
「…………」
防具をつけ、再び向き合うエメラダ。
「……そっち、連戦だけど良いの?」
「かまわん……行くぞ!」
「では……試合開始!!」
じりじりと、しかし着実に距離を縮めあう二人。
箒の方は先ほどと変わらない構えだ……しかし、エメラダの方は構えと言った構えはしていない。竹刀を無造作に持っているだけだ。
しかし、箒は先ほどのように攻め入りはしない……いや、出来ないのだ。
一見無防備なエメラダの矮小な体躯。その実、実力者である箒の目からしても一片の隙も見つからないのである。
「……くっ!!」
そして、均衡に痺れを切らしたのは、箒。
一夏との試合で放った一閃と遜色無い袈裟斬り────受ければその体躯では踏み止まれないであろうその剛撃は、宙を斬った。
「…………は?」
確かに目の前に居たはずのエメラダ。彼女に刃が当たる直前、その姿がかき消えたのだ。
試合中にもかかわらず素っ頓狂な声を上げる箒。直後、上方から影が落ちてきて────
「───たぁっ」
────そんな気の抜けた声とともに箒は意識が落ちていくのを感じた。
……落ちる意識の最中、どこか諦めの籠った笑みを浮かべる一夏が不思議と見えた気がした……
▼
「……っ、ここは?」
「おお、眼が覚めたか」
「…………」
箒が目を覚ますと、二人───先ほど試合をしていた二人の、心配そうな顔が見えた。
そして、箒は意識を落とす前の記憶を思い出す。
「そうか……負けたのか、私は」
「……ごめんなさい」
「……? 何故、お前が謝る?」
「だって、あなたを気絶させた」
「それは、私の未熟のせいだ。バルタザールが気にする必要は無い」
「でも……」
そうして、しばしの沈黙。
「……ぷっ」
「……………何が可笑しい、一夏」
「いや、悪い悪い……二人とも同じような顔してたからさ」
「……あたしは、こんなむっつり顔してない」
「なっ……!? わ、私もお前ほど不愛想になった覚えは無い!!」
再び沈黙。
「そっちの方が、むっつり」
「いや! 絶対にお前の方が不愛想だ!!」
「む……!」
「ぐぐぐ……!」
三度沈黙……
「……ふふ」
「……ふっ」
……そうして、どちらかともなく笑い声を漏らした。
「───エメラダ」
「……っ?」
「名前で呼んで、
「ふ、ふん……どうしてもというならばやってやらんこともない」
「どうしても」
「し、仕方の無い奴だな……え、エメラダ……これで良いか?」
「うん、ありがとうホウキ」
「べ、別に礼を言われるようなことはしていない」
「それでも、ありがとう」
「~~~っ! お前は……!」
言い返そうとするが、途中で溜息を吐く。
「お前のことがよく分からん奴だと思ったから、剣で確かめてみようと思ったが……」
「…………?」
「はぁ……そんな必要もなかったのかもしれんな」
「ん……? まあいいや、はい」
立ち上がり、座ったままの箒へ手を差し伸べるエメラダ。
「これからよろしく、ホウキ」
「ふん……まあ、よろしくしてやろう──エメラダ」
……箒はその手を、しっかりと握りしめた。
メモ書き
・ソラリス
本作ではドイツの大企業。ISから食料品まで幅広く扱っている。最近、ソイレントシステムという画期的な工場運営法を生み出したことで注目を浴びる。
原作では、神聖ソラリス帝国というシェバトと敵対する空中国家。
カインという絶対的な統治者のもと、実質的に世界を牛耳っていた。