インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
「───遅い! 遅い遅い遅ーい!! 何やってたのよあんた達は!」
「だからゴメンって……機嫌直してくれよ、鈴」
「……ごめんなさい」
日曜日……エメラダ、一夏、鈴の三人は揃って外出していた。
一夏が鈴に勝った後、そのまま勝ち上がってきた四組の代表との試合にも勝利し、見事一組の優勝で終わりを飾ったクラス代表戦も数日前のこと……三人は再開を祝して、地元へと足を延ばしていたのだった。
「……あたしが寝坊したせい。ごめんなさい」
「いや、朝の鍛錬にかまけてエメラダを起こせなかった俺も悪いだろ」
「違う。あたしが……」
「いやいや、俺が……」
「……はぁ、これじゃあたしが悪者みたいじゃない」
鈴は眉間に手をやって、ため息をつく。
今日は珍しくエメラダが寝坊してしまい、約束していた出発の時間に大きく遅れてしまったのだ。しかし、そのことへの怒りもこんな光景を見せられては萎えてしまうというものだろう。
「もういいわよ、そこまで怒ってるわけじゃないんだし」
「それじゃ俺の気が済まない。なんか奢るって」
「だったらあたしが奢る」
「……女の子に金を出させるわけにはいかないだろ」
「……過失の一番大きいあたしが、むしろ一夏の分まで払うべき」
「「…………むむむ」」
「何がむむむよ…………」
鈴は内心、誘ったが所属している剣道部の練習で来れなかった箒の不在を呪った。
昔から似た者同士というかなんというか……夫婦漫才のようなやり取りを繰り広げることがあるというのは知っていたが、会ってなかった数年の間にこの二人がここまでさらにめんどくさくなっているとは思わなかったのだ。
「ああもう、面倒くさい! 二人は弾の店で業火野菜炒めを割り勘であたしに奢ること! 異論は認めない!!」
「……お前ら人ん家の前で騒いでんじゃねえよ。何、営業妨害なの?」
「あ、ダン」
「いつの間にかついてたのか、五反田食堂」
ワイワイ騒いでいた三人に声を掛けたのは、赤い髪にバンダナを巻き、箒を持って佇む高校生くらいの少年……三人の幼馴染である五反田弾であった。
「鈴が帰って来たってのは一夏から聞いてたが……いや、ある意味この騒々しさが懐かしいぜ」
「やれやれみたいな顔してんじゃないわよ。あんただって数馬と合わせて騒いでいたでしょうに」
「そうだったか? 記憶にないなぁ……」
「そのポンコツな頭って叩けば治るものなのかしら」
「やめてください、しんでしまいます」
流れるようなやり取りをした後、二人は一呼吸おいて向かい合う。
「その……なんだ」
「あによ」
「いい忘れてたんだがな」
「うん」
「鈴、お帰り」
「……ただいま」
頬を描きながら言った弾の一言に鈴は苦笑を浮かべながら答えを返す。
どうやら、このふざけた様で存外純朴な少年はあまり変わってはいなかったらしい。
「……まあ取りあえず入れよ。飯、食いに来たんだろ?」
「ん、ってか今掃除してたんじゃなかったのか?」
「お客様のご案内が優先でございます」
「……うむ、よきにはからえー」
「エメラダ、あんたは乗らなくていいから」
弾の実家……五反田食堂の懐かしささえ感じる引き戸を開けると、これまた懐かしい香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
「らっしゃい! ……っておい弾! 掃除はどうした!」
「懐かしい顔ぶれのお客様の案内に来ただけだっつの」
「あぁん?」
厨房内から飛んできた怒号に弾は肩をすくめ、後ろに控えていた三人を店内に招き入れる。
「こんちはー」
「久しぶり、ゲンさん」
「ここもあんまり変わんないわねぇ……」
「おう? おうおうおう! なんでぇ、ずいぶん懐かしいメンツじゃねえか! そういうことなら早く言えってんだ!」
「だから言ったつうの……」
「あぁん?」
「……何でもないですお爺様」
厨房から顔を覗かせた、浅黒い肌を持つ巨漢。
その人こそこの五反田食堂の厨房を預かる料理人にして、まったく老いを感じさせない弾の祖父こと五反田厳である。
「っていうか、今日来るって昨日言っておいたはずなんだが……」
「そうだったか?」
「……まあいいや、俺はお袋と蘭を呼んでくるから勝手に注文しといてくれ」
顔を引きつらせつつも、右手をひらひら振りながら店の奥に消えていく弾。
「……ほんと、変わんないわね」
「ん? 今なんか言ったか?」
「なんでもないわよ……厳さーん! 業火野菜炒めの定食お願いしまーす」
「あ、あたしも」
「……? まあいいか、俺もそれでお願いします!」
「おう、ちょっと待ってな!」
ゴウッ、と音を立てながら中華鍋の中で立ち上る炎。それと同時に野菜や肉の急速に焼かれていく香ばしい匂いが店中に充満する。暴力的なまでのその匂いは、昼時で空いているお腹に狂おしいほどの欲求を生み出させるのだ。
三人は知らず知らずのうちに生唾を飲み込む。
カリカリ、それでいて良い色の焦げ目がつく程度に焼き上げられた各種の野菜に加え、ジューシーな豚肉の肉厚な食感……三人の脳裏にはその匂いだけでこれらのものが鮮明に思い出される。
「呼んできたぞー……ってどうした? 三人ともそんなに呆けて」
「いや……久しぶりに厳さんの野菜炒めが食えると思うと……」
「お腹空いた……」
「たまんないわ、この匂い……」
「うふふ、三人ともそんなこと言ってくれて……父さんも喜ぶわ」
「あ、蓮さん。お久しぶりです」
五反田蓮……弾の母親である。
実年齢は秘密とのことだが……相変わらず、28から年を全く取っていないように見えるその美貌は衰えを知らないようだ。
「あれ? 蘭は居ないのか?」
「あー……あれだ。察してやれ」
「はぁ?」
「…………?」
「弾、こいつらにそういう能力は無いの忘れた?」
「……そういえばそうだったな」
ため息を揃って吐く二人。首を揃って傾げる二人。
そんなことをしている間に、三人の座るテーブルのもとに山盛りになった野菜炒めと、湯気を立てる白米、味噌汁の乗ったプレートが並べられる。
「はいお待ち!」
「来た来た!」
「待ってました!」
「……いただき、ますっ!」
同時に野菜炒めを口に入れる三人……そして、暫し響く野菜の軽快な咀嚼音。
「あぁ、うめぇ……」
「……むぐ、はむっ、んむっ」
「ああもう、そんなにがっつかないの。気持ちは分かるけどね」
エンジンが入ったかのように野菜炒めに箸を伸ばす三人。それを見て、厳はそれが当然と言わんばかりに腕を組んでうなずく。
「お? じーちゃん、オーダー入ったみたいだぞ」
「おう、分かった。弾、後は任せたぞ」
「りょーかい」
のしのしと厨房に戻っていく厳。
完全にその姿が見えなくなったところで、夢中になって食べていた三人も幾分か落ち着いてきたようである。
「いや、しかし今まで結構頻繁に食ってたはずのものがここまで美味く感じるとは……それだけ厳さんの料理が恋しかったってことだな」
「あれ? IS学園って言えば、学食もかなり高いランクのものがあるって聞いたことがあるが……」
「ダンは分かってない。ぜんっぜん分かってない」
「あたしはIS学園に転入したばっかりだけど……不思議と厳さんの料理の方が美味しく感じるのよね」
「ふーん、そんなもんなのか」
「……あら? うふふ、来たみたいね」
そんな風に談笑していた四人を暖かい目で見ていた蓮の耳にドタバタという足音が聞こえる。
「────一夏さん!」
「ん? ……おお、蘭か!」
店の奥からドタバタと音を立てて出て来たのは赤い髪の少女……弾の妹である五反田蘭
である。
「お兄! 何時に来るとか言っといてよ!」
「いや、俺も知らなかったし……」
「はぁ……あんたも相変わらずねー」
「むむっ……鈴さん、お久しぶりです。お帰りなさい」
「はいはい、ただいま。いい加減にもうちょっと落ち着いたらどうなの?」
「いえっ! まだ、二人の関係は家族という枠であり、私にもチャンスが……」
「はむっ、むぐっ……っ!!?」
「おいおい、がっつきすぎだって……ほれ、水」
「んくっ……んく……けほっ、ありがと一夏……」
「か、かかかかか関節キッス…………」
「だから言わんこっちゃない……」
「そういうお前は随分落ち着いてんな、鈴」
「いや、うん、まあ……ね」
「ああ、ダメージ自体は食らってるわけね」
閑話休題。
「ところで蘭。その服どうしたんだ? 随分可愛い服だな」
「え、っとですね……」
ふと、蘭の服装が明らかに普段着として使うのには可愛すぎる感じのものであることに気づく一夏。
そんな一夏に可愛いと言われ、自然と頬が赤くなる蘭。それもそのはず、蘭は織斑一夏という少年に恋心を抱いているのだ。
当然、その言葉にもじもじと言葉に詰まってしまう……そこへ無慈悲に、無意識に、無自覚な
「……もしかして、お出かけ?」
「ああ、なるほど!」
「えっ? いや、ちがっ……」
「出かけるのだったら、あたしたちに構わず早く行った方が良い」
「それもそうだな。用事があるのに無理に付き合わせることもないだろうし」
「…………これで勝ったと、思わないでくださいっ」
「「…………?」」
「……我が妹ながら、不憫也」
「……そうね、これにはあたしも同情するわ」
そう言って、空回りし続ける少女の背へと二対の同情の視線が突き刺さるのであった。
弾の性格とかもうすっごい適当になってる希ガス