インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
年度末は何かと忙しい……。
「───一体何だあれは!」
「わ、わかりませんわ! 正体不明のISとしか……」
「あれがIS? あんなデカブツ初めて見るわよ……」
アリーナの周囲に張られたエネルギーシールド……それを力づくで押し破ってきたその巨体は宙に浮かびながらこちらを静かに見据えている。
正直な話、マルーには何が何だか分かっていない。いや、この場にいる全ての人間がそうだろうが、それに輪をかけて混乱している。
「ほんと、なんなんだよぉ……」
ぽつり、と弱音が自然とこぼれ……次の瞬間、巨体の目がこちらを向いた。
「……ひっ」
「────」
巨体はゆっくりとその場で旋回をはじめ……そしてその手をこちらへ向ける。
「───ッ!? マルー! 避けなさい!!」
「へ……うぇああああ!?」
巨体は指状の砲門から小型のミサイルを放ち、一瞬前までマルーの居た位置を通過する。
寸でのところで避けたものの、巨体は完全にマルーをロックオンしたようで、絶え間なくミサイルを放つ。
「ちょちょちょまっ……あがっ!?」
ミサイルの直撃に顔が苦痛に歪む。
「マルーっ!? くっ、こっち向きなさいッ!!」
咄嗟に鈴は巨体の横っ腹に龍砲を連打する。
「……これは」
「うそ、でしょ……!?」
……だが、それは無意味だった。
そう、その巨体には少しのダメージも通っていない。
巨体にとって、その攻撃は余りにも、軽すぎたのだ。
「はぁ、はぁ……も、もう逃げるしか……!」
「───駄目、です。ピットへの入り口は閉じられています……そして、開く気配もありません。先生方へも……くっ、通じませんか……!」
「残りはあのデカブツが開けた大穴だけど……」
「あれが、通してくれるとでも思うのか?」
「はぁ、そうなるわよね……」
鈴は小さなため息を吐き、顔を引き締める。
「箒、アンタは遊撃……あたしがあいつを引き付けるから隙を狙って一撃をぶちかましなさい」
「はっ、言われなくともそのつもりだ……!」
「セシリアはあたしと箒の援護を」
「任されましたわ」
「……よし、行くわよ」
そう、決意したように呟くと彼女たちは武装を展開し始める。
「り、鈴……?」
「マルー、アンタは後ろに居なさい」
「ぼ、ボクだって戦え───」
言葉を発しようとして、鈴の目に射竦められる。
「アレは、アンタを狙ってる」
「……っ」
「……大丈夫よ。倒せないとしても時間を稼げば先生たちも駆け付けてくれるでしょ」
───だから、大人しく守られときなさい。
そして、三人は巨体に立ち向かう。
遠ざかっていく背には、近いようで、だけど手を伸ばし、追いかける勇気は自分に無い。
マルーは、その背中を何度も見てきた。
一人傷ついて、その度に安心しろ、大丈夫だと笑いかける姿を。
そうして、その度に思うのだ。
───なんて、自分は弱いのだろうと。
▼
「シャッターが全て降りていて、アリーナ内の生徒たちが避難できません!」
「……こちらからシャッターを操作をすることは?」
「……駄目です! 外部から妨害されてこちらの操作が……」
「そうですか……」
アリーナの様子を伺いながら、千冬は真耶の言葉に焦りを覚える。
今までここまでの本格的な襲撃……そう、襲撃と呼ばれるような大規模なものはこの学園には仕掛けられなかった。
とは言っても、学園の性質上、セキュリティは最高峰のモノのはずだ。
こんなことが出来るのは……いや、だが理由が無い。
最近、奴からの音沙汰が無いのもこれと関係が……?
そう、千冬が思考に没頭しているとバタバタと複数の足音が聞こえてくる。
「千冬姉! 一体何が起こってるんだ!?」
そうして部屋へと雪崩れ込むようにして入ってきたのは三人……一夏、シャルル、ラウラだった。
「……襲撃だ。しかも、相当に厄介な代物だろう」
「ッ……今、アリーナには……」
「ああ、今日の試合の面子が襲撃者と交戦している」
それを聞くや否や、一夏は飛び出していこうとする。
だが、その体はラウラに腕を掴まれることで動きを止める。
「落ち着け、一夏」
「放せよ! こうしている間にも箒や鈴たちが……!」
「落ち着けと、言っている」
「……っ」
ラウラの鋭い眼光に、体が怯む。
「教官、今ISを動かせる人員は?」
「……格納箇所までのシャッターも閉じられている以上、専用機を所持している者のみだ」
「了解しました。教官、ISの使用許可を」
「……ラウラ、お前」
「フッ、黙って見ているほど私がお淑やかだとでも思ったか?」
「先生、僕にも許可を」
「シャルロット……」
「そりゃあ、僕だってほっとけないよ」
「はぁ……お前らは……」
千冬は頭痛を抑えるように手を頭に当て、深くため息を吐く。
「───山田先生、そちらのシステム操作をお任せしても?」
「も、勿論ですよ! 織斑先生!」
「……ありがとうございます」
そして、千冬は鋭く、目の前の生徒たちを見据える。
「仕方が無い。諸君らに許可を与える代わりに私が指揮を執る。異存は無いな?」
「「「───はいっ!!」」」
「では往くぞ。イレギュラーをこの学園から───叩き出す」
千冬はアリーナの巨体と、どこかのこの光景を作り出す算段を整えた誰かに向けて……そう、宣誓した。
▼
「…………これは」
エメラダはアリーナの外部、学園の整備場で機体の調整を行っている中、酷い衝撃を感じた。
「一体何が……」
今は試合中のはずだ。
だが、どんなに派手な試合になろうとこの整備場まで衝撃が伝わってくるはずは無い。
何かが起こった……そう、確信めいた予感と共に走り出そうとした彼女の元へ、一通の通信が入る。
『───え───ちゃん───だいじょ───』
「……っ、タバネ?」
しかし、その通信はノイズだらけで上手く聞き取ることは出来ない。
『襲撃───はんに───ちーちゃん──伝え──────』
そこで、通信は途切れる。
だが、それだけでは終わらなかった。
「……IS、反応?」
学園の外、すぐ近くに2機のIS反応がクレスケンスのレーダーにその瞬間現れたのだ。
「…………」
一瞬、自分の行動を考える。自分が今、為すべきことは何かを。
千冬へ連絡を試みる……が、通じない。どうやら通信全体がジャミングされているらしい。
この状況でレーダーに映るというのは意図的なものであることは間違いないだろう。
ならば……
「正面から───叩き潰す」
そして、エメラダはクレスケンスをペンダントへと戻し、駆けだした。